最寄りの戦場まで
数日後。
ニブルヘイム中央部の平地、竜族領と魔族領そして魔の森への道が交差する場所にて。
「しつけぇ! いい加減に来るんじゃねぇ!!」
「い、いつまで逃げればいいんですか!」
一人の青年と一人の少女が逃げ回っていた。
二人は”おそらく人間”と”一応人間”だ。
後方から迫ってくるのは睡魔族。
捕まれば色々と絞りとられて枯れてしまう。
そのために捕まるわけにはいかない。
「ああくそ、退路がねえ」
進む先には土煙が見える。
あそこではレイズ派とレイシス派がぶつかっている。
現状、両勢力ともが彼らには敵であり、そんなところに飛び込めば瞬殺されるのは確実。
「迎え撃つ。お前は隠れてろ」
「私も戦います」
「足手まといだ、下がっていてくれ」
「……はい」
少女が離れたのを確認して、青年は黒光りする不気味な珠を手に取った。
「来い、『狂える天使』!」
青年の呼び声に応え、小さな魔方陣がいくつも顕現する。
そこから現れるのは天使たち。
だがいずれも穢翼であり、表情は虚ろだ。
「これで最後の召喚を使っちまったか。まあいい、征け! 天使ども」
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「焼き尽くせ、フレイムスピリタス」
今しがた襲い掛かってきたトレントがぶすぶすと音を立てて炭に変わってゆく。
いきなり岩が動いたと思ったら例の木の魔物だからな。
完璧な擬態、びっくりするわ!
フレイアの詠唱はいままでのやつらとは違う。
属性を言って性質を、ではない。
命令して、魔法を言ってるような感じだ。
さきにやることを言ってから何を使うかをいうような。
それにしても、枯れた川を渡ってからは出現する魔物ががらっと変わった。
さっきまでの場所よりも、なんか全体的に小さくて弱い。
俺のブリザードボム(なんか弱化してた)でもなんなく一瞬でかちんこちんだ。
でもアスガルドのものに比べるとまだまだでかくて強いほうだな。
「で、今はどこに向かってるんだ?」
「ニブルヘイムの中央よ。あそこで戦争やってるはずだから合流するわ」
「それってレイシス側、だよな」
「ええ、はっきり言うと私も裏切り者扱いかもしれないけど……」
う~ん、ここでさようならしたほうがいいか?
俺だけ一人旅で……、いや、やめよう。
まだここじゃあ死ぬ自信がある。
「まあ、もしそうだったら一緒に逃げよう」
「……そ、そうね。それがいいわ」
あの日から数日。
魔物の群れを回避しながら、命からがらここまで来た俺たち。
道中、気色悪い魔物が現れてフライアが泣いて、怖い魔物が表れてフライアが泣いて、気持ち悪い……。
と、まあ何度もああいうことがあったわけで。
気づけばなんか物理的な距離が、五センチという微妙な距離が縮まっていた。
最初はお互い少し距離を開けて歩いていたけどだんだんとその距離が縮まっていました。はい。
あちらが縮めてきたんです。
俺のあのスキルは関係ありません。
というかまだ封印状態だよ。
「そういえば、どれくらい距離がある? 食べ物はもう澱粉しかないぞ」
「うっ……あれはもう嫌よ、あんなパサパサしたものは……」
「俺だって嫌な思い出しか……」
ほんとに嫌なものを思い出した。
水龍を焼いたやつ……あれは不味かった。
二度と水龍を使った料理には手を出すまい。
「うん、どうでもいい。それより、どれくらい距離がある?」
「あそこ、土煙が上がってるでしょ」
俺たちの進むさき、遠くで砂嵐かと思うほどの土煙が上がっている。
空には竜族が飛び回って、ところどころに火柱とか、曳光弾のようなものも見える。
まさかね、こんなところに高射砲なんてないよね?
「あそこの黒い竜が飛んでるあたりよ」
「へぇ………」
「多分、対空砲とか戦車とかがあるからすぐにわかるわよ」
「…………………この世界にあっちゃいけないでしょそれ?
銃はもう仕方ないけどファンタジーにそれは持ち込んじゃいけないもんでしょ!?」
「どうして? 戦力が多いほどすぐに決着がつくじゃない」
……えーと、チート野郎どもに加えてさらに現代兵器ときましたか。
これはもうほんとに変なことになってきたな。
そんなことを思いながら歩くこと一時間。
俺たちはいちっっっっばん遭遇したくないやつに遭遇していた。
そいつを見た瞬間フライアは俺の後ろに目にもとまらぬ速さで回り込んで抱き付いてきた。
俺とてそいつのことはよーーーーく知っている。
長年一つ屋根の下、同じ部屋の中に住んでいたのだもの。
だけどな、それも限度というものがある。
あのころは出現率が低かったというのと小さかったというのがあったからこそ部屋の中にいることを許していたし接近も許していた。
だがな、今、目の前にいるのはG級クエストに出てきても問題ないサイズだ。
ハンターに討伐依頼を出してもいいのではないだろうか。
「ね、ねねねぇ! 早くこいつどうにかしてよ!!」
「いいいいや、ちょっと待て。あんなでかいのはどうしようもねえ!!」
「気持ち悪いのよ!! 黒くてテカテカ光って!!」
そう俺たちの前には二メートル級のGOKIBURIがいるのだ。
あのミニサイズですら大人を震え上がらせる、あの黒い虫がこんなでかいサイズで目の前にいるのだよ!
しかも見渡す限りの範囲には五十センチくらいのがガサガサ音を立てながら出現し始めているし。
ちょい解析してみるか。ここらへんのやつならいい加減解析が通用するだろう。
『人食いxxxx』・・・基本的にどこにでも生息しなんでも喰らう。大型の固体になると五メートル以上になり、大型の龍ですらも喰らう
……ゴキブリがそんなに強くて誰が得すんねん!
虫といえば火!
というわけで俺は周囲一帯を焼き払うことにした。
久々に使うぜ複合魔法。
今回は火属性レベル4を三つ合わせてレベル64を使う。
それを空中に放ち、輻射熱で一気に焼き尽くす。
もちろん俺たちの周りだけには水の壁を張っておく。
じゃないと一瞬で干物になるからな。
名前は……そうだな。
「フラッシュオーバー!」
言う必要もないけど一応言った瞬間、真上に太陽が見えた……。
なんだ、俺にもできたじゃん。
というか、
「眩しっ!」
「きゃっ」
咄嗟に伏せた。
極至近から放たれた強烈な光があっという間にすべてを熱して赤熱させた。
あのゴキブリも破裂したり、その場で燃えていっている。
しかも見える範囲すべてが炎に飲まれている。
効果範囲が広すぎで、さらに敵味方区別なく焼き払うのは危ないな。
これは使わないようにしよう。
いや、もう少し威力落とせば夜の明かりになるか?
「ちょっと、これ大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫……だと思う」
俺の水の壁もぐつぐつ煮えてどんどん蒸発している。
そろそろ太陽を消してもいいだろう。
太陽を消し、水の壁を崩して立ち上がる。
あたり一帯真っ赤だ。
こんなのは某ゲームで火炎放射して、やっと見ることができる光景だ。
「ア、アキトってほんとうにすごいのねぇ……」
「俺もここまでとは思わなかった……」
いやね、イメージするのはいいんですよ。
そこから後が問題なの。
俺がイメージするよりも遥かに強力な魔法が顕現するのがおかしいんだよ。
単純にメ○ガイアーくらいの火球を作ってその輻射熱でほどほどに焼くつもりだったの。
なのに太陽が出現して焼き尽くすってなに?
俺のイメージの仕方がいけないのか?
「とりあえず、どうやって移動するの?」
「…………」
うん、それ考えてなかった。
普通に水をぶっかけたら水蒸気爆発よろしく一瞬で蒸発した高温の水に焼かれる運命。
ならば……ブリザードボム?
そう思ってイメージした。
今度は安全に気を配る。
氷の迷宮に閉じ込められて冷凍されるのは嫌だからな。
俺を中心に半径二メートル離れたところから外側に向かって冷気を放出。
温度は地面を凍らせない程度に。
範囲は見える限り全域。
「ふんっ!」
思い切り地面を叩く。
なんかもう最初の時からのクセになってんな。
「ちょっと!」
膨大な冷気が吹き出し、遠くまで流れながらすべてを冷やす。
凍らせてはない。調整は成功した。
だけど、
「あ……」
「余計に歩きづらくなったと思うんだけど」
加熱された(膨張した)物質を一気に冷却する(収縮させる)とどうなるか?
答えは決まっている、砕けるだけだ。
俺たちの周囲には踏めばずぼっと沈み込む砂の大地が広がっていたのだ……。
ごめんなさい、やりすぎました。
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俺が作り出した非常に歩きづらい砂地を抜けるとようやく戦場が見えてきた。
両サイドで色合いが全く違う。
片や赤と白を基調とした不気味な連中、レイシス側。
片や天使に悪魔、竜に魔物に人間に獣人、他色々混じった恐らくレイズ側。
しかもここって北欧神話がもとだよな? なんで天使とか悪魔とか獣人とかなんとかいるんだ?
「ついてきて」
フライアに手を引かれ、戦場の外周を大きく迂回する。
今見える範囲にはレイズ側がほとんどだ。
下手に手を出そうもんなら囲まれて撃破されるのが落ちだな。
そう思いながら、さっきまでの砂のエリアと、死体や血で染まったエリア。
その境目を駆ける。
ときおりこちらに目を向けるやつがいるがすぐに向きなおる。
なぜか手を出してこないがそれはそれでいい。
そして双方の境目をこえレイシス側のやつらが多くなったところで奴らが向ってきた。
両手に篭手をつけ、そこに長い金属製の爪が伸びている。
まるでウル○リンだな。
全身が布で覆われるてのが残念だけど。
「敵か?」
「そうじゃないことを祈りたいわ」
念のために拳大の火炎弾をイメージしていつでも撃てるようにしておく。
まあ、敵だと思うんですがね。
「この後ってどうするんだ?」
「とりあえずヴァルに話しを通すしか……」
二十メートルくらいまで接近したとき、一人が飛び上がった。
爪をこちらに向けて高速で迫ってくる。
「っ!」
腕を向けて火炎弾を撃つ。
まるで砲弾のように放たれた炎の塊はボッと音を立ててぶつかり、飛んできていたやつはうめき声もなく墜落した。
だがそれを呑み込むように後ろから続々とやってきた。
数は数えるのがばからしくなるくらいだ。
「おいおい、思いっ切り敵じゃねえか!」
リュックの端からランドセルのリコーダーよろしく突き出ていた杖を抜いて構える。
水のレーザーを横なぎに一発見舞ってやろうか……。
物騒なことをやろうと魔力を流し始めたとき、フライアが前に出た。
「ちょっと待って、なんで攻撃するのよ!」
そう問いかけると相手側からも一人出てきた。
他と違って爪プラス盾を装備したやつだ。
指揮官なのだろうか?
「フライア殿、そちらの男は敵では?」
「違うわよ! それよりもヴァルはどこにいるの?」
「ヴァレフォルならば後方で戦っている」
そしつが鉄爪で方向を指した。
「分かった。アキト、行くわよ」
腕を引っ張られ、俺は連れていかれる。
心なしか怒っているように感じられるのだが。
そのままずるずると連れていかれ、やがて不気味な奴らもいない外れのほうまで来た。
そこではどっか見たことのある男とベインが戦っていた。
双方とも銃撃のように魔法を乱射して、真っ黒な召喚獣をたくさん出している。
ベインのほうは人型、アテリアルなのに対してもう片方はいろんなのがいる。
ドラゴンに犬にティラノサウルスみたいなやつとか。
でも、それで互角だ。
アテリアルが片っ端から食らっている。
飛んでくる魔法、食いついてくる召喚獣。
それらを全部だ。
「おーい! アキトー、今近づいたら死ぬぞー!!」
明らかに目視で顔がわかる距離じゃないのに気付かれた。
さすがベインさんですねぇ。
……あれ? ベインもレイズ側じゃなかった?
「なあ、ベインもレイズ側だよな?」
お隣のフライアに聞いてみる。
「う~ん……。どうなのかしら? 一応は敵対している関係なんだけど」
「……はい?」
一応は敵。
ええそうですね。
レイズはセインツのリーダー。
ベインはヴェランズのリーダー。
双方とも敵対する勢力ですよね。
だけどな! いままでのやり取りを見てるとあの二人結構仲好さそうじゃん!
ってことは表向きの状態は敵対ってことじゃん!
ベイン第三勢力じゃん!
「えーと、これはどっちを援護したらいいんでしょうかね?」
どっかで見たことのあるやつを援護してレイシス側に取り入るか、
ベインを援護してどっちかというと信用できる方に行くか。
迷いどころである。
ベインのほうの状態がわからないから。
もし単独で戦ってるとかいうんなら、それはもうガンバッ!
というしかあるまい。
だけど他と同じくらいの戦力があるなら……。
「フライアー! こいつをさっさと倒してローラントを制圧するぞ!」
どっかで見たことのある男が叫んだ。くすんだ金髪……。
フライアは少し顔を暗くしたがすぐに動いた。
その手に炎を灯して、ベインのほうへ向かって投げた。
炎の中にまるでルビーのような赤い塊が入っていたが……なんなのだろう?
「で、俺はどうしたらいい?」
「ヴァルを攻撃して、それも使える最高の魔法で」
「ヴァルって……あの男か?」
「そうよ、あいつを殺せば全部終わるの」
昨日までのか弱い女の子。
そんな感じじゃなくなっていた。
クロードと同じような戦いなれた、殺し慣れたやつの目だ。
「準備できたわね」
「えっ?」
突如、ドッッ!! と炎が吹き上がって魔人が現れた。ベインのすぐ隣に。
人の形をしちゃいるが大きさは十メートル越え、皮膚は煮えたぎるマグマのように真っ赤だ。
「やるわよ」
フライアが腕を振ると足元に血のように赤い魔法陣が浮かびあがって、炎に包まれた。
視界が晴れると隣にはベインとフライア。
なんだろうか、いつか出てきてすぐにいなくなった自称神様を思い出したんだが。
いや、今はどうでもいいな。
「俺がすべて喰らう、焼き尽くせよ炎使い」
「ええ、私の炎は兄上にもらった命ですから。兄上のためならば」
……どういうお話になってんでしょうか。
俺はどうすればいいんでしょうか。
結構離れたところでどっかで見た男、ヴァルがぎゃーぎゃー騒いでいるように見えた。
腕を振るごとに黒い何かが地面から染み出して影のような黒い人形を作る。
「いいかお前ら、あれに触ったら死ぬぞ。魔法も効かないだからここから砲撃しろ」
「ベインはどうすんだよ」
「さっき言ったろ、俺がすべて喰らう」
そう言ってベインは駆け出した。
その後ろにアテリアルが続き、魔人が火焔を吐いて進む道を開く。
それで新たに出てきた人形以外はきれいに消え去った。
だが人形だけは残っていた。
地面が赤く焼けているのに平然と歩を進めてきている。
「……」
俺はただ呆然としていた。
訳が分かりません。
話しが飛びすぎです。
フライアの提案で味方? に合流するために来てみれば即戦闘。
しかもその味方? と。
そしてヴァルという男を突然殺せとそう言われた。
そこら辺の理由を教えてほしい。
知らないままにやって後悔するのは嫌なんだよ。
「抵抗があるの?」
「人を殺めるのに、そういうなら”ある”だ」
もう散々、山賊をプレスした俺が言うことじゃないけどな。
容赦なく葛原とかいうとこのやつらをスプラッタした俺が言えたことじゃないけどな。
「そう、だったらそこで見てて」
すでに焦熱地獄と化している場に向けてフライアが五歩進んだ。
そして両手を上にあげ、視界が黒に染まった。
次回更新は二日後です。
くぅぅ……この程度で指が痛くなるとは。




