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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第5章 転移者たちの戦い
84/94

天の魔術師 Between dead and alive

「ん?」


 転移陣を踏み抜いた直後、妙な感覚を覚えた。

 さっきまでの階層とは転移の感覚が違う。

 足元を見ればあるはずの転送陣が存在しない。

 隣を見れば一緒にいたはずのフィーアがいない。


「罠だったか」


 周囲は暗く、じめっとしていて狭い。

 どうみてもゴミの放置された路地裏。

 石畳、建物も石造りばかりだ。

 通りに出て、空を見上げれば特異点が発生している。

 少し視線を落とせば電線なんてなければ大凡科学の産物と言えるものもない。

 これは中世ヨーロッパ辺りの建築様式に似ているような感じだが違う。

 教会というか聖堂というか、そんな感じの建物が数多くたっている。

 まるで居住性よりも儀式性を重視したような配置だ。

 適当に扉を開けて中を覗けば、なにか儀式をした後のような状態だった。

 ルーンを配置、供物が置かれ、魔法陣が焼け付いた床面がある。


「いったい何をしようとしていた……」


 中に入り込んで焼跡を指でなぞってみるが、魔法薬ではなく普通のインクを使っていたようだ。

 指にべっとりと張り付いてくる。


「それにしても――」


 ガコンッ


「…………?」


 見回しても何もいない。

 あるのはバカみたいに大きな十字架と、その左右に置かれている石像だけだ。

 石像、そう石像ガーゴイル

 雨樋としての機能と、無駄に繊細な彫刻が施されている。

 なによりなぜこんなところにあるのか、そしてなぜわざわざ、まるで生き物が眠るような姿勢で造ってあるのか。

 考えれば簡単だ。こいつらが魔物だからだよ。


「イフリート、加熱。ウンディーネ、冷却」

「キシャアアァァァ!」


 召喚すると同時にあちらも襲いかかってきた。

 だが遅い、空中で急速加熱され、即座に冷却される。

 石像、材質はもちろん石だ。

 加熱と冷却を、温度差を激しく、尚且つ一瞬で行えば歪が生じて自壊するだけだ。

 現に足元まで飛んできたのはガーゴイルだった石ころだけだ。

 やはりナイフを突き立てられない相手ともなると、召喚獣こいつらか重力操作でなければきつい。


「ふぅ」


 こんなところにいつまでも用はない。

 建物を出ても薄暗い街並みがどこまでも続くだけ。

 街灯が一っつもないのが原因だ。

 本当に居住性なんて無視しているらしい。

 しばらく当てもなく歩いていると爆音が鼓膜を叩いた。

 音の方向を見れば、近くの建物が倒壊し、その中から四枚羽の天使が這い出てきた。

 昔見たことのある天使だ。


「ケルブか?」


 近づいて姿をよく見れば間違いない。

 キマイラじみた風体に、不気味な車輪を抱えている。

 第二位。

 ここで殺しておくに限る。

 そこらの高位の悪魔より天使のほうが厄介だ。

 身勝手な正義の下、自分が絶対に間違っていないとして行動するからな。

 ナイフを手に取り、慎重に近づく。

 こいつら天使クソどもは視認不可能な攻撃を直接与えることができる。

 属性次第では地表を焦土にすることも永久凍土にすることもできる、それも一瞬で。

 そんなやつらだからこそ、仕留められるときに仕留めておく。

 と、思ったのだが。


「ちょ、クロード! ヘルプ、ヘルプ!」


 空から落ちてきた別の天使、というか白い悪魔(ルシフェル)が……もといレイズがケルブの脳天を踏み抜いた。

 ぐちゃりと、血液ではない液体が飛び散る。

 今日のレイズはいつもの白い髪になぜか上半身裸で六枚羽だ。


「よお、フィーア見なかったか?」

「んなことよりメティが復活した!! ついでにアイリも復活した!!」


 叫ぶその後ろ側、空高くで悪魔と天使と悪魔メティ悪魔アイリが高機動戦闘を繰り広げていた。

 メティは四枚羽の堕天使。珍しく人間の美少女な見た目の天使だ。当然光輪はないし翼も真っ黒。

 正直言ってこいつの強制契約のせいでどれいとして扱われている状態も同然だ。

 明確な命令があれば、今のままでは逆らえない。

 アイリもアイリで同じように人間の女の子の見た目だ。性格はもちろんのこと悪い。

 どう悪いかと言えば、それはまた別の話。


「お前さあ、確か厳重に封印してたよな?」

「……いやー、不意打ちでセラフにやられてな」

「こん、バッカ野郎!」

「あだぁっ!」


 思い切りグーで脳天を叩いた。


「やっぱここでお前に呪いを押し付けて!」

「待て待て待てぇ! そんなことよりも逃げる方が先だろうが!!」

「…………チッ」


 仕方がないのでレイズともども逃走を開始した。

 六枚もの翼があると走り辛いのでは? と、思ったのだが畳んで空気抵抗を減らして前傾姿勢で何とか走っている。

 折角翼があるのだから飛べばいいのに。


「飛ばないのか?」

「アホかお前は! 空でドンパチやってて色々降って来るんだから地上のほうが回避しやすいんだよ!」


 とか文句言いやがった。

 低空飛行ならそんなに変わらないと思うのだが。

 しかしまあ、いくら走ってもまな板は揺れないものだ。

 恐らく触ったところでお腹のほうがやわら――


「お前はこんなときになぁに考えてやがんだ、あぁん?」

「いやーバストサイズ気にしてんのかなーって」

「……お前な、一応言っておくがブラなしでデカかったらな、走ったり戦ったりするときに超痛いのよな!!」

「ああ、つまりデカい方がいいけどデカかったら痛いからという正当そうな理由の負け惜しみというやつか」

「…………ふんっ!」


 ドバギッ!!

 思い切り真横に蹴り飛ばされた。

 その威力、半身が石造りの強固な壁に突き刺さるほどだ。

 常時展開中の重力障壁がなかったら、今頃上半身がなくなっていたことだろう。

 まったく危ないやつだ。

 障壁の出力を上げて壁をぶち壊して脱出すると、さっきまで立っていた場所に血に濡れた翼の天使が二人倒れていた。

 蒼を基調とした装備、アプレィエルの天使どもか。


「ま、回避ついでに蹴り飛ばした」

「むしろそっちの方が危ないんですがね!」


 ったく、こいつは……。

 それにしても天使どももエル、エルってそんなにエルが大事かねえ。


「どーでもいーだろ」

「この野郎……!」


 大真面目に隕石でもブチ当ててやろうか。


「やれるもんならやってみろ。オレに物理攻撃は効かない」

「……だよな。見た目がもろ天使だし、上級天使ともなれば通常攻撃が効かないもんなぁ」

「ちなみにオレの二つ名は『救世主メサイア』と『光の運び手(ルシフェル)』だ」

「まだあったよな? それにルシフェルつったら、堕天して魔王サタンの称号を得たとかいう……」

「いや、天使のルシフェルじゃない……と思う」

「自分でも分かってないのか」

「まあ……結構昔のことだし覚えてない」


 そういやこいつはかなり長い年月を生きてるんだったか。

 ということは、


「好きなやつとかいるのか?」

「今そういうこと持ち出すときじゃないだろ、逃げるのが優先だ」

「じゃあ走りながら話すとしよう」


 再び石畳の通りを走る。

 背後からはもう何とも言えない破壊音が響いてくる。

 ちょろっと振り向いてみればもう混沌カオス

 悪魔メティ悪魔アイリがたかってくるその他の最高位の悪魔を撃墜して、なんとか対話を持ちかけようとする天使たちを容赦なく引き裂いている。

 悪魔の方はともかく、天使に関しては一応同族のはずだ。


「おおう……」

「あれだからメティは怖いんだよ。オレを軽装備で極寒地帯に投入したりもするし!」

「いつまで引きずってんだ……と、そんなことよりさっきの続き。好きなやつはいるのか?」

「なんでそんな話になるのやら……。まあ、もう死んだけどな」

「……悪い」

「別にいいさ……あいつはもう帰ってこない、もう会えない、もう……最後の最後で好きだと思ったことも伝えられなかった……」

「……そうか」


 角を曲がったところで戦っていた第九位の天使と下級悪魔を圧殺。

 雑魚ならば戦闘ではなく作業で済む。


「スコールが……スコールがあのとき多少無理してでも残っていてくれたら、あのときは誰も死なずに済んだのに」

「逃げたのか?」

「いや、腰に一撃食らって、レイアに運ばれた」

「なんでだ……? スコールなら固定砲台として戦えるだろうに」

「なぞはそこなんだよな。なんで用意周到なあいつが武器もなく、神術も使わなかったのか」

「わざと……」

「その可能性はあり得るな。あいつは目的の為に味方の部隊を焼き払ったことまであるからな」

「はぁ!? なにやってんだよあいつ」

「まあ、性格が悪すぎるな」

「…………」


 そんな感じで話しているうちに、真後ろから羽ばたく音が聞こえた。

 振り返ればすぐそこに悪魔メティ!!


「と、いう訳でレイズ」

「おい待てよ」


 容赦なくレイズの足を石畳に固定し、転倒させた。

 こうしたピンポイントの能力行使はけっこう役に立つ。


「クロード! お前もか!」


 レイズを犠牲にひた走る。

 が、


「止まりなさいクロード」

「……くそっ」


 メティとの関係が足を止める。

 どれだけ一歩を踏み出そうとしても動かない。


「おいダメてん――ごはぁっ!?」

「前にもこうしたわよねぇ?」


 見えなかった。

 気付いたときには体がくの字に折れ曲がった状態で、激痛の信号が遅れて脳に届いた。

 この美少女な堕天使は神速の攻撃で敵を撃破し、天使特有の性質で一定以下の攻撃は無力化する。

 今のところ勝てない相手だ。

 初めて会った時の記憶は、鳩尾に一撃食らって意識がブラックアウトしたことだな。

 レイズに初めて会った時の記憶の方がまだマシだ。

 今はもうあまりはっきりとは覚えていないが、死ぬかもしれない状況で助けてもらったような気がする。


「ぉぉぉぉぉ…………」


 攻撃を受けた部分が焼けるように痛い。

 パーカーのジップを下ろしてシャツをめくってみたら大きな痣……。

 内臓は大丈夫だよな? まあ損傷したところですぐに治るけど。


「さぁって、レイズ」

「メティ待て、オレにいい加減自由をくれ。もう何万年この隷属状態か分かってるよな?」

「あらぁ? あの日、たった一人で私のところに殴り込みを掛けて返り討ちにされたのは誰だったかしらねえ。それも負けたら一生奴隷とかいう条件で」


 おおう……女の醜い一面というか、陰湿なところというか……。


「こらそこ! 何考えてるのかしらね」

「お前も思考が読めるんかい!」

「クロード、諦めろ。メティに敵うやつなんざスコールくらいのもんだ」


 ……この悪魔に勝てるスコールという人間は本当に人間なのか?

 むしろ創造神にすら勝てるこの悪魔を凌駕する時点でスコール≠人間の式が成り立つよな?


 ……たすけて


「うん?」

「どうしたクロード?」

「今、声が……」


 ……たすけて、クロード

 ……センパイ


「確かに聞こえた!」


 フィーアともう一人、どこかで窮地に陥っている。

 変なところで同調能力が役に立ったな。

 これは特定の繋がりがあればある程度の距離までで、心の声というか、思考の表層が聞こえてくる。

 無論、間近で意図的に使えば特定の人物に限って記憶を抜き取ることすらも可能だが。


「厄介だぞ」

「そうねぇ……」

「なにが厄介なんだよ」


 フィーアが窮地に陥っている、助けるにしてもこんな奴らが相手じゃない限りは負けはしない。


「相手が天使使いだ」

「なんだそりゃ?」

「天使を支配下に置いて力を引き出すやつらだ。基本的な火属性イグニ水属性アクアみたいな属性じゃなくて、すでにこの世界では失われた信仰エル属性を使うからな……」

「エルと言えば、対抗できるのは同レベル以上のエルかディアブルか闇ね」


 今使える魔術にその属性はない。

 まだまだ基本属性の最高位一歩手前くらいまでしか扱えない。


「闇っつうとクズ野郎の専売特許だろ」

「スコールも使えたでしょ? それにあなたも」

「オレは万能だが基本はフォトン操作とエレメント操作だ。ちょうど対極の属性だからあまり得意じゃない」

「でもあなた、一応は      」


 ゴガァァァンッ!!

 轟音が響き渡った。メティの言葉がかき消される

 発信源はちょうどフィーアの気配が感じられる方向。

 そしてこの音は聞いたことがある。

 フィーアの秒速9キロ水弾の着弾音だ。

 あれほどの魔法を使わなければならないほどの相手という事か。


「仕方ねえ、メティ、悪いが空の羽虫どもは頼む」

「しょうがないわねぇ……その代わり、アカモートをもう一度浮かばせておいて」

「随分とデカい代償だな……まあいいやってやろう」


 黒い二対の翼をはためかせ、光と闇が舞い踊る空に上がって行った。

 現状この場には悪魔と天使と堕天使と人間、他にも獣人やら竜人やらがいるように見える。

 これだけ多勢力が入り混じった戦場ならそろそろ連中が介入してきてもおかしくはない。

 ヤツラが来れば恐らくさらに混沌カオスと化した戦場になるのは目に見える。

 だからこれはスピードランだ。

 状況に追いついていけなければ何もできやしない。


「クロード、掴まれ」

「飛ぶか?」

「ああ、位置は分かってるから転移する」


 唐突にブワサァッ! と六枚の翼が広げられ、もろとも包み込まれた。

 妙に柔らかくてふわふわな翼だ。

 見た目は鳥類と同じような翼なんだが、包まれると変な安心感というか安らぎを覚えるな。

 それに……なんというかこうも至近距離で上半身裸(まな板)な見た目が美少女だと、ドキッする。

 まあ中身がアレなわけで、人間や天使よりも精霊に近いわけだから……いや、天使も精霊も同じようなもんか。


「不味いな……」

「どうしたんだよ」

「オレの離脱妨害アンカーと敵が展開している転移妨害アンカーのせいでちょっと時間がかかる」

「そのアンカーの違いってなんだよ」

「この空間からの離脱を阻害するものと、この空間内での転移系魔法を阻害するものだ。簡単に言えば空間自体、領域そのものにあらかじめ未定義の魔法を展開しておいて、その後の魔法行使を邪魔するもんだ」

「へぇ……自分で展開したものが自分の術を邪魔するのか」

「いやぁ……それネーベルに制御を奪われてるからなぁ……」

「なにやってんだよ」


 話しているうちに翼の隙間から見える外が、少しずつ白く揺らぎ始めた。

 ところどころに赤い色が混じっている。

 レイズの転移魔法の特徴だな。


「いいか、出たらすぐに」

「分かってる。俺が引き付けるからフィーアのことは頼むぞ」

「ああ、死ぬなよクロード。ここの空間の理は少々おかしいからな」

「ったりめえだ。女を残して先に逝くようなことはしない」

「ははっ、ならいいか。しっかり掴まってろ」


 レイズの背中に手を回す。

 あっ、意外に翼の付け根って柔らかい。


「ひぅんっ」

「……おい?」

「くすぐったいんだよ」


 そういうことか。

 なるべく触らないようにしよう。

 このせいで壁の中に転移とかになったら笑いごとじゃすまない。

 現にそういう失敗をしたことがあるからこそ、絶対にこれ以上は経験したくない


「できた、行くぞ」


 ふわりと、身体にかかる重力が消えて浮かび上がる。

 足元に広がった白い魔法陣から赤と白の炎が噴きあがって身を包む。

 一瞬体の感覚がロストしたと思ったらカツンと固い石畳に足がついた。

 レイズは斜め後ろに、六枚の翼を広げたまま浮かんでいる。

 そして前を見れば片膝をつきながらも魔法を行使するフィーアと、それに相対する敵。


「フィーア!」

「クロード? それにレイズも?」


 フィーアの前に出る。

 足元や周りにはフィーアが操っている大量の水がある。

 これは上の層からかっぱらってきたものだ。

 水=弾丸として扱えるフィーアにとってはまさしく弾薬庫。

 追従する武器庫とも言えるのではないだろうか。


「よくやった。後は任せろ」

「ごめん、手間かけさせて」

「構わんさ」

「そうそう。ちょっとくらいカッコつけさせてやってもいいだろう」


 改めて眼前の敵に向き直る。

 確か天使使いだったか。

 傍らに棺桶のような厚みの十字架を二つも浮かばせ、見た目も不良系神父だ。

 ピアス、指輪、ネックレスやらなんやらと聖職者の格好じゃない。


「なんだ貴様?」

「テメエこそ何様だ。人の女に手ぇ出しやがって」


 すると相手は黙り込んだ。

 後ろのレイズに視線を持って行っているようだ。

 レイズが耳もとで囁く。


「気を付けろ、あのアクセサリー、全部補助具(ブースター)だ」

「分かった」


 よくよく見れば、アクセサリーには小さなルーンがびっしりと刻み込まれている。

 あれ自体が簡易魔法陣、刻印の類とすれば敵の魔法攻撃は一瞬で発動されることだろう。


「貴様も天使使いか……それも第一位を連れているとは」


 何言ってんだこいつ? 


「なんたら使いってのはオレたち流れから外れた者同士で相手のことを呼ぶときに使うもんだ」

「ああ、そういう」


 そういう事ならばフィーアは水使いって分類かな?

 しかしまあ、長い年月を生きて自分の名前すら忘れるからそういう呼び方をしてるんだろうが、絶対に被りがあるよな。

 街中で拷問した幻影使いと、ネーベルとか。あいつも幻影使い、もしくは霧使いって呼ばれているようだから。


「行くぞ、天使使い!」


 唐突に相手が十字架を動かした。

 石畳に突き立て、


「エル・ドール!」


 棺桶じみた十字架の前に真っ白な人型が召喚された。

 大きさとしては二メートル程度か。


「エルテッラ・ドール」


 こちらはレイズが詠唱した。

 レイズの手から溢れる白に近い黄色の光が消えると同時、石畳が粘土のように蠢いて、突き出した岩の拳が白い人型を打ち砕いた。

 そのまま今度は振り下ろし、十字架の表面にひびを入れた。

 ギャリィィッと火花が散り、わずかに開いた隙間から中を見れば鎖で縛られた天使が見える。


「天使を隷属させてるのか」

「はははっ、だからなんだ、もっとも効率よく力を引き出すにはこれが一番だろう」


 確かにそうだ。

 後ろで歯噛みしているレイズも同じ状態だからよく分かっているはずだ。

 互いの合意の上での契約ではなく、相手を屈服させ強引に契約を結ぶ。

 そうすれば命令には逆らえないし、壊れると分かってなお力を限界以上に行使させることもできる。

 知る限りでは相手の意識がない状態か、精神的に追い詰めた状態でならば契約の上書きを使って白紙化もできるはずだ。


「まあ、そうだよな」

「貴様も同じだろう? そこ天使を従わせているのは」

「残念。そういう訳じゃないんだなこれが」


 ベルトに挟んだナイフを投げつける。

 それにレイズが爆破の魔術を重ね掛けする。

 当たれば爆発する危険なナイフの出来上がり。

 だが当たるかに思えたその瞬間、


信仰の崩壊(エル・コラプス)


 ヤツの真っ隣の壁を貫いて一条の光が突き抜けた。

 直径三メートル前後はありそうなレーザー光線。

 ジュシャァァァと気色悪い蒸発の音が響く。

 その光線が消えた時、石畳は赤く赤熱するどころか、光に掠った部分も含めて完全に消え去っていた。

 そして穴の方を見れば、


「しつこい!」

「待ってよおにーちゃん!」


 飛び出してそのまま走り去るスコールと追いかける悪魔アイリ


「あれ助けたほうがいいのかな?」

「フィーア、放っておいてもいいぞ」

「レイズ、こういう時に恨みを晴らすのはダメだと思うぞ」


 スコールがなんでここにいて逃げてるのかは知らないが、あのままだと確実に不味い。

 それに聞きたいことがあるからとっ捕まえる必要はある。


「仕方ないな、助けるか」

「方法は?」

「オレがアイリを引き付けてそのまま離脱する。後は勝手にしろ」


 レイズが空に飛び上がろうと、強く羽ばたいた瞬間に空からメティが下りてきた。


「これを渡しておくわ」


 レイズが青色の宝石のようなものを受け取った。

 サファイアにしては色が薄い……ブルーダイア?

 もしそうなら、あの大きさなら軽く10億くらいの値が付きそうだが。

 って、この世界の単位で言えばどれくらいだ?


「これは……」

「ええ、私が幽体であなたの首のネックレスになっていたように。私たち天使は物理的な方法では実体の消失程度にしか傷つかないの」

「それは知ってるが……ってことはあいつも復活できるのか!?」

「そうよ、だからその時が来るまでは大切に持っていなさい」

「ああ、もう絶対に失わない。流れから外れたオレたちにとって不死は本当に頼りになる」


 どうやら宝石の類ではないらしい。

 いつもレイズが首に下げていた黒い宝石のようなもののネックレスと同じようなもんか。

 ようは魂の結晶、そんなところか。


「おい、早いとこ助けないとすごいことになってるぞ」


 通りの向こう側で空から降り注ぐ光の柱……なんというか衛星からの攻撃のような感じだな。

 それがスコールを狙っていくつもクレーターを作っている。

 詠唱からしてエルとかいう属性に間違いはない。

 そしてそれを奪わないという事はそういうことだろう。

 つまり苦戦していると。


「それじゃあ、後は頼むわね」


 そう言ってレイズの翼を無造作に掴んで一緒に空に……。


「ぅおいっ! メティ離せ!」

「暴れないの、少しは手伝いなさい」

「いや、スコールを」

「放っておけばいいじゃないの。核爆発に巻き込まれても帰って来るんだから」

「そりゃそうだけどな!」


 じたばたと暴れるレイズを引っ張ってぐんぐん上昇し、見えなくなった。

 未だに上空では天使やら悪魔やら有翼族が戦っているが、いったいどういう状況なのだろうか。

 でもまあ、政治とかでうるさいもとの世界で人間相手に銃をパカパカ撃つよりかは、こういう戦いのほうが精神的に楽でいい。

 帰りたいはずなのだが、帰るとまたああいう人間同士の戦争に巻き込まれる。

 そう考えるとこっちで暮らすのも悪くはないか。


「ねえクロード」

「っと、わりぃ」

「どうするの? さすがに私じゃエルの属性は防げないよ」

「具体的にエルって言う属性の特徴は?」

「うーん……この世界の魔法、属性で系統化されてるけど、全てに対して有利な属性だね。収束や発散、加熱や冷却っていうようにどんな感じで動くかで組まれた魔法に対しては、もう対抗手段がないほどに一方的な効果を発揮するね。まあ白き乙女は例外だけど」

「……てことは、全てに有利な反則チート属性か」

「そうでもないよ。系統外()には敵わないから」

「系統外っつうと概念魔術とかみたいなやつ?」

「そう。でもまあ、力押しでなんとかなるよ」

「そういうの先に言おう?」


 横に手を伸ばし、重力操作を使って空間に穴をあける。

 繋がる先はどこかは知らない。

 だがそのどこかに武器を放り込んでいるから知らなくても使っている。

 穴に腕を突っ込み、触れた木の感触を握りしめ、引き出す。

 まあ、これもある意味愛用品というか……まあナイフの次に結構使ってる大鎌だな。


「来るよ」

「はぁっ?」


 通りの向こう側に白い柱が突き刺さった。

 轟音なんて響かない。

 足音だけが近づいてくる。

 スコールの姿が見えた、いつもより顔が引きつっているように見えるのは気のせいという事にしておこうか。


「フィーア、コンビネーション!」

「分かった!」


 スコールが久しぶりに命令を出した。

 それにコンビネーション?

 聞いたことがないな。


「五行の概念を参照。水の象徴色、黒。満たせ、生命の源!」


 フィーアが可憐な声で言葉を紡ぐ。

 その詠唱の仕方は……『属性と性質』じゃなくて言の葉に乗せた力か。

 足元に広がっていた水が急速に渦巻く。


「インターセプト」


 スコールがその術に触れて制御を奪い取るそして、


「リリース・エルアクア」


 光り輝く水の乙女が生まれた。一体今の術に何を混ぜた?

 ごぽっと音を出し、地に降りたソレがアイリに向く。


「四大属性の概念を参照。水の象徴色、青。無垢なる根幹」


 先の術に使われなかった水が集まる。

 その水が槍を形作ると、ソレが槍を手に取った。


「天使相手にはちょうどいいだろ」

「おいスコール、これはなんだ?」

「見ての通り、エルとアクアの複合術式。加護を受けている天使の属性が水だからこれが一番強力なものになる」

「加護って……お前天使と契約したのか?」

「そんなことより来るぞ!」


 ドッッップァァァァッ!!

 一撃。

 一撃で地形が消し飛んだ。

 アイリの視認不可能なナニかと、ソレの槍がぶつかった結果がこれだ。

 ぱらぱらと石畳の破片や砂埃が落ちてくる。

 そしてアイリがソレに触れた。

 バギィッ!! と術の核が握りつぶされる、嫌な音が聞こえた。


「おいおい、だいぶ強くなってるな」

「スコール! 他の手は!?」

「無い」


 さらっと言いやがった。

 そして、


「じゃあ後は任せた」

「おい!」


 逃げやがった。

 残るのは足元に大量の水。

 フィーアが制御を取り戻したのか、流れずにとどまっている。

 あんな規格外に魔術が通用するのか?

 否だ。

 ならば召喚獣しかあるまい。


「イフリート!」


 呼び出した瞬間に氷に包まれ、砕け散った。


「シルフ!」


 風が集まると同時に不可視の力で掻き乱された。


「ノーム!」


 石畳が盛り上がった場所に不可視の鉄槌が振り下ろされ、石畳が陥没する。


「ウンディーネ!」


 虚空に水が集まり、水球の中で姿が顕現しかけたところでボシュゥゥアア! と瞬間的に蒸発した。

 全部瞬殺。

 頭の中で呼びかけても反応がない。

 これはしばらくしないと再召喚は無理だな。


「クロードおにいちゃん、みーつけた」


 無邪気な女の子。

 そういえば聞こえはいいだろう。

 だがな、こいつなぁ!

 遊び=殺し、そんな感じなんだよな!

 知ってる天使に碌な奴がいねえ。

 ああ、仕方ない。

 天使vs死神のド級バトルでもおっぱじめるか。


「フィーア、後ろに」

「う、うん」


 十分に離れたのを確認した上で始める。


「よお、アイリ」

「おにいちゃん、遊ぼ!」

「いいぜ、存分付き合ってやるよ!」


 重力操作で水の膜を飛ばして、視界を塞ぎ、その後ろから鎌を振るう。

 だが水の膜は、アイリに近づくと独りでにそこだけ消え去り、振るった鎌からは鋼鉄でも叩いたかのような鈍い手ごたえが返ってくる。

 さらにバギュィッと、見えない何かで刃を握りつぶされた。

 使い物にならない。

 更なる武器を取り出そうと、両腕を真横に伸ばして空間に穴を穿つ。

 が、


「おにーちゃーん!」

「っ!」


 急速に飛び掛かってきた。

 回避は間に合わない。


「クロード!」


 真後ろから魔法が放たれた。

 アイリとの間に作用したその魔法は、真下から水の槍を幾本も突き出させた。

 水であるはずなのに鉄板すら貫きそうな雰囲気だ。


「よくやった!」


 出来た時間で穴に腕を入れる。

 右手は何か硬いものを掴んだ。これは……装甲ベスト?

 そして左手はなにか妙に柔らかいものを。

 とりあえず両方を引き出そうと、引っ張ったら勝手に穴が広がった。

 それでもって引きずり出されたものは……もう嫌だ。


「准尉、いきなり人の胸を鷲掴みにするのはどういうことでしょうか?」


 カチャッと聞きなれた聞きたくない音が耳元で響く。

 これはハンドガンの中ではかなり大口径なもの。

 さすがにこの至近距離で撃たれたら軌道を捻じ曲げることはできない。


「アマミヤさん? ちょっとそれ下ろしませんかね?」

「拒否します」


 さらに開いたままの穴からもう一人。


「クロード准尉、覚悟はできているな?」


 こちらも銃を構えた。

 ベレッタだ。

 九パラでもこの距離だと非常に不味い。


「カミタニさんも、それ下ろしませんか? 俺今の状況結構ピンチなんですが」

「いきなり女性の胸を触っておいて、なあ」


 右手で引き出したのも女の子。それも黒い猫耳の獣人。もちろんのこと知ってるよ。

 

「エ、エクル……? こいつらどうにかしてくれないか」

「セン……パイ? ほんとにセンパイ?」

「感動の再会とか後で! 今俺の命が危ないから!」

「センパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイ!!!!」

「准尉。そんなに女が好きかぁ!!」


 バコォーン……コォーン……ォーン。

 トリガーは引かれた。

 ゼロ距離での銃撃には対して効果のない重力障壁を抜け、こめかみから入り込んだ凶弾は、勢いそのままに頭を貫通した。

 意識が堕ちる。

 奈落の底に堕ちる。

 霞む視界の中で、つまらなーいといった様子で立ち去っていくアイリが見えた。

 とりあえず一番の脅威は消えたが……不味い。

次回更新は6月21~22日の間の予定です。

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