(7)文化祭公演本番
体育館には、観客の手拍子が鳴り響いていた。
「ダブルダッチ」チームのパフォーマンスが、きっちりと同期した動きや、目まぐるしく変化するフォーメーションの演出で観客を魅了しているのだ。リハーサルの時よりも完成度が上がっている。
文化祭最終日。
梅雨空にも関わらず、上田城東高校には多くの来賓が訪れていた。
保護者や卒業生はもちろん、他校の生徒や中学生もいるようだ。
従妹の萌歌も、友達と見学に来るようなことを言っていた。
「すげえな…」
隣で大津が呟く。
舞台袖から見ていても、客席のボルテージが上がっているのはよくわかる。
「感心してる場合じゃないぞ。」
と、亀井先輩。
三日間の舞台公演では、観客による投票で優秀作品が選ばれることになっているらしい。
班室の壁にも『めざせ!最優秀賞』と張り紙がしてあった。
その意味では「ダブルダッチ」はライバルであり、強敵だ。
「ジャジャンッ!」と音楽が切れ、最後の決めポーズが若干ずれたのは残念だったが、客席から彼らに大きな拍手が贈られるなか、緞帳がゆっくりと下りていった。
「ダブルダッチ」チームが満足げに歓喜の声を上げながら上手袖に掃けていくと、亀井先輩が指で合図をする。
一年生女子が「バミリ」の目印を付けた黒ロープを持って駆け出していく。
水曜日の予行演習通り、俺たちは平台を、女子たちは背景幕を舞台へと運びこむ。
「有志によるダブルダッチパフォーマンスでした。ここで、十五分間の休憩をいただきます。十四時より、演劇班による公演が行われます。」
放送班のアナウンスが流れる。
背景幕を吊った美術バトンが静かに上がっていき、舞台セットの設置も完了した。
腕時計を見る。
開演まで五分ある。
「柳瀬君、行けるか?」
「はいっ」
バミリに使ったロープを肩に巻きつけ、俺ははしごに取りついた。
昇りきると「キャットウォーク」と呼ばれる細い通路を走る。
セットの「玄関」の真上で、格子状の金属梁に飛び降りる。
吊っている装置が少ないから、梁の格子はスカスカで舞台がよく見える。
梁にロープを掛け、すばやく結束する。
「八の字結び」といって、高所作業のハーネスなどに用いられる結び方だ。
結んだロープを真下に垂らし、そのロープを伝って「玄関」の屋根に降りる。
重心を間違えるとセットを踏み倒してしまうので、着地には注意が必要だ。
屋根に取り付けておいた金具にロープを結べば完了。
演者たちが配置についている屋敷の畳に飛び降りる。
(よし…)
開演時間一分前だ。
俺が下手袖に戻ると、開演時間を告げるブザーが鳴った。
「続きまして、演劇班による公演『幸村騒動記』です。」
アナウンスが流れ、緞帳がゆっくりと上がっていった。
芝居は順調に進行していった。
幸村と家臣たち、幕府の監視役の軽妙なやり取りに、客席から笑いが起こる。
佐助が登場し、演者たちの動きが大きくなると、観客の目が舞台に引きつけられていくのがわかった。
「おぬしらもかかれ!何をしておる!」
幸村の命令で家臣たちが屋敷から出て行く場面は、少しだけ演出の変更があった。
畳から舞台に飛び降りるのではなく、玄関から順々に出て行く方が絵面が面白い、ということになったのだ。
ただ、これには「家臣が柱にぶつかるかもしれない」というリスクがある。
亀井先輩と相談して、俺が玄関の屋根を吊るせたら変更することになった。
四人の家臣が次々に玄関を走り出て、葛葉に転がされ、逃げていくシーンは、客席の笑いを誘った。
そしていよいよ、葛葉対佐助の戦いが始まった。
二人は昨日も、早島さんの道場で稽古をしたそうで、まさに息の合った、迫力ある鍔迫り合いが展開された。
客席が二人の殺陣に惹きこまれ、静かになる。
葛葉の斜め斬りを佐助が躱し、葛葉が刀を返す。
「ダンッ」と音がするほどの踏み込みとともに、葛葉が斬り上げる。
佐助が屋敷に跳び上がる。
(うん、完璧だ。)
観客たちが固唾を呑む。
一瞬の後、どこからか起こった拍手が、客席じゅうに広がった。
最後は喜劇らしく、葛葉の裏切りに笑いが起こって、舞台の幕が下りた。
閉幕と同時に、俺は舞台上の梁に上がっていて、さっき結んだロープを解き、セットの上に投げ落とした。
次のプログラムまでにセットを撤収しなくてはならない。
時間が惜しいので、梁にぶら下がってそのまま飛び降りた。
下は畳だから、着地に少し気をつければ怪我の心配はない。
ちょうど早島さんが近づいてきたから、
「早島さん、カーテンコール、北都さんも。」
と声をかけた。
「あっ、うん。」
早島さんが北都さんに駆け寄り、二人で緞帳の向こうに回りこんでいった。
忍者衣装の二人の登場に、客席も盛り上がっているようで、緞帳の向こうから拍手や歓声が聞こえてきた。
セットの撤収が完了し、舞台では次の演目「合唱班のアカペラ」が始まった。
いったん、体育館の外に出たところで、亀井先輩から握手を求められた。
「ありがとな。」
強く手を握られながら、肩をポンと叩かれる。
実は、俺はこういうのにちょっと弱い。
たかが荷運びの助っ人の俺にまで、声をかけて、公演成功の喜びを分けてくれるとは。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
度量の大きな先輩の、高校生活最後の舞台に、少しばかりでも貢献できたのであれば何よりだ。
「柳瀬君。」
早島さんもやってきた。
「おつかれさま、すごくよかったよ。」
今日の立ち回りは、これまで以上に凛々しく、美しかった。
「よくないわよ!」
あれ、早島さん、なぜか怒っている。
「あんな無茶して、怪我したらどうするの!」
無茶?心当たりがない。
「えーと、なんのこと?」
「なっ、あんな高いところから二度も飛び降りて!」
いやいや、飛び降りたのは最後だけだし、そもそもさほど高くもない。
(さては、この子…)
「早島さん、もしかして高いところが苦手?」
凛とした合気道少女にも意外な弱点があるものだ。
「ち、ちがうわよ!」
早島さんは強い目で俺を睨みつけてから、ぷいっと横を向いて離れていった。
入れ替わるように北都さんが近づいてきた。
「柳瀬君、ありがとう。見ててくれた?」
「ああ、もちろん。完璧だったね。」
佐助が屋敷に跳び退ったあの場面は、葛葉の斬撃の鋭さを引き立てていた。
観客から拍手が沸き起こったのも当然だ。
「えへへ、けっこう練習したからねー。」
演劇班の北都さんとしてはやはり公演の成功が嬉しいようだ。
笑顔から達成感が伝わってくる。
「ユイのこともいっぱい褒めてあげてね。」
「ああ、うん。でもなんか怒ってたよ。」
「ふふっ、そうなんだ。だけどたしかに柳瀬君、って不思議よね。」
何が『たしかに』で、何が『不思議』なのかよくわからないが。
「最初は力仕事なんて大丈夫かな、って心配してたんだけど、なかなか頼もしかったわ。」
それはどうも。
「柳瀬君ってけっこう鍛えてるでしょ。どこでやってるの?」
「家では運動不足にならないように体を動かしてるかな。」
「ふーん。絶対それだけじゃないと思うんだけどなあ。」
そんな疑うような目をされても、嘘は言ってない。
もともと俺は作り話をするのが苦手なタイプだ。
「あ、農作業はやるよ。伯父さんの手伝いで。」
「あはは、そういうことね。わかった、伝えとくわ。」
不思議というなら北都さんのほうがよっぽど不思議だ。
芝居をする人だからか、素なのか演技なのか捉えどころがない。
いったい誰に何を伝えるのだろうか。
「じゃあね。」
「ああ、おつかれさま。」
ひらひらと手を振りながら行ってしまった。
「柳瀬ー、おつかれー」
次は大津が来た。
大津の中での俺は「助っ人」から「知り合い」に昇格したようで、呼び捨てで呼んでくれるようになっていた。
「おう、おつかれさま。」
「亀井さんが、このセット、後で班室に運びたいんだって。手伝ってもらえる?」
「ああ、いいよ。」
「それにしても柳瀬って見かけによらずワイルドだよね。」
今度は「ワイルド」ときたか。
「さっき、早島さんからは『無茶するな』って叱られた。」
「そりゃそうだよ。簀の子から飛び降りるなんて、顧問が見てたら大目玉だよ?」
「えっ、そうなのか。」
なるほど。着地に気をつけたから大丈夫だけど、知らずに真似をする人がいたら危ないかもしれない。
「女子たちも騒いでたからね。」
「そうか、悪いことしたな。」
これからはそういうことも考えて自重しなくては。
「いや、悪い、というか、柳瀬を演劇班に勧誘しろってうるさくてさ。」
「ん?」
活動停止を引き起こしそうな問題児を『勧誘しろ』とは辻褄が合わない。
「いいんだ。家庭の事情はこの前聞いたし、無理に誘ったりはしない。」
「でも今日の公演を見て、入部希望者が来ると思うよ。」
台本もよくできていたし、観客を飽きさせることなく楽しませていた。
感動して、一緒に活動したいと思う生徒は少なからずいると思う。
「ははは、そうだといいよね。とにかく、柳瀬が手伝ってくれて本当に助かったよ。」
どうも演劇班のみんなは慎み深い。
もう少し自己評価を上げてもいいと思うんだが。
何はともあれ、大きな迷惑を掛けることなく、助っ人をやり遂げられたのはよかった。
演劇班の人たちと関われたことで、学びも多かった。
(なんといっても楽しかったしな。)
中学時代から「文化祭」というイベントに深く参加したことがなかった俺には新鮮な体験だった。
ようやく「一人前の高校生」になれたような気がして、なんだか嬉しくなった。
しかしこの後、俺の高校生活は徐々に騒がしくなっていくのだった。




