第五十七話 男の極意
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ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
昨日、白ギャル先輩との疑似結婚式はひとまずうまくいったよ。ただ、寝る前はあれだけ達成感や充足感で満たされていたのに、朝目が覚めると、そんな浮ついた気持ちはしゅんとしぼんで、突如不安感が襲ってきた。
本当に白ギャル先輩は喜んでいたのか。気持ちが先走りすぎていないか。押し付けがましくないか……
確実に言えるのは、少し舞い上がりすぎていたということだ。
でも、やっちゃったものは仕方ないし、過去のことを引きずりすぎても仕方がない。それに、何度考えてもあれが俺のできる最善だったとも思う。俺と先輩の間には、ああいう分かりやすく大胆なことが必要だったのだ。
結局。結論としては、油断せずにこれからもガンガンアタックしていこうってことだな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「がばっ、ゴボボボボ……」
ざぶーん――
四時間目のプールの授業中。ある一人のクラスメイトが足をつった。その事実にいち早く気づいた主人公君は、誰よりも早く飛び出した。
主人公君が動いたのなら、確実に助けられるだろう。
で、誰が溺れたんだ……ああ、「画家かぶれ」か。あいつはこの世界の外から転入して来た外部生な上で、常に孤高を気取っているので、未だによくわかんない奴なんだよなあ。
俺の予想では、孤高の天才を気取っているだけで、本当は友達が欲しい空回りタイプの人だと思っているのだが、本当のところはどうなのだろうな。
……てかあいつ、胸でけえなあ。スク水から零れ落ちそうってどうなってんだろ? まさにロリ巨乳――いや、ロリ爆乳ってやつか。なるほど実際見るとなんか犯罪的だな。
「翼。そいつを休ませておいてくれ」
「はい、分かりました」
熱血気味の女性体育教師がテキパキと指示を出し、翼君がそれに従う。それから一度首にぶら下げたホイッスルをピピっとならし、注目を集めた。
「いいか、お前らも他人事だと思うなよ。プールってのは一歩間違えれば命を落とす場所だということをしっかり認識しろ。分かったな!」
「「「はい」」」
それから俺達は普通にプールの授業に励む。
高校生のうちは男子はスパッツ型の水着のみ、女子は上下に別れたセパレート水着となっている。思春期の女子としては、男性の上半身は刺激物なのだが、授業ではこの格好が昔からお決まりだ。
俺はその事実を前向きに捉え、この貴重な時間を楽しもうと意欲的に参加している。この世界で男が女性の前で肌を晒しても問題が起こらないのは、学生の間くらいだからな。
とはいえ、俺は水泳の授業があまり好きではない。理由は単純、プールの後の授業がだるいからだ。
俺は泳げないわけではないし、なんなら遠泳ができるくらい泳げる。だが、どうもフォームが汚い。先生によると、俺はどんな泳ぎ方であろうが、とにかく力いっぱい体を動かして、強引に前に進んでいるだけらしい。
だから、俺は泳ぐだけで人の倍体力を消耗してしまう。同時に、プールの後の授業が人の倍だるい。授業くらいは真面目に受けたいという意欲はあるので、寝ないように頑張るが……これがなかなか辛いんだ。
「ふぅー」
先生の指示通りにバタ足で泳ぎきった俺は、息を整えながら次の指示を座って待つ。おっと、右耳に水が入ってるな。頭を右に勢いよく揺らして、水を出す。すると、とろりとほんのり温かい水がすぐに出てきた。今回耳に入った水はあまり頑固なやつではなかったようだ。
(……にしても、みんなの水着姿、麗しいなあ)
あんまりジロジロ見ると失礼だが、地味ーにチラチラと俺の身体もクラスメイトに見られているので、おあいことさせてもらう。
同級生の水着姿を見たとしても、案外邪な気持ちは湧いてこないというのは実体験として知っている。それでも若々しい彼女達のスク水姿は新鮮で眩しいものだ。
特に体育教師なんて何故かビキニなんて着ているものだから、つい目が奪われてしまう。お胸はそこまでではないとはいえ、細く引き締まった体はとても魅力的だ。
てかビキニってやっぱエロいわ。青少年にはちょっと刺激的過ぎますって。やっぱ水泳の授業、最高かもしれない。
さて、そんなこんなでプールの授業が終わり、着替えたのちにお昼休みに入った。
ここ最近は元気っ子後輩が俺の教室に来て、一緒に食べることが多い。おそらく今日も来るだろう。大人しく教室で待っていよう。
いつもなら後輩がパンを買ってこの教室に来る時間が、微妙に中途半端で持て余す。だが、今日の俺はちょっとした相談事があったりする。
後輩が来るまで、俺は友達である不健康に相談を持ちかけた。
「あくまでこれは俺の友達の話なんだけどさ」
そう前置きしたのち、俺が白ギャル先輩(ある人とぼやかした)に擬似結婚式をやったこと、一応喜んでいそうだったということ、ただ、ちょっと先走りすぎてないかと悩んでいるということなどを伝える。
「で、男の中の男である不健康はどう思う?」
自分で言っておいてなんだが、不健康は前世のイメージでいう「男の中の男」というものとはかけ離れている。基本的に一人で過ごすことを好み、自分の時間に介入されることをとにかく嫌い、嫌なことには割とはっきり嫌だとネチネチ言う男だからだ。
ただその一方で、不健康は男という性別を小器用に使って生きるのがかなり上手だ。見た目や態度などに気骨があるかっこよさがあるわけではないが、不健康はこの世界ではある意味男の中の男だろう。
特に恋愛面においては俺よりも確実に進んでいる。なぜなら、不健康は国が提供するマッチングアプリで数回お見合いした上で、年上で綺麗でお金持ちの女性三人とすでに結婚済みだからだ。
しかも相手は医者と国際弁護士と一級建築士だよ。よくそんなすごい人ばかりと結婚できたものだ。
あと二人と結婚できるが、不健康はあまり家から出る生活を送るつもりもないし、その三人が超優秀なので残り二人も必要ないとのこと。
そんな不健康は、俺の話を聞き終えたのち、気だるそうにため息を吐いた。
「……はあ、なるほど。その男は何を気にしているのやら。そんなこと気にするまでもないのに」
「というと?」
「そうだね。僕ならそもそもそんな不安を感じることはないけどだよ。仮に僕がその状況になってしまったのなら……その気持ち丸ごと本人に伝えるかな」
「えっ、そんなの情けなくない?」
「バカだなあ、泰平は。情けないところも、プライドが高いところも、器が小さいところだっていい。大事なのはちゃんと相手に伝えることだよ。男の内面が知れると嬉しくなる。女ってそんなもんだから」
「そんなもんなんかねえ……」
少し女性を見下している回答のように聞こえるが、これは女性を劣った存在だと認識しているわけではない。
以前から不健康は『ある一面においてという前提を付けた上で言うけれど、そもそも男って存在は、女の五倍は価値があるのは事実だから』ということを、よく俺に言い聞かせている。
ここで大事なのは、女に価値がないのではなく、男には高い価値があるということらしい。そこを履き違えると、男というブランドの価値はどんどん下がっていくとのこと。
『価値が高いのなら高いなりの生き方がある。高い価値を維持するのは案外難しいんだから、泰平も気をつけて』
つまりはそういうことだ。
「まあ、僕ならそれに加えてシチュエーションにもこだわって、もっと効果的に好感度を上げるけど……その泰平の友達には少し難易度が高そうだし、伝えるだけでいいんじゃないかな?」
「おぉう、なんか、すごいな」
「ま、僕はそんな不安をそもそも感じないだろうけどね。基本僕って相手自ら動くようにしむけるから」
「あははっ、ま、そうだな。流石不健康」
不健康は手元のスマホゲーをポチポチしながらも、ニヒルに笑ってみせた。
「基本的に男なんて何にも縛られずに自由で居ることが一番だよ。心を殺して生きる男は誰も幸せにすることはできないんだから」
「おお、不健康の座右の銘だ」
「そう。その泰平の友達にも、僕の座右の銘は参考になるんじゃないかな。普通の男ならこの言葉の後半こそ大事なんだけどねえ……」
不健康が大事にしている座右の銘は、この世界で百年ほど前にコラムニストとして成功したある男の言葉だ。
【男が不自由でいることは罪だ。だが、自由を履き違えることは、それ以上の罪である】
確かに今、俺の心は不自由になっていたかもしれない。
よし、それが分かれば、すぐにでもこの気持ちを白ギャル先輩に伝えに行かなきゃな。
「せんぱーい!」
と、ここで俺の教室に元気っ子後輩がお昼を一緒に食べようと誘ってきたので、俺は不健康に別れを告げる。
それから二人で一緒にお昼を食べた後、即座に白ギャル先輩の教室に向かい、俺のこの情けない内情をしっかり伝えた。
「「泰平ってホントバカね(だね)」」
教室でスマホゲーをしながら一人呟く男と、白ギャル先輩の言葉が同じだったのは、また別の話。




