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てんてこ舞いが止まらない  作者: 金子ふみよ
第一章
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一学期終業式の体育館

 ため息も出るって。

 七月二十四日。一学期終業式が行われている体育館の壁際に、俺は立っている。窓や扉をすべて開けているが、涼しくはない。夏だから。気休め程度の微風では、じっとしていても汗が額を流れてしまう。ため息はその暑さのせいというよりも、

「エンジョイしてるかっー?」

 理事長・菅原天満(すがはらてんま)がステージ上で絶叫しているからである。まったくもって慣れない。これが身内なのだから、恥ずかしさが気温同様うなぎ上りである。

 体育館の外野はすでに満員御礼のセミたちによって包囲網が築かれており、内野は全校生徒がクラス毎に静かに列になって並んでいる。俺がそこからはぶれているのは、素行不良で教師からの監督監視下にあるということではなく、生徒会役員だからである。一年生なのに生徒会に入っているのは、俺の有能さが入学早々目をつけられたわけでも、俺自らに理想の高校生活のために尽力するとかいった意思があったわけでもない。ただ単にこの高校が今年度開校したばかりの新設高校だからである。二年生も三年生もいないのだから、一年が生徒会のメンバーに入るのは何もおかしいことはない。おかしいのは、ずば抜けて頭が良いわけでも、強烈なリーダーシップがあるわけでも、業務処理能力がずば抜けて速いわけでもない俺が生徒会に入ってしまったことであり、それはこの四か月間何度となく思い知らされてきたのだった。それがため息につながるのに何の不思議があろうか、いや、ない。そう言えば漢文で反語てのを習ったっけ。

 覆水盆に返らないため息がまたしても漏れそうになっていると、

「貢、気を張りなさい」

 隣りから小声で俺の名・巨勢貢(こせみつぐ)を呼んで姿勢を正させたのは、生徒会長の三善玲那(みよしはるな)である。お盆から息さえもこぼさせない、この万能会長によって副会長の俺はこき使われ続けてきたのである。

 会長という資質に二種類あるとして、自らがすべてを取り仕切って行う者を前者、役員たちや委員会に放り投げて自らはあまりタッチをしない者を後者とすると、三善はどちらでもあると言わざるを得ない。小学の児童会や中学の生徒会を見ていれば、会長がどのパターンかは見て取れるというものである。が、三善はその類型化に属しないのだ。ぜひ歴史の授業ではリーダーの下ではどのように振る舞うべきか、ということを種々様々な事例を出して紹介していただきたい。誰だかが言ってなかったっけ、「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」なんていうことを。何も賢者になろうとは思わんが、歴史上三善のようなリーダーがいるなら、それを参考に俺が疲弊しない方法を知りたいのだ。とは言っても俺の無学から言っていることなので、少なからず盛っていることをご勘弁いただきたい。

 終業式はまだ続いている。

「夏休み、エンジョイしろよ!」

 演台に設置させていたマイクを引っこ抜いて、大絶叫をぶちかまし、降壇。全校生徒も教師陣も慣れたのだろうか、驚いた様子もない。こんな演出にも、理事長なのにジャージに白衣を纏った格好にも。この我が叔父に希う。せめて身なりだけは整えてほしい。生徒の一部が俺に視線を送ってきているじゃないか。やはり、歴史に学ぶ必要があるようだ。どうにかして自制や自重を諫言しなければならない。決して聞かないと思うけど。

「ゴホン」

 進行の教諭はわざとらしく――場を整えるかのように――咳払いを一つして、読み上げる。

「生徒会長からの連絡です」

 三善は一列に並ぶ生徒会メンバーから離れ、進行の教諭がいた、全校生徒から見れば左斜め前方の、ステージを上り下りする階段の脇のマイクの前に立って、夏休みの生活や部活動、委員会活動の注意事項を、原稿を見ることなく滔々と述べた。よく頭の中に入っているもんだ。これは見慣れた行為だけど。


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