白の魔術師 Bereavement
隔離空間・座標不明地点
球体を収めた青いクリスタルが浮かんでいる。
そんな空間に声が響いた。
「なにが起きている」
「先に降りた者たちが消された」
「ヤツか」
「白い悪魔ではない」
「ではなんだ」
「刀の使い手、錫杖の使い手だ」
「たかが脆弱な人間、たかが創造体の天使」
「やれ、障害を排除せよ」
「ならばアレを呼び落とすか」
「吸血鬼、這いうねる混沌」
「よかろう」
---
俺は逃げていた。
後方では天使と悪魔が防げない属性で撃ち合いをしている。
あんなものの流れ弾で死ぬなんてことにはなりたくない。
そもそもここは北欧ベースの世界のはず。
なんで天使や悪魔が出てくる?
あの属性はなんだ?
確かスコールも詠唱していたようだが、信仰って言ってたような……。
いや、今はそんなことよりも四層への転移陣を見つけなければ。
幸いもうここはあの戦闘の範囲外。
レーザーのようなものが飛んでこない限りは安心できる。
……などと思って気を抜いていたのがいけなかった。
いきなり壁が弾け飛び、そこから二人出てきた。
反応できず、もろに瓦礫の嵐を浴びるがこれは魔力障壁でどうとでもなる。
「なんだっ!?」
凄まじい剣戟の音が響き、オレンジ色の火花が散らされている。
「貴様か、この世界に異物を呼び込んだのは」
「まっさきに疑うべきは向こう側のヤツラだろうが」
白い刀を持った剣士。
それと斬りあっているのはスコールだ。
スコールの方は天使から奪ったらしき、リーチの長い槍だが、剣士も長い刀を使っていてどちらが有利ともいえない。
「貴様かあのクズか、どちらかしかこのような芸当はできまい。そしてこの場で出来るともなれば」
「アホかお前は。こんなことしたところで利益がなんもねえだろうが」
鋭く槍を突き出し、剣士がそれを叩き斬った。
バギィィンと轟音と火花を盛大に散らして穂先が俺の方に飛んでくる。
目で捉えてはいるが、身体が反応できる速度じゃない。
咄嗟に魔力障壁を強化した。
したのだが。
「ずっ……!?」
貫通した……。
衝突の衝撃も凄まじく、俺はそのまま後ろへと吹き飛んだ。
空が見える。
薄暗い空にぽっかりと開いた大穴が。
なにか歪なものが這い出ようとしている真っ黒なゲートが。
ドサッと着地した。
焼けるような痛み、体内の何かが消し去られる感覚。
首を動かせば、肩に深々と穂先が突き刺さっていた。
「見たか、神刀の力」
「見なくても分かるさ。そいつを作ったときのコンセプトは『有りと有らゆる全てを斬り裂く』だからな」
「ぬっ……?」
「忘れたか、ネーベルの相棒。その刀は誰から渡された? そのとき何と言われた?」
「……………………あ」
「思い出したかアホ。確かに伝えたはずだ『如何なる理由であれ、敵対行動を取った場合は消し去ると』な」
「ま、待てスコール、待ってくれ」
急に剣士のほうが慌て始めた。
俺は助けない。
なぜかって? 簡単な事さ、見ず知らずの相手、しかも助けに入れば俺の人生がデッドエンドだ。
スコールが槍の柄を捨て、腰のポーチから銃を抜いた。
「やめっ――――」
静かに引き金は引かれた。
弾丸は出ない。
代わりに叫び声を上げることもできずに倒れる剣士の音だけが響く。
バタバタと体を痙攣させ、やがて動かなくなった。
さっきの会話からしても仲間同士? のはず。
それを躊躇なく殺すって……。
「お前もこうならないように気を付けろよ」
「…………」
俺はただ黙って首を縦に振った。
怖すぎるからな!
「なに、そんなに怖がらなくてもいいだろ。ゼロの方も抑えておく」
「ほ、ほんとか?」
とりあえず今浮かぶだけでも、デッドエンドまっしぐらのフラグはいくつもある。
そのうちの数本だけでも今のうちに折っておけるのならば……。
「だからまあ……レイズに変なことして殴殺されないようにな。アイツの本気は星を砕く威力だから」
「マジかよ……」
「冗談だ」
……本気になる冗談はやめてくれ。
「アイツが本気出したら星どころか銀河系すら超えて世界が壊れる」
もっと上に行ってたよ!
「とまあ、こういうことは放っておこう。その刀をネーベルに渡してやれ。転移陣はこのままいけば黒いものが設置してある、間違っても赤を踏むなよ」
「あ、ああ」
赤ってなんだろう?
赤……赤……血? 即死トラップ?
「その赤の方を踏んだら?」
「クロードじゃなかったら確実に死ぬ場所だ」
「うぇいっ!? なにそこ!?」
「無意識の世界。精神体だけで飛ばされるから気を付けろ」
何か聞いたことあるけど思い出せない……確か絶対に入るなと言われたような記憶はある。
「それじゃ……ん?」
「雨?」
空からぽつりぽつりと水滴……じゃないな。
触ってみれば妙にぬめっとしている。
これはなにかの粘液だ。
見上げてみれば穴から出てきていた歪なものが落ち始めているところだった。
水滴はあれからぽたぽたと滴り落ちている。
「クトゥルフ神話の邪神まで召喚しやがったか」
「なんだよ、その、くとぅるふ? 神話って」
「説明してると長くなるから知らなくてもいい。ここは任せてさっさと行け」
邪魔だと言わんばかりにしっしっと手を振ってくる。
レイズすら倒せる化け物だ。
神話という事は敵は神なんだろうが、倒してしまうだろう。
そこに俺なんかがいれば足手まといになる以外、選択肢がない。
「大丈夫、だよな?」
「大丈夫だ」
『私もいるから』
「…………?」
今なんか幻聴が聞こえたような。
ここにいないはずの蒼の声が聞こえたような。
「蒼、お前は回復するまで出てくるな」
『もう歩けるくらいにはなったんだけど』
幻聴じゃない、はっきりと聞こえる。
「ダメだ。あれだけ出血したんだ、普通なら失血死していてもおかしくはない状態なんだから」
『うぅー』
「駄々を捏ねてもダメなものはダメだ」
「えっ、いったいどこに蒼が?」
「憑依している。天使とか精霊は契約を交わせば体に憑依させることができるからな」
「へぇー」
「ちなみに、ベインはこれを利用して他人に張り付いたりできるからな。お前もやられたことがあるだろ」
あったかそんなこと……?
いやあったな。確かあのとき……変な騎士に遭遇した時に。
「確かに、あれはちょっと驚いたけど」
「そろそろ無駄話の時間もなくなってきたな」
ベチャリ。
空から落ちてきた異形。
触手の塊。
そうとしか言えないなんとも気色悪いものだ。
「行け」
「……わかった」
刀を拾い上げて走る。
振り返りはしない、化け物なら化け物が相手をするのが定石だろう。
それにスコールが負けるとは思えないし、俺が勝てるとも思えない。
ならばやれることをやるしかない。
「本当に大丈夫だろうな?」
つんつん、とつつかれた。
リュックのポケットからはスゥがちょこんと顔を出していた。
なんだろうか、そう思ってスゥが指す方向を見れば、切り刻まれた触手が小さな化け物になって追いかけてきている。
「ボスは止めるけど雑魚は放置ってか!」
左手を後ろに向け、扇状に『ブリザードボム』を連射。
冷気の塊が石畳を急速に凍らせ、ヒビを造りながら空間を凍結させていく。
だが触手の化け物は凍らない。
動きが鈍りもしない。
このままでは追いつかれる。
足を止めて反転。
「土の壁を!」
手にありったけの魔力を集めて壁を生成する。
簡単なモノなら詠唱もいいかもしれない。
属性を言って役割を言う。
それに土と言ったが出来上がったのは金属の壁だ。
これなら――
ズゴンッ! ズゴッッ! バギィッ!
持ちそうにないな。
再び走りだし、走りながら壁を造り上げる。
厚さ一メートルの鉄の壁だ。
これなら少々の足止めはいける。
背後からは壁を崩す破壊音とは別の音も響いているが……生きていると思いたい。
スコールが負けたら俺が殺されるということになる。
とにかく走った、走った。
やがて石畳が途切れ、草の地面に変わり始める。
数十メートルほど先に転移陣の光がぼんやりと見えた。
赤、青、黒。
赤は踏んじゃダメ。絶対。
青……まだ下の層があるってことか、まあ今は帰ることが第一だ。
無視して黒い転移陣に飛び込んだ。
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今回の戦闘で亡くなった冒険者たちへの黙祷を済ませると皆好き好きに解散していった。
総勢一〇〇名。
内、無事帰還したのは三名。
負傷一二名。
残りは…………。
どいつもこいつも、それぞれのパーティの中では主力クラスの奴ばかりだった。
そんなパーティで挑んでもこの死亡率だ。
これも第五層へのランダム転移のせいなのだが。
「ネーベル……これ」
「…………」
一通り、報酬の支払いなどが終わった後で例の刀を渡した。
ネーベルは黙って受け取り、霧が風に吹かれるように、魔法で姿を晦ませた。
一人にしてくれということなのだろう。
他のパーティを眺めながらエアリーたちのいる場所を目指す。
ほとんどのパーティはテントを片づけ、帰還準備に入っている。
かなり消耗した状態で探索をする気はないのだろう。
中にはパーティリーダーを失って途方に暮れている者たちもいた。
誰もが口を閉ざして、話し合いすら行われいない状態だ。
俺にはどうしようもないこと、そして他のパーティには極力関わらないのがここでの生き方だ。
薄情な奴と言われようが、他人のために自分を犠牲にするようじゃ生きていけない。
それもこの四年の間に学んだことの一つ。
「よ、ようお弟子さん」
初日に話しかけてきた剣士と、その後ろに俺が氷漬けにしてしまったシーフや他のパーティにいたらしき者たち。
「何の用ですか?」
まさか報酬とは別に死んだメンバーの補填のために金を出せとかいう気じゃあるまいな。
そうなれば俺のポケットマネーならぬリュックザックマネーを出すのだが。
「あー、そのだな、俺たち……」
よく見れば所属していたパーティがほぼ壊滅した者たちばかりだ。
「ネーベルんとこのパーティに入れてもらえねえだろうかなって、な?」
「さすがにそれは……」
うちのパーティリーダーはネーベルだ。
俺の独断で決めることはできない。
「ああ、やっぱ無理か。悪かったな」
「いえ、少し待ってください。ネーベルに話してみないと分からないので」
言うと以外な顔をした。
最初から断られると思っていたようだ。
「じゃ、じゃあ……」
「えと…………夜になったら来てください。ネーベル、まだ後処理してるので」
「おう、そんじゃ頼むぜ」
それぞれ散っていく。
後処理してるとは言ったが……、さすがに夜までに立ち直るか?
だって死んだのが長い付き合いの相棒だろ。
俺だったら……もっと時間がかかるかもな。
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エアリーたちのところに行くと、すでにテントが広げられ、クロードがダウナー入ってたよ……。
見ればエアリー、セーレ、フィーア、クロード。
エアリーは横になって休んでるし、セーレは干し肉を炙りながら齧っている。
一人少ない。
あの猫耳の女の子、エクルがいない。
「あれ、どしたの?」
「エクルは帰ったにゃ、それでクロードは……」
語尾が「にゃ」! あの契約はしっかりと効いているな。
そしてクロードはなにかぶつぶつと言っている。
いつぞやと同じ状態だ。
「おーい、クロード」
「あんだよ、文句あっか!」
「い、いやなんでもない」
随分と荒れてるなぁ……。
「もう一回行ってくる」
おもむろにクロードが立ち上がった。
頭の傷は完全に消えている。
ベルトにはナイフが差してあり、万全と言ってもいい状態だ。
「一人でか?」
「そのつもりだが」
フィーアの方を向いた。
連れて行け、と言いたそうな顔だ。
「フィーア、どうする?」
「わたしはどこまでも一緒に行くよ」
二人並んで歩き始めた。
「おい、何しに行くんだよ」
「殺したい奴がいる。それだけだ」
「殺したいって……おいクロード」
もう振り向いてもくれなかった。
一瞬だけ見えた顔は死を覚悟して戦場を進むような顔だった。
なにがしたいんだよあいつ。
そんなにまでして殺したい相手っていったい……。
「まあ、ほっとけばいいんじゃないかにゃー」
「…………」
「あれでも一人でムスペルヘイムを突破できるからにゃあ」
「そこってそんなに厳しいのか?」
「二ヴルヘイムよりもにゃ」
大丈夫だと思っておこう。
あの二人なら五層までは楽に突破できるだろうし、五層にはスコールと言う名の化け物までいることだ。
なにかあっても生きて帰ってくるだろう。
次回更新は6月28~29日の予定です。




