第五十九話 追求
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
不健康が座右の銘にしている言葉である「男が不自由でいることは罪だ。だが、自由を履き違えることは、それ以上の罪である」というのについてゆっくり考えてみたんだ。
その時、ふっと降りてくるようになにかに気づいた。
この言葉の「男」の部分を「女」に変えてみるとあら不思議、まさにお前の生き様みたいな言葉になるんだよ。
お前も不自由であることを何より嫌ったし、その割には世間体とかもしっかり気にしていた。不自由を解消するために力を割くことを厭わないし、同時に人からは品位あるように見られることにやけにこだわっていた。
自由や品位なんてものにトンチンカンだった前世の俺は、どこからそんなバイタリティが溢れてくるのか不思議で仕方なかったけど、今ならちょっとだけ分かるんだ。
お前はさ、さもそれが自然であるように見せていたけど……頑張ってそうしていただけ、だったんじゃないか?
とにかく、最初からそうではなかったはず。あの立ちふるまいは、様々な荒波と戦った末に身につけた、お前なりの「生き様」だったのだろう。
だからお前はどこまでもかっこよかったんだな。ただの「猫かぶり傍若無人わがまま姫」だと思っていたが、今更ながら見直したよ。
でもさ、一個だけ言わせてくれ。お前の座右の銘である「自分は変えることができない。けれど、他人はいくらでも変えることができる」っていうのは、今でもどうかと思ってるからな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
四時間目の数学の時間が退屈すぎたので、ふと俺はノートにこのクラスをグループ分けしてみることにした。
雑にグループ分けするのなら、七つのグループに分けられる。
とはいってもそもそも一定したグループでばかり固まっているようなクラスではないのだがな。ちょっとした暇つぶしなので、「孤立組」を無理やり一つのグループにしたりなど、多少強引なのは御愛嬌ということで。
例えば、ツンデレ美少女が居る組は「謎の一軍組」だ。メンバーはツンデレ美少女、学校では地味な超有名アイドル、オタクに優しいギャル。何故かコイツらは特に目立った陽キャだとか、文武両道というわけではないのに、クラスでの立ち位置がほんのり高い気がする。
他にも「いい子組」「地味にバンドをやっている、けどやっぱ地味組」「お騒がせ組」「コスプレ組」「あんまよく分かんない組」あとは、「孤立組」と分けてみた。
そのようにグループ分けして遊んでみたのだが、最後に思ったことはこうだ。
(やっぱ綺麗に分けられるもんでもないなあ……)
馬鹿らしくなった俺は、ノートに書いていた枠組を、全て消しゴムで消したのだった。
まあ、クラスみんながそこそこのレベルで仲がいいからうまく分けられないだけなので、それは案外いいことなのかもしれないな。
キーンコーンカーンコーン――
ふぅ、ようやく数学の授業が終わったか。あー長かった。
そういや、この鐘の音って何かの音楽から来ているのだろうか?
ふと気になったので、元気っ子後輩がこの教室に来るまでの暇つぶしとして、スマホで調べてみる。
ほんほんほん。ほえー、ウェストミンスターの鐘というロンドンのビッグベンの時計塔で流れるメロディが元になってるのか。
うん、ほーんって感じだな。
じゃ、この流れで最近のニュースでもスマホでチェックしますかね。
「せんぱーい!」
おっ、そうこうしているうちに来たみたいだ。相変わらず元気っ子の声は少し高音で綺麗だ。
「ようやく来たか! ……あっ、そうだった。コホン。ふぅー、やれやれ、教室には来るなっていつも言ってるだろ?」
「今更何を言ってるんですか? 泰平先輩も私と一緒にお昼を食べられて嬉しいくせに」
「いや、そうなんだけどさあ。たまにはやれやれ系主人公の気分にひたらせてもらっていいだろ」
「あははっ、泰平先輩とやれやれ系って、梅干しとケーキくらい似合いませんね!」
「おい。笑顔で刺してくんな」
「そんなことより、さっさと行きましょー!」
元気っ子後輩に手を引かれるようにして俺は廊下の外に出た。
しばらくすると元気っ子後輩が自然と手を離してしまったので、二人で肩を並べて廊下を歩く。手が繋がっていることに一喜一憂しているのは俺ばかり。後輩にとっては、俺と手を繋いだことは、ただ俺を引っ張るという「純粋な手段」でしかないのだろう。
「またいつもの場所でいいよな?」
「ですです」
いつもの場所とは、校舎の端っこにある外階段だ。ここはあまり人通りがない上に、人目にもつきにくい。それに、誰かが来てもカンカンと音が鳴るのですぐに分かる。
別にやましいことをしているわけではないのだが、最近の俺は元気っ子と二人の時はここを好んで使っている。
俺達は二階部分の階段の一段目に二人でくっついて座った。お互いの肩と肩がくっつき、太ももと太ももがくっついている。
距離感がかなり近いが、そのことはわざわざ指摘しない。おそらく後輩は無意識だろうし、言ってしまうと離れてしまう気がするから。
元気っ子後輩の首元からふわっとシーブリーズの香りがする。普段は爽やかな香りを好んでいるはずだが、最近では種類を変えたようで、甘めの香りがするようになった。首元から香るサボンの香りが、俺の胸をほんの少し高鳴らせた。
「おっ、まーた元気っ子後輩はそんなのを食べてるのか。羨ましいから俺にもくれ」
「ですです。いつもみたいに交換しましょー」
「こんな感じで木曜日にも交換してくれたら嬉しいのに」
「あははっ、デラックスエビカツサンドだけはあげませんよーだ。悔しかったら泰平先輩も争奪戦で手に入れてくださいね」
後輩は基本的に毎日購買部でパンを買って、それをお昼ご飯にしている。両親がお弁当を作るのを面倒くさがること、元気っ子後輩もわざわざ自分で弁当を作って学校に行くことにモチベーションが湧かない。この二つが理由とのことだ。
ただ、毎日それだとお金がもったいないことと、微妙に物足りないことから、ゆで卵三つだけは作って持ってきている。ゆで卵だって茹でたり殻をむいたりは結構面倒だと思うが……まあ、何を手間と思うかは人それぞれだよな。
今日後輩が選んだパンは、メガメロンパンとメガ焼きそばパン。運動部御用達のメガシリーズだ。そしてもう一つ、紙パック牛乳も買っている。この学校の購買部は安いので、総カロリー的には千キロカロリーにも達しそうなこれらでも、たった三百円ほどだろう。
「はい、先輩」
「おう、ありがと」
袋から半分ほど出した大きな焼きそばパンを口の近くに差し出されたので、パクリと一口。それからすぐ牛乳も差し出されたので、ストローで少しだけ吸った。
パンと牛乳、やはり安定しておいしい。
「ほら、泰平先輩もはやく」
「はいはい」
いつものように口をあーと開けて、俺の弁当の一部をくれとアピールされた。
そんな可愛いくて無防備な姿を見たせいか、以前着物未亡人さんに提案された『青春療法』という言葉が頭をかすめた。
とっさに頭を振って邪な気持ちを振り払い、母特製の卵焼きを箸で掴む。
「はい、あー――」
パクリ。
俺があーんと言ってからかおうとする前に、自分から迎えに行くように後輩に卵焼きを食べられてしまった。
「お米もちょっとください」
「はいはい」
言われるがまま俺は箸で米をすくい、後輩の桃色のみずみずしい唇の奥へ突っ込む。その綺麗な口元をずっと見ていたくなるが、少し前にじっと見すぎて「変態っぽいですよ」と怒られたことを思い出し、目をそらす。
こっちとしては後輩のことをしっかりと女性として意識しているのに、後輩側は俺のことを異性として意識していないことにドギマギするが、それもまあいつものことだ。
「相変わらず泰平先輩のお母さんの料理はおいしいですね。どうやったらそんな味が出るんでしょう?」
「なー、俺も教えてもらったことがあるんだけど、俺が作るとちょっと食感が違うくなるんだよな。味は完璧に再現できても、口の中でほどけるようなふわっと感がどうも再現できないんだよ」
「なるほど。この美味しさは熟練の技のなせることというわけですね」
「レシピとしては何の変哲もないだし巻き卵のはずだから、そうかもなあ」
この卵焼きなら余裕で店に出せると思う。少なくとも俺は買う。
「ねえ泰平先輩。聞いてくださいよ。この前ですね――」
それから俺達は何気なくも楽しい会話を続けていった。
「「ごちそうさまでした」」
気づけば時間が経ち、お互い食べ終わった。
弁当箱を巾着で包み終え、またしばらく後輩と何気ない会話を続けるのがいつもの俺達だ。
「あっ、そうだ。泰平先輩に聞きたいことがあったんでした」
「んー? どうした?」
「なんか最近、私だけハブって柔道部で集まって、コソコソ何かやってません?」
「おっ……あー。なるほど。そんなことないよ」
「ふぅん。泰平先輩、今なにか口ごもりましたね。やっぱり何かやってるんだ」
「き、気の所為じゃないかな?」
「先輩、隠し事が下手ですねえ」
別に俺は隠し事が下手な訳ではない。ただ、気を許した人に対してだけは、隠し事が下手になるんだ。
「ほれ先輩、何を企んでいるのか、吐いてください」
後輩が俺に詰め寄る。俺の膝の上に正面からまたがり、俺の瞳をじっと見て目を合わせる。おそらくこれから俺をくすぐろうとしているのだろうが、そんなことより距離が近すぎてヤバい。後輩が可愛くてヤバい。
てかやめてください。好きになってしまいます。いやもう好きなんだけど。いや違うくてえっと――
「ふっ、どんな拷問をされようが俺は秘密を吐かん!」
「ってことは、やっぱり何か秘密にしてたことはあるんですね」
「……ぎゃふん」
なるほど、これが墓穴を掘るってやつね。なるほどなるほど。
あとね。やっぱり顔が近いです。くっそ可愛いんだからやめてくれ。キスしたくなるので離れてください。いやほんと、マジ頼むから。
「分かった分かった。降参する! 降参するからどいてくれ! でも、このことは本人があんまり言いふらされたくない可能性もあるから、白ギャル先輩に聞いてみてくれ」
「なるほど、カエデ先輩に関する何かをしていたんですか」
「くそっ、墓穴め! なんでこんなところに掘ってあるんだよ!」
「何言ってるんですか? まあ、今日のところはこれで許してあげます。秘密に関して、泰平先輩からは邪気が感じられなかったので、意地悪で隠しているんじゃないって分かっただけで充分です」
そこで後輩はにへらと笑う。無邪気とは違う、愛おしむような笑み。そのとろけるような笑みに俺は弱い。
「……さいでっか」
向けられる笑みに勝手ながら「甘さ」を感じ取ってしまった俺は、苦し紛れにそう呟くことしかできなかった。




