後日談 朝の一幕 2
フォルス王国の午後。紗凪は宿の窓辺で頬杖をつきながら、ぼんやりと街の喧騒を眺めていた。
石畳を行き交う人々、遠くから聞こえる鐘の音。活気に溢れたこの国の昼は、どこか地球の喧騒にも似ていて懐かしさを誘う。
「⋯⋯暇⋯」
呟いた声は誰に届くでもなく、ただ空気に溶けて消えた。
ロゼリオは王都の植物園に行っている。聖女が遺した植物の記録を調べるためらしい。
紗凪も同行するか尋ねられたが、あの甘い朝の余韻に体力をごっそり奪われ、つい断ってしまったのだった。
「こんな時に限って暇って⋯⋯」
ふいに、蔦がすっと肩口に伸びてきた。
「ひっ⋯⋯!」
驚いて振り返ると、開いた窓の外からロゼリオの蔦がぬるりと部屋へ入り込んできていた。
「え、ちょ⋯⋯ちょっと!? ロゼリオ!?
まだ外でしょ!?」
『ええ、あと五分ほどで戻りますよ』
ロゼリオの声が、まるで耳元で囁くように届く。紗凪は一瞬、背筋にぞくりとしたものが走った。
「ったく⋯⋯もう、変態植物め」
頬を膨らませながらも、声には微かな甘さが混じっていた。
『ああ、誤解ですよ。私はあなたが恋しいだけです』
その言葉に、紗凪はぱちんと目を伏せた。胸の奥がくすぐったくて、嬉しくて、恥ずかしくて──
「⋯⋯私だって、ちょっとは⋯⋯恋しい、けど」
囁くような声でそう呟くと、窓から伸びた蔦がそっと指先に触れた。
『ならば、すぐに戻ります。どうか部屋でおとなしく待っていてくださいね?』
「⋯⋯はい」
照れ隠しのように返した声。やがて蔦は静かに部屋を離れていった。
窓辺に残された紗凪は、ほんのり赤くなった頬を掌で覆いながら、そっと微笑んだ。
「ほんとにもう⋯⋯ばか」
それでもその頬は、どこまでも柔らかく緩んでいた。




