第7話「光の胎内へ冒険開始!」
店の外へ出ると、あたりはすでに日が沈みかけ、夜空にはうっすらと青白い月がのぞいていた。
“光の胎内”である大樹が夜の光を遮ることもなく、淡い光が透過して街を照らしている。
――元いた世界では、まさにゲームの中でしか見られないような幻想的な光景だった。
「この世界の月夜はすごくきれいですね」
「うん、今日は雲ひとつないから、月がはっきり見えてとてもきれいだ」
俺は初めて見る異世界の夜空を、エルシナーデさんは数十年ぶりに見る夜空を眺めながら、“草笛亭”へ向かった。
夕食時の草笛亭は、すでにほぼ満席だった。
「ふ~ん、この雰囲気も昔と変わってないな……」
「……エルシナーデさんも、やっぱり冒険者だったんですか?」
「うん、そうだよ。まあ、いろいろあってね。冒険者家業を始めることになったんだ」
(エルシナーデ・ストレア……家名があるってことは、きっと貴族出身なんだろうな。
ゲーム内でも高位NPCは家名を持っていたし。貴族の彼女がなぜ冒険者に?――気になるけど、今は詮索はやめておこう)
「コホン。その“雰囲気が変わっていない”というのは?」
「そうだね。草笛亭に限らず、こうした宿は食事も宿泊費も安めで、駆け出し冒険者がよく使うんだ。
稼ぎが増えたり名声を得たりすると、貴族や商人に雇われる者、クランを立ち上げて拠点を構える者……いろいろさ」
「なるほど。つまり人の入れ替わりが多いから、固定客がつきにくいと」
「そう。でも冒険者以外の客も結構いるんだ。だからこうして夕方になると席がほとんどうまっちゃうんだよね」
部屋に戻ると、俺たちは今後の目標と明日の予定を再確認した。
「さて、まずはお互いの目標を確認しようか」
「はい!」
「アキラの最終目標は元の世界に帰ること。私は今の状態から“解放”されること。これで間違いないね?」
「はい。……ところで、“解放”っていうのは?」
「この幽霊の状態から脱することだよ。その結果が、肉体に戻ることでも、死を受け入れることでもね」
(そうか……ひょっとしたら百年以上も存在し続けているのかもしれない。
死を受け入れるというのはネガティブに感じたけど、彼女の立場を考えると否定はできないな)
「わかりました。確認したかったのは、それです」
「お互いの目標を達成するには、“胎内”を攻略する必要があるかもしれない。この認識も間違いないね?」
「はい。でも、そうなるとさっそく厄介ごとが……」
「お、もう気づいたね。そう、“光の胎内”は非常に厄介な現象がある」
「ええ……なんせ定期的に内部構造が変わりますからね。ここを攻略、あるいは試みた冒険者はいないんですか?」
「残念ながら、攻略した者も、試みた者もいないんだよ」
「ええ!? 数十年もですか? 一階層すらも!?」
「……そのとおりだよ」
ガ――――ン!!
おいおいおい。異世界の冒険者たち、なにやってんの!?
いくら内部構造が変わるっていっても、法則性くらいあるだろうに……まさか気づいてないのか?
「“光の胎内”は構造が変化する特性がありますけど、攻略不可能とは思えません」
「ふーん。どうしてそう思うの?」
「まず一つ。変化の周期はおおよそ四ヶ月に一度。
二つ目は、第二階層への通路は完全ランダムではなく、第一階層奥部に発生するという点です」
「なるほど……さすが、大昔に一度“胎内”を攻略しただけあるね」
「私も長いことここを彷徨っていて、ようやくわかったことだよ」
「ギルドや他の冒険者は、この法則を知らないんですか?」
「知っている者はいないと断言できるね」
「アキラなら知っているでしょう? “光の胎内”は他と比べても第一階層からして広大なんだ。
そんな迷宮が周期的に変化するとなれば、第二階層に辿り着くことすら難しい」
「むむむ……階層が上がるほどモンスターは強力になるけど、その分高価な魔石も手に入るのに……」
(それに、現実となった今では、素材としても価値があるはずだ)
「そうだね。どの胎内でも、深く潜る冒険者ほど稼ぎがいい」
「にしても、第一階層だけでこんなに人が集まって街になるなんて……
他の“胎内”のほうが深く潜れて稼げるなら、そっちが栄えそうですけど?」
「アキラの時代はそうだったかもね。でも、ここは広大なんだ。
つまり――狩っても狩っても、あらゆる場所からモンスターが湧く。
建築資材、薬草、食材、なんでも取れる。まあ、命があればの話だけどね」
「なるほど……第一階層だけで生活が成り立つ、と。
なら俺が第二階層以上から素材を持ち帰ってそこを独占できたら、大金持ちですね」
「転生前の経験を活かせば可能かもね。でも、攻略するなら……」
「ええ、わかってます。一度、構造が変化してから一気に攻略、ですね」
「その通り。おそらくあと一ヶ月もすれば変化が起こるはず」
「じゃあ、それまでの一ヶ月間、稼ぎつつ物資をそろえましょう!」
こうして俺とエルシナーデさんは、当面の目標を共有した。
まだ第一階層の探索だが、“竜人魔法”がこの現実でどう作用するかを試す、絶好の機会でもある
「お兄ちゃん!! さっきからぶつぶつうるせーよ! 静かにしてくれないと眠れねぇ!」
(うおっ、びっくりした! この声……冒険者ギルドで会った、あの世紀末冒険者!?)
「どうやら、だいぶ話し込んでしまったようだね。明日から探索だから、もう休んだほうがいい」
「そ、そうですね。お隣さんにも迷惑ですし、そろそろ寝ます」
「それじゃ、おやすみ」
(あれ、出ていっちゃったけど……エルシナーデさんはどこで寝るんだ? そもそも、幽霊に睡眠って必要なのか?
うーん……気になるけど、また地雷を踏むといけないから黙っておこう)
◆◆◆
うーん……昨日見た天井だ。
目覚ましがないのに起きられたのは、社会人時代の習性だろう。
朝はいつも六時には目が覚める。
さて、今日からいよいよ本格的な探索だ。
元の世界に帰るためにも、まずは先立つもの――お金が必要だ。
それに、懐に余裕ができたら、お風呂にも入りたい。湯浴みでもいい、体を洗いたい。
「やあ、起きたみたいだね」
「あ、おはようございます」
特に荷物もないので、朝の挨拶をしてから朝食を取りに部屋を出る。
ガチャリ――。
うおっ!? 目の前にいたのは、まさかの世紀末冒険者。
トゲトゲ肩パッドにモヒカン、そして今日は鉄仮面まで装備。威圧感が半端ない!
「おっ!? お兄ちゃんも今日から探索かい?」
「お、おはようございます。そうなんです、今日が初仕事で……あはは」
「そうかい。俺も今日からだ。昨日はそのせいで気が立っててな、怒鳴っちまって悪かった」
「いえいえ、こちらこそ夜中にうるさくしてすみません」
彼の名前はジギーさん。見た目は完全に世紀末だが、話してみると案外常識人だ。
挨拶を交わして一緒に食堂へ向かう。
「さっそく同業者と仲良くなれそうでよかったね」
「あはは。ジギーさんのことですよね? 見た目と違って、意外といい人でしたね」
宿の食堂は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。
彼らもみな、これから仕事に出るのだろう。
食事を済ませた俺たちは、“光の胎内”へと向かった。
◆◆◆
エルシナーデさんの案内で“胎内”へ向かう。
最初は俺以外にも多くの冒険者がいたが、気づけば周囲には誰もいなくなっていた。
「あれ? 他の冒険者がいませんね。この道で合ってますか?」
「ん? ああ、言っておくべきだったね。今向かってるのは、昨日私たちが“胎内”から出てきた場所だよ」
「アキラの武器は“竜人魔法”による鉤爪でしょ? あんなの他の冒険者に見られたら、いろいろ面倒だよ。昨日の場所なら誰もいないし、思う存分戦える」
「なるほど! そこまで考えてくださっていたとは」
「ふふん! 私は“できる女”なんだよ。――ほら、見えてきた」
ここまで気を使ってくれた彼女に報いるためにも、しっかりと成果を上げないとな。
入口に着くと、俺は竜人魔法を発動させる。
ジャキィン! ――いってぇぇ!
鉤爪が皮膚を引き裂いて飛び出すたび、痛みが走る。
だが一度発動すれば解除するまで維持できるのは便利だ。
「よし、準備はできたようだね。まずはこっちだ」
エルシナーデさんの後を追うと、さっそくモンスターが数体姿を現した。
巨大な蟻のようなモンスター――“ビッグ・アント”だ。
こいつらは金切り声を上げて仲間を呼ぶ習性がある。
ならば逆に利用して、効率よく狩らせてもらおう。
少し残酷だが、弱らせて仲間を呼ばせて――俺の懐の肥やしになってもらう!
◆◆◆
「ふ~っ……結構“ビッグ・アント”がいましたね」
「だいぶ倒したね。外皮は素材になるけど、持ち帰るのは無理だ。魔石だけでも回収しよう」
「そうですね。二十匹くらいは倒しましたし、回収だけでも一仕事ですよ」
流石に二十匹分ともなると、魔石の量もかなりのものだ。
「よし、次はいこう。今度は定点狩りじゃなくて移動狩りで!」
「了解です!」
エルシナーデさんも上機嫌だ。俺も負けていられない。
◆◆◆
「アキラ、次は右手の角。そこに“バイン・フラワー”が一体」
エルシナーデさんの指示を受け、俺は駆け出した。
「後ろから“キラー・ウッド”が来てる。まだ距離があるから、先にそいつを倒してからでも大丈夫!」
戦闘中も、彼女は周囲を飛び回りながらモンスターの位置を伝えてくれる。
魔石の回収が終わると――
「他の冒険者が近づいてるよ。少し待ってやり過ごそう」
「むむ。……あの人たちを追って“ビッグ・ワーム”が来てるね。狙うなら今だよ」
俺が狩り終えるたび、次の獲物の位置を即座に教えてくれる。
他の冒険者と鉢合わせないようにも気を配ってくれているのだ。
……ほんと、頼もしい相棒だ。
その甲斐あって、初日の狩りは順調。魔石もたっぷり回収できた。
「そろそろ休憩を取ろうか。私たちが出会った小さい泉のある場所があるから、
そこで小休止しよう。帰りは狩りながら街へ向かおう」
はぁはぁ……流石に疲れた。
泉に着くと、俺はどかりと腰を下ろした。
そういえば、ここは“聖域”と呼ばれる場所だった。モンスターが入ってこられない、胎内で唯一の安全地帯だ。目覚めた場所がここであったのは不幸中の幸いだったかな。
「お疲れ様。この調子なら、帰りも移動狩りで稼げそうだね。……って、アキラ? 大丈夫? どこか怪我した?」
「いえ、怪我はないです。ただ、ものすごくお腹が空いて……」
(違う、普通の空腹じゃない。エネルギー切れ……まるで電池が切れかけた機械みたいな感覚だ)
「すごい勢いでモンスター倒してきたからね。お腹がすくのも当然か。
その“竜人魔法”の鉤爪も特別だしね。待ってて、食べられそうな植物を探してくる」
彼女はそう言って泉の周囲へ向かった。
……そういえば《ピアッシング・クロー》、発動したままだったな。
魔法である以上、発動中は精神力を消費している。
この異常な空腹も、そのせいかもしれない。
ステータスが見えない現実世界じゃ、検証も手探りだな……。
「アキラ、こっちに来て! “オリン”の実がなってるよ」
呼ばれて近づくと、高さ一メートルほどの樹にリンゴのような果実が実っていた。
「この色だとまだ熟してないけど、酸味が強いだけで食べられなくはないよ」
「食べて毒にならなければ十分です。ありがとうございます。腹ペコで倒れそうでした」
「大丈夫? なんだか頬もこけてきてるよ? ドラゴンの呪いとかじゃないよね?」
「あはは、まさか。たぶん《竜人魔法》を常時発動させてるせいですよ」
「うん、とにかく食べなよ」
オリンの実を手に取り、かじる。――すっぱっっ!
梅干しを食べた直後のような強烈な酸味! しかもすっごく硬い!
でも、背に腹は代えられない。食べ続けるしか――。
***その時、俺に電流走る!!***
そうだ! 竜人魔法Lv1に《アイアン・ストマク》――
〈あらゆるものを咀嚼・消化し、栄養に変える〉というスキルがあったはずだ。
試しに発動をイメージする。
……すると、どうだろう。
さっきまで石のように硬かったオリンが、普通の果物のように噛めるようになった。
しかも酸味が消えた。ただし味は――ほぼ無味。麩菓子を食べてるような感覚だ。
だが、食べやすさは段違い。これならいける!
「ちょっと、そんなにがっついて大丈夫!? 酸味きつくないの?」
「うん、うん、大丈夫です」
「えぇぇ、そんなにお腹空いてたの? 竜人魔法が原因だとしたら、ちょっと厄介かもね」
気づけば、俺は夢中で食べ続けていた。
見渡すと、オリンの実が……ほとんどなくなっている。
「えぇぇ!? あれだけあったのに! もしかして竜人魔法使った?」
「はい。《アイアン・ストマク》って魔法を使ったら、硬さも酸味も気にならなくて」
「へぇ~、そんな便利な魔法あるんだ。……でも聞いたこともないね。竜人魔法、奥が深そう」
「エルシナーデさんは魔法に詳しいんですか? 昨日も話してましたよね」
「まあね! こう見えても、剣と魔法の使い手だったんだよ」
得意げに胸を張る彼女。
――うん、美少女のドヤ顔はずるいね。許されちゃう。
「街に戻ったら、他にどんな魔法があるか教えてよ」
「はい。俺も色々検証してみたいこともあるので、魔法に詳しいエルシナーデさんの意見も聞かせて下さい」
「うん。その時は任せてよ」
「それじゃ、今日の狩りはここまでにしようか。帰りはモンスターとの接触をなるべく避けるように案内するよ」
「助かります。途中で倒れたら洒落になりませんからね」
こうして、俺とエルシナーデさんは初日の探索を終えた。
帰り道でも、彼女の案内で効率よく魔石を集めながら街へ戻る。
ポーチはずっしりと重く、手応えも十分だった。
――これが、冒険者としての俺の第一歩だ。
第7話も読んで頂き有難うございます。
次回は11月9日(日曜日)18:00の投稿を予定しております。
1週間に1話のペースになりますが、完結を目指して頑張ります。
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