幻相都市
球体を収めた青いクリスタルが浮かんでいる。
そんな空間に声が響いた。
一人二人程度ではない。
数えるのが馬鹿らしくなるくらいの数がいる。
だがそれを聞き取ることができるのは数人程度か。
「ヤツが帰ってきた」
「あのジジイが王座に戻った」
「三兄妹は、ヤツを飲み込む長子は」
「ダメだ、あの悪魔が皆、殺した」
「悪魔、ああ忌々しいあの神殺しか」
「ヘルが生きている。あのジジイ、兄弟が神に仇なすからと予言のないヘルまでも追放しおった」
「臆病もののヤツめ、人を殺さぬ者は罪人として扱うか」
「髭面のジジイめ、勝手に主神を名乗りおって」
「勝手に”理”を創りおって」
「何が勝利の神だ、戦争で人の魂を貪り、魔術を使い、詐欺ばかりの神め」
「最初から壊れることが前提のこの世界」
「あの悪魔が、人間どもが運命を捻じ曲げた」
「あの悪魔も、その身にいくつもの魂を宿している」
「壊れた世界で誰が残るか」
「それをめぐり戦った我らの意味は」
「世界を護ることも征服することもなかった」
「なにせすべてが一度壊れることは決まっていた」
「あの悪魔が神界戦争の日に介入したから結果が変わった」
「ジジイが王座についたのならば、今一度、黄昏を」
「ヘルを解放せよ、戦争と予言の自己保身のためにしか動かないヤツを王座から引きずり下ろせ」
「戦いに使えない魂を蹴り落とすヤツを消し去れ」
「ならば行くか、ニヴルヘイムのさらに下に」
「行こう」
「行こう」
「さればまずは彼の地、空間の位相が捻じれたあの場から侵入するとしよう」
---
少し言わせてもらおう。
このだだっ広い草原。
雲がたなびく晴れ空。
天気はいい。
実にいい。
雲が筋になって風に流され、雲がないところはどこまでも突き抜ける蒼穹。
だが視線を落とせば?
そこにあるのは蜃気楼のように揺らめく空間。
何とも言えない色が蠢く超巨大な転移門。
まだまだ距離があるのに……でけぇ。
ネーベル曰く、これが幻相都市への直通ゲートらしい。
イザヴェルとミズガルドを繋いでいたモニュメントの転移魔法、それの規模が大きくなって通行制限が掛けられていないものだと思えと言われた。
その辺よく知らない俺はとりあえず、分からなくても理解しやがれ! とお頭に言われる下っ端のようになっとくした。
というか俺だけが理解できていない。
すでに荷物持ち兼お荷物扱い気味な俺がさらに足手まといになったとき、朝起きたらポツンと置いてけぼりくらってました、な展開になるのもそう遠くはないだろう。
周りは知識チートプラスチート性能ばっかりだ。
これはそうだ、アレだよアレ。
チートハーレム勇者のパーティにとりあえずくっついてるモブ男Aだよ。
なりゆきでパーティに入ったけど気まずくなっていつの間にかお別れしているパターンだよ。
もしくはパーティのリーダーにあんた邪魔だから消えろなんて言われる展開のアレだよ。
「一つ言っておくことがある」
唐突にネーベルがくるっと振り返った。
「これから幻相都市に入るけど、誰か一人」
まさか、
「先行と捨て駒と肉壁の役割を負ってもらいたい。ついでにもしもの時は餌として犠牲になってもらう」
内容が最悪だな、おい!
「とくに……」
無言でこちらを見つめてくる。
こうなる運命か……。
「俺……?」
「いや、アキトじゃなくてセーレに」
振り返ると俺のリュックから干し肉をこっそり抜き取ろうとしていたセーレ。
「なんであちしが」
「君ねぇ、借金とその他『借り』の総額を分かっているのかい? 普通に働いたところで返せる量じゃないよ?」
「……えっ、だからあちしの体で払えって言うの?」
「もちろん。レイズはすでに返済が終わってるからね、後は君だけだ。たぶん、誰かさんあたりなら娼館送りにするだろうけど、僕はまだ優しい方だからね」
「ちなみにレイズの返済方法は……」
「最高ランクの魔法をいくつか貰ったよ。そこらの魔法使いなら使っただけで魔力が枯渇して動けなくなるものをね」
セーレの顔が一気に青ざめた。
ここじゃ魔法の売り買いは日常的に行われている。
魔晶石と呼ばれる、俺からすれば五センチくらいのサイズの水晶だが。
それに魔法を宿すことができて、魔法を宿した水晶を売り買いしている。
ネーベルはそんな形で魔法をもらっていると思うが、それにしても最高ランク。
少し前に見た時は0が最低ラインでも六つ並んでいた。それも白金貨でだ。
つまるところそれほどの借金だということなのだろう。
「え、えっと……あちしは奴隷?」
「なんだったらほんとに売り払おうか? 結構いい金額になると思うんだけど」
「え、遠慮しますにぃ!」
ネーベル……! お前はたまに容赦ないときが……というより性格が豹変するよな。
さらっと毒を吐くような発言をするし。
口調自体はそのままなんだけど、内容がね……。
その後もネーベルがさらっと怖いことを言い、そのたびにセーレがびくびくしている様子が続いた。
---
レフィスへの転移門に向かう。
だんだんと地面が、草の大地から栄養分の少なそうな赤土がむき出しで岩がゴロゴロ転がった様子に変わってきた。
空にあった日も落ちてきた。
二ヴルヘイムほどではないにしろ、似ているな。
なんかこう、岩陰に頭蓋骨が転がっていて気づかずにパキッとやって地獄絵図とかね。
地面の下に即死トラップとか空からレイピアとか巨大な黒光りする大きなアレとか。
ないよね?
そんな不安を抱えて歩くうちに転移門に近づいていた。
門というよりも壁だな。
近づいてしまえば揺らめく壁にしか見えない。
周囲にはここがお目当てのパーティや冒険者用に商品を売りに来た商人、様々なテントがある。
それらの合い間を通り抜けて行くと、ちょうど門から出てきたパーティとかち合った。
人数はたったの六人。
鍛え上げられた体つき、見るからに物理職、剣士かな?
だが顔は怯えきった表情だ。
「あんたら、行くのか?」
リーダーのようなやつが話しかけてきた。
鎧が傷まみれで二本腰に下げている剣の片方は折れ……いや、スパッと切断されてる?
「ええ、明日の朝に」
「やめたほうがいいぞ、俺たちゃ五〇人のパーティで入ってこの様だ」
後ろのボロボロで憔悴しきった仲間を指さした。
というか、え? 五〇人で挑んで生還者これだけ?
損傷率一〇〇%で死亡率八八%……。
「他のメンバーはどうなったんですか?」
「ばらばらに逃げたから分からねえ……だが」
「死んでゾンビになりましたか」
「ああ……半分はな。ここじゃ死体がゾンビになるのが早すぎるぜ、それにときどきソレがでてきやがるからな、ほんとに気ぃつけろ」
そう言って彼らはどこかに消えていった。
しかしまあ、ゾンビねえ。
この世界、どういう原理なのか分からないが死体を放っておくとゾンビに、骨を放っておくとスケルトンだからな。
「噛まれたら感染とかないだろうな?」
「クロード、君はそんなことを信じているのかい」
「信じているわけじゃない、分からないから聞いておくだけだ」
「そうかい。まあ、僕としても分からないけど、あのゾンビとの戦闘からすれば魔属性で操られた様子だったからねぇ……感染は無いと思う」
「だったらいいか」
その後、他のパーティにネーベルが呼ばれた。
霧の魔術師の名前はここまで広がっているらしい。
うちのパーティに入ってくれだの、商人が金貨の袋をチラつかせながら護衛になれだのとそんな話ばかり。
しばらくすると嫌になったのか、霧で自分の幻影を作って帰ってきた。
「嫌になるね、ほんとに。僕はどこかのパーティに臨時で加入することはあっても、長期の加入はしない主義だから」
そんなことを言いながら設営したテントを魔法で補強していく。
今日はいつもよりもセキュリティランクが上がっているように感じられるが……。
まあ、ここに美少女三人、周りは詳細不明の冒険者や商人。
人が集まるところに人は集う。
ならばその中に人攫いが紛れていてもおかしくはない。
だからそれの対策か。
「はい、全員集合」
ネーベルの号令でテント前に作った焚火を囲うように集まる。
「僕はこれから一人で入ってくる。みんなは朝まで休んでいて。もし僕が帰ってこなかった場合は、セーレは中に入って僕の捜索、死んでいた場合は杖をレイズに渡すこと。他は好きにしてくれ」
「なぜ一人で行く?」
「僕一人だったら、どんな時でも転移魔法で離脱できるからね」
「そうか、じゃあ大丈夫だな」
クロードは素っ気なく言うとテントに潜った。
フィーアも頷いてそれに続く。
「それじゃ、アキト、何かあった時はよろしく」
「あ、ああ」
ほんとに大丈夫なのだろうか。
……いや、大丈夫だろう。
なんせあのレイズを押さえつけるほどだ、勝てるやつはそうそういないはずだ。
「あ、それとセーレ」
「うん?」
「もし僕が死んでも、借金は次回繰り越しだから、そこんとこ忘れないように」
「いぃっ……」
なんかもう泣き出しそうな顔でセーレがもう片方のテントに潜った。
一体どれだけの借金してるんだか。
そして何にそれだけの金を使ったのやら。
「じゃ、行ってくる」
「絶対に帰って来るよな?」
「いいかい、何事にも絶対はないよ」
それだけ言って、明かりのない暗闇に姿を消した。
静かになった場所で焚火を突いていると、他のパーティの話し声が聞こえてくる。
「おい、なんで死神がここに来てんだよ」
「誰かが呼び寄せたのか?」
「まさか、どうせ罪人の首を刈り取るためだろ、下手に刺激しなけりゃ大丈夫だ」
「スヴァートゥか。確かぁ、ギルドのほうで変な噂がたくさん湧いてたな」
死神……?
もしやクロードか?
クロードとフィーアのテントを見ると、シュィィン、シュィィンと刃物を研ぐ音が聞こえてきた。
ばれないようにそっと透視すると、大鎌を研いでいるクロードが……。
あいつさっきまであんなでかいもの持ってなかったよね?
どこから出したのよ。
「おいこら! なに覗いてんだ!」
「はえっ!?」
「俺に照準合わせたら即座に分かんだよ!」
クロードが俺に手を向ける。
瞬間青白い光が見えて激しい頭痛――
「あがっ――――――!!」
「覗きの罰にはちょうどいいだろ」
痛みが引くこともなく、エアリーの悲痛な声を聞きながら意識が落ちて行った。
---
夜中、嫌な夢で目が覚めた。
幻相都市の中で俺だけが取り残される夢だった。
思わぬ強敵に遭遇し、逃げるときに俺だけが転移魔法に入り損ねて置いてけぼりを喰らうというものだ。
ははっ、さすがにそんなドジは……やりそうだな。
正夢にならないように気をつけよう。
まあ悪いことは考えないようにしよう。
今はこの状況を楽しむとするか。
右にエアリー、左にセーレ(下着姿)で川の字で寝ているという状況を!
しかしだな、お隣からどうやらヤってるような声が聞こえてくるんですが。
クロード君とフィーアさんがヤってるような音が響いてくるんですが。
今はやめてくれません? 虚しいんですよ。
エアリーと会えた、これは本当に良かった。
でもね。
レナは? フライアは?
思い出される思い出、連れ去られた彼女たち。
探し出さなければ……。
となればレイズあたりを締め上げる必要性があるが、俺なんかじゃ敵いそうにない。
あの神様じいさんに向けられた殺気の巻き添えで身体がぶるっちまうチキンハートでは、真っ向からのぶつかり合いになったときに動けなくなるさ。
でも、いつかはやるしかないんだよな。
次回更新は6月17日の予定です。




