閑話 白き乙女の力
真っ白な霧の中で目が開いた。
周囲の様子を探ろうにも体が動かない。
と、いうよりは一切合財、体の感覚が何もない。
なんというか……精神体? の状態で漂っているような感じだな。
やけにはっきりと無味無臭なんの刺激もない白い霧だけが感じ取れる。
なんだ、なんで視界がぐらつくんだ。
苦しみも、痛みも、なにもない。
ああそうか
俺は死んだか
だとしたら
きっとこれは
もう目覚めることのない
永遠の眠りへの
移行プロセスか
『身体各部・スキャン 異常部位 自動修復・開始』
馴染みの声が頭の中に……待て。
死んでるなら脳は活動を停止しているはずだ。
なのにそれをまだ感じられるってことは死んでない。
「まだ逝くには早いぞ」
…………あいわかった。
さっさと起きないとまずいな、しかもこの声は――
---
「起きろクロード!」
感覚がある。
声の主が俺の体を揺さぶっている。
目を開けた瞬間、俺の知っている白髪がカーテンのように広がっていた。
かすかな甘い匂い、恐らくは香水の匂いが鼻孔をくすぐる。
まっすぐに上を見ればルビーのように赤い瞳。
本人はこれが原因でいろんなやつに奇異の視線を向けられると言っていたか。
「よお、レイズ」
「久しぶりだな、クロード」
とりあえず起き上って周囲を見る。
どこまでも真っ白何もない!
……やっぱり死んでるのか。それでここは死者の国のどこかってことかい。
そしてレイズは素っ裸でぬらぬら光る体液でべとべと。
いや、そういうよりもヤった後って感じだな。
精臭が……、まあ人の行為には口出しすまい。
「で、ここどこだ?」
「いい質問だ。オレもわからん」
「……はっ?」
「いやさ、スコールに掴まって強制連行されて、輪姦されてだ。そんで気づきゃここにいると」
「ふむ、つまりはやりすぎで死んだってことか」
どんだけ激しいプレイだったんだか。
「死んだ。それで考えるとここは死後の世界って表現がぴったりなわけだが」
「…………」
「…………」
もう一度周りを見る。
三百六十度ぐるっと回って何もない。
真っ白だ。
「それでだ、どうする?」
「お前レイズだけに蘇生できないのか」
「できるわけある。オレはすべての魔法を使えるのだから」
「じゃあさっさと生き返れよ」
「それは考えたさ。でも魔法を使ってもなにも起こらなかった。つまり死に瀕した状態でまだ死んではいないということになる。仮定条件が正しければ、だが」
「そう……なのか。でも俺はゼロのレーザー攻撃で消し飛んだはずだ」
「ゼロ? なんであいつが出張って来るんだ?」
事の成り行きを掻い摘んで話すと何か納得したらしい。
「大体分かった。オレが造ったクローンたちには感情を与えてある。それで好いた相手に対しては気を許すし、考えも同調させるというところがある。ゼロの場合はスコールに同調したんだろうな、スコールは邪魔なものはすぐに排除するから」
「なるほどねぇ……。で、俺が邪魔者認定された理由は?」
「お前が知りすぎることでスコールの計画に障害が出る、と勝手に判断した故の暴挙だろう」
「その計画とやらは? それと”次”ってなんだ?」
そう問うと難しい顔になった。
「クロード、お前は今ここにあるすべてが仮想だと言われて信じられるか?」
「スコールはレイアが幸せに生きられる世界のために行動している。あいつだけが使える”すべての存在の配置を特定の状態まで戻す”という魔法で理想の世界を作るために、なんども世界をシミュレートし続けている」
「あの魔法は十三回しか使えない、そして既に十一回使われ、残りは二回だ」
「シミュレーション仮説って知ってるよな。今オレたちがいるのはその世界のうちの一つだ」
「”今回”も含め、そのシミュレーションは二百五十六回目だ」
「その理から外れたものはシミュレーションを繰り越して記憶や能力を維持できる」
矛盾点がいくつかあるが……。
魔法は十一回使われたのにシミュレーションは二百五十六回?
いや、そうじゃないか。
魔法で理想の世界を創るための実験なのか。
「ただし、理から外れたものが死ぬと、次回のシミュレーションからは最初から存在しないことになるし、なんの影響か魔法による巻き戻しでも存在しないことになっている」
「じゃ……それってレイズの恋人も……」
「……ああ、もう会えないな。でもなんでお前がそれを知っている?」
「そう言われればなんでだ? 俺は聞いたこともないし、その人のことも知らないはず……」
レイズが顔を近づけてくる。
長いさらさらした白髪が触れてくすぐったい。
「同調能力……珍しいもの持ってるな」
「言われてみればそんなものがあったような……」
「あったようなって、自分の能力を忘れるなよ」
「あの世界で同調って使えんの?」
「そうさなぁ……アキトとかなら効くんじゃないか?」
「使ったところで意味ねぇ」
などと無駄話をしつつかなりの時間が経った。
レイズは魔法で水を創りだし、体を洗浄しそのまま裸だったので俺のパーカーを着ている。
半袖シャツ、長袖シャツ、パーカーと重ね着していたために一枚なくなったところでどうということは無い。
それと身に着けているものがすべて黒一色というところについては何も言わないでほしい。
これはスコールと共通するが、汚れてもあまり目立たない。
旅路の途中で洗濯なんかできないから黒を選んでる。
もう一つは夜や暗闇での隠密行動がとりやすいからだ。
「いつまでもここにいるのもなんだな。ぶち壊すか」
いつの間にかレイズは槍を持っていた。
木製の柄に文字の刻まれた穂先。
「グングニルか?」
「正解」
トンっと前触れもなく、その槍が地面(?)に当てられた。
そこからピキピキと黒い亀裂が広がって―――塞がった。
「……ダメだな」
諦めたのかレイズはぐでーんと寝転がった。
パーカーのみだと見えてはいけないところが見えるがこいつは全く気にしてねえ。
というか外陰無毛症か? 毛がないぞ。
「さーて、どうすっかなー」
何の気なしに俺のほうを見て、
「いいもの持ってんじゃん」
アルビノの白い腕を伸ばしてくる。
ベルトに挟んでいた青い文字の刻まれたナイフを抜き取られた。
「これでオレを刺せ」
「なぜ?」
「このナイフはレイアの特別製。大抵のモノなら切り裂ける。だからそれでオレを傷つけることで、オレにかけられた堕天使との契約も破棄できるはずなんだよ」
「推論で人を刺せと?」
「そうだ」
「…………」
そういうわけで、一思いにグサッと突き刺した。
---
「あぁ……ぅ、無駄に痛い思いしただけで……」
まあそうなるわな。
いくら魔法だなんだと言ってもナイフごときで強力な契約を解けるはずがない。
俺にも同じものがかけられてるから、できれば早いうちに解呪の方法は知りたいのだが。
「安易な考えでやれというからこうなる」
「……ぁぅぅ」
ぺたんと座って、体を抱くように蹲っている。
いくら慣れているとはいえ、痛いものは痛いんだろうな。
いつぞや、脳天に7.62粍の弾丸叩き込まれたりもしていたし。
それにしてもだ、パーカーの内側を伝って、ちょうど股のところに微妙な血だまりができている。
そしてちょっと離れたところから見れば、泣いているようにも見えてしまうこの状況。
傍から見れば俺が無理やりにヤって泣かせました、という風に見えるな。
誰もいなくてよかった。
なんて思っていたら、
ガチャッ
音がした方向を向けば、アキトがいた。
壁と見分けがつかないほどに白いドアを開けた状態から閉め始めた。
「ちょっと待てぇ‼‼」
バタンッ
叫び空しくドアは閉じられた。
ドアがあったはずのところまで駆け寄って、壁に重力キックを割と本気で叩き込むがびくともしない。
脱出手段が消えた。
「クソッ、ここから出る手段がやっと見つかったと思ったのに……」
「あ、思い出した。ここオレが昔創った空間だ」
「……遅ぇ」
「いやーなんか見覚えあると思ったら、なるほどなぁ」
一人勝手に納得してんじゃねえよ。
しかもいつの間にやら傷は治って血も消えてるし、もう少し早めにやってくれれば余計な誤解もなかったろうに。
後ろで立ち上がっていたレイズに、無造作に手を伸ばし、斥力最大ピンポイントに最っ高に触れたらただじゃ済まない状態にし、上半身に触れる。
より正確に言うならば先ほどの傷があった場所、胸の中央を人差し指で突き刺すように。
軽く触れるだけで皮膚が避けるほどに。
「あがっ! ちょっ、まだ痛いから!」
「おめーなぁ、もちっと早く思い出そうぜ?」
俺の腕を退けようと細腕で精一杯掴んでくる。
しかしだ、満足に魔法が使えないらしいこの状態では大した脅威じゃない。
さらに力を加える。
「あっ……いたっ! マジやめ、ひぅっ! こうなりゃ魂奪の魔――」
明らかに即死攻撃を使われそうだったので、即座に腕を捻り上げて壁際まで追い詰める。
「なあ、無駄な争いはやめにしよう」
「少々キレ気味なもんでな」
そのまま空いた右の指でぐさぐさ突き刺していると、いつの間にか反応がなくなった。
力なく頭が垂れて、かすかに頬に赤みがかかっている。
どうやら完全に無我の境地にでも入って、痛覚を無視しているようだ。
と、そこで――
ガチャッ!
「…………………………………」
「…………………………………」
性犯罪者を見るような目でアキトとその上のスライム? が俺のことを見ている。
「強姦魔‼」
「ちょっとまっ」
バタンッ!
「…………えっ」
「ま、そうなるわなぁ」
……今の状態を客観的に見てみようか。
腕を捻り上げて壁際まで追い詰めた状態。
体の距離、顔の距離は限界まで近い。
見ようによっては……無理やりキスでもしようとしているように見えるだろうな。
もしくはこれからマジで無理やりに犯そうとしているとも。
しかもレイズの正体を知らないアキトからすれば、先ほどの一言は……。
「……とりあえずここから出られるのか?」
これ以上、不意のタイミングで変な誤解をされないために距離を取る。
「出られる。そしてよかったな、ついに犯罪歴に性犯罪も加わったな」
「……やってねえよ、てかお前の国際指名手配の罪状のほうがひどいだろ!?」
「だな。オレの場合はほとんどの犯罪として定義されてるものは着せられてるからな。クロードもだろ?」
「ありゃ濡れ衣だ! つか一部除いては仕方なくフリをしただけで実際にはやってない!」
「証拠は?」
「お前こそ」
---
無駄話を終えてやっと脱出。
レイズの私有空間だったから簡単に抜け出せてしまった。
そして俺は――――
「えーとつまりは死んで幽体になったと……?」
「死にかけ、だろう……な?」
真下では横たわる俺の体(右腕が炭化して消し飛びかけている)にすがりつきながら泣き叫ぶ少女が二人。
そこに近づく白き乙女。
それを冷静に見下ろしていた。
……いや、いいよもう。こういう体験は何度目になるのかは覚えてないけど結構です。
幽体離脱の体験なんてしたくないんだよ。
「ゼロを止められるか?」
「レイアに勝てないオレがレイアと同等の力を持ちやつに勝てると思うか?」
「……よくそれで最強を名乗れるな」
「総合的に見て最強だ。何かに特化した奴には負ける」
はぁ……。初めて会ったときは単独で守備隊を蹴散らして大隊規模相手を数分で沈黙させたくせに。
いや、それ言ったらレイアは一国の軍相手に単独でやりあってるから……。
「俺はともかく、あの二人は死んだら困るだろ」
「お前も含めてオレは死んで欲しくない」
「じゃあなにか手段があるか?」
「あるとも。お前に渡した天使の召喚石、覚えてるか?」
「……ああ、召喚されたものは召喚者に逆らえない。そしてクローンの召喚はすべてレイズがやってるってことは」
「そういうことだ。ちなみにオレはちょいと変な状況だから顕現できない。お前が召喚してくれ」
「……縛りの言の葉は?」
「―――――だ」
---
瞬間、視界が白一色に染まった。
全身を猛毒が浸食するような激痛が襲う。
身体にかかる柔らかな軽い二つの重さ。
「まだ、生きてるぞ」
「クロード……さ、ん?」
「よかっ、た、よがっだぁあああ」
泣きながら言ってくる二人をとりあえず、離れさせる。
レイズを一時的に支配下に置く”縛りの言の葉”。
特殊召喚における基本。
言葉には、昔から魂が宿るという。
もちろん単なるおとぎ話ではあるが。
それでも魔法関係ともなるとそうじゃなくなる。
不吉なことを言ったら本当に起こった。
嫌な現実を否定したら変わった。
魔法の一番簡単なものは思いを込めた言葉だ。
自分の理想を言葉にする。
それだけで世界が合わせてくれる。
もっとも簡単且つ自然な願い事。
そこらの奴らが使う詠唱は、それを無理やりに引き起こす呪詛だ。
と、ここまで言っておいてなんだが、あくまで俺がいた世界での知識だ。
この世界ではどうなのかは知らない。
「あれで死なないって、あんた何?」
すでに十メートルまで迫ってきている。
「頼むぜレイズ…… ――――― 」
言葉を紡ぐと同時に柔らかな光が舞い降りた。
夜空に輝く星のような粒子を引き連れて降りたそれは明らかにおかしかった。
「………なんでこうなる?」
「俺は言われたとおりにしたぞ」
背中には純白の翼が一対二枚。
大天使の翼並みに大きい。
そして服装がいつものやつではなく、露出過多のウェディングドレスのようなものになっていた。
体のラインもよりはっきりと出ていて、特にバストがかなりプラスされている。
「とりあえず、頼む」
「……ああ、というかこれはほんとになんでこうなった?」
ぐちぐち言いながらもゼロと対峙する。
「久しいな、ゼロ。お前には確か世界0の管理を命じていたはずだ」
「…………えっとぉ、レイズ様?」
「そうだ」
「…………そんな趣味あったっけぇ?」
「ない、断言できる。それよりもだ、”命令”だ。さっさと帰れ、そしてクロードやエアリー、ほかの管理者に手出しをするな」
「うっ……分かりました」
かなり渋々といった感じで承諾し、帰還用の魔法陣を展開し始める。
なんだろうな、この聞き分けのよさは。
---
しばらくして、泣き疲れた二人を焚火のそばに置く。
目の間には相変わらずのレイズ。
傷だらけの俺の体は”いつものように”自動修復される。
「……なぜこうなった!?」
「俺に聞かれても分かるか!」
「そりゃオレも”白き乙女”と呼ばれるが、これはない! なんだこのエロチック過ぎる花嫁衣装的なコスプレ的な衣装は!?」
「…………」
この後、どうなったかは永遠に語られることは無いだろう。
次回更新4月22日の予定です。
よかったら駄文のほうも読んでください。
一応はあちらがメイ……ン?




