遭遇戦 スライム
気づいたらフライアを抱きかかえて走っていた。
ベインの姿はない。
そして俺を追ってくるモノもいない。
でも安心できない。
俺自身、全身軽く傷だらけでフライアは俺よりもっとひどい。
ベインは……もう……。
なにがあったか。
あの瞬間、ベインの真下から黒い龍が大口を開けて飛び出した。
それにベインとアテリアルが呑み込まれて、俺たちはそのついでで薙ぎ払われた。
俺は咄嗟に爆発を起こして真後ろにとんだ。
でもフライアはまともに食らって大けがを負った。
そこまでしか覚えていない。
気づけば治癒魔法を使いながら全力で走っている自分がいた。
それだけだ。
「フライア! フライア起きろ!」
「ん、ぐぅ……いたぃ……」
意識があってちゃんと痛みを感じているなら大丈夫だな。
ほんとに危ないのは怪我をしているのに何も感じない状態だから。
「大丈夫だな」
「どこ、が、よぉ」
立ち止まって、いつぞやウィリスにオーバーヒールと言われた治癒で一気に癒す。
俺を中心に鮮やかな緑色の燐光が舞い散って、傷に触れるとあっという間に治癒される。
そしてよくよく思えばお姫様抱っこの状態だったフライアを立たせる。
なんとなく顔が赤く染まっているのは気のせいであると思います。
「あ……」
フライアがぐらりと揺れてその場にぺたんと座ってしまった。
「休憩にするか」
「大丈夫よ」
力を入れて立とうとするが、腰が抜けて立てない。
それでもなんとか立とうとしている。
仕方ない。
「ずっと抱えてて疲れた。少し休もう」
俺も座って、どさくさに紛れてとっておいたトレントの炭をリュックから取り出す。
全然湿気てないしカビてもない。
このリュックはほんとにいいものだな。
それに着火してまだまだストックのある澱粉を遠火で焼く。
食える時に食う。そしてもう辺りは暗くなってるから今日はここで野宿だな。
追ってはないと願いたい。
あんな奴ら相手には戦いきる自信はないからな。
「それにしても、まさかいきなりあんなことするとは思わなかったぞ」
「私だって、ベインがいたら勝てるかなって思ってそれで……」
だんだんと声がしぼんでゆく。
「先走って失敗したわけだ」
「うん……」
体育座りで顔をうずめてそのまま沈黙してしまった。
しばらくは沈黙が続く。
少しどころではなく、かなり冷い夜風が体温を掻っ攫ってゆく。
なんだ、昼間と全然違うな。
素足のフライアはそれが堪えたのか俺に寄りかかってきた。
つい先日までは敵かもしれない関係だったのになんだろうなこれは。
「さ、寒い」
俺はそろそろ焼けたであろう澱粉塊を手に取った。
うむ、今日もこんがりきつね色でいい感じだ。
味はあれだけど。味は。
「あったかいものを食べたら体もあったまるだろ」
半分にちぎってフライアに渡す。
そして残り半分を食べる。
決して不味いとは言ってはいけない。
貴重な食料だ。
二週間の遭難からの長い長いお付き合いなのだ。
「ねぇ、明日はどうするの?」
ここでいきなり振られても困る。
土地勘がないし、フライアの提案でさっきまで行動してたし。
「うーん、どうすっかなー」
「私が言うのもなんだけど、もう周りは敵だらけよ」
「……」
現在の俺たちの居場所は中央部から少し南南西よりの場所だ。
北に行けば戦場。
西に行けば竜族の支配域。
移動中に聞いた話だと、東は魔の森っていう危ない場所らしいし。
南は海で行き止まり。
その向こう側にもう一つの陸地があるってことらしい。
「とりあえず……ん?」
横からは静かな寝息が聞こえてきた。
…………。
なんでしょうねぇ。
なんでこんなやつがあんな戦いをやってるんでしょうねぇ。
緊張感なさすぎでしょ。
俺だって――
ジャリッ……
不意に後ろからの足音。
「誰だっ!?」
勢いよく立ち上がりつつリュックから杖を抜く。
音のした方向に突きつけるとベインが歩いてきていた。
片手に黒い粘土みたいなよくわからないナニかを持っている。
背中には袋を一つ背負っているようだし。
「撃つな、俺だ、ベインだ」
「えっ……あの龍に喰われたんじゃ」
「ありゃ幻視魔法だ。精属性の幻だよ」
「そんなもんまで……」
「あるんだよなぁ、これがまた」
ベインは焚火の近くにどさっと腰を下ろした。
そして背中の袋から小瓶を出してきた。
「ほら」
その一本を渡してくる。
「これは?」
「回復薬だ。つっても薬草を煮詰めたもんだがな」
受け取った回復薬を焚火の明かりに翳してみると鮮やかな黄緑色だった。
……飲みたくない黄緑色であった。
なんか蛍光塗料でこんな色のなかったっけ?
「ちなみにお味のほうは」
「飲んでみ」
勧められたので栓を抜いて一舐め。
「ブホォッ!」
不味いってもんじゃねえぞ!
もろ雑草味だこれ!
ピーマンの苦味成分がある表面の薄皮だけを絞った毒薬みたいな味。
これが一番近い。
こんなものは回復薬じゃねえ、毒薬だ!
「不味いだろ」
「こんなもん飲ませんじゃねえよ」
一瞬空のかなたまで打ち上げてやろうという衝動に駆られたがもったいないので栓をしておく。
でもさっさと捨ててしまいたい。
これは劇物だ。
「ははは、ま、ポイズンスライムと同じ色なだけあってまずいよなぁ、あははっんむぅーーーー」
頭にカチンときた俺はベインのほっぺを思い切り両手で引っ張ってやった。
なかなかいい仕返しであろう。
いままでの経験上魔法でやろうとすると失敗しそうだったからな。
「…………」
「…………」
無言の圧力には無表情だ。
弱気なところを見せたら負けだ。
…………。
……。
(汗)
「すみませんでした」
「謝るなら最初からやるな」
「はい」
やっぱり無言の圧力には勝てなかったよ。
引きこもり期間が長かったせいでどうも人の目を見てなんかするのが苦手だ。
「さて、真面目な話だがこれからどうする?」
「その前に一つ聞かせろ、ベインはどっちなんだ?」
「ふっ、どっちだと思う?」
質問に質問で返しやがった。
話しを停滞させる常套手段だな。
「レイズ側だろ」
あれだけ仲が良かったんだし。
「やっぱそう思うか……」
「違うのか?」
「あー、なんつーか、微妙なところだな。リーダー格には味方として見られてるけど下っ端のほうからは完全に敵視されてるからな……」
「ってことは第三勢力的な?」
「そうなるな」
うーん、少し前の予想が的中したぞ。
「じゃあ、ヴィランズの仲間たちはどこに? まさかもうやられたってことはないだろ?」
「…………」
この沈黙は肯定か?
「マジで?」
「誰かさんが勝手に連れて行った奴ら以外は知らん」
「それって俺?」
「そうだ。まあ、だいたい二百人くらいか、お前の配下になってるのは」
「……へっ?」
間抜けな声を思わず出してしまった。
だってそんなにいるとは思ってなかったんだもん!
二百人っていったら中小企業の社員と同じくらいじゃん。
俺って社長?
……でも俺が連れて行った、ってことは俺の配下ってことで、それ以外は知らんということは俺の配下のことは知っているということで。
「今そいつらどこにいるんだ?」
「森のほうにいる」
「じゃあ朝になったらすぐにそこに向かおう」
味方が増える。だったら早いことに越したことはない。
「ダメだ。戦線が南側に降りてきてるから通れない」
「だったら北のほうから迂回したら」
「無理だ。北側は魔族領だ、あそこは俺たちが通過できるほどやさしい場所じゃない」
「ならどうすんだよ」
「まずは西側、海底洞窟を抜けて竜族の支配域ローラントに向かう」
「そのあとは?」
「飛空艇を拝借して東側、アルハザード大森林へと」
「拝借って……盗むのか?」
「いやいや、借りるだけさ」
「へー……」
なんかもう、如何にも忍び込んで盗みます感、満載なんだよな。
「まあ、明日は早いうちから移動を開始したいからもう寝ろ」
「はいはい」
固い地面に直接寝るのはもう慣れたよ。
そして満点の星空。
あれを綺麗だと言ってのいいか……。
そんなことを思っているとベインがぽつりと小さな声で何かを呟いた。
その瞬間、地面から壁が出てきて俺たちの周りを囲んだ。
そしてコトンと小さな音がして屋根がかけられた。
「おいおい、そんな便利な魔法があるのかよ」
「あるんだなー。土属性の魔法はこういう時は役に立つ」
その後は無駄話もせずに泥のように眠った。疲労が大きすぎる。
---
「起きろお前ら」
その声と同時に顔面にべちゃっと何かが張り付いた。
「ムガッ!!」
思いっきりべりべりと引っぺがすと黒い塊だった。
というか恐らくアテリアルだな。
ずいぶんと小さくなったもんだ。
そしてなぜか魔が差した俺は、隣で気持ちよさそうに眠っているフライアの顔にアテリアルをべちゃっと投下した。
「いやああああああああっっ!!」
「ごはっ!」
飛び起きたフライアが暴れ、その腕が俺にクリティカルヒット。
「自業自得だバカ、その辺にしろアテリアル」
ベインが呼ぶと黒い塊はフライアの顔からぴょんと飛んでベインの腕に絡みついた。
「な、なんでベインがいるのよ?」
「夜のうちに合流した。これからローラントに行くが、いいな?」
フライアは少し考えて返事をした。
「ええ」
「それじゃ、出発しようか」
出口のない部屋の壁にベインが蹴りを入れた。
すると壁は簡単にガラガラと音を立てて崩れ去った。
……以外に脆いな。
「俺が先に行って道を作るからそこを歩いてこい」
「どういうことだ?」
「ここって魔物が多いだろ。だから俺が掃討しておくんだよ」
「はぁ……」
そしてベインだけが走って行った。
俺たちはそのあとをのんびりと歩く。
空は相変わらずの昼間だけ曇り空。
夜になるとあれだけ綺麗に晴れるのにな。
「そういや、これどうしよ」
なんとなくそのまま持ってきてしまった毒薬。
リュックの中に収納するのもアレなんでそのまま手に持っている。
どこかで捨ててやるか。
そんなことを思いながら歩くこと小一時間。
断続的に俺たちの進行方向からは火柱が上がったり轟音が響いたりしている。
そのくせクレーターとか魔物の死骸は一っつもない。
しかも他は岩ばかりで歩きにくいのにここだけ整地された一本道ができてやがる。
便利すぎるぞベイン。
「来るわっ!」
「えっ?」
上空から甲高い鳴き声が聞こえてドラゴン……違う、ドラゴンゾンビとそれに乗ったネクロマンサーのようなのが下りてきた。
さすがのベインも空のほうは疎かになっているようで。
俺はすでに癖になりつつある動作で杖を引き抜いた。
「魔物よ、話なんて通じないわよ」
「そうかよ」
杖をまっすぐ魔物に向けて魔力を流す。
イメージはいつぞやユグドラシルに大穴を開けた艦砲射撃並みの一撃。
「シュート!」
ドバッ! っと音を立てて水の砲弾が撃ちだされた。
しかしネクロマンサーが飛び上がって回避。
ドラゴンゾンビは防御の構えを見せたが粉々に砕け散った。
俺は杖を空に向け、そのまま水弾で対空射撃を開始した。
だが相手は自由自在に飛び回る魔物。
そのために必然的に追い撃ちの形になる。
「シモン・マグスって知ってる?」
フライアが突然そんなことを聞いてきた。
「知らねえよ」
「そう。魔術ってね、何かもとになる伝承とかがあったほうが強力なのよ」
静かに右手を飛び続けるネクロマンサーに向ける。
「空を行く邪なる者を地に還せ!」
フライアがいうと同時、一瞬ピタッとネクロマンサーの動きが止まって落ちてきた。
その速度が緩むことはなく、地面に頭から落ちてぐしゃぁっと……。
久々のスプラッタだ。しかも赤色じゃなくてどす黒いなにかだ。
そしてフライアはネクロマンサーの本を拾ってパラパラとページをめくり始めた。
「読んで大丈夫なのか?」
「私はね。耐性のない人が読んだら即刻廃人でしょうね」
うぉい! なんでそんなもん読めるんや!?
……いや、いいか。聞いても俺には関係ないし。
その後も空からの襲撃者は何度か来たがフライアがすべて堕としました。
しばらく歩いて。
ぴょんぴょんという音を聞いて俺はすぐに反応した。
この音はスライムだ。
中継界で聞いたスライムの音だ。
きょろきょろと見回すと岩陰からスライムの大群が現れた。
「な、なんでこんなところにスライムが?」
俺の脳裏にはベインの腕が溶けたときの映像が呼び起されて軽く引いてしまった。
だがフレイアは前に出て詠唱した。
「焼き尽くせ、フレイム!」
スライムの大群を囲むように炎が湧き上がった。
炎のサークルの中からはぴぎゃーぴぎゃーとスライムの断末魔が聞こえてくる。
中ではスライムたちが逃げ惑っている。
……可哀想だな。
なんて思ってたら炎の切れ目から一匹出てきた。
一瞬びくった俺は反射的に片手に持っていた毒薬を投げつけてしまった。
小瓶はスライムのちょこっと手前で割れて毒薬がスライムに吸収される。
あれって不味いけど一応回復薬だよな?
もしかして人間以外にも効果があっちゃたりするんだろうか?
俺が慌てているうちにそのスライムはどこかへと逃げて行った。
「ほら、行くわよ。スライムなんて火であぶれば一発よ」
なんのことはないとずかずか歩いていくフライアのあとに続く俺であった。
ほんとに俺って足手まとい確定なんじゃ……。
次回更新は4月5日の予定です。




