赤髪の過去
名もなき森の奥、赤い蔦の絡まる古い祠の中に、彼はいた。
まるで永い夢のなかにいるように、じっと身を潜め、静かに息を潜めていた。
ロゼリオ――それが与えられた名だった。
だがそれは“誰か”に呼ばれた記憶など持たない、ただの名。アウラウネとしてこの地に芽吹いた彼は、目覚めてすぐに気づいてしまった。
自分の中に、他のアウラウネとは異なる"何か"があることに。
禍つ霧。
それは世界を蝕む瘴気であり、生きとし生けるものの理を歪め、精神を狂わせ、命を喰らう邪なる存在。
ロゼリオの根はかつて、その霧が染み込んだ大地に触れた。
芽吹いたその瞬間から、彼の中には異質な力が宿っていた。
意思を持たないはずの植物が、感情を覚え、言葉を知り、人に似た姿を取るようになったのは、それゆえだ。
人に近づけば、恐れられる。
神に近づけば、祓われる。
妖に近づけば、求められる。
だから、逃げた。
力に惹かれた教会の者たちに囲まれた夜、ロゼリオは咲いたばかりの赤い蔦で自らを隠し、瘴気の森へと姿を消した。
以来、彼は一度も自らの素性を明かすことなく、深い森と人里を転々としてきた。
その瞳の奥にある“緑”は、命の色ではない。どこか深く、飢えたように揺らめく。
心の奥では、常に飢えていた――温もりを、接触を、理解を。
それでも手を伸ばせば、自分が壊れてしまうとわかっていた。
だから彼は冗談めかして笑った。
「種族は秘密ですよ?」と。
言えば嫌われるから。
言えば恐れられるから。
だが、ある日。
赤い光の柱と共に落ちてきた少女――桐生紗凪に出会った。
彼女は怯えていた。けれど、目を背けなかった。
その瞳は、禍つ霧に触れた者と同じ色をしていた。
共鳴した。
怖かった。
でも、もう逃げなかった。
初めて「守りたい」と思った。
それが、ロゼリオが過去から解き放たれた瞬間だった。




