夜のダンスパーティー 1
広がる草原が、夕陽に赤く染まっていた。
地平の果てまで続く風景は、静謐で美しかったが、やがて足元に転がる岩と斜面が増え、景色は険しさを帯び始める。
「もうすぐ⋯⋯山かな」
そう呟いた紗凪に、ロゼリオは頷いて見せた。
「ここから先は岩場です。魔物が出る可能性もありますから、今日はこの辺りで宿営を」
まだ日は残っていたが、二人は早めに足を止めた。視界の開けた岩陰にテントを張り、焚き火を小さく灯す。
紗凪は疲れた様子でうとうととし、やがて寝息を立て始めた。
ロゼリオはそっと彼女の髪を撫で、微笑んだ。
「おやすみなさい、紗凪さん」
その声は、どこか甘やかで、どこか冷たい。
テントの入口に蔓状の植物を這わせ、監視の役目を負わせる。
彼女に危害が及ばぬよう、慎重に。静かに。
そして、闇の中へ歩み出した。
満月の下、岩場には風の音しか響かない。
だが、ロゼリオには――聞こえていた。
草を踏みしめる足音、抑えた呼吸、武器が擦れる微かな音。
――やはり、尾けてきていましたね。
草原の途中から気配は感じていた。
7人、いや、今は6人か。ひとり、足を挫いたようだ。
——盗賊。
この世界では旅人を狙う彼らの存在は、珍しくもない。
ロゼリオはゆっくりと手袋を外した。
月明かりに照らされたその指先は、どこか生々しくも、しっとりと湿った艶を帯びていた。
「⋯⋯ようこそ。お客様」
茂みから姿を現したローブの男たちは、ナイフや斧を構えて身構える。
「よう、旅人。女を連れてたな?
いいモノ持ってんだろ? 金と食料⋯⋯それと、女もよこせ」
「女、とは。ずいぶん下品な言い方ですね」
ロゼリオの声は低く、冷たく変わっていた。
「悪いが⋯⋯彼女は僕の大切な人ですので」
「ちっ、面倒くせぇ」
短剣を構えた男が突っ込んできた瞬間だった。
――ぐしゃっ!
地面から茨が跳ね上がるように生え、男の足首に巻き付いた。
「ぐ、うおおっ⁉ な、なんだこれッ!」
悲鳴を上げる間もなく、茨は脚から胴体、腕、首へと巻き付き、男を空中へと引き上げる。
次の瞬間、男の身体はぼきりと不自然な音を立てて歪み、そのまま沈黙した。
他の盗賊たちが息を呑む。
「魔術か⋯⋯⁉ こいつ、ただの旅人じゃねえ!」
もう一人が斧を振り上げて突撃してくるが、ロゼリオは指を一振り。
地面が割れ、無数の棘を持つ蔓が地中から噴き出した。
茨は獣のようにうねり、敵を飲み込む。腕を貫き、脚を絡め、そして骨を圧し折る。
悲鳴と断末魔が、夜の静寂を引き裂いた。
ロゼリオの足元に血が広がる。だが、その顔に一切の感情はなかった。
残る4人は恐怖に顔を歪め、後ずさる。
「お⋯⋯おい、こいつ化け物だ! 逃げ――」
「逃げる?」
ロゼリオが、ゆっくりと近づく。
「あなた方は、僕たちを狙いました。だから、その代償を払っていただきましょう」
地面から、無数の茨が生え広がる。4人を取り囲み、逃げ道を奪っていく。
「⋯⋯あなたたちは、僕の“栄養”になってください」
茨がうねりながら男たちに巻き付き、緑の光が走った。
悲鳴。肉が裂ける音。骨が砕ける音。血が滴る音。
茨が生み出した繭の中で、生命は吸い尽くされ、ただの養分となる――はずだった。
が、ロゼリオは茨の動きを止めた。
残る二人。顔面蒼白で立ち尽くすその男たちに、静かに微笑みかける。
「⋯⋯逃げてもいいですよ。あなたたちは“特別”に、生かしてあげます」
「な、なんだと⋯⋯?」
「生き延びられると思うなら、どうぞ――命が続く限り、走りなさい」
男たちは互いに目を見合わせ、がむしゃらに駆け出した。
背を向け、振り返ることもなく、転びそうになりながらも必死で。
ロゼリオは、血に濡れた指先を舐めるように見つめ、ぞっとするほど艶やかに微笑んだ。
「⋯⋯さて、残りを追いかけましょうか。
追いかけっこ始まりです。」
その声はまるで、狩りを愉しむ獣のように――獰猛で、冷たく、甘美だった。
茨が生み出した繭の中で、生命は吸い尽くされ、ただの養分となる。
――紗凪には、見せられない。
これは、私の“仕事”。




