天の魔術師 Between death and life
翌日。
夜明けとともに目を覚ました。
他はまだ寝ているので起こさないようにテントから出る。
ネーベルと会ってからはいつもやってきたように軽く体を動かしてから、干し肉を炙って齧る。
いくら節約とは言えなあ……お金はあるわけだし、調味料が欲しい。
なんかこう、この世界の肉って筋っぽくてな。
まあ、外敵のいない土地でのびのびと育った牛の肉、そんな感じのモノなんてほとんどお目にかかれない。
かかれたとしても売ってくれない。全部金持ち貴族のものなんだとさ。
くそが、たまには牛丼を並盛でいいから食べたい……。
ていうかそもそも米がないじゃん。醤油もないじゃん。
それを言っていくと麹とか大豆も見ないな。
などと思いつつガシガシ齧っていたらフィーアが出てきた。
無防備な格好だ。具体的にどういう格好なのかはご想像にお任せします、ヒントは昨晩の行為だ。
「やあ、おはよう」
ん? なにか違うような……。
「あ、ああ、おはよう」
「それで、答えは出たのかな?」
「答え?」
「忘れたの? 私は、本当のことを知ったとき、君はどうするんだろうね? そう聞いたはずだよ」
「お前、ゼロか」
「そう。今このお時においては、この身体はフィーアのモノじゃない。さあ、答えを聞かせてよ」
「その前にテメェが答えろ、エアリーの副作用ってなんだよ」
「ああ、それ。どういうふうに考えたのかは知らないけど、まずはあのクローンと同じ水属性に対する特化、そして魔法の精密発動と、慣れればそのうち魔術まで使えるようになるだろうね」
「悪い方のは!」
「え? そんなものないよ。だって私らクローンはほんとなら存在しない魂だからね、他のものに押し込んだら性質だけ残して取り込まれちゃうもん」
「はい?」
「えっとね……いい例えがないね…………あ、ゲームとかで合成の素材に使われる特殊素材みたいなものかな。スキルだけ受け継がせる的な」
「…………つまるところは?」
「私たちみたいな強力な魔法を使えるようになったのと、視覚共有能力の獲得かな。まあ、今は自分から見ることはできないけど」
「悪いところは無し?」
「うん、ないよ。それで、君の……っと、もう起きてきたか」
テントがごそごそと動く。
クロードが起きてきたらしい。
「それじゃ、また今度、隙があるときに」
言うだけ言ってテントに四つん這いになって入った。
その体勢だと女の子の部分がかなり強調されてるんですが……。
と、そんなことはどうでもいい!
ネーベルはどこだ?
朝までに帰ってこなかったら……とか言ってたけど、帰ってきていない。
転移門の方まで見に行くが、当然というべきか姿は無い。
代わりにこれから突入するらしい他のパーティが多数見受けられた。
だいたい五〇〇人ほどだろうか。
剣や杖、ファンタジーに合わない銃を持っているやつまでさまざまだ。
そういえば銃と言えば誰か忘れているような……。
「おいあんた! ネーベルの弟子だろ!?」
「ん?」
考えていると転移門周辺のパーティから昨日の剣士が飛び出てきた。
「ネーベルのお蔭で生き残りが全員帰ってきたんだよ」
「よかったじゃないですか」
とりあえずは敬語風味で、無駄な喧嘩に発展させない常套手段。
まあ喧嘩になったところで、そこらのやつらの攻撃は魔力障壁で防げるんだけどね。
「ああ、それはよかったんだけどよ、仲間がな、『転移魔法陣を見つけた。それにネーベルが入ったきり戻ってこない』って言ってんだよ」
「戻ってこない? じゃあもしかしてこのパーティは……」
「ネーベルの捜索と救助のためだ」
へぇ、いいやつら……なわけない。
いくら価値ある人物でも、たった一人の為に救援隊なんて作られるわけがない。
一人助けるために仲間を危険にさらすなら助けない、こんなことも今までに学んだ。
だから助けるとすれば、
「”お礼”が目当てですか」
「んん……まあ、そうだ」
”お礼”として強力な魔法でももらえたならそれだけの価値があるってか。
まあ、強力な魔法の値段は傭兵を雇うよりも遥かに高い。
もしかするとこのパーティ全員の価値と引き換えでも釣り合わないほどに。
「十分待ってください、こちらも仲間を連れてくるので」
「おう、戦力は多い方がいいからな」
テントを設営していた場所に駆け戻ると、すでにテントは畳まれ出発の準備はできていた。
「にゃー……ネーベルがいないってことは、あちしは一人で行くことに……」
セーレの猫耳がへなへなと垂れた。
最初はただ長い髪で耳が隠れているのだろうと思っていたが、よくよく見れば獣耳があるし尻尾もあった。
人じゃなくて獣人だ。
「俺も行くから一人じゃない。クロードたちも行くよな?」
いくら形式上雇われで、帰ってこなかったら好きにしろと言われていても、人としての考え方が普通なら、
「行くわけねえだろ」
「なんで!?」
待てよ、こいつの思考は一般のものではない。
だったら普通の考え方を期待するのは間違っているのだろうな。
「なぜと言われても、後ろにいるし」
「はっ?」
言われて振り向くと真っ赤な返り血を浴びたネーベルが。
「生きてたのか」
「僕がそう簡単に死ぬわけないだろう。それとお土産」
片手に引き摺っていた何かを放り出す。
それはぐしゃりと嫌な音を立てて赤い飛沫をまき散らした。
「闇使い、撃破だ」
人の死体だった。
黒いローブの隙間から見える皮膚は裂けて肉が見え、血が……うげぇ。
「後は仕留め損ねた、とくに瀕死のヴァレフォルを殺し損ねたのは痛かったな」
「クズ野郎がいたか……でもなんで瀕死だったんだ?」
「レイズに殴られてスコールに巻き添えで蒸気雲爆発を喰らったんだとさ」
「おおう……」
不穏なことがたくさん聞こえたぞ。
レイズに殴られて死んでない時点でもう化け物。
「ん、待てよ巻き添え? スコールはどうなった? 聞いておきたいことがあるが、まさか死んだわけじゃあるまい?」
「さあね? 殺しながら聞いたけど、蒼月を庇って灼熱に呑まれたところまでしか見てないだとさ」
「そうか、ならいい。今からクズを潰しに行く、まだ転移してないだろ」
「あっちが離脱妨害にアンカー使ったからね、こっちも早速レイズのアンカーを使わせてもらった。別世界への転移はもちろん、異位相への転移もできない」
「ってことは、行けば殺すまで帰ってこられないか」
なにか考え込んだ後、クロードは走って行った。
その後ろにはフィーアが続く。
「あ、おい!」
「止めても無駄だよ」
「でも大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないね。とりあえず最深層まで行ってきたけど、敵が多すぎる。とくに異世界から入り込んできた連中は厄介だよ」
「異世界……? 俺らみたいなのがいるってことか」
「そういうこと。エアリー、セーレ、君たちはここで待機すること」
ネーベルに言われたエアリーは露骨に嫌そうな表情を作った。
セーレの方は危ないところに行かなくてよくなったことでほっとした様子だ。
「嫌です、私はアキトと一緒に行きたいです!」
「これは遊びなんかじゃない。危険なことなんだ、だからここで待っていて欲しい」
「そんなことわかっています、私だって自分の身くらい自分で守れます」
「俺も、エアリーは連れて行った方がいいと思う」
言ってやるとエアリーがぎゅっと抱き付いてきた。
肌がやわらかーい。
「仕方ないか……セーレ、君は僕の盾になること」
「そんにゃぁぁ……」
約一名絶望に染まったが、まあそれはそれ、これはこれ。
---
転移門前で集合していたパーティにネーベルの姿を見せてやるとかなり驚いていた。
そりゃそうだ、奥に入って帰ってこなかったやつがいつの間にか外にいたんだから。
そんな感じのやつら約一〇〇名を引き連れて転移門をくぐる。
人数が多すぎるとかえって行動しづらくなるため、これは選抜メンバーだ。
残念ながらベンチ入りできなかったやつらは場外で待機だ。
そして転移門を通り抜けた俺たちの第一声は、
「「「「何があった!?」」」」
である。
いやだってね、入った瞬間に隕石が落ちたような感じで地形が抉れているんだもの。
驚かないほうがおかしいって。
「な、なあ、ネーベル、ここってこんな地形だった?」
「いいや、ここは廃墟だったはずだけど……恐らくクロードだろうね」
……怖いです。
「とりあえず、このまま行けば下層へのゲートがある。そこを通って最下層の五層まで行こう」
ネーベルの案内でクレーターを大きく迂回して歩く。
やがて滅びた村のような廃墟が見えてきた。
木造建築だが……なんだろうか、妙にホラー映画を思い出す。
「うん、やっぱり日本家屋だ」
「なんだそりゃ?」
「こっちの話、気にしないで」
ネーベルと剣士がなにやら話をしている。
だがそんなことはどうでもいいんだよ。
ついてきたやつらには分からないだろう。
これはデルぞ。
確実にデルぞ。
まだ墓場じゃないだけマシだと思え。
索敵しながら進んでいき、俺は時折り障子戸を引いて家屋の中を見る。
なんでわざわざ見るかと言えば透視ができないからだ。
妙に魔力が濃すぎて見える映像がノイズだらけになっている。
そうして一軒一軒見ていくと数件目でヒットした。
部屋の奥、畳の上に黒い何か。
そこには無数のハエがたかっている。
ソレがのそりと起き上って、ぼたぼたと黒く腐敗したナニかを落としながら近づいてくる。
「うぇっ……」
吐き気を押さえて岩の砲弾を撃ち込む。
ほんとは火で焼き払いたいが、こんな木造建築ばかりのところならばあっという間に大火災だ。
「エアリー、大丈夫か?」
「う、うん」
言う割には顔が真っ青だ。
というか考えてみないさいよ! エアリーまだ年齢一桁ですよ! 精神衛生上よろしくないですよ! こんなリアルホラーはR18でしょうが!
「アキト、上だ!」
「えっ、うわっ!?」
一歩下がれば俺の頭があった空間を鋭い爪が通り抜けた。
視線を下に落とせば爪の主、やせ過ぎた犬だな。
まさに骨と皮、そして真っ黒な眼孔に灯る真っ赤な光。
「なんだこいつ!」
至近距離で水弾をぶちかました。
が、当たる直前で崩れ落ちた。
カウンターで大きく広げられた口が迫る。
そこにパンチ、 ズゴッシュァッ!
とんでもない音が響いて骨と皮だけの化物犬が粉々に四散した。
なに、恐れることは無いさ、俺の魔力障壁は無敵なのだよ。
……ただし、チートじゃないやつらに限る。
「まだ来る!」
誰かの叫びが聞こえた。
屋根の上、通りの向こう、あちこちから不気味な唸り声が響く。
入る前にアンデッド系の魔物が出るとは聞いたがまさか群れで来るとは……。
これは索敵のために散開していたのが仇になったな。
各個撃破されないだろうか。
「ぼさっとするな! 囲まれてるぞ!」
屋根の上からシーフが飛び降りてきた。
専門職だけあって斥候にはぴったりだが戦闘能力はからっきしだ。
「数は」
「さっと見ただけで五匹だ」
音のする方向を見れば屋根の上を埋め尽くすほどの犬、通りの前後を見れば黒い霧から次々と這い出てくるゾンビ、家屋の中から黒いナニか。
どこが五匹だこの野郎、どんどん増えてるじゃねえか。
「いけるかこれ?」
「さすがにこの数は……」
「だよな……」
得意の広範囲を吹き飛ばすという手段は使えない。
かつエアリーを守りながらとなればなかなかきついな。
いっそ他のメンツを気にせずにぶっ放すか?
ネーベルたちは戦いながら他のところの救援に向かったようだし。
「エアリー、俺にくっついてろ!」
「はい!」
がばっとエアリーが俺に抱き付くと同時、久しぶりに『ブリザードボム』を発動した。
地に打ち付けた杖の根元から膨大な水と冷気がまき散らされ、凍結の奔流が辺り一帯を静寂に空間に造り変えた。
混じりっ気のない透明な氷の中にはアンデッドたちと……悪いな、名前も知らないシーフ。
あんたのことは忘れない。
もうあのときのように氷の迷宮に閉じ込められるなんてヘマはしないのだよ。
そして一歩踏み出したとき、背後からバリンッ! と氷が砕け散る音が聞こえた。
「あんたふざけんじゃねえぞっ!」
「生きてあだっ!?」
振り向きざまに足を掛けられて転倒させられた。
くどくどくどくど文句を言われたのち、ネーベルたちに合流しくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくど時間にして約二〇分のお説教を受けた。
幸い、俺の魔法による味方への被害はシーフだけだったのでよかった。
だがアンデッドにやられたらしく、六人ほどお亡くなりになってしまった。
死体はその場で遺品になるものを回収して火葬。骨は砕いて埋葬する。
これが現場の流儀だそうだ。葬式なんかまともにやってたら時間がないし、ゾンビ化するんだとさ。
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やがてうっすらと青色に光る魔法陣を見つけた。
これが転移陣。
踏めば瞬時に対になる転移陣に飛ばされるという代物だ。
ただし、中にはランダム転移の罠が混じっているから注意する必要はある。
また対となる転移陣を破壊されると効果がなくなって帰れません、なんてこともあり得るからそこも要注意だ。
そして転移陣を踏むとすぐに景色が切り替わった。
足元は背丈の低い雑草が生い茂り、空は曇天。
問題はすでにモンスターに取り囲まれていること。
気持ち悪いあいつ……アイランナーの群れだ。
しかしながら半数以上は目玉を潰されて肉塊に成り果てている。
クロードが殺ったのだろう。
「君の魔法で凍らせてくれ」
「オーケー」
他のメンツが転移してくる前に『ブリザードボム』を三連射。
過去これでも芯まで凍らせることができなかったという嫌な思い出があるが……今回は大丈夫そうだ。
カチンコチンになって動かない。
後続のメンツが次々と転移してくるが、あまり驚くこともせずに淡々と氷の彫像を叩き壊す作業を始める。
どうやら溶けだしたらまた動くらしい。
スズメバチか。
「うわぁ~」
「これくらいで引くなセーレ」
「あちしはまだ大丈夫、それより……」
後ろを見れば、こういうことに慣れているはずの冒険者たちが吐きそうになっていた。
エアリーはまったく平気なけろっとした顔だが。
「なあネーベル、ここってどんな場所なんだ?」
「転移陣で構成され五つの層からなる迷宮ってところかな。今は二層目、三層目は何もない、四層目は水のエリア、五層目は街だね」
「街? 一層目と同じような?」
「いいや、あれは城塞都市のような形だね。しかも異邦人がいるし空に巨大なゲートが開いていたから増援もいるだろう」
話していると超速で破壊活動を終わらせたやつらが呼びに来た。
さすがに凍ったものを剣で叩き壊すなんてことはせずに素手で叩き壊したのだろう、手が赤くなっている。
それにしてもいいな、自己強化。
俺の魔力障壁も見かけは全く同じだけどさ。
そして走ること数十分。
二層目を越え三層目を素通り。
四層目への転移陣の前で止まった。
「それじゃあ、セーレ、よろしく」
「にゃ?」
「四層目はスライムの巣窟だ。君がすべて引き付けてくれ」
「にゃあ!? 乙女のあちしに凌辱トラップに飛び込めと!?」
「うん。それに借金返せないなら……」
ズモモモモ……という効果音がしてきそうなほどにネーベルの笑顔が黒くなった。
本当にネーベルは怖い。そりゃ平常時は聖人と言えるほどに優しいよ?
「まあそういう訳で、頼むよ」
「へっ?」
ネーベルが自然な動きでセーレを転移陣に突き落とした。
なんだかとても悲痛な叫びが聞こえたような気がしたが、物理的に繋がっていないんだ、気のせいだろう。
「……いいのかよ」
「何が?」
「セーレも仲間だろ? なんで一緒に行かないで単独で囮なんかにするんだよ」
「必要な犠牲さ。第四層は一面が水。そしてスライムがいるとなれば、それは一面がスライムと言い換ることができる。そんな場所に大勢で行けば動けなくなってあっという間に消化されるのがオチだよ。だから一人だけ餌にして安全に通り抜けようって」
「ふざけんな!」
さすがにそれは許容できない。
この四年間、確かにそういうことは何度かあった。
だがこれに関しては俺が入って『ブリザードボム』を使ってしまえば解決するはずのことだ。
「あ、待って」
ネーベルの制止を聞かずに転移陣に飛び込んだ。
すぐに景色が切り替わる。
澄んだそらに灰色の石畳。
どこにも水なんてない、どこにもスライムなんていない。
いるのはセーレと襲っているアメーバな化け物だ!
「うにゃぁぁっ!!」
「セーレ!」
アメーバ状の化け物に足を捕られて持ち上げられる。
そしてシュゥゥと白い湯気のような……溶けてる?
「にゃあぁぁっ!! 溶けてる! あちし溶けてる!?」
いや、溶けてるのはお決まりの展開というか、ドロドロ粘液モンスター定番のなぜか服だけ溶かす液体的な……。
それに気づいたセーレが、
「いにゃぁぁっ、やめっ、やめてっ、溶かさないでってば!」
……なんとも扇情的な光景ですなぁ。
このまま眺めるorピンク展開無視で助ける?
「ショーツはやめっ、いにゃぁぁっ!!」
……見入ってる場合じゃないな。
即座にアメーバの触手に照準を合わせて、ピンポイントで冷却。
同時に岩の砲弾を叩き込んで粉砕、落ちるセーレに風を纏わせ軟着陸。
「なぁぁぁぁぁ……」
下半身を隠しながら俺の背後に隠れるセーレ。
頭の猫耳はへなへなと萎れて、下を隠すものがなくなったせいでしっかりと尻尾が見える。
とりあえず、アメーバに向き直り、最大火力の業火で包み込んだ。
これだけ開けた空間で下は石畳、ともなれば火災の心配も酸欠の心配もない。
ものの数秒、白い湯気が濛々と立ち昇りアメーバは消え去った。
それにしてもなぜ水がなくなっているのだろうか?
「にゃぁぁ……酷い目にあった」
俺の足元で身体を抱くようにして座り込んでいる。
それでも隙間から胸の桜色が見えたりしているのだけども。
とりあえずリュックから予備のマント(旅道具のセットに入っていた)を被せて、周囲を見る。
見渡す限り石畳で遠くに転移陣の光がぼんやりと存在している。
まさかここもクロードたちが片づけた後か?
「アキト様、お願いがあります」
「な、なんだよ急にかしこまって」
足元には土下座状態のセーレ。
「あちしを身請けしてください!」
「……………………」
ちょっと待とう。
身請けってアレだろ、借金を肩代わりしてそいつをその契約から解放するって。
セーレの場合はネーベルへの借金か。
身請けしたところで俺の利点は?
「…………」
それにこいつの借金は自業自得の産物らしい。
俺が立て替えたところですぐにまた繰り返すだろう。
となればだ。
「却下」
「んにゃぁっ!? なんでもするから!」
その額に見合うだけのことはさせられるか?
例えばチートな白髪の少女相手に時間稼ぎとか、チートな刀振り回す不愛想に時間稼ぎとか、ドラゴン相手に囮とかぁ……無理でしょ。
「却下」
「妾でも性奴隷でも何でもいいから!」
「もっと却下だぁ!! エアリーの教育上よろしくありませんのでぇぇぇ!!」
俺にはレナというお相手がいるのですよ、そこに妾とかさあ、浮気とかそういう系に分類されそうじゃん。なによりもレナにあったらなんて言っていいのか……。いや、それ以前に鉈で惨劇か。
あの夜の恐怖は未だに忘れていないもので。
というかなんで妻としてー、とかじゃなくて最初から妾とか言うのだろう。
「き、生娘だから……ま、まだ誰にも汚されてないから……」
「そういう方向で言われてもなー……」
沈黙。
しばらくするとネーベルが転移してきた。
「これは君が蒸発させたのかい?」
「いや、最初からこうだった」
「となればクロードか……。さあ、次に行こう」
さらっと流したぞおい。
状況だけ見れば俺がセーレを襲う寸前と捉えてもいいくらいの絵をさらっと無視したぞ。
「これみてどうも思わないわけ?」
「どうもこうも、セーレの扱いは強制契約を結ばれた奴隷だからね」
「はぃ?」
「とある国の王に仕えていて、諸事情からとっ捕まって奴隷。その後いろいろあって一応自由に出歩けるようにはなってるけどね」
「で、その奴隷の主人って誰よ」
「君の知っている人物だ。他にもべリアル、オリアス、フェネクスとか従えてるね」
「……それってソロモンの魔神とかいうアレ?」
「そうだよ。今頃気づいたのかい」
「えっ、ってことはセーレって望みをなんでも叶えてくれるとかいうあのセーレ!?」
「今のセーレにはそんな能力ないけどね」
そんな能力無くても戦力としては十分すぎやしねえか?
だってフェネだってそういう事っしょ?
フェネですら素手であの戦闘能力だぞ、ということはセーレはかなり役に立つのでは?
だって飛ぶ魔物を視線だけで落としていたし。
ならば俺自身の護衛戦力として欲しいな。
さっきのやりとりをネーベルにしてみる。
「いいんじゃないかな、契約自体は形だけだから上書きは楽にできるよ」
と、さらっとセーレを売りやがった。お値段はお仲間割引なんと! 金貨一〇〇〇枚ちょうど!
まあ……お金あるんですよね。使うよりも依頼で稼ぐ方が多かったからたっくさんあるんですよね。
絵的に女の子をお金でやりとりする危ないお兄さんたちなんだけど、まあね。
そこんとこは見なかったことで処理してね。
俺はネーベルにずっしりと重たい、金貨が入った革袋をいくつか渡した。
「それじゃあ契約の変更を済ませてしまおう。アキト、セーレと手を繋いで」
セーレのほうは、なんというか、ほわぁとした顔だ。
やっと借金苦から解放される、そんな感じの。
「首輪と指輪、どっちがいい?」
「何が?」
「奴隷の証、これは主人となる人が決めることだ。どちらでも効果に変わりはないから。あ、ちなみに首輪の方は鎖を繋げられるというオプション付きだよ」
俺に監禁罪を犯せと?
「指輪の方で!!」
それに首輪だとさ、ほら、セーレって猫耳の女の子なわけでそれに首輪ってほら、俺が変質者になるじゃん。鬼畜なご主人様な立場に見られるじゃん。それにそれに首輪って目立つじゃん、他の人たちに変な目で見られるじゃん。
「それじゃあ、さささーっと」
ネーベルが俺たちを囲むように魔力を使って直接魔法陣を組み上げた。
記述内容は読み取れないがひどく嫌な予感しかしない。
セーレのほうは手を握る力が強くなって緊張して……いや、怯えかな?
「なあ、ネ」
『我、ここに汝らの契約を結ぶ者なり』
カンッと杖が打ち鳴らされ、桃と黒の光が溢れた。
下品なマゼンダ。
そんな感じの奔流が俺たちを包み込む。
それは一瞬、終わった後には繋いだ手の中に指輪があった。
「終わり?」
「後は君がセーレに指輪を嵌めるだけだ」
「ちなみにどの指に?」
「左、薬指」
「……………………ぉぃ」
意味はもう言わずもがな。
これをやってしまうと後が不味い。
不味いが……。
「ちなみに服従という意味でだよ。決してそっちの方と思わないように」
「紛らわしいな、おい! ってかそんな意味あったっけ?」
「ま、それはそれ……あはは」
「誤魔化すなよ……」
「とりあえず契約内容は」
•セーレ(以下乙とする)は霧崎アキト(以下甲とする)に絶対服従すること
•乙は甲に対し、いかなる危害も加えてはならない。ただしそれをしなければより大きな危害が及ぶ場合を除く
•乙は特に許しのない限り自らが死ぬ場合であっても甲の命を守ること
•契約期間は甲がこの契約を破棄するまで未来永劫続くものとする
•乙は甲に関係を迫られた場合、如何なる場合も拒否しては――
「スタァァァァップ!!」
「はいこれ、とりあえずよく読んでおくこと」
ネーベルが直接言った内容以外にも、たくさん書かれた紙切れを渡された。
読めば読むほどに奴隷契約そのものだ。
とりあえずさっきの三番目のように酷過ぎるものについては契約内容を変更しておいた。
一番下までさらーっと読み進めて、一つ制約を追加しておいた。
『無駄遣い厳禁』と。
借金肩代わりの身請けなのにさらに増やされちゃたまらん。
だが強力な護衛戦力として考えれば安いかもしれない。
そこらの傭兵なら金貨数枚から白金貨3、4枚だ。
きちんとした傭兵専門の勢力から雇えば金貨数千枚なんてざらだ。
それも一日単位で。ならば永久契約で1000枚は安いと思えるな。
「よ、よろしくお願いしますにゃ、ご主人様」
「……あれ?」
口調変わってね?
「あ、あちしの口が勝手にぃ!」
契約書を見直すと確かにあった。
なるべく語尾は『にゃ』にすること、甲のことは『ご主人様』と呼ぶこと。
とりあえず『にゃ』のほうは可愛いので残しておくとして『ご主人様』の方は不味いので消しておく。
すでに手遅れだが消しておく。
なにが手遅れかと言えば、転移してきたエアリーやほかのメンツにばっちり目撃されてばっちり聞かれてしまったからだ。
「あんたそんな趣味があったのか……やっぱ魔法使いって変わってんな……」
「誤解だぁぁぁぁぁぁっ!!」
白い眼で見られ、エアリーからは……幻滅したような視線というか、変態を見るような視線というか。
この後でネーベルがしっかりとエアリーに説明して誤解を解いてくれたからよかったけども。
ほかのメンツに対しては解釈の仕方次第ではもっとひどくなるような説明してくれてんだぜ!?
次回更新は6月19日の予定です。




