邪の魔術師
あれから数日たった。
動けるようにはなったが、断続的に頭の中にノイズのようなものが走る。
だがそれも気にするほどの酷さではない。
気づけばかすかにザザ、ザザザザと感じられるほどの微弱なものだから。
そんなことより、宿に戻ってからというもの、エアリーがずっと俺の傍にいる。
今までどんなところを旅してきたかとか、クロードに守ってもらっただとか、クロードと一緒に魔法の練習をしただとか、クロードと一緒に寝ただとか、クロードと……。
あの野郎……。
いや、妬んでも仕方ない。
長くいればいるほど共通の思い出は作られるものだ。
しかしまあ、ドッペルゲンガーにねちねちと付き纏われて戦ってたら、俺を間違えるのも無理ないか。
それにドッペルを作り出していた犯人は磔→火炙り→治癒→鳥の餌→治癒という罰を与えられた上で、クロードにxxxxxxされて発狂して精神的に死んでしまったからいいとしよう。
というかね、片手に大鎌持って真っ黒なオーラ全開でもろ死神的な……もう言うまい。
宿屋の前にぼろきれのように捨てられて気づけば路地裏の人攫いに回収されていったから後始末の手間もかからなかったからよしとする。
人攫いは嫌いだが、今回ばかりは役に立った。
それにしても、話しているうちに分かった。
久しぶりに会ったエアリーはあまり変わっていなかった。
年格好はそのまま、雰囲気は一人前の冒険者のような感じになっていたが、俺としてはあまり変わっていないと感じられた。
最初は「アキトさん」なんてよそよそしい感じで呼ばれたが、だんだんと昔のように妹的存在として再確立。
そして甘いもの好き。
現にいま、俺の目の前にあるホイップクリームの山が乗ったパンケーキが証拠だ。
「よくそんだけ食えるな……」
俺なら確実に数口食べただけで胃がもたれる。
「だっておいしいんだもん」
「そーそー、甘いものは別腹ですよん」
「あの、フィーアにセーレさん? なんであなたたちまで食べてるんでせうか?」
「そりゃぁクロードが金欠だから」
隣の席を見れば、くず野菜とパンの切れ端で作ったサンドウィッチ? を食べるクロードがいる。
その前ではお茶を飲むネーベル。
まあ、分からんでもない。
普通の食事はそこそこの値段だが、甘味ともなれば一気に跳ね上がる。
それをこいつらが注文するとなれば……干からびるのは時間の問題か。
まあお金はまだまだあるからだいじょうぶだけども。
「くそっ……迷惑料が高すぎる」
「なんだったら僕が立て替えておこうか?」
「いや、お前セーレにだいぶ貸してるんだろ」
「そうだね、ざっと白金貨五〇枚くらいかな。利子を入れると多分五三枚くらいになるけど」
「だったらいい……」
バタンッとクロードが突っ伏した。
あっちはすでに干からびた後か。
「ねーねーアキトくーん、追加いいかな?」
「どうぞ」
金はあるからな。
数えきれないほどあるからな。
この程度で干からびることは無いのだよ。
などと思っていたら、ここで一番高いものを注文しやがった。
まあいいさ、俺は寛大だからな。金もあるしな、金も……クロード、俺も近いうちに干からびるかもしれない。
「さて、アキト、君はどうする? 僕は明日の朝にはこの街を離れて『幻相都市レフィス』に向かうけど」
「俺は……」
エアリーのほうを見る。
やっと会えた。
だから離れたくはない。
だが一緒に行って危ない目にあわせたくもない。
まあ、あれだけ魔法が使えれば大丈夫だろうけど。
「エアリーは」
「アキトと一緒がいい!」
聞くよりも前に即答だった。
長いこと一緒にいたクロードのことはいいのか?
「俺はもとからお前のとこにエアリーを連れていくっつう事だったからな。それから後はもう知らん」
「非情な……」
「あ、ついでにフィーアとセーレも連れて行け」
と、言った途端に二人からきつい視線を向けられていた。
「なんで私まで?」
「だよね~、あれだけヤったんだから一緒にいるのが普通でしょー」
クロードがさらに突っ伏した。
若干木製のテーブルが凹んだように見えたのは目の錯覚か。
「だったらみんな一緒に来るかい? これから行くところは最低でも三〇人規模のパーティで入るところなんだ。だから、クロードたちは僕に雇われるという形でお金の問題は解決だろう?」
「ああ、そうだな。で、行先はどんな場所なんだ?」
「主にアンデッドが出現する幻相都市。クズ野郎の反応が消えてから出現した場所だ、先行したパーティの報告では黒い霧が確認されているよ」
「黒い霧……虚ろなる者か、ならいるな。いないにしても何かしらあるな」
「そういうこと。僕も君もセーレもフィーアも行って損はない」
そんなこんなで話が進んで、俺たちはレフィスへ向け出発した。
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何もない平原でのエンカウントは実に一方的なものだった。
遠くまで見渡せることもあり、魔物はすぐに目につく。
そして俺がいざ攻撃をしようとした瞬間には、地上の魔物はフィーアの水弾(威力が明らかに徹甲榴弾並みにおかしい)で爆散し、空の魔物はセーレが視線を向けるだけで痙攣しながら墜落、そこにクロードの重力操作で圧殺。
ときたま遭遇した龍なんて、ネーベルの霧で覆われたところにエアリーのニードル弾で針山にされたりしていた。
ハッキリ言おう、俺の出番がない。
夜になればテキパキとクロードが野営の準備を済ませ、食事の準備はネーベルと女性陣が行う。
就寝中の警戒はネーベルの魔法と、クロードが展開する力場、そしてフィーアの索敵魔法で万全。
そういう訳で俺は気づけば荷物持ちだ。
街で買い占めた食料と水。魔物を倒して入手した肉と素材をリュックに詰めて運ぶだけだ。
時折りリュックのポケットからスゥが顔を出したりしてすぐにひっこめたりするだけだ。
やることと言えば就寝前のレクチャーだけ。
ネーベルとクロードに刻印魔法について教えてもらう。
まずはイメージで発動、もしくは詠唱で発動する魔法を魔法陣の形にする。
そして魔法陣を模様に変えて、そこからさらに立体的な形に変えて……。
ややこしいというのと、長期にわたって勉強していなかったこともあり、頭に入らない……。
そんな訳でクロードに頼み込んだらささっと俺のガラス瓶に刻印をしてくれた。
なんでできるんだろう?
「ま、こんな感じかな」
「クロード、君が彫ったのは素人の僕から見ても爆裂の魔法だと思うんだけど」
「投げれば手榴弾になるだろ」
という感じで思い切り別なものを掘ってくれた。
そりゃまあ、とりあえずなにかやってくれとしか言わなかった俺が悪い。
内容を一切指定しなかった俺が悪い。
こんなものを持っておくのも何なので、魔力を通して投げたらきっちり五秒で爆発した。
鋭いガラス片をまき散らしながら。
これだから、やっぱ元いた世界の人間ってのは、考えることがえげつないな。
「ちなみにこんなのも作ってみた」
「なんだいこれは?」
「指向性爆弾のようなもんだ」
今度はネーベルが投げる。
二十メートルほど離れた場所で、真上に向かって円錐状に爆炎が上がった。
「君ねえ」
「ああ、分かってる。あのスライムを入れるんだろ、保温と保湿と……適当に作ってやるよ」
「いや、君は教えるだけでいい。実際に加工するのはアキトがやることだから」
「そうか、ならお手本はこんな感じで。魔力のほうは蓋の部分に魔石を填め込めばいいようにしている」
こうして俺の魔法瓶作成が始まった。
刻印はネーベルにしっかり確認してもらったから大丈夫だろう。
どう間違っても、スゥが入った途端にドカーンッ! なんてことはないはずだ。
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そんなこんなで平原を旅し始めて数日。
ネーベルの案内で『幻相都市レフィス』が方角へと進んでいく。
道中の魔物は、二ヴルヘイムのような気持ち悪いものは出なかった。
と言っても、あそこに比べたらということだ。
目的地に近くなればなるほど、夜間にエクスキューショナーやスケさんやらが出現するようになった。
十分に怖い相手だが……なんというか、死神クロードが不死者を従えているように見えるのは気のせいだろうか?
だってクロードが大鎌片手に近づいていくとアンデッドが道を開けるのだから。
今も、夜間警戒中にその光景がすぐそこに。
「不死者たちも魂を刈り取る死神は恐れるらしいね」
「……クロードって人間だよな?」
と、そんなことを聞いたとき、ザシュッと水っぽい音が響いた。
見ればクロードに襲い掛かった重装備のゾンビの腕が落とされた音だ。
ほかのアンデッドが離れていく中、まるで冒険者のような格好のゾンビがクロードに群がり始める。
重装備のくせして素早い。
しかも剣の扱いが上手い、まるで高ランクの冒険者のように……。
「あれは……まさか!」
「どうした?」
「アキト、彼らを眠らせてあげよう。あれは操られた死人だ」
よくよく見れば、どこかで見たようなパーティに似ているゾンビが混じっていた。
俺が知る限り、この世界にはアルファベットがつくウイルスとか傘会社とかはないはずなんだけどな。
「来たれ、霧の幽霊」
杖が振るわれ、うっすらと霧が張られる。
その中に幽かな存在が揺らめき、明確な形を作る。
狼や人の形をしたもの、人魂のようなもの様々だ。
幻獣。
ネーベルが扱う魔法だ。
ときたま自分にそっくりのものを作り出して攪乱に使ったりもしてる。
「アキト、君は万が一抜かれたときのためにここにいること」
「分かった」
後ろには野営のためのテントと焚火。
テントの中にはエアリーたち。
障壁で囲んであるが、万が一がないとは言い切れないからな。
とか言っても。フィーアの変な魔法で消滅するという落ちだろうけど。
ここに来るまでも、突然襲ってきたスライムの群れを消失させるという大規模な魔法を使っている。
正直スゥの前では使ってほしくなかったが、仕方ないことだった。
あれほどの数ともなれば焼き払うくらいしか手がなかったが、それをすると酸欠で全員チーンだったからな。
「一人抜けた!」
即座に向かってくる重装ゾンビに水弾を放つ。
一人と言うあたり、魔物としては見たくないんだろう。
でも俺にとっては魔物と変わらない、そう思わないとやってられない。
「オアァァァ……」
何とも言えない咆哮を上げながらさらに迫ってくる。
俺の水弾は鎧を壊すほどの威力があるはずなのだが、ヤツは腕で払った。
ゾンビのくせしてやけに素早い。
あの鈍重な見た目からは想像もできない動きだ。
だがそれも足が動けばのこと。
俺はヤツの進路上の地中に水を創作り出した。
それを撹拌すれば即席のトラップの完成。
ズボッとはまって身動きの取れなくなったゾンビを一思いに焼き払った。
嫌な臭いだ、鉄と肉の焼ける。
そしてこの臭いにはなぜか覚えがある。
それもこの世界に来る前のこととしてだ。
「また抜けた!」
今度は大剣を引きずるヤツだった。
さっきのヤツでさえ水弾を払い飛ばしたんだ。
これほどなら水弾じゃなく、水砲弾で……いや、ダメだな、衝撃でネーベルたちも巻き込む。
となれば……潰すか。
同じ要領でトラップにはめ、動けなくなったところでヤツの頭上に金属塊を作り出し、叩き潰した。
腐臭がまき散らされる。
吐きそうだ。
そんなことを思っているうちにネーベルたちが戻ってきた。
ゾンビは一掃されて火葬されている。
「ここから先は、本当に危険な旅になりそうだ」
杖をくるりと回しながらネーベルが言う。
後ろに従えていた幻獣が霧になり、風に流される。
静寂に包まれる夜。
パチパチと燃える火の音を聞きながら眠った。
次回更新は6月15日の予定です。




