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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第4章 敵対者の離岸 
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 閑話 少女と青年

 ニブルヘイム某所・岩だらけの荒野にて。


「あの……クロードさん、あれって……?」

「なぜここにいる?」


 耳をすませば「すぴぃーすぴぃー」と静かな寝息が聞こえる。

 荒野のド真ん中でのんきに寝ているこの大馬鹿には何を言っても無駄であろう。


「起きろ、そしてなんでここにいるか答えろ」

「ぅ……ん、……すぅ……すぅ」

「寝・る・な!」

「うっさいなぁぁ……」


 それなりにストレスの溜まっていたということもあり、例によって例のごとく、水をぶっかけることにした。

 近くには水場は存在しない。

 ついさっき空を飛んで確認したばかりだから、地面を掘り返すくらいしか普通なら水は入手できない。

 だが、俺には重力を操作する能力がある。

 というよりも、引力と斥力の操作のほうが正確なんだが。

 まあいい、これを使って空気中の水分子のみを引き寄せる。

 右の手を前に出す。

 野球のボールを握りしめるイメージで五指を広げ、いつものように能力を発動する。

 腕から先に不自然な引力を感じ、H2O以外が押しのけられ、H2Oのみが押しのけられたものの代わりに流れ込む。

 ものの数秒で水球が出来上がる。


「最終警告だ。起きろ」

「……ぅ……ん」


 ボールを掴む感じで固定していた水球を落とす。

 狂いなくそのあどけない寝顔に自由落下し、


「ふにゃあ!? 冷た!」

「なんでそんなに眠れるんだよ」


 問いながら、観察する。

 水で濡れて地肌が透けて見える。これは俺の意識には投影されない。

 青い髪で中学生女子くらいの体格。ただし年齢は俺と同じ程度、もしくはそれ以上。

 傍らにはラティという重量約五十キロもの対戦車ライフルが転がっている。

 華奢な腕で、この化け物ライフルを片手で振り回すんだからな。


「なんかさぁ、さいきんちょうしわるくてさぁ」

「生理……というわけではないよな」


 顔色は若干悪いというほどか。疲れとかそんな感じではないな。


「うん、そもそもわたしたちクローンは生殖機能なんてそなわってないし」

「だろうな。クローンが勝手に増えたら困るからな。でも、それじゃないとすれば魔法の使い過ぎか?」


 俺が知る限りでは魔力は体内で自動生成される特殊な燃料みたいなものだ。

 それを使い切ってなおも魔法を行使しようとすれば生命力を削ることになる。

 だが、大抵は魔力を使い切った時点で気絶するのだが。


「それもないかなぁ。さいきんはネットに入り浸ってたから」

「……ネット依存症にはなるなよ」


 知り得る限り、一緒に暮らしていたころは寝るか食うか以外はずっとネットに入っていたような気がする。

 ……もうなってるか。


「うーん、そういうのより、そろそろ”寿命”だとおもう。わたしたちってさ、いっていきかんで死ぬように制約リミッターがかけられてるし」

「ありきたりの制約だな。解除できないのか?」

「むりだねぇ……総体が解除してくれないとどうにもならないし、下手に歯向かえば即座に絶命だし」


 そりゃそうか。勝手に解除される程度のものを使っているはずがない。

 絶対に裏切ることができないようにするための制約をそう簡単に解除されたらたまったもんじゃないからな。

 ともすれば……。


「クロードさん!」

「くそっ、警戒を怠りすぎたか」


 エアリーに呼ばれ、意識を周囲に広げれば無数の転移魔法の気配。

 それらはどの魔法陣も青色。

 レイアの澄み切った青色だ。


「エアリー、レイア、俺の後ろにいろ」


 魔法陣は俺たちを半包囲するように出現している。

 数は二十六。うち一つだけがほかのものよりも少しだけ大きい。


「なんだこれは……」


 普通の転移なら一瞬、設置型の転送陣ゲートとは形が異なる。

 となれば、別世界からの転送用か。


「まずい……気づかれた」

「何に?」

「総体が……ゼロがくる!」


 瞬間、網膜を焼き尽くさんばかりの閃光が瞬いた。

 計五十二回。転移の際の閃光と魔法陣の消失の閃光。


「余計な事をしないで欲しいんだけどねぇ、そこの不良品。やっぱりクローンなんかには最低限の思考能力だけで心なんて複雑な思考は与えないほうが良かったのかな」

「わたしは――」

「黙りなさい。あなたはここで消す。クロード、あなたもね。そしてそこの”眼”は……記憶じんかくを書き換えようか、まだまだそれは有用だから」


 真っ白に焼き尽くされた視界がすぐに回復する。

 フラッシュバンを食らいなれてしまったが故の慣れだ。


「なっ……」


 目の前には二十六ものレイアそっくりのやつら。

 全員の目に感情はなく、対物ライフルを抱えて、操り人形と言ったほうがしっくりくるほどに不気味だ。

 そしてその中心、ボロボロの服を着たゼロが立っていた。


「まあ、違和感の正体が分かって良かった。まさか魔法を妨害する人間がいて、それで制御下を少し離れた個体が余計なことをする。これが分かれば次からはまたやりやすくなる」

「次、レイズもスコールも皆言っていたが、”次”ってどういうことだよ」


 もういい、ほんとに短い間だったがこいつらも敵として考えよう。

 聞けるだけの情報を聞いてから全員片づける。


「知る必要はない。あなたは使える駒ではないから」

「っ……そうかよ!」


 ゼロが腕を上げ、クローンたちが一斉に対物ライフルを構える。

 情報を聞き出すこともできないか。

 まあ、仕方がない。いつものように……やる。


「最後に……別れを告げる奴はいるか?」

「はぁ? なに、気が狂ったの? それはあなたが問われることでしょう」

「そうか……いないか、じゃあここでさようならだ」


 腕が振り下ろされると同時、分厚い装甲板をも容易く食い破る弾丸が飛び出す。

 だが鼓膜を叩き割るようなその轟音も、人をバラバラに吹き飛ばすほどの凶弾も俺たちには届かない。届かせない。

 圧縮した空気と、銅と鉛(だんがん)だけに作用するようにした俺の能力。

 それがすべてを地に叩き落とす。

 後ろの二人はなんとしても守り通す。

 こんなことで理不尽な死を届かせはしない。絶対にだ。


「そういや、お前(ゼロ)もクローンであることに変わりはねえんだよな。おおもとはレイア、だったら魔法の使用に関しても同系統しか使えないってことだろ?」

「あなたは……ここで消えるべき!」


 向けられた手から魔法が放たれる。

 目に見えない波動。

 情報改変の波。

 ありとあらゆる、存在するものの情報を強制的に書き換えるほぼ最強とも言える魔法。

 展開した重力場がもとの状態へと書き換えられ、圧縮した空気は圧縮されていない状態へと書き換えられ、すべてが改変される。


「無駄」


 だけどこちらにも同様の能力はある。

 魔法、魔術に限定されるが効果、作用の内容をデタラメに書き換え、無効化する。

 これで生を死へと改変する力はことごとく打ち消された。


「一体どこまで知っているのやらねぇ、あなた、ほんとに危険ね」

「そうか、じゃあここで取るべき行動くらい分かるよな」

「ええ、あなたを抹消する。やりなさい!」


 ゼロの命令一下、即座に人形たちが魔法を放った。

 分解魔法。レイアが最も得意とする改変だ。

 やるところまでやれば、物質をエネルギーに分解。

 さらにエネルギーの方向性を指定するなりして辺り一帯を消し飛ばすことができる。

 ただ手っ取り早く済ませるならば存在そのものを消してしまえばいいのだが。


「無駄っつってるだろーが」


 重量を操り、空気中の魔力を掻き乱す。

 いくら数で押そうが、魔法は形になる前は単なる魔力の信号でしかない。

 といってもその処理は一瞬で終わるんだけど。

 形になる前に妨害してやれば簡単に無効化できる。


「厄介な」

「もういい、これ以上お遊びに付き合ってやる暇はない」


 さっと照準を合わせる。

 二十六すべての脳を狙い、局所的に重力を増大させる。

 まったくもって物理法則を無視した能力。

 原理は不明。それでも使えるものは使う。


「うっ……あ、ぁあ」


 うめき声のようなものを上げながら一人、また一人と倒れてゆく。

 脳内の血液を減少させることでの失神。

 適度にやれば無傷での制圧、過度にやればこれといった抵抗をさせずに殺害。

 やられる側にとっては防ぎようのない攻撃だ。


「うぅ、ぐっ……、この程度」


 意外にも耐えたゼロに蹴りを打ち込む。

 当たる瞬間に、ゼロにかかる重力を失くす。


「あぁ!」


 軽く三十メートルほど滑空して、盛大に土埃を巻き上げた。

 まだだ、この程度じゃあいつは死にはしない。

 ゼロが起き上ってくる前に、ゼロを中心に酸素のみを高圧縮する。

 純酸素下、しかも高圧ならばなんだってあっという間に酸化、燃焼し消え失せる。


「焼き尽くせ」


 土埃が収まりきらないうちに、凄まじい轟音と共に深紅の閃光がほとばしる。

 少し遅れて肌を切り裂くほどの旋風が吹き荒れ、続いて熱波が届く。


「これなら……やったか」


 後ろからは怯える気配が伝わってくる。

 さすがに間近でこんな技を見せられたら怖がるさ。


「ク、クロードさん……」


 後ろを向くと今にも泣きだしそうなエアリーの顔が見えた。


「すまん、見てて気分のいいものじゃないな」


 たった一人。しかも見た目は少女相手に苛烈でショッキングな殺戮の光景だ。

 誰だって気分が悪くなるさ。

 俺だって――


「ま、まだ生きてます!」

「はっ――」


 爆心地に向き直ると、空に無数の光弾が打ち上げられ、そこから大地にレーザーが降り注いでいた。

 しかもかなりの速度で俺に向かってきている。


「くそっ!」


 地に触れ、地盤ごと持ち上げて盾にする。

 ヒュオンと背筋に悪寒がする音を響かせながらレーザーをやり過ごす。

 幸い通り過ぎたものは後方で消失し、戻ってはこなかった。


「不味いよ、白き乙女を相手にわたしたちだけじゃやりきれない」

「白き乙女って、PMSCの本隊が来たってのか?」

「違う、そうじゃないよ……あれは……あれはほんとに戦っちゃいけない」


 再び光弾が展開された。今度は地上付近に九つ。

 大きさがケタ違いだ、直径一メートル。

 純白の殺意としか例えようがない。


「少しだけ、真実を見せてやるよ」


 口調も見た目も全く違う少女が立っていた。

 真っ白なショートヘア、白い虹彩の瞳。

 見に纏う露出過多の純白の衣装。


「なんだよ……」

「あれが白き乙女。わたしたちの所属する組織の名前にもなっているものの一つ」

「一つ? まだあんなのがいるのか」

「うん。世界を容易く破壊できるほどの存在だよ」

「へぇ……これは、相打ちで釣り合うほどの戦いになりそうだな」


 やれる、どうせレイズより強い奴らはこの世界にはいない。

 そして訳ありとはいえレイズに勝てたのならこいつにだって勝てる。


「エアリーと一緒にここを離れてくれ。俺も本気出す」

「でも」

「いいから行け。戦いながら護りきる自信がまったくない」

「わかった……」


 渋々といった感じで離れてゆく二人を見届け、これ以降はその思考をシャットアウトする。

 眼前の脅威に集中しなければ死ぬ。


「……」

「なぁに? 今更命乞いしたって殺すよ」

「……一撃」

「はぁ?」

「一撃でどっちが死ぬ」

「そりゃテメェが死ぬに決まってんだろうが」


 いきなり口調が変わった。

 ゼロもやる気だな。


極光の聖剣(レーヴァテイン)

「重力嵐」


 光弾からすべてを破壊し尽くすレーザーが撃ちだされる。

 俺も俺で現在使える中で最も危険な技を使う。

 別段、詠唱なんていらない。魔法ではないのだから。

 それでも言葉にするだけで格段にイメージしやすくはなる。


「消えなさい」

「……」


 広範囲に亘って法則性なく重力場を変更し続ける。

 ある場所は無重力状態になり、物質が浮遊し、ある場所は光すらも抜け出せない領域になる。

 レーヴァテインの射線がデタラメに捻じ曲げられ、あらぬ方向を大地ごと消し飛ばす。

 俺のほうに向かってくるモノは直感でかわす。

 光速だろうが予備動作はある、それさえ見ていれば俺は躱せる。


「ホーリーレイ」

「くっ……」


 真上の空に光弾が煌めく。

 今は地盤を持ち上げることができない、詰みか。


「ヘブンズゲート」


 さらに横合いに、囲むように三百六十度等間隔で光弾が出現する。

 避けようがない。


「あはははははっ! それじゃあ、永遠にさようなら。転生なんかできないように魂も消してやる!」


 いくら動きが、なにが起こるかが分かったところで、すべての逃げ道を塞ぐ飽和攻撃はどうしようもない。

 すべての光弾が一際強く煌めき、

 苦痛を感じる間もなく、

 叫び声を上げる間もなく、

 意識が白い闇に呑まれ、

 精神を壊されるような感覚だけがあった。

次回更新は4月19日の予定です。

最近リアルが忙しくなってきたので更新ペースを落とさせて頂きます。

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