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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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85、罪の結果







「───まずは、学国までの移動手段を確保する。それが当面の課題です」


 風呂上がり、ルルノイ達の部屋でベイラさんの話を聞く。

 砂上船や飛竜船は使えないらしく、貴族の特権を使って多少強引に探してるらしいけど、それでも候補すら見つかってない。

 一応、ギルドの方で何かあったらしく、今後何かしらの動きはありそうだとベイラさんは言った。


「転移錨があれば、あとは使い手を探すだけでいいんですがね………」


「転移、錨………」


 テンさんが呟いた言葉の中に、聞いたことのある単語があった。

 そういえば、俺がここバルデルハラ街に送り返されたとき、転移錨を使ってたはず。俺はダメでも、ルルノイ達が交渉するなら使えるかもしれない。

 問題は、転移錨のことを勝手に言っていいのかだけど………


「………さすがにダメか」


 隠してるかすら分からないけど、分からないならなおさら言えない。

 じゃあ、他に移動手段は………


「う〜ん………………ん?」


 結局振り出しに戻って唸っていると、いつの間にか周りが静かなことに気づいた。

 顔を上げると、ルルノイとベイラさん、テンさんの全員が、俺を見ている。


「あ、えっと………何ですか?」


「いえ、何か知ってそうな顔をしていたので………」


 全員の考えていることを代表するかのごとく、ルルノイが小首を傾げた。

 ベイラさんとテンさんからは、早く言えと無言の圧がかけられる。

 でも、転移錨はギルドのだから俺が言うわけにもいかないし………仄めかすくらいがいいか。


「その、私は学院からこの街に戻ってきたわけですけど………呪いにかかった当日に戻ってきたんですよね」


「え? はい、それはもう聞いています。それから孤児院に滞在し、あの組織に───あっ」


 ルルノイはハッとしたように俺を見上げて、続けてベイラさんの方を向く。

 ベイラさんも気づいたらしく、少し考え込むように目を閉じた後、テンさんに何かを耳打ちした。


「分かりました。聞いてきます」


 ベイラさんの言葉を聞いたテンさんは、すぐに部屋を出ていく。

 これは伝わったと考えていいかな?


「………よかった」


 とりあえず一安心して、いつの間にか身を乗り出していた身体をソファに沈み込ませる。

 あとは、結果を待つだけ。それだけだけど、転移錨のことを漏らした奴は誰だ!的な状況になるのが怖い。

 貴族の護衛がそんな簡単に口を滑らせることはないだろうけど………


「お嬢様、ファドマさん、お食事はいかがですか? 特に、ファドマさんは昨日から何も食べていないですし」


「………そういえば」


 確か、呪いのせいで身体が弱くなってたんだっけ?

 いや、そういえば、そこんところの説明は全くなかった。結局、あんな不調だったのは何?

 まあそれは置いといて、もう不調なところはないから魔化も必要ないだろうし、普通に食べられるのかな?


「ファドマさんは、何かご希望のものはございますか?」


「えーと………あ、じゃあ───」


























「───様、お姉様?」


「んあ………ああ、なんだ………?」


 目をこすりながら、上体を起こす。私が眠っていたベッドの隣には、すでにいつものドレスへと着替えたレモンがいた。

 昨日は夜遅くまで荷物の整理をしていたから、まだ眠りたいんだが………


「いや、随分うなされてたみたいだから………」


「うなされていた? この私が?」


 思い当たる節はあるが、悪夢なんぞ最近は見ていない。夢を見る暇はなかったからな。

 だが、レモンの言う通り、私の身体はじっとりとした汗で濡れていた。私は一体、何を見た?


「………とりあえず、何か食べたら? もうお昼だよ」


「そうするか」


 ベッドから降りて、洗面所へ向かう。

 何か忘れている気がするが、そのうち思い出すだろう。私も早く、この新しい部屋に慣れねばな。


 昨日、やっと私とレモンの移籍が完了し、職員寮の一室を使わせてもらうこととなった。

 職員用というだけあって、風呂は各室にある上、冷房も暖房もある。ウィンダリアの名を捨てた私達にあてがうには、少々不相応だ。


「贅沢は言わんと、伝えたのだがな………」


 実家では遥かに酷い扱いだったので、これはこれでありがたいのだが、当然他の貴族からの不満も出る………と思っていたのだが。


「むしろ、支援が来るとは」


 洗面所までの廊下には、他の司貴家から贈られてきた品々が積まれている。

 直接金を送ってくるやつはいなかったが、明らかに換金用だと思われる宝石や魔石もある。だが、彼らは私達の身を案じて送ってきたわけではないだろう。

 これは、ただの嫌がらせだ。私達にではなく、ウィンダリア家に。


「貴様に贈るものはないが、貴様の傘下から抜けた者には贈る………面子を気にするあいつらには効果覿面だろうな」


 あの厚化粧が癇癪を起しているのを容易に想像できる。

 父上は………むしろ「浅ましい」と言って逆に馬鹿にするだろうな。

 改めて考えると、かなり劣悪な家庭だな。この二人が親とは。


「まあ、もう関係ないが」


 部屋の中にあるにしては長い廊下を渡り切り、洗面所に入る。

 すると、入ってすぐにある洗面台の鏡が私を映し出した。

 その顔には疲労がありありと浮かんでおり、確かにこれでは悪夢を見るだろう。


「………今日は休むか」


 ひとまず顔を洗い、洗面所の隣にある更衣室で学生服に着替える。

 他の服がないわけではないが、何年もともにしたこの服はよく馴染んでいる。何か特別な理由がない限りは、私はこれを着続けるだろう。


「そういえば、子ども達は服を作るのが好きらしいな。あとで頼んでみるか」


 今日はレモンと過ごそうかと思ったが、子ども達の様子も気になる。レモンと一緒に行くか。


 廊下に積まれた品々から菓子包みを拾って口に放り込みながら、レモンの部屋に入る。

 レモンはだらんとベッドに寝転がったまま、何かの本を読んでいた。


「………服にしわがつくぞ」


「あ、お姉様。私はもう貴族じゃないので大丈夫でーす」


「最低限の身だしなみは整えろ」


「ずっと制服のお姉様がそれ言う?」


 それとこれは話が別だが、確かにずっと制服というのは飾りっ気がないだろう。

 だからこそ、子ども達に頼みに行くのだ。


「今日はギルドに行くんだが、お前も来るか?」


「んー………行く。子ども達に会ってみたい」


 そういえば、レモンはまだ子ども達に会ったことがなかったな。

 ちょうどいい。ついでにグランシアへの礼も済ませるか。


「もう行くんだが、準備はいいか?」


「うん、大丈夫」






 学院を抜け、いつもと変わらない夜空の下の街を歩く。

 昼時とあって、街中には人が溢れ、賑やかで雑多な音が通りを満たしていた。


「ああ、騒音の軽減は………あ? いや、レモンはいらないか………」


 あいつならすぐに耳を塞いでいただろうが、レモンは人族だから関係ないだろう。

 それより、今の私達は何も持っていない。礼というならば、土産は必須だろう。


「そうだな、あいつなら………いや、大抵のものはもう貰ってそうだな。無難に菓子にするか。お前も、子ども達に好かれたいなら何か用意しておいた方がいいぞ」


「じゃあ、私は魔術書にしようかな。もう魔術使えるんでしょ?」


「らしいな。教えたものは一通りできるらしい。将来が有望だな」


 とりあえず、冒険者ギルド前を集合地点として、それぞれ目当ての店に向かう。

 レモンは一人で買い物ができるのか不安だったが、私がいない間に無断外出を繰り返していたらしく、問題はないそうだ。


「で、あいつにやる菓子は………アイノスクでいいか」


 通称『溶けない氷菓子』。店内で目についた色とりどりの飴玉のようなそれを手に取り、会計を済ませる。

 このアイノスクという菓子は大して珍しいものではないが、ガキに人気で大抵売り切れている。今回買えたのは奇跡に近いだろう。


「ギルドは………こっちだったか」


 ひんやり冷たい紙袋を抱えながら、通りを進んでいく。

 裏路地を通らないなら、前のように迷うことはない。


「私の方が早かったか」


 ギルド前には同じく待ち合わせをしている学生達がいたが、その中にレモンの姿はなかった。

 そして、私を見た学生はすぐにその場を離れていく。私の悪名は中々にこびりついているようだ。


「お姉様ー! お待たせー!」


「それほど待っていない………って、なんだそいつらは」


 遠くから走り寄ってきたレモンの片手には金属の回し取手がついた小さな木箱、いわゆる奏音器(オルゴール)が握られ、もう片方には縄で縛られた青年達が引きずられていた。

 青年達の肌には真新しい傷がいくつもあり、事情を聞かなくても大体何があったか分かる。


「………まあ、一応聞くか。何があった?」


「んー? 貴族っぽいからってだけで絡まれたから、少しお仕置きしただけ。ついでに、ギルドの方で手配書に載ってないか確かめるために引きずってきた」


「相手の方が可哀想になるな………」


 だが、私の妹に手を出そうとしたのだから当然の報いだろう。

 土産が一つ増えてしまったが、気にすることなくギルドの中へ入った。


 良い噂はない私と青年達を引きずるレモンが入れば、当然注目される。

 そして、どうやらレモンの予想は当たっていたらしく、受付嬢の一人が似顔絵付きの紙を持って駆け寄ってきた。


「あ、この人、女性へのナンパ多数で要注意人物に指定されています。引き渡しをしますか?」


「はい、お願いします」


 レモンは満面の笑みで、縄を受付嬢に渡す。

 手配書には一人分の似顔絵しかなかったが、共犯の可能性もあるとして残りも連れていかれた。

 褒賞は………金には困ってないので、受け取らなくてもいいだろう。


「レモン、行くぞ」


「はーい」


 受付を素通りして、二階への階段に進む。

 ここ数日はギルドで寝泊りしていたので、グランシアが受付をしなくて済むようにしてくれた。毎回、ある受付嬢に睨まれるが、もう気にしないでおくことにしている。


「あ、あそこが昨日まで使ってた部屋だよね?」


「ああ、そうだな。さて、子ども達は………まあ執務室にいるだろう」


 私達が使っていた部屋は、階段を挟んで執務室とは反対の廊下の突き当りにある。グランシアとは毎回受付で話していたので、執務室近くの子ども達の部屋に行く機会がなかった。

 私も手続きがひと段落した後会っていないので、子ども達がどれほど成長しているのか分からない。


「ここが執務室だ。あのデカブツがいないということは………入って大丈夫か」


 ノックもせず、執務室の扉を開く。

 すると、案の定グランシアと子ども達がいたが、加えてデカブツとダークエルフの学者もいた。


「どうした、皆集まって。ああ、これが土産だ。子ども達にも───」


「………ねえ」


 アイノスクをテーブルに置いていると、レモンが服の裾を引っ張った。

 子ども達が五人そっくりなことに驚いたのだろう。人族では滅多にいない五つ子だからな。


 だが、レモンは驚いたわけではなかった。


「ねえ、子ども達、泣いてるよ………?」


「あ?」


 改めて子ども達を見ると、ソファにも座らず、五人寄り集まってすすり泣いている。

 なぜ誰も対処しなのかと苛立って周りを見ると、他全員も同じような暗い雰囲気で俯いていた。


「なっ、おい、どうした? 何があった?」


 グランシアにそう問いかけても、頭を上げることすらしない。

 その代わりというように、デカブツが応えた。


「………残念な知らせだ」


「なんだ? お前らはともかく、子ども達がああなる知らせなんて」


「マレ殿が………」


 デカブツはそこで言葉を切り、一呼吸置いて絞り出すように言う。






「───亡くなったそうだ」






「………は?」


「え、誰? ………って、確か子ども達のお母様だっけ?」


 まれ? ………ああそうだ、マレはどこに行った? あいつが子ども達のそばを離れるなんて………


「ち、がう。わたっ、私は………違う、違うんだ………」


「お、お姉様?」


 思い出す。あの日のことを。

 思い出す。あいつにどんな言葉を言ったのかを。

 思い出す。あいつを否定したことを。


 思い出す。思い出す。思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す思い出す。


「なんで、私は………マレは、どこに………」


 そこでようやく、何かおかしいことに気づいた。

 いや、マレを否定したこと自体すでにおかしいが、そこではない。

 マレは転移によってバルデルハラ街へと帰ったはずだ。そこから数日しか経っていない。バルデルハラ街からここへの転移錨は聞いたことがないので、この短期間で情報が返ってくるのはおかしい。

 そう、おかしいんだ。だから、マレが死んだという情報に信憑性は………


「………子ども達に、聞いてみるといい」


 ゆっくりと、デカブツは子ども達を指差す。

 話の矛先が自分達に向いたのが分かったのか、子ども達の一人、桃色のリボンをつけた子が立ち上がった。

 確か………マーリャだったか。


「最初から、説明します」


「しゃ、喋れたのか………」


 マレと瓜二つの声で、涙に震えた声で、マーリャは全てを話してくれる。


「生まれたときから、私達とお母様の間には、ある繋がりがありました。刷り込みなどではない、魔力でできたれっきとした『繋がり』です」


「そ、そんなのがあるのか? いや、今はそれじゃない。それがマレが死んだという情報とどう………」


 自分で言って、自分で気づいた。

 繋がりがあった。()()()、のだ。つまり今は………


「………私達は、その繋がりを通してお母様の気持ちを感じていました。大まかで曖昧なもので、離れると強い気持ちしか受け取れませんでしたが………それでも感じていたんです。昨日までは」


「昨日、までは………」


「………私達が最後に受け取ったお母様の心には、痛みがありました。脳を焼き尽くすような、地獄の痛みが。そして今朝、その繋がりが微塵も感じられなくなってしまったんです」


 この話も、信憑性に欠ける。欠けるが、目に涙を湛えたマーリャを見れば、その繋がりとやらが確かなもので、それが絶たれてしまったということも、否応なしに分かってしまう。

 つまり、マレは………マレは、もう………


「───じない………」


「お姉様? 一回休みましょう? おねえ───」


「私は信じないぞッ! 直接確かめる! グランシア!」


 未だ俯くグランシアの手を引いて無理やり立たせ、その手のひらを私に向けさせる。


「私を転移させろ! それだけでいい! それだけでいいんだ………!」


 私の言葉を聞いたグランシアはゆっくりと指を広げると、ぶつぶつと呟きだす。

 その詠唱は誰がどう見ても失敗のものだったが、それでも視界はぐにゃりと歪みだした。


「あ、ま、待って………!」


「あ、おい!」


 詠唱が完了する直前、レモンが私に飛びついてくる。

 続いて、青色のリボンをつけた少女も。


「み、ミズノ!?」


「一緒に行く!」


 咄嗟に引き剥がそうとしたが、よくよく考えれば引き剥がす理由もなく、どうしようか迷っていると、周りの景色が完全に歪んだ。


 そして、


「………え?」


 久々の乾いた暑い風が頬を撫で、その中で平然と書類と向き合っている紅色の瞳を持った少年と目が合う。

 どうやら、転移は成功したようだ。


「あなたは私刑囚の………何かありましたか? それと、そちらのお二人は?」


「時間がない! マレはどこだ!?」


「まれ………ですか? このギルドにそのような名は記載されていませんが………」


 どういうことだ? まさか、こいつは私のように記憶を………


「いや違う………ああ、そうか。じゃあ、ファドマはどこにいる?」


「ファドマ………リムさんのことですね。彼女なら───」


 そこで、言葉が途切れた。

 何かを思い出すように瞳が揺れ、口を押さえる。今、思い出したらしい。


「僕は、なんてことを………」


「その気持ちは分かるが、早くマレの場所を教えてくれ!」


「それが………」


 ギルドマスターから出た言葉は、最も聞きたくないものだった。

 あいつは今、私より少し小さいくらいの子どもだぞ! 追い出されたら、あいつに行く当てなんて………


「お、お姉様?」


「クソッ、唯一の手掛かりはここだけなんだぞ。空から虱潰しに探すしか………!」


「お姉様!」


 横から怒鳴り声が聞こえて振り向くと、レモンが少し頬を膨らませていた。

 そういえば、レモンもこっちに来ていたんだった。


「お、おう、なんだレモン? 私は今から………」


「ええっと、事情はよく分からないけど、そのマレっていう人は子ども………なんだよね?」


「ああ、だからこそ、早く見つけねば………」


「じゃあさ、孤児院に行くのはどう?」


「孤児院、か?」


 確かに、身寄りがない子どもが行くなら最適な場所だ。

 確か、私がいた盗賊団の頭領もこの街の孤児院の出だ。名前は………


「聖リムンディア教会………」


「少し待ってください………これ、地図です!」


「あ?」


 ギルドマスターから投げ渡されたのは、この街が大まかに描かれた地図。

 その地図の下部、外壁に程近い場所に赤い丸が描かれていた。


「そこが教会です。あなたなら………!」


「ああ、歩いていく必要はない!」


 ついでに、正面出入口から出る必要もな!


「お、お姉様!?」


 ギルドマスターの後ろにあった窓を開け放ち、そこから飛び降りる。

 下を見ると、どうやら先ほどの部屋は二階だったようで地面が少し遠く、しかし私にとっては見慣れた距離感だった。


「大いなる風よ!」


 そう唱えるだけで落ちる感覚は消え、近くの水殿が被っていた砂塵が舞い上がる。

 そこから一気に上へと上昇し、地図に従って教会の方へと身体を向けた。


「すまん、力を貸してくれ!」


 そう叫びながら、魔法で飛行を開始する。

 いつもよりも強く出る風のおかげですぐに周りの水殿がまばらになり、遠くに教会が見えてきた。それすらもぐんぐん接近し、制動すると同時に地面に降り立った。

 私の姿を見たらしい子ども達が教会へと入り、私がノックする間もなく扉が開く。


「何か物凄い音が聞こえましたが………あら、こんにちは。どうしましたか?」


 出てきたのは年配の修道女。

 生まれてから一度も見たことがなかったそれに感動する暇もなく、そいつに問いかける。


「マレは!? マレはどこだ!」


「ま、マレさんですか? 今は迎賓館にいると思いますが………」


「迎賓館!? なぜそこに?」


「そ、れは………」


 修道女はそこで口をつぐみ、喋らなくなる。

 何があったかは知らんが、とにかく迎賓館にいることは分かった。

 ならば、そこに向かうだけだ。


「とにかく助かった!」


「え、あ………」


 突っ立っている修道女を無視し、地図を広げる。

 街を大雑把に描いた地図は、それでも主要な施設の名は書かれており、その中に迎賓館の文字を見つけた。

 あとは、この教会と迎賓館を結ぶ直線上を飛べばいい。


「よし、この方向だな。じゃあ………ああクソッ」


 早速飛ぼうとした私の目の前に現れたのは、私の膝にも満たない小さな二つの竜巻。

 かつて一度だけ見たことのある忌々しいその竜巻は、明らかに私への()()だった。

 だが、もう躊躇っている時間はない。マレの状況が分からない以上、一刻も早く行かなければならない。


「………やってやる」


 風を掴むように、竜巻を握る。

 すると、竜巻は瞬時に私の両腕に巻き付き、そこから暴力的で膨大な力が流れ込んできた。


「がっ、ぐぅ………!」


 これが、かつて空を支配していた龍の力。上空を保護なしで飛んでいるような重圧だ………

 だが、これは善意だ。善意であるうちに、利用すべきだ。


「大いなる龍よ!」


 浮かび上がるだけで、大量の砂が吹き飛ばされた。

 しかし、その砂の一粒さえ私に降りかからない。私は保護を念じていないが、勝手にやってくれたようだ。


「これほどの力なら………!」


 身体の向きを調節し、迎賓館への方向に向く。

 もう飛ぶ必要はない。ただ、跳べばいい。


「あ、待っ───」


 ブッ───!と音が消える。

 最後に修道女が何か言っていたような気がするが、さすがに遅すぎる。


 眼下では何か白いものが大量に通り過ぎ、真横を城館が通り抜けた。

 そして、迎賓館らしき建物が見えた瞬間に、思いっきり制動をかける。

 この速度で地面に突っ込めば、私は無事だったとしても周りへの被害が甚大だ。ならば、空中で止まればいい。もう腕の中の乱流は収まっている。


「………外にはいないか」


 ゆっくりと降下している間に周りを見渡したが、それらしき姿はない。

 つまりは、迎賓館の中にいるということになるが………


「貴族はバルデルハラ街に来たがらないという話だったはずだが」


 帝国から『空調機』が輸入され、その影響で最近の貴族は王都から出ないらしいのだが、それでも外に出てくる酔狂な貴族とは………

 脳裏に思い浮かぶ、ある貴族の名前。マレが絶対に会ってはいけない者達。


「まさか、な………」


 とりあえず、迎賓館に誰がいるのか確かめるため、入り口すぐの大広間の横にある受付に向かう。

 そこでは若い受付嬢が、眠気が覚めたように周りを見回していた。

 私は保護で聞こえていないが、あれだけの速度を出せば、当然騒音が出るものだ。


 受付嬢は近づいてくる私の姿を捉えると、一つ咳払いをして姿勢を正した。


「こんにちは。何の用でございますか?」


「ここにいる貴族は誰だ?」


「現在、迎賓館に滞在していらっしゃるのはサイルガ家様のみとなっております。面会を希望しますか?」


「………ああ」


 最悪だ。よりにもよってサイルガ家がいるとは。

 だが、受付嬢が『様』付けして呼んでいるのを見ると、今はそこまで酷くはないのだろうか。


 受付嬢は「しばらくお待ちください」と言った後、受付を出て行く。

 ここで暴れても仕方ないため、そのまま大人しく待っていると、先ほどの受付嬢とともに赤髪の女がやってきた。


「面会希望の方ですか? お嬢様はお食事中のため、少し時間を空けてからお越しください」


「お嬢様? サイルガ家に娘がいたのか?」


 いや、そんなことはどうだっていい。マレを確認することが先決だ。


「………すみませんが、あなたは誰でしょうか?」


「私はライムだ。マレはいるか?」


「ライム………ま、まさか、あの司貴家の!?」


 もう違うが、出身という意味では変わらない。

 なので小さく頷いておくと、赤髪の女はさらに目を見開き、どうぞどうぞと案内し始めた。

 普段は聞きたくもないこの家名がこんなところで役に立つとは、よく分からないものだ。

 そして、こうも気軽に入らせるということは、やましいことはないのだろうか。それとも、やましいとすら思っていないか。


「お嬢様、客人です」


「あ、入っていいですよ」


 中から、まだあどけなさが残る少女の声が響く。

 このくらいの年齢なら、息子達の誰かの娘だろうか。だが、妊娠の話も出産の話も何も聞いたことがない。


「ようこそ。といっても、私が所有する建物ではないですけどね」


 扉の先にいたのは、貴族のようにも裕福な商人のようにも、見える装飾の少ないドレスを着た少女。

 その少女が座るソファの隣には、真っ白な扉が置かれていた。どこかの部屋に繋がっているわけでもなく、ただ扉だけがそこに置かれている。

 その奇妙な光景に興味が湧いてしまうが、それを自制して豪奢な部屋を見渡す。

 しかし、マレの姿はない。


「クソッ、どこにいるんだ………!」


「………もしかして、ファドマさんの関係者ですか?」


「あ? あ、ああ、そうだ」


 あいつをさん付けで呼んでいるのはどこか違和感があるが、酷い扱いはされていないらしい。

 ならば、まだ希望はある。


 少女はマレの居場所を知っていそうなので身を乗り出すと、しかし少女の目が怪訝なものになった。


「………すみませんが、あなたは誰ですか?」


「あ、お嬢様、この方は司貴家の一つ、ウィンダリア家の───」


「それは知っています。そうではなく、あなた自身は、マレさんの何なのですか?」


 ここまで警戒しているということは、どうやらある程度の事情は知っていそうだ。

 ならば、答えは一つだ。



「私は───」



 そこで、はたと止まる。

 私は、マレの何なのだろうか。

 最初は、魔術学国へ送り届けるためだけの輸送役………いや、本当の最初は洞窟の中で戦闘した敵対者だった。

 そこからなし崩し的にそばにいて、あいつの身の上話を聞いた。魔術の作り方を教えた。子どもの孵化に立ち会った。

 じゃあ、私は───


「───友、人。私は、マレの友人だ」


「………そうですか」


 やっと導き出した私の答えに、少女は冷たく淡泊に応える。

 確かに、友人という答えは実に無難で、嘘をつきやすい。だが、はっきりと言葉にしてこなかった私とマレの関係は、そう言う他ない。

 自分自身でさえ、マレに対してどんな感情を持っているのか、どんな気持ちを抱いているのかよく分からない。


「まあ、いいです。急いで来たようですし。おかけになってください」


「いや、私はマレを………」


「ファドマさんはもうすぐ帰ってくるはずです。気持ちを落ち着けるためにも、一度座ってください」


「………分かった」


 少女の言い方的に、マレは死んでいない。それを知れただけでも御の字だ。

 一応、少女に従い、テーブルを挟んだ対面のソファに腰を沈ませる。


「ふう………」


「………その、大変失礼な質問になるのですが」


「ん?」


 一安心して一息ついていると、少女が口を開いた。

 その顔は、申し訳ないと思いつつも興味に負けたものだ。


「答えたくないのなら答えなくていいのですが………あなたがファドマさんを拒絶したとき、そのときのあなたはどう感じて、今のあなたはどう感じますか?」


「あのとき、か………」


 あのときは、ただ単に邪魔だと思っていた。

 恨みがあるとかではなく、ただただ興味がない。いるだけで邪魔されるような羽虫のように感じた。なので、あのとき言った脅し文句も、ただ手を払っていただけに過ぎない。

 あのときの私は、いや、私だけでなくあの場にいたマレ以外の全員は、狂っていた。

 しかし、だからといって、決して許されるものではないのは分かっている。


 いや、私自身が許せないんだ。


「………すみません、教えてくださってありがとうございます」


「いや、本来は話すべきではなかった。誰かに話して楽になろうとは………」


 自責する私に何か言葉をかけようとしたのか少女の口が開いた瞬間、ノックの音が響く。


「テンです。ただいま戻りました。客人もいます」


「入っていいですよ。今日はやけに多いですね」


「失礼します」


 部屋の扉が開くと、知らない男の後ろに見知った顔がいくつも並んでいた。

 レモンにミズノ、ギルドマスター、そしてギルドの秘書。おおよそマレに関わっている者達が全員いる。


「ライムさん、やっと追いつきました」


「な、どうやってここを?」


「僕達もファドマさんを探そうと聞き込みをしましてね、最初に声をかけた女性が、たまたまファドマさんに似た少女が連れていかれたのを目撃したらしく。とりあえず城館に向かっていたところ、こちらのテンさんと合流した次第です」


 つまりは、ただの幸運か。私もそこにいれば、もう少し早く着いていたかもしれない。


「で、ライムさん、今休んでいるようですが、後で街警団に自首してくださいね? あの速度で飛べば周りがどうなるか、分からないわけではないでしょう?」


「そんなことは分かっている。だが、今ではない」


「そうですね。ということで、ファドマさんはどこですか?」


「ライムさんにも言いましたが、マレさんはもうすぐ帰ってくるはずです。というか、マレさんはなんで名前を使い分けてるんですか………」


 少女の言う通り、確かにややこしいことこの上ない。だが、あいつなりの理由があるのだろう。

 それを聞くためにも、無事に帰ってきてほしいのだが………


「………いつ帰ってくるんだ? そもそもどこに行ってるんだ?」


「いつ帰れるのかは、ファドマさんも分かっていませんでした。それで、行先はそこです」


 少女がそう指差したのは、隣に佇む真っ白な扉。

 ………いや、まさか。


「私も信じられなかったんですけど、目の前で見たら信じるしかないですよ………」


 何があったのかは知らないが、とりあえず扉をよく見てみる。

 真っ白な扉に木目はなく、かといって石のような硬い感じには見えない。

 ノブは円柱を回すタイプで、そこも真っ白になっている。本当にただただ白い扉だ。


 その扉を開いてみようとすると、少女に止められた。


「ん、なんだ?」


「いえ、ファドマさんの詠唱を聞いたのですが、どうも聞き馴染みのないもので、術者以外が触れるのは危険だと思います」


「………そうか」


 というか、これ魔術で出したものだったのか。

 だが、こんな魔術は教えていないはずだが………


「とりあえず今は休みながら待って───」


 少女の言葉が途切れる。

 理由は明白。私の目の前の扉から、ガチャガチャと金属音が鳴ったからだ。

 それはちょうど、鍵を開けるかのように。


 私が一歩引いた瞬間、扉が開く。

 中からは───


「………なんでみんないるの?」


 マレに似ている女性が出てきた。







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