無の魔術師
盛大な爆音とともに白い体が宙を舞う。
それを見ながら俺たちは逃げていた。
敵う訳がない。
あんな悪魔にたかが人間の中では最強と最凶に分類される程度では手の出しようがない。
ヴァレフォルにトドメを刺すために再び潜ってみれば、都市は更地に変わっていた。
すでに標的の姿はなく、おびただしいほどの敵勢力の死体の山を築いた悪魔二人がいるだけだった。
スコールとレイズがそれぞれと相対し、一対一の死闘を繰り広げているところにちょうど参戦した俺は、
フィーアとともに双方を支援しながら撤退を進言した。
だがやつらは、石畳を掘り返すほどの絨毯爆撃と、小隕石クラスの岩塊を飛ばして撤退を遮ってくる。
どうするか?
答えは簡単だ、不死であるレイズを犠牲にして三人で逃げるだ。
「あーあ、あれだとレイズも悲惨だな」
「心配してる場合かスコール!」
ぼこぼこになった大地を駆け抜ける。
後方からはなにやら「助けてくれ」「てめぇら卑怯だ」なんて聞こえたような気がするが、聞こえなかったことにする。
「ちょっと助けてやるか」
「んな暇があるか!」
「作ればいい。フィーア、ガトリング」
「りょーかい」
足を止め、反転してフィーアが水弾を連射する。
一発一発の威力はグーで殴られる程度だが数が多い。
牽制には持って来いだ。
悪魔と悪魔が上空に退避する。
その動きに合わせるようにスコールがグレネードを撃った。
見たこともないタイプで使用している砲弾も自作とのこと。
悪魔たちに向かって飛翔した砲弾が炸裂する。
そこには真っ黒な穴、世界を渡るためのゲートが出現し、周囲の物体を強引に引き寄せる。
その隙をついてスコールがレイズを回収しに行く。
もうぼろぼろ。
あれでよく死なないことを褒めてやりたいほどにぼろ雑巾だ。
「お、お前ら……」
恨みがましく睨みつけてくるが無視だ。
このぼろ雑巾状態では碌なことはできないはず。
「さっさと逃げるぞ。さすがに一対一なら凌げるが二人同時は不可能だ」
「スコールにも不可能ってあったんだ」
フィーアがぽつりと言い、再び撤退を開始する。
吸引ゲートが開いているうちに逃げ切らないと冗談抜きでジ・エンドだ。
目指す先は黒いゲート。
スコールが設置した上層への直通だ。
「うぅ……いてぇ……」
「我慢しろ。太陽のド真ん中に転移させられたときよりはマシだろう?」
「引き合いに出すものがおかしいよ……」
こうしてみると女の子なんだよなー……。
まあ中身は全然別モノなんだけど。
まあそれを抜きにして考えれば、人生で出会えるだけでも運がいいほうの美少女なんだけどなー……。
中身がアレだけど。
「このまま行く。恐らく今のあいつらなら追ってくることはできない」
「本当だろうな?」
「もし来たときは死を覚悟しておけ」
「で、スコールは」
「もちろんレイズを餌にして逃げるに決まってる」
さらっと言った。
酷い!
俺が言うのもなんだけど酷い!
レイズとかなり長い付き合いのはずなのに酷い!
ちらっと後ろを振り返る。
悪魔たちはゲートに吸い寄せられ、飲み込まれないようにするのに集中している。
これなら恐らく大丈夫だろう。
「行くぞ」
ゲートを踏み抜いた。
瞬間、妙な浮遊感を覚えたと思ったら四層に出た。
青い空と白い石畳の地面……だけならよかったんだが。
「げっ」
「おっと……ナイトリーダーか」
「誰?」
嫌なのがいたよ。
そいつらは全身を白い鎧で覆い、長剣と盾を持った騎士だ。
まあ中には銃を持った奴や杖を持った奴もいるが。
銃は俺が見たことのある中で言えばクリスヴェクターが近いだろうか。
形はそれを元にストックとサプレッサーが取りつけられ、少しばかりスマートにしたようなものだ。
色は白にごく少量の黒を混ぜ込み、その上から白に近いグレーのヘックス状の迷彩を施した、隠すことを一切考慮していない色だ。
だが隠す必要などない。こいつらは知る限りもっとも恐ろしい兵士だ。
何と言ってもあのメティサーナ直属の騎士団。
ナイトリーダー以外は、各個人の実力は一般兵より九割増しくらいだ。
さらに連携が上手すぎる。
ヴェクター……の見た目をした魔装銃で牽制しつつ魔法をぶち込み、陣形が崩れたところで疾風の如く斬り込んでくる。
その鎧は魔法を弾き、銃は装甲車を貫き、斬撃は鉄筋入りのコンクリならバターのように切り裂くことができる。
本隊と敵対しようものなら、逃げることは叶わずに待っているのは死だけだ。
ちなみにここにいるのがその本隊なわけだが。
「久しいな」
ごく普通に話しかけてくるが、俺とフィーアは一歩下がり、スコールに主導権を託す。
勝てないことは身をもって体験済みだ。
下手な刺激をしたくない。
「だな。何年ぶりだ? 最後にあったのは合同演習の時以来だが」
「十年程度であろう。それよりレイズはどうした? それほど強大な敵がいるのか」
「下にメティがいるんだよ……」
ため息をつきながら、どちらともが呆れた表情になった。
あの駄天使についての認識は共通のようだ。
「そうか、ならばここは引き受けよう」
「助かる。終わったら”向こう”に帰ってアカモートを奪還してくれ。月姫が数人向かっているからそんなに手間はかからないはずだ」
「承知した。この貸は大きいぞ」
「またすぐに返してやる」
お互いに拳をぶつけ合って別れる。
五層へのゲートに次々と騎士が消えていき、ここに残るのは俺たちだけになった。
妙な緊張が解け、圧迫感から解放される。
「ね、今のって騎士団だよね?」
「アカモートのな。レイズに対して友好的なやつらしか生き残っていないが」
「え?」
「ちょっと前の戦争でレイズがほとんどを殺したからな」
「マジで」
「大真面目な話だ、それに」
「お、お前ら、オレのことは考えてないのか」
「「もちろん」」
レイズを背負っているスコールも考えてないとは……。
放っておいたところで死にはしないからな。
うん、考えないでもいいだろう。
地上に出た時には朝だった。
昨日は大勢いた冒険者たちもほとんどが引き払ったのか、閑散としている。
冒険者をターゲットにした商人たちも儲けがないと踏んですでに街へと引き返した後だ。
傷薬も買えない。
この中で回復用の術を使えるのは全員だが、レイズだけは普通の魔法や魔術じゃ回復はできないだろう。
なにせレイズは精霊に近い。
俺たち一応普通の生き物用の回復は効かないはずだ。
「街まで我慢しろよ」
「……おいスコール。お前なら有り合わせで調合できるよな?」
「残念ながら今は持ち合わせがない」
酷く落胆した表情だ。
ついさっきの戦いでほぼ全力を出したお蔭か力を使い果たしてどうにもならないのだ。
故に、今はちょっと不死身すぎる女の子と変わりはない。
野盗に襲われようものならばアレな展開になる可能性すらあり得る。
……スコールがいる限りはありえ……るな。
魔法を使わない物理相手だとめっぽう弱いから、レイズを囮に逃げる可能性だってある。
仕方ない、街まで護衛するとしよう。
……先に帰ったアイツら……恨むぞ。
次回更新は7月1~2日の予定です。




