光の魔術師 Another Side
気づけば戦いが終わっていた。
びしょ濡れの身体を即座に魔法で乾かして状況を確認する。
宿の隅ではいきなり入ってきた金髪となぜかいるレイズがネーベルに締め上げられている。
まさかとは思うがレイズまで乱入しての大乱闘になったのだろうか?
もしそうだったらそれを押さえたネーベルは一体……。
しかしだ、そんなことは今はどうでもいい。
問題はこっちだ。
「エアリー、立てるか?」
「は、はい……その、すみません」
エアリーに帽子を被せながら手を差し出すクロード。
そしてそれをまったく警戒せず、すでに当たり前であるかのように取るエアリー。
来ている帽子もマントもネーベルの魔法でぼろぼろだし、ところどころに雷撃の火傷も見える。
「エアリー……」
なんというか、なんでいきなりあんなことになったのかは分からないけど、まずは傷を治してから話し合いたいところだ。
そう思って近づこうとしたら、
「いやです、来ないでください!」
「…………」
なん……で?
なんでこんなに怯えた表情で俺は拒絶されるんだ?
エアリーとてクロードの恐ろしいところはよく見ているはず。
だというのに、その後ろに隠れながら振るえる指で腕を掴んでいる。
なぜ俺がそこまで恐れられる?
怖がられる?
なんで……?
あれ?
なぜ?
どうして?
なにゆえ?
え?
なんのわけで?
どのようなわけで?
あれ?
「――――――」
クロードが何か言ったようだが聞き取れなかった。
おかしいな、おれ、ちゃんとたってるよね?
みみもついてるよね、めもあいてるよね、なんでこんなにもうろうとしてるんだろ?
「―――――――――――」
「―――――――」
レイアがクロードの腕に抱き付きながら何か言ったようだ。
そしてエアリーを連れて俺の横を通り過ぎた。
「…………」
目線でエアリーを追いかけると、ぷいっ、とそっぽを向かれてしまった。
完全に……嫌われた?
なんで?
え?
そのままクロードの腕を掴んだまま歩いていった。
そしてクロードが一瞬振り向いて俺を見た。
もう俺の事なんか眼中にないといった様子だった。
そういうことなのか……。
いや、そうだろう。
そうとしか考えられないだろう。
そうだ、そういうことなんだ。
あの特異点とやらの災害の後、何らかの形でクロードと合流して一緒にいるうちに好きになったんだろう。
そして俺のことが、エアリーにとってはある意味親であり誘拐犯である俺のことが嫌なんだろう。
邪魔なんだろう。
だから忘れてしまいたいんだろう。
気持ちが揺らがないように禍根は消し去りたいのだろう。
最初に話せるようになったときに酷い対応をしたから、そのときからなるべく早くにでも離れたいとでも思ったんだろう。
「ダメだこりゃ、完全に燃え尽きた灰だな」
「レイズ、なんで君もこんなのを気に入ったんだか」
「そりゃぁ…………」
「まさか一目見てなんとなくとか言うんじゃないだろうね」
「…………」
「はぁ……まったく、クロードもそうだったよね。一目見て気にいったって、そのうち皆にいい加減にしろって言われるよ」
「仕方ないだろう、男どもがそろいもそろっていなくなってんだから」
「そうかい。でもね、アキトは僕の弟子だ。まだ君たちの戦いに参戦させるわけにはいかない。あんな戦いに身を投じれば、米軍の特殊部隊だって数分で消え去るよ」
「おい、今はもう西暦なんて終わった後だ」
「おっと、そうだったね。なら、セントラの義体兵でもあっという間に消し飛ぶよ、と言えばいいかな」
他愛無い話し声を聞きながら俺は部屋に戻った。
ああ、ネーベルもレイズと繋がっているのか。
だとすれば俺が上に行かないように、ここに留まらせるためにと弟子という形にしたのかもしれないな。
俺もユグドラシルがあんなに高いとは思ってなくて、全力で走って消耗したところでトマトやらバナナやらマンドラゴラに囲まれて死にかけて、そこで助けられて実力不足だと思って一緒に行動しているうちに弟子になって……。
きっと、それを予測してネーベルが動いたんだ。
じゃないとあんなに都合よく、死にかけたところに人が通りかかる訳がない。
「明日は早めに行動しよう。修理は終わらせたし、迷惑料も払ってしまったからすぐにここを発つよ」
「…………ああ」
もうネーベルも信じていいのか分からない。
都合のいい展開には必ず裏がある。
レナはどうなっているだろうか。
あれきりまったく、噂すら聞かない。
『へ、変なところをさわるなぁぁぁぁーーっ!!』
隣の部屋からレイズの叫び声が響いてきた。
さすが中級の宿、防音性能悪いな。
『こ、こら! やめ、んぐっ、揉むなぁぁっ!』
何やってんだ……。
確か隣の部屋はクロードたちの……。
覗くか? いやでもな。
『脱がすなお前ら!』
……これはもしや。
『んだからやめって! こらフィーア! ズボン引っ張んな!』
『いやぁ~ずいぶんとお胸のほうも成長したようで』
『揉むなセーレ!』
『しかしノーブラですかぁ~』
覗こうか、今の俺なら透視くらいならできるんだから。
壁が透ける、壁が透ける、壁が透けて見える、見える!
いつもより手間取った末に見えたのは真っ白な何か。
ああ、これ枕か。
視点を少し上にずらす。
すると見えたのは裸のレイズとクロード。
クロードがレイズに乗っていて、手が胸のあたりに。
横のほうを見れば平然と眺める金髪とレイア、そしておろおろしているエアリー。
しかしなんだろうか、これは合意の上というよりもクロードが無理やりに迫っているようにしか見えない。
だとしたらエアリーもこうやって……。
いや、それはないな。そうだとすれば俺を見たときの反応も違っていただろう。
エアリーがクロードを好きで、クロードもエアリーに優しいなら、お幸せにというのが正解だろうな。
『誰か助けてぇぇぇぇーーーー!!』
唐突にレイズが叫んだ。
その声はいままで聞いたことがないほどに、純真無垢というよりは、純粋無垢と言ったほうがいいほどの心からの助けを求める声のようだった。
そしてバタンッとドアが開き、宿屋の女主人が入り込んだ。
『あんたなにやってんだい!』
その声にクロードが怯んだ瞬間を狙ったのか、レイズがクロードを押し倒して宿屋の女主人に泣きついた。
本当に犯される寸前で怖がっている少女のようだった。
今までのあの乱暴な姿からは想像もできないほどだ。
もうこれ以上は見るべきじゃない、そう思う。
他人の……というよりは強姦未遂の現場を見続けるのはちょっと……。
そして透視をやめた瞬間、カァーーーーーンッと金属系の物で思い切りたたいたような音が響いた。
「うるさいねえ……まったく、レイズも目を付けるなら一人までにすればいいものを。いろんなやつと関係を持つから災難に見舞われるのを学習していないんだろうか……」
「なあネーベル、それ具体的に何人?」
「さあて……民間軍事会社・白き乙女の指揮官クラスほとんどと、美形の天使が三人くらいだったかな。それと……」
「もういい、あいつどんだけ」
「基本的には関係を持ったからには、今のところ僕が知る限り全員とゴールインしてるね」
「…………」
ビッチなんだな。
まあいいか、もう関係ないことだし。
「それよりも、君は第一層に用があるんだろう?」
「ああ、みんなを探したい」
「そうかい。僕も奪われたものを盗り返すために行くよ。盗られたからには盗り返す」
「なにを盗まれたんだよ?」
「まあ色々とね。それにアイツもまだ見つからないし」
「あれ? 探してたのってレイズじゃないのか、白いし」
「違う違う、レイズじゃないよ。まあ、詳しくは言えないけどね」
「ふぅん…………」
これ以上聞くのもなんだったのでリュックの中身を整理しつつ、夜の日課となっている工作を再会する。
作っているのはガラスの小瓶だ。
ネーベルに教わったことでは、魔力はエネルギーや物質に変換可能とのことで、いつぞや俺が使ったマダ○テもこれと同じとのこと。
魔力次第では核爆発並みの威力も出せるとのことだが、正直そこまでやったら俺も消し飛ぶと思う。
という余談は余所に放り投げて、瓶作りスタート。
エネルギーは物質に合成できる、物質はエネルギーに分解できる。
ということを踏まえたうえで。
空間魔法を使って隔離空間を生成。
その中で魔力を圧縮して高エネルギーを作り出す。
そこからまあよくわからないけど感覚的に魔法でさらに圧縮して温度を変えてガラスを作る。
簡単に言ってるけど水一滴でかなりの広範囲を更地にできるほどのエネルギーだからね?
そうして作り上げたガラスの小瓶に魔法を付与する。
エンチャントだ。
いつもここで失敗する。
ドガバリキュガッッシュゥゥゥゥゥ……
なんでこんな音が出るのか分からない、でも出てしまうものは仕方ない。
最近は頑張れば空気の成分を選り分けることも少しできるようになってきた。
それを利用して怪しげな煙を一纏めにして外にポイ。
ポイ捨てダメ、そんなことしりません。
しかしなぜだ……なぜエンチャントの段階でいつも謎の爆発が起こる?
「……自己強化魔法を使ったことがないのかい?」
「使えない……」
こればっかりはどうにもならない。
魔法のルールが変わったというのに、どうイメージしても使えない。
他にも時属性や魔属性も使えないし、そのほかにも分身だとか幻影とかのよくわからないロールも扱えない。
「…………あれだけ強力な魔法が使えるのに基礎ができてないなんて」
「基礎?」
「そう、基本的に魔法を習い始めたならまずは自分が創りだした術の”強制排除”、魔法の影響から身を守る”障壁”、干渉魔法の練習として”自己強化”ができるはずなんだけど……。君の場合はそんなところはすっ飛ばしている。圧倒的な魔力で術を消し飛ばし、身を守り、干渉の拒否を跳ね除ける。すべて力技だ」
……反論できない。
いままでがそうだったもん。
「いいかい、何事にも許容量はあるんだ。例えば」
ネーベルが腕を出して指を広げる。
瞬間、魔力が集まり、ピカッ! と光るとその手に水晶玉が握られていた。
俺が一つ一つのプロセスをゆっくりとやっているのに、ネーベルは一瞬。
実力の差は明らかだ。
「ここにガラスの球体がある。これを僕の握力で砕くことなんて不可能だ」
「そりゃそうだろうな」
「だけど自己強化魔法を用いるとこの通り」
ピシィ……パキペキ……バリンッ!
「砕け散るほどの握力だって出せる。でもね」
見るからに危険な量の魔力が腕に集う。
赤や緑の燐光が舞い、そして――――
「ぐっ……!」
皮膚が紫色に変色した。
まるで内側の血管が一斉に破裂したかのように。
「許容量……こえ、た、ら、こうな……だよ」
「なんで自分で実演すんだよ!」
すぐに治癒すると、額の脂汗を拭いながら床に散らばったガラスを分解した。
これもまた俺には真似できない。
「まあ、こういう危ないことは実際に見せたほうが真似しないだろうからね。そういう訳で、君はそのガラス瓶が耐えられないほどの付与を行っているから爆発するんだ」
「なるほど……」
と、なるともっと固いガラスかもっと大きい瓶か……。
でもなー、大きさ的にはこれ以上のものはちと運びにくい。
固いものとなると何がある?
ダイヤモンドか? いやダメだ、燃えるし靭性がないからやめだ。
「ところで……君は一体何を入れるつもりなんだい?」
「これ」
リュックのポケットから取り出したのはゼリー状のぬめっとしたもの。
色は黄緑透明。
名前はスライムのスゥ。
「スライムかい……なんでそんなのを」
「ずっとリュックのポケットに押し込んでおくのも可哀想だから」
「……………………そうかい」
なんだよ、その可哀想な人を見るような目は!
もういいよ、もういいよ!
なれてるよそういう侮蔑系統の眼差しは……。
と、どうでもいいか。
なぜここにスゥがいるのかと言えば……。
あの日、戦いの前にフライアたちと別れた時にするりとリュックの中に入ってました。はい。
全く気付かなかった。
ユグドラシルを上り始めた頃に一度整理しようと思って開けたらいたんだから、あらまあ。
「スライムを入れるとなれば……最低限湿度と温度は一定になるようにかな?」
「それと他にもいろいろ」
「なるほどね、それじゃあ爆発も仕方がないよ。ガラス瓶程度ならせいぜい保温が精一杯だからね」
「なにかないのか? ネーベルって物知りだから何でもできそうだけど」
「さすがに東大の出身とかじゃないからね、そこまでは詳しくないよ」
東大? どこの大学だろうか、ながらくヒキニートやっていた俺には聞き覚えのない大学だ。
「でもまあ、み……じゃなくて、スコールならできるだろうかな?」
なぜに疑問形……。
「一応言っとくけど俺はスコールとは敵対してるぞ」
「一体君は何をしたんだい? スコールはあれでもいきなり敵対行動を取らない限りは優しい方だよ」
「敵対行動…………?」
考えろ、思い出せ、何がある?
…………………………。
あった、あれだ。
「もしかして、フライアを助けたのが……」
「フライア? アルカディア家の?」
「そうだけど」
「なるほど、敵への支援も立派な敵対行動だ。まあ、フライアはもうこちら側に入ってるから許しくれると思うけど」
「いやいや、それでも俺殺されそうな気がする……」
だってねえ、最後にフリューゲルブリッツとかいう変な強すぎる魔法をぶっ放したんだから。
あれ確実に俺を殺す気だったよ。
「そのときは僕からも言っておくよ、僕の弟子には手を出すなと」
「効果あんの?」
「あるさ。僕はスコール相手に全力でやりあって、引き分けに持ち込んだからね」
「もしかしてレイズとかクロードに勝てる?」
「勝てるけど? それがどうかしたかい」
「いやなんでもない……」
戦ったらいけない人ランキング、同率で一位にスコールとネーベル……っと。
しかしまあ、問題はガラス瓶だ。
このままリュックのポケットに入れておくのは俺が困るしスゥも居心地が悪そうだし。
「ガラス以外で……」
「ああ、そういえばそれがまだだったね。ガラスでやるなら、直接付与するんじゃなくて刻印型のほうがいいよ。魔力は魔石を一つつけておけば足りるだろうし」
「刻印型?」
「えーと……術を陣に変えて、さらに模様に変えて刻み込むものだね。魔力を流し続ける限りは効果が持続するものだよ」
「へぇー、それってネーベルが」
「僕はできないよ。刻印型は魔力さえ制御できれば誰だって使える、その点からスコールが得意とするんだよね。しかもディスペルされにくいし結構便利なんだけど……」
「ど?」
「魔法学の授業は取ってなかったからね……できないんだ。悪いね」
なるほど、なんでもできるように見えるやつでも出来ないことってあるんだ。
でも待てよ……スコールも普通に魔法使ってたような……。
そもそもスコールが刻印……なにか書かれたものを使ってたか?
記憶にないな。
「まあ、明日レイズに聞いておくよ。今日はもう寝よう」
「そうだな」
それぞれのベッドに潜って睡眠体勢。
ネーベルは部屋全体に障壁を展開しているし、ドアにも内部構造に細工して開けられなようにしている。
セキュリティは抜群だ。
しかも寝ながらにしてこれだけの魔法を維持し続けることができるとは、さすが……。
---
夜半、街が静まり返った頃。
嫌な感じがして目が覚めた。
まるで体に染み込んだ恐怖心が警笛をならしているような感じ。
そして見てはいけないものが近くにいるような気配。
「…………」
なんだ? 何がいる?
背筋にざわりと走り抜ける悪寒のようなものまであるし……。
「ここは我が聖域、オセルのルーンの下、如何なる存在の侵入も許さぬ」
ビリリッと肌を撫でた違和感。
床に見たことのない文字が一瞬だけ浮かび、消える。
空間魔法が強化されたようだ。
「ネーベル?」
「街になにか変なのが入ってきたね。僕の監視魔法が片っ端から破壊されれている」
「相手は?」
「よくわからない。姿を捉える前に魔法が壊されているからね……まあ、明日になってから考えよう」
起き上ることもなく、布団をかぶりなおして眠ってしまった。
「……不安しかねえよ」
もしそれがスコールだったら?
俺の恐怖心を離れたところから震わせることができるのはあんなやつらだけだ。
寝ている間に永眠とか嫌だからな。
空間魔法を使って透視。
周囲を街の外縁までぐるり一周。
……………………。
変なものは何もいない。
俺の魔法じゃ姿すら見えないか。
「…………」
見えないなら仕方がない。
それにネーベルの障壁だ、誰も越えられやしないさ。
寝ている間の安全は確約されている。
「寝るか」
いや待て、ついでだ。
久しぶりにエアリーの寝顔を拝むとしよう。
そういえばハーピーから人になってからは寝顔は一度も見てないな。
なんて思ったのが間違いだった。
心の奥底に何とも言えぬ変な感情が突き刺さった。
クロードとエアリーが抱き合って眠っていた。
ああ、そうだよな、そうだよね。
うんうん、なかなかお似合いの二人じゃないか、温かく見守ってやろうじゃないか。
次回更新は6月11日の予定です。




