バカと賭けと恋人
「いたぞ周りこめぇ!」
俺は他のメンツと別れた後、一人で試験場に向かっていた。
「飛行隊、対象を捕捉」
街は今日も平和に回っている。
空にはてっぺんから少し降りたところに太陽が。
「上級魔法の使用を許可、多少の犠牲は構わん」
うん、走り回ってる兵隊さんたちは忙しそうだ。
ドンッ!
「おっとごめんよ」
「ああ……」
兵士にぶつかられた。
臙脂色の軍服を着た金髪の……ん?
ウィリス?
「あっ」
呼びかけようとしたときにはすでに通りの向こう側まで行って、人ごみの中に消えた後だ。
違うだろう。
あいつがあんなに丁寧な言葉を使うはずがない。
しかしなんだ、妙にしめっ……。
「あの兵士なにぶつけやがった」
ズボンのポケットが濡れていた。
それもローションのように、アロエの粘液のようにぬめっとした……?
ぴょこんとポケットから出てくる液体。
「スゥ……いったい何時そこに入った……」
気付けばいつでも俺のどこかにいる。
ほんとに気付かない。
夜の闇を飛び回る蚊よりも気配がない。
染みが小さくなり、スゥが完全体に戻るとポッケから顔? を出してきょろきょろ。
道行く人々はぎょっとした顔でそそくさと通り過ぎる。
一応言っておきます、ここではスライムは最高Sランク認定の魔物です。
基本はFランクだがたまーに強すぎる個体がいるもので。
それにしてもだ。
「…………」
なぜだろうか。
アルを頭にのせていた時と同じ状態だぞ。
周りに人がいない!
みんな俺を危険人物のように見ている。
いや、そりゃあそうだろうよ。
街中に魔物を連れ込んでる時点で……。
『…………』
「なんですか、その目はぁっ!?」
言ってみると蜘蛛の子を散らすように通りが閑散とした状況になった。
遠くで響く兵士と爆発の魔法音だけが空しく通り抜ける。
まあいいや。
誰もいない。
とっても歩きやすい。
そう前向きに捉えて……ああ、人間やめた人間ってこんな気持ちなのかな……。
どうでもいいことを思いながら足を進めた。
やはりというべきなんというべきか。
しばらく歩いて俺がスゥを連れていることを知らない人がいる場所まで来ると通常通りに戻った。
うん、やっぱりこれだよ。
都会の喧騒とまではいかないけど、周りに人がいたほうがいい。
誰も俺の方を見向きもしない。
いや、見向きもしないというのはおかしいな。
俺の前方の人だかり、その前を歩く人物に釘づけになっていると言ったほうがいいだろう。
いくらファンタジーなこの世界でも見かけない服装。
白い髪に紅い瞳。
羽根飾りを付けたロングヘアが風に揺れ、アイドルのような服に青いミニスカート。
そしてスパイク付のブーツ。
そうレイズだ。
怪しからん。
じつーに怪しからんな。
おいそこのキモオタ風味の男ども。
そしてイケメン風味の……訂正、そのもののお兄さん方。
前を歩く美少女は超危険人物ですよ。
それも味方を平気でぶち殺しそうなほど……訂正、『そうな』ではなく『そうとした』だ。
「ねぇねぇ、そこのお嬢ちゃ……」
「…………」
「あ、いや、すいませんでした……」
今、無謀にもアタックを仕掛けたイケメンAが一撃で轟沈しました。
良く見えなかったが、睨まれたのだろうか?
レイズの歩き方からして随分と苛立っているように見える。
周囲の男性(彼女持ち含む)から向けられる煩悩九割以上の視線。
かなり粘ついたねちっこい気持ち悪い気色悪い耐えるのですらストレスゲージをメルトダウンさせそうな視線にさらされているのだ、イラついて当然だ。
『アキト、今すぐに周りのゴミを焼き払え』
頭の中に直接声が響く。
これは精属性の魔法だ。
俺には扱えない。
だがまあ、焼き払うなんて猟奇的殺人はしたくない。
『無理なら恋人のフリでもしてくれ。周りのゴミ……うざい』
なんか普段よりも声が揺れてるな……爆発寸前な方向で。
これは俺がやらないと核爆発でも起こすかもしれない。
割とマジで起こすかもしれない。
そうなればエアリーとの楽しいひと時も作れなくなる。
仕方がないなぁもう。
向こうがいいって言ってるんだし。
かわゆい女の子に恋人役たのまれたし。
俺に下心は無いよ……やろう。
「あーすみません、ちょっと通して」
気持ち悪いキモメンの層を抜け、砕けそうにないイケメンの層を気力で打ち砕いて前面に押し出る。
なんだろう。
もうすでに精神的に折れそうなんだけど。
イケメン集団のなかにフツメン。
さらにこれから特攻を仕掛けるのは出会えるだけでもラッキークラスの美少女だぜ?
『さっさとしろよ……! 後五秒で爆裂を使うぞ』
爆裂。
その単語でアレを思い出した。
初めて会った日、辺り一面を掘り返すほどの絨毯爆撃。
あんなものを使われたら街が地図から消えちまう!
気付いたときには小走りで近づいていた。
こんなことで大勢の罪のない人々を犠牲にするわけにはいかんのだよ。
仕方ない。演技だ。
「よお、待ったか」
「おっそーぃ、どこに行ってたのよ」
腰に両手をあてて上目遣い。
誰だこいつ!?
いや、レイズだよ……?
「もぉ~、あたしをほったらかしにしていなくなるなんてひどいよぉ~」
「お、おう? 悪かったな……」
別人!?
レイズですよね?
いやレイズだよね?
これレイズですよね?
正真正銘レイズですよね?
あの自分のこと『オレ』って言ってたレイズだよねぇ!?
「うっ……」
突然呻き声を上げて倒れ掛かってきた。
周りのイケメン集団からレイピアのように鋭い視線が投げられる。
「どうした?」
「不味い……痛み止めが切れた」
よほど痛いのか俺に全体重をかけてくる。
幸い女の子、重くないから支え切れるが……目立つな。
「路地裏でもどこでもいいから……目立たないところに」
直近の人気のない路地への入り口を見ると、ある方向にはスコール、またある方向にはネーベル。
まずいな、これ絶対後でネタにされて笑われるぞ。
「えぅっ……」
レイズが下腹部を押さえながら崩れ落ちた。
朝方、剣でぐさりとやられた箇所だ。
肩に手を回して、立ち上がらせ……どっちに行く。
スコールか、ネーベルか。
ええい! 近い方でいい。
スコールの路地へと入っていく。
後ろから変な視線がぐさぐさ突き刺さるがガン無視でいこう。
「ほれ、痛み止めとナプキン。ちょいと強めに混ぜたから眠くなるかもしれん」
渡すものだけ渡すと、路地の入口に魔法で壁を作りだし、姿を消した。
あいつ、今魔法を使うときに紙切れを……お札みたいなの使ってたけど……。
「んくっ……ん、ちょっとあっち向いてろ」
「あ、ああ悪い」
しゅるりとショーツが下ろされる音。
若干ながら鉄錆臭い臭い。
うん、女の子だからね。
それも見た感じは年頃の……実年齢どこまで行ってるかは知らないけど。
月のものがあってもおかしくはない。
剣で刺された痛みに生理痛、頭痛とか……俺には分からないが、きついものなんだろう。
「もういいぞ」
振り返ればいつも通り? のレイズ。
「あー……大丈夫、なのか?」
そしてぽつりと一言。
「…………いいよな、男は」
なにか恨みがましい一言だった。
路地を抜けていくが、どことなくキリキリと歯ぎしりが聞こえてきそうなほどに、地味にイラついた様子だった。
次回更新はありません、削除予定です。
申し訳ありません。




