仲間一匹目
海面に昨日は確かになかった”穴”が出現していた。
これが海底洞窟への入り口だそうだ。
すでにカドラ商会の人たちは入って行ってスライムの捜索を始めているのだとか。
俺たちは入る前にベインから諸注意を受けている途中だ。
「いいか、まず洞窟内では火、水属性の魔法は使うなよ」
「なんでだ?」
俺がそう聞き返すとフライアが答えた。
「火は酸素を消費するからよ。あんな密閉空間で使ったら窒息するし気圧も下がるから大変よ。
水は洞窟内であふれてしまうと息ができなくなるし流されるから。そういうことでしょ」
フライアが自信満々に答えた。
だが、
「そうじゃない。海人族がうるさいんだよ。火を使ったら空気が汚れるとか、儂らの水場を汚すなとか」
「えっ? そっちなのか」
「そうだよ、空気は空間魔法で圧縮しておけばどうとでもなるし、水のほうも同じようにやればいいんだから」
「「…………」」
かくして俺たちは洞窟内へと進入した。
足首まで浸かった磯臭い海水をばしゃばしゃ蹴りながら進む。
海草とか固着動物(岩肌にくっついてるカメノテとか)はまったくいない。
ただ天井に光る苔が生えて、洞窟内を照らしている程度だ。
「うぅ、気持ち悪い」
「ぐだぐだ言うなフライア」
「だって靴がびしょ濡れじゃない、ベインは平気なの?」
「ふっ、空間魔法はこういう時に使うもんだ」
二人は前のほうをのんきにしゃべりながら進んでいる。
俺はというと後ろのほうで足元をしっかりと見ながら歩いている。
なぜか?
それはところどころに人がすっぽり落ちそうな穴が開いてるからだ。
事前の説明でこれに落ちたら洞窟の外、超危険エリアに飛び出るか、運が悪ければ巨大イソギンチャクに捕食されるかのどっちからしい。
そんなこんなでびくびくしながらあるく。
しっかり警戒しながら歩く。
すると真後ろからざばぁーと音が聞こえた。
「なんだ!?」
振り向くと、洞窟内を流れていた海水が持ち上がって、むくむくと成長してゆく。
あっという間に天井すれすれまで成長したそいつは俺に飛び掛かってこようとして。
「ぼさっとするな!」
ベインの拳が叩き込まれた。
ズドーンッ! と派手に轟音を散らして、水の塊はもとの海水に戻った。
「な、なんだよ、今のは?」
「今のがスライムだ。ありゃ育ちすぎだ」
おい、あんなのがスライムだって?
スライムつったら、オニオン型で真ん丸の目とU字の口がついたあいつじゃないのか?
俺がそんなことを思っていると先に行っていたはずのカドラ商会の奴らが走ってきた。
「お、おい、あんたら! ここのスライムは強すぎる、別の道を行ったほうがいいぞ」
髭のおっさんが冷汗流しながら言った。
「強いたって、スライムだろ?」
「ただのスライムじゃねえ、ポイズンスライムだよ。龍だろう毒でころりとヤっちまうあのスライムだ」
「まあ、俺たちはこのまま行く。じゃあな」
ベインがぶっきらぼうに言い放つと髭のおっさんは、ばしゃばしゃ海水を蹴り上げながら逃げて行った。
ほかの奴らをちらっと見ると担架で運ばれていく奴や、顔色がかなり悪いやつがいた。
「アキト、スライムは基本的に焼いたらすぐに倒せる。それとなるべく杖を使った火炎放射を使えよ」
「ああ、分かった」
リュックから杖を抜いて、ベインの後をついていく。
いくら足元に落とし穴があるといっても、誰かが通った後は安全。
だからベインの後を歩けば安全なはずだ。
そうして歩くことおよそ十分。
青い肌、海人族の男性が集まっている開けた場所についた。
こしに布を巻いて局所だけ隠すというどこかの部族のような服装だ。
そんなやつらにベインが近づいてゆく。
「旅の者だ、外の奴にスライム討伐の依頼を受けたがどこに行けばいい?」
訊ねながら海人族の輪の中に入っていって何やら話し合っている。
それにしても、よくよく見ると海人族の手には水掻きがあって、首には鰓のようなものまである。
基本は水中生活なのだろうか?
「ひっ」
「どうしたっ?」
フライアの声が聞こえて振り向くとそこには触手……、じゃなくてでかいイソギンチャクが近づいてきていた。
「えっと……あれは?」
「ま、魔物よ! うねうねしたやつは苦手なのよ」
フライアを背中に庇いながら、イソギンチャクに杖を向ける。
そういや俺の触手たちは”燃やすぞ”と脅したら大人しく引き下がったし、こいつにも効かないかな?
触手つながりで。
「それ以上きたら燃やすぞ!」
鋭い声でそう言ってやると、ピタっという擬音が様になりそうな感じで止まった。
効いたのかな?
「なにやってるのよ、さっさとやっちゃいなさいよ」
「いや、ちょっと待って」
これは案外脅しがきくかもしれんぞ。
俺は杖の先端に小さな炎を灯しながらイソギンチャクに近づいた。
「燃やされたくなかったら俺たちに近づくんじゃねえ、そしてほかのイソギンチャクにも伝えとけ」
路地裏の不良っぽく言ってみた。
するとイソギンチャクは触手の一本をくの字に曲げて綺麗な敬礼をしてそそくさと逃げて行った。
よっしゃ。
それにしてもなんで見た感じ水タイプなのに炎が苦手なんだろうか?
「お前ら、こっからは別行動だ」
話しを付けたらしいベインが戻ってきた。
「討伐対象は緑色のスライムだ。こいつらの親玉さえ倒せばあとはあっちで駆除するらしいからやるぞ」
「分かった。でもそのスライムって毒があるんだろ? 焼いたら毒が揮発したりしねえの」
「そこは大丈夫だ。ポイズンスライムの毒は熱で分解されるからな。
それでだ、五時間ほどしたらまたここに集合すること。俺は一人で走り回るからお前ら二人はのんびり探し回ってろ。いいな?」
「ああ」
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そしてかれこれ四時間。
案内はついていない。
これが仇になった。
もう彷徨い歩いて四時間だ。
「……ここ通るの何回目?」
「……十六回目よ」
足元に刻んだバツ印がまた一つ増えたな。
そしてまた歩き始める。
右に計六十四回曲がって、左に計五十四曲がって、段差を計……何回だっけ? もう数えるのはやめよう。
そんなこんなで歩き続けるとモンスターに遭遇した。
荒野と洞窟でえらい違いだな。
プログラマーさん、エンカウント率の設定間違ってませんか?
「焼き尽くせ、フレイムスピリタス!」
フライアが詠唱する。
俺たちの前方、軽自動車並みの大きなのカニが炎に包まれる。
うむ、焼きガニはうまいだろうな。
なんて思ってたらボシュッと音がして炎がかき消されてしまった。
カニが足を伸ばして体を持ち上げる。
そして口でぶくぶくと泡を作ると……ズッシャアアアッ! ともの凄い勢いで水鉄砲が撃ちだされた。
俺はその攻撃に反応できず――、
「ハルト!」
フライアが咄嗟に詠唱して作り出した、見えない壁に救われた。
目の前を覆う水がすべて流れ落ちるとすでにカニが接近して大きすぎるハサミを振り下ろすところだった。
「フライア!」
今度はフライアが反応できなかったようで、俺はフライアを押してその攻撃をかわす。
スガァァンッ!
すさまじい轟音が響き、一瞬前までたっていた場所には小さなクレーターが生じていた。
あんなもん食らったら即死だぞ。
「ふふっ、これでお相子ね」
「そうだな」
起き上りながら火炎弾を叩き込み、ハサミに全弾命中!
まき散らされた熱でもうもうと水蒸気があがる。
「どうだ!」
「まだ生きてるわ」
フライアが右手を突き出して、詠唱を始める。
俺も杖を構えなおして魔法をイメージする。
普通にやっても無駄だろうな。
なんかこう、もっと強い……、あれをやろう。
火属性の爆破と空属性の空間に干渉する特性を混ぜたやつ。
いつぞや空間を壊したようなあれを。
命名は……、よし、空間破壊そのままでいこう。
「ヴォイドクラッシュ!」「ティエパーティアリス」
俺とフライアが同時に魔法を放った途端、パキッとガラスにヒビが入るような音が聞こえ、世界が割れた。
さっきまでカニがいた場所に真っ黒な穴が出現してすぐに元に戻る。
そこから消えたのはカニだけだ。
「やったわね」
「ああ…………ん?」
視界の隅に緑色のものが映った。
即座にそっちに目を向けると緑色のスライムがびよーんと身体を伸ばしてきているところだった。
俺はほぼ反射的に杖を向けて、
「ファイヤァァァ!!」
そこそこの威力で火炎放射を行った。
あんまり強くやっちゃうと輻射熱で俺が火傷しそうだったんで。
そして数秒してスライムがどろどろと溶け始めた。
ほんとに火に弱いな。
そのまま焼き続けていると、どろどろの中から何かが飛び出してきた。
俺の胸にぽよんと当ったそれを左手でキャッ…………!?!?
キャアアアァァァァァッッ!!
オレノテノナカニミドリイロノスライムガァァ!
がちがちに緊張しながら後ろのフライアのほうを向いた。
「ナア、フライア。コイツドウシヨウ」
俺がそう聞くとフライアが近くに寄ってきた。
そして手の中のものを見ると言った。
「そいつも焼いちゃえば?」
フライアが言うと同時に手の上のスライムがぷるぷる震えた。
まるで怖がっているような、嫌がっているような感じで。
それにしてもどっかで見たような……。
なんと スライムが なかまに なりたそうに こちらをみている!
なかまに してあげますか?
はい
いいえ
いきなり頭の中に白枠で囲まれた文章と謎選択肢がでてきた。
「あ! 俺が回復薬投げつけたときの」
ああそうか、あのときの。
フライアに問答無用で虐殺されたスライムの群れの生き残り……。
可哀想だな、と思うのと同時、冒険の最初の仲間はスライムだろ! というテンプレ思考が出来上がっていた。
ほら、スライムって弱いけど育てたら最後はマ○ンテ使ったりするじゃん。
よし、連れて行こう。
さっきの選択肢は”はい”だ。
俺はこの緑色のスライムを頭の上に乗せた。
なんでかって? いままでだってそうだっただろーがよ。
「ぇぇ……連れていくの?」
「なんか気に入ったから」
フライアは露骨に嫌そうな顔をしたけどいいだろう。
俺の(まともな)仲間第一号だ。
名前は……すらりん? すらぼう? すらっち?
いや、これはやめておこう。いろんな意味で使えない。
す、す……すで始まる名前は……。
すーすー……なんかないか、すで始まる……すー、すぅー……。
よし、スゥだ!
こうして今日から俺の仲間が増えた。
そしてこれがいつの日か大変なことになるとは全く知らない俺であった。
次回更新は4月8日の予定です。




