迷いの森 3
森の奥、霧の届かぬ小高い丘に、ロゼリオは慎重に足を運んだ。
彼の腕の中には、意識を失ったままの紗凪。呼吸は穏やかで、体も徐々に落ち着きを取り戻している。
(⋯⋯やはり、この森は貴女を拒まなかった)
彼は微かに笑みを浮かべると、木々の隙間から月が差す開けた場所に腰を下ろした。
幹に背を預け、抱きかかえた紗凪の体を胸元に引き寄せる。彼女の体は熱を持ち、頬にはまだ赤みが残っていた。
「まったく、あんな霧を吸い込むなんて⋯⋯」
呆れたように呟きながらも、声にはどこか優しさが滲んでいた。
ロゼリオは黒手袋を外し、そっと紗凪の頬に触れる。指先から微細な魔力を送り、熱を和らげる。
「貴女はもっと、自分を大切にすべきですよ⋯⋯私がこうして見ていなければ、もう」
そこまで言って、ふっと言葉を止めた。
指先に伝わる柔らかなぬくもり。その下で鼓動する命の音。
(けれど、どうしてこんなにも⋯⋯)
ロゼリオの胸の内で、ざわつくような感情が渦巻いていた。
欲望とも、執着とも、愛情ともつかぬ想い――それが彼の中で、じわじわと根を伸ばしていく。
「⋯⋯私は、植物ですから」
独りごとのように呟く。
「人のぬくもりなど、本来必要のないものなのに⋯⋯貴女に触れていると、何かが満たされていく気がするんです」
そっと、紗凪の髪を撫でる。
淡い月光に照らされるその姿は、まるで花のように儚くて、美しかった。
「⋯⋯それに、今日の貴女は、随分と無防備でしたよ。
キスの記憶がないなんて⋯⋯ああ、なんて惜しい」
ロゼリオの声は低く、艶を帯びていた。
だがすぐに、自嘲するような笑みを浮かべて続ける。
「⋯⋯もっとも、その記憶があったとしても、貴女は私を拒むのでしょうけれど」
その瞳に、一瞬だけ影が差す。
だがその後、ふと肩の力を抜いたように深く息を吐き、紗凪の額へそっと口づけた。
「⋯⋯今はまだ、いいでしょう。
貴女が目を覚ましたとき、また顔を合わせればいい。私は逃げないし、貴女も逃げられない」
森の静寂に、遠くふくろうの声が響いた。
ロゼリオは瞳を閉じ、紗凪の呼吸に耳を傾ける。
夜露の冷たさを防ぐように、自らの外套を広げて彼女の身体を包み込んだ。
(せめて、この夜だけは⋯⋯貴女を独り占めさせて)
そんな言葉を心の奥で呟きながら、ロゼリオは彼女を抱いたまま、長い夜を静かに過ごしていった。




