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家令とはお話し合い。

 


 朝風呂は実に優雅だった。

 まずユニットバスとは違い、見た目も可愛らしい猫足バスタブ。

 足の部分はきっと十八金仕様。

 湯には薔薇の花びらまで入っている。

 朝からこんな贅沢をしていいのだろうか?

 全身をバスに沈めて目を閉じる。


「御髪を失礼いたします」


 カルロッタが丁寧に髪の毛を洗ってくれた。

 美容室で鼾を掻いて寝てしまった過去を思い出す。

 気持ち良い。

 疲れ切っているベアトリーチェの体は隙あらば睡眠に入りたがるようだった。

 優しく肩を揺すられて、髪の毛どころか全身を洗い上げられているのに気がついた。


「ありがとう。とても気持ち良かったわ」


「恐縮でございます」


 全身を優しくバスタオルで拭かれた。

 バスタオルは当然ふかふかだ。

 バスローブを着せられて、頭も拭かれる。

 この世界、ドライヤー魔法があるのだ!

 ドキドキしながら待っていれば、初の魔法を体感する。

 高級ドライヤー=ドライヤー魔法といったところか。

 大変心地良い。


 下着は自分で着替えられると断り、それ以外を整えてもらう。

 カルロッタの手にかかればドレスの着替えも一瞬だった。

 たっぷりの化粧水を叩かれて、髪の毛を緩くまとめられる。


「お好きなだけ、お召し上がりくださいませ」


 朝食のワゴンは他のメイドが運んできた。

 カルロッタの同僚だろうか。

 記憶に薄いので、ベアトリーチェを虐げも、かばいもしなかったメイドだろう。

 心身ともに疲れ切っていたベアトリーチェは、もしかすると正確な判断ができていなかったのかもしれない。

 カルロッタが信用して食事を運ばせるのであれば、彼女も何処かでベアトリーチェを助けてくれたメイドなのだろうか。

 ゲーム内でのメイドたちは、ベアトリーチェを虐げる者、下に見る者、自分の立場が悪くならないように上手く立ち回りながらそっとベアトリーチェを助ける者に分かれていた。


 実際自分がベアトリーチェになってみると、ゲームで見た描写と違う点が多い。

 ただこの乙女ゲーム。

 イタリア系の名前からわかるように、イタリアをベースに作られている。

 スタッフの中にいたイタリア人が頑張って監修したのだとか。

 なので並んだ朝食はイタリアでの一般的な朝食のようだ。

 食事が美味しそうなのは本当に有り難い。


 ブリオッシュにクロワッサン。

 ビスコッティは五種類もある。

 どれも見栄えが良い。

 たっぷりのカプチーノも置かれている。

 他にもウインナー、ハム、ベーコンにサラダも置かれていた。

 今までの食事状況を知った料理長あたりが追加したに違いない。


 朝食は大変美味しかった。

 ベアトリーチェの胃は小さかったが、中の人が違うと影響があるようだ。


「たくさんお召し上がりいただけたようで何よりです……」


 とカルロッタが涙声で喜んでくれた。

 つまりは今までに比べて量を食べているのだろう。

 まだまだ物足りないが体に悪そうなので、罪悪感を抱きながら残す。

 表情に出てしまったのか、カルロッタが残り物について説明してくれた。

 優秀なメイドは言わずとも察せられるものらしい。

 残り物は下げ渡されたり、施しものにされたりして捨てられないと知れたので罪悪感はなくなった。


優雅な朝食を終えて、これからのざまぁについて思案しようと人払いを頼んだタイミングで、一人のメイドが訪ねてきた。

 見るからに、できるな! と思わせる老婦人だった。


「新しくメイド長に着任いたしました、エズメラルダ・ヴィヴァリーニと申します。バンビーナ・アンヌンツィアータがメイド長を務める前にもメイド長として、アンドレオッティ家にお仕えしておりました」


 その描写はゲームになかった。

 ゲーム転生&転移作品を読むと、しみじみ描写されていないときの判断で別作品になるよね! と思う。

 ざまぁされるヒロインを見ていると、ゲームの強制力があるから大丈夫! と盲目的に行動しているケースが多いしね。

 ちなみに新生ベアトリーチェは時々すっかりゲームが舞台であるのを忘れがちです。

 そもそも弟がいないので、乙女ゲームをベースに作られた別世界かな? というのが、現時点での認識になっていますよ。

 

「バンビーナ・アンヌンツィアータはアンドレオッティ家に仕えるメイド長に相応しくありませんでしたの。エズメラルダ・ヴィヴァリーニ様が当家に相応しくあるように、祈念いたしましてよ」


 名前を口にするとベアトリーチェの記憶が鮮やかに蘇る。

 幼い頃に可愛がってもらったようだ。


「どうぞ、自分のことはエズメラルダか、メイド長とお呼びくださいませ」


「では、エズメラルダ。まずは私の周辺を整理していただけるかしら?」


「畏まりました。ベアトリーチェ様……本日中には手配いたします」


「ふふふ。急がなくても構いませんわ。ただ、確実な、改善を望んでおりましてよ」


「御言葉を胸に確実で、迅速なる手配に努めます」


 このお辞儀をメイド全員ができたら、それだけでアンドレオッティ家の品格が上がるな? と思った、完璧なお辞儀をしたエズメラルダは颯爽と部屋を出て行った。


「……あれが伝説のメイド、エズメラルダ様……お噂以上の方です。私も一層気を引き締めねばなりません」


「あら、彼女を知っていて?」


「この屋敷に勤める者であれば最低限の情報は知っております……例外は、おりますが」


「そうなのね。彼女なら公爵夫人にも忠言をしてくれそうで、安心しますわ」


「……失礼いたします」


 ノックと同時に家令が入ってきた。


「エズメラルダは既に御挨拶に伺ったようですね」


「ええ。素敵な立ち振る舞いの淑女でしたわ。アンドレオッティ家の品格が上がりそうで、とても嬉しくてよ」


「さようでございますか。ベアトリーチェ様のお眼鏡にかなったのであれば、何よりでございます」


「……さて。ファウスティノ家令。貴男にお願いがありますの」


「お願い、でございますか」


「そう、お願い。誰にも邪魔されない公爵との時間が欲しいのですわ。早急に」


「畏まりました。最優先で手配いたします」


 本来の行動としては即座に手配すべく部屋を出て行くのが正しい。

 しかしファウスティノは微かに躊躇いを見せる。

 意図を察するのは主の務めだ。

 鷹揚に微笑んで着席を勧める。


「ありがとう。期待していましてよ……質問を許可するわ。座りなさい」


「失礼いたします」


 居心地悪そうに座る様子に笑みが零れる。


「大変失礼な質問と重々承知してはおりますが……」


 ゲームでのファウスティノの描写は少ない。

 公爵の斜め後ろに控える、公爵に忠実な家令という情報だけだ。

 そもそも名前だって発表されなかった。 

 完全なモブ、といっていいだろう。

 なのでファウスティノの行動は未知数だ。

 ……職務に忠実で、己の仕事に誇りを持っているとわかれば大体の予想はつくけれど。


「構わなくてよ」


「……何故、昨日から態度を変えられたのでございましょう」


「実妹の戯れで殺されかけて、目が覚めましたの」


「殺され、かけて?」


 ベアトリーチェは殺された。

 それが嘘偽りのない真実だ。

 だがそれを伝えるつもりはない。

 墓場まで持っていく。

 そもそもこの世界には転生という概念が存在しない。

 女神信仰を穢す思想として処分される可能性が高いのだ。


「そう。いろいろな要因が重なって、本来であれば苦しむ程度のものが、死に至らしめるものになってしまった……死が見えるほどの苦しみの中で考えましたの。このままの態度であれば、いずれ本当に殺されると」


 ファウスティノは絶句している。

 カルロッタも絶句していた。


「ねぇ、ファウスティノ。私は家族に殺されるほどの何かをしましたか?」


「いいえ。いいえ!」


「そう。常に家族思って、自分を殺して。頑張れば何時かは、報われると信じておりましたのよ? でも……その結果が昨晩の地獄でしたの」


 ぎりっとファウスティノが唇を噛み締めた音が聞こえる。

 唇には血が滲んでいた。

 きっと彼は、今までの放置を酷く後悔しているのだろう。

 カルロッタなどは声を殺して泣き出してしまった。


「あらあら、カルロッタ。どうか泣かないで? はい、ハンカチ。ファウスティノも血が出てるわ。拭きなさい……そう、落ち着いて。いいかしら? そういった事情で、私、決めましたの。歴史あるアンドレオッティ家の娘として相応しい態度で過ごそうと」


 意識して浮かべた暗黒微笑。

 クール系美少女にはきっと似合っているはず。

 二人の喉がごくりと仲良く鳴った。


「己の意思を当たり前に主張し、相手を甘やかさず、暴言暴力を許さないと……仕える者たちだけに限らず、家族に対しても己の望む態度を貫くつもりでおりますわ!」


 最後はわざとらしく手を大きく広げながら語る。

 演説者がよく使う所作に、ファウスティノは唇を、カルロッタは頬をハンカチで押さえた。


「周囲に対して反抗的だと思われる態度を貫く予定でしてよ。止めて御覧になりますか?」


「いいえ! 私は! ファウスティノ・ベッラノーヴァは。家令として真摯にベアトリーチェ様にお仕えいたします。またベッラノーヴァ伯爵家の三男として敬愛を捧げます」


「私も! カルロッタ・ビッソラーティは。専属メイドとして真摯にベアトリーチェ様にお仕えし、ビッソラーティ子爵家の次女として敬愛を捧げます」


敬愛を捧げるというのは、騎士の剣を捧げると似た意味合いを持つようだ。

 名前だけなら個人的な支援を、家名を名乗るなら家としての支援を惜しまないという意味らしい。

 つまりは二人とも自身は勿論、家としても支えてくれるようだ。

 完全な味方とみていいだろう。

 嬉しい。

 ベアトリーチェの意志を貫くには、何より情報が必要だ。

 専属メイドと家令は上級使用人。

 入ってくる情報はかなり期待できるはず。


「上に立つ者として忠義には応えたいと思っておりますわ。どうぞ、これからよろしくお願いしますね」


「「畏まりました」」


 仲良く揃った声が微笑ましい。

 きっとこの二人はベアトリーチェの手となり足となり働いてくれるだろう。


「それでは私は旦那様にお伝えして参ります」


 エズメラルダに劣らぬ美しいお辞儀をしたファウスティノは、音もなく扉を閉めて部屋を去った。


 

 調整には時間がかかったようだ。

 公爵への説明も大変だっただろう。

 ファウスティノがベアトリーチェを訪れたのは就寝前だった。


 ファウスティノが部屋を出てから、人払いをしてざまぁの予定を大まかに書き記す。

 家族や婚約者友人知人にまで及ぶそれらは、名前や背景を書き出すだけでも一苦労だった。

 お茶や夕食の準備時間以外は側にいたカルロッタは、疑問点に対して的確な情報をくれたので、今後もお願いしたいところだ。


 作業に没頭していればエズメラルダが早速手配した従者一人、騎士一人、メイド二人を紹介してくれもした。

 さすがに仕事が速い。

 これで暴力暴言に対して心置きなく抵抗できそうだ。

 メイドが二人もいればカルロッタの負担も軽くなるだろう。

 しかし騎士までつけてくれるとは……横暴な婚約者の意見など聞く必要がないという判断なのかもしれない。


 夕食は料理長が自ら運んできてくれた。

 コック帽を取って深々と謝罪してくるので、気になるのであれば今後美味しい料理で返してほしい旨を伝えた。

 昨日からいただいている料理が十分自分の嗜好に合うものだ、と伝えるのも忘れなかった。

 そもそもベアトリーチェには届かなかったけれど、料理長はきちんと仕事をしていたわけだしね。

 ざまぁの対象ではなかった。

 料理長は職務に忠実な熱血タイプだったらしい。

 大泣きされてしまったのには、思わず苦笑してしまった。


「お休み前に少々お時間をよろしゅうございましょうか、ベアトリーチェ様」


「ええ、御苦労様。公爵との時間は取れまして?」


「はい。ランチを共にできるよう手配いたしました。お三方には特別なオークションへ御招待いたしましたので、御安心ください」


 特別なオークション!

 ちょっと見てみたい。

 落ち着いたらお願いしてみよう。


「特別なオークション?」


 それでも気になったので尋ねてしまう。


「商人たちが在庫処分として毎日のように開催しているオークションの一つです」


 思わず吹き出しそうになった。

 なるほどある意味特別なオークションだ。

 それならば無駄に散財をしないように祈るだけだろう。


 ファウスティノとカルロッタからのおやすみの挨拶に面はゆさを感じながら見送る。

 就寝前のほうじ茶に驚きながらベッドに入れば、あっという間に寝入ってしまった。



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