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てんてこ舞いが止まらない  作者: 金子ふみよ
第二章
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4月7日やら4月8日やら

 四月八日。朝も早くから、俺はいや俺たちは、日本一長い河川の河口に設けられたコンベンションセンターに集まっていた。クラス代表の十六名は、開校記念式典がこれから行われるため、特命を受けた生徒を示す腕章を着け、事前準備やらをしなければならなくなったのである。


 どうしてこうなっているかの話は前日まで戻る。


 この前日、つまり四月七日に入学式や始業式が執り行われた。式後にクラス分けされていた教室に入って、早速最初のホームルーム。自己紹介をした後に、校内見学、身体検査の日程などが担任から告げられ、それからこれまた早速クラス代表男子一人・女子一人を決めることになった。

 そこまでは問題はなかった。学級委員はどの学校にもあるし、新設の学校となれば、なおさらそうした代表者が生徒の代弁者として活動をしていくのだろう。さ、選ばれし者よ、健闘を祈る。なんてことを思っていると、我が担任・小野単衣おのひとえ教員から

「このクラスの男子代表は、巨勢貢君ね」

 立候補どころか推薦さえも取らずに、この教諭は既定路線の茶番劇かの如く淀みなく告げた。

「はあ? ちょっと、先生、待った」

 強行採決に反対する野党議員の勢いで、俺が起立するのを妨げる要素などない。

「あ、君か。じゃ、よろしく」

 担任様はまるで籠の中でクヌギの木から立ったカブトムシを見るかのような視線を送って、

「それでは女子の代表を決めます」

 と話を進めようとした。ので、

「待て、だから、なんで俺なんですか? 立候補したい生徒がいるかもしれないじゃないですか」

 理路整然とした正論で反論。

「じゃ、立候補したい男子いる? いたら赤点にするけど」

 それを聞いて挙手をするのは、勇気ではなく暴挙であるのは俺自身もわかることだが、それよりもだ、

「いや、先生、それは脅迫ですよ」

「そうか」

「そうですよ」

「それで、何が悪い?」

 二の句がつげないとはこういうことだろうか。開き直りならまだいい、この人はそうではなく、自分の言ったことが理路整然とした正論であると認識している以外の様子が見受けられなかった。な? どこがって思うだろ?

「それにだ」

 小野教諭はそのスーツの中に短刀をしのばせいたようだ。

「理事長から言われてんだよ。このクラスの男子代表は『巨勢貢にしておけ』って」

 しかも毒を塗った短刀だったようだ。

「はあ? あの野郎」

 思わず席から飛び出そうとしてしまった。が、

「拒否したら退学だって」

 その毒はしびれの作用があったのだろう。その一言でまったく制せられてしまった。

「理事長権限。入学してその日に退学ってのも青春ぽくて、面白いかもね」

 嗜虐的に小野先生が教壇で笑っていた。世間知らずの俺だってわかるさ、私学校において理事長は絶対的権力者。逆らえば……なことくらい。

「それにマンションの家賃、払ってもらってんでしょ、理事長から」

 教室がざわつく。俺をかわいそうと見ていた、多からぬ視線が疑惑の色にグラデーションしていく。

「いい叔父さんじゃない」

 さらに教室がざわついた。その一言が決定的となった。もう俺以外、俺が代表者になることに反対する勢力はなく、唯々諾々として従うしか選択肢はなくなっていた。

「では、男子は巨勢貢君に決定ね。じゃ、女子は……」

 小野教諭の進行に、俺は無言で着席するしかなかった。内密にしておこうと思ったことがことごとく情報公開されてしまった。それによって面倒なことが起こらなければいいんだがと肩身が狭くなる思いだった。身内が学校関係者、しかも最高権力者とあってはこの先、諸々において「理事長の身内なんだろ」という枕詞が登場するのは想像に難くない。

 女子からは大江灯子(おおえとうこ)という、いかにも学級委員になりそうな物静かな、それでいて仕切りが上手そうな女子が選ばれた。

 理事長が何を考えているのかは知らんが、たかだか学級委員をすればいいんだろ。とその程度であった。雑務を押し付けられるのだろうから面倒だが、それだけで何かが起こることはないだろうと。そう思うことにして、納得するしかなかったのだが、この時に思慮深くあればよかったと思うようになるのは、そう遅くないことだった。


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