退魔の草
脇腹に焼けるような痛みを感じて目が覚めた。
近くからはゴリゴリと何かを磨り潰す音と青臭い臭いが流れてくる。
「あぁ……生きてる……1日に何回死にかけてんだよ俺は」
右を見れば焚火がパチパチと燃えて、その前でクロードが何かをすり潰していた。
なにを磨り潰してる?
解析をしてみた。
『毒草』……水溶性神経毒を含んだ草。麻痺性がある
……おい。
薬草ならまだ分かる。なぜに毒草?
そしてなぜに俺のほうに持ってくる?
「おい、それ塗るのか?」
「少しじっとしてろ、お前で最後だ」
最後、え? ちょっと待って。
周りを見れば包帯を巻かれたやつらが11人もいる。
まさかこいつが治療したのか?
いやでもな、なんで毒草なんか……あ、麻痺させて痛くないようにね。
「ちょっと待てい!」
俺は自分で治癒できるからな。
こんなどこの馬の骨とも知れんやつに変な治療はされたくないのだよ。
ついでに感染症とかも怖いし。
魔法のほうが確実だし。
「なぜ? さっさと傷を塞がないと…」
「自分で出来るわ!!」
「あっそ」
ポケットから出しかけていた縫合針のパッケージを戻して焚火の前に戻っていったの確認してから自分に治癒魔法を使った。
やっぱさ、なんかこう、映像の逆再生でも見るかのように傷が塞がるのってさ、質量保存の法則とかガン無視してねえか?
『生属性魔法Lv.10の登録が完了しました。スキル少女の想いの登録が完了しました
』
唐突に頭の中に声が響いた。
……俺なんかしたか?
珠は入手してないし、スキルについては意味分からんぞ。
スキルを解析してみるか。
【霧崎アキト】
種族:人間
職業:ノービスメイジ
【スキル】
解析Lv.9
魔力吸収Lv.9
魔法妨害Lv.9
少女の想い
【召喚獣】
バハムート(魚型)
【魔法】
火属性Lv.4
水属性Lv.3
生属性Lv.10
空属性Lv.1
破壊力:C
速度:C
射程:C
持続力:B
精密動作:D
魔力総量:A
成長性:A
って自分のステータスでたよ!?
こういう使い方もあんのね。
ふむふむ、職業が変わったのと魔法についての表示が全部ランクで示されるように変わってるな。
いつの間にやらフェネとの契約もなくなってるし。
そしてスキルの効果は?
『少女の想い』……一度に限り、寿命以外の死を肩代わりする。自分以外に使うことも可能
チートだな!? おい!!
でもなんでこんなスキルを?
「ケホッ……ケホッ…」
と思ったら隣から軽い咳が聞こえた。
見れば例のハーピーが生まれたままの姿で眠っていた。
そりゃ、風邪ひく……風邪かこれ? 顔が火照ってるけどこれは。
「ケホッ……ゴホッ、ゲハッ!」
びちゃりと嫌な音がした。
「え?」
口から血を吐いていた。
そしてなぜか俺の脳内に例の変態が思い浮かんだ。
「君、その子のためにも今は魔法は使わないほうがいい。さらばだ!!」
あの意味不明な言葉が脳内で再生される。
まさか……俺の魔法が原因?
「おい、どうし……」
いつも間にか後ろからクロードが近づいてきていた。
そしてハーピーを見るやすぐに容態を確認し始めた。
「分かるか?」
「俺の知ってる限りじゃアンドレイン病、魔力中毒に近いな」
「それってどういうものなんだ?」
「魔法を扱えるものは自分の魔力で外界、つまり外から体内に入ってくる魔力を中和できる。だが生まれたばかりのものや魔力を扱えないものは中和できないんだ。そして中和できずに溜まりすぎると体調を崩して……」
「どうなるんだよ」
「……最悪は、多分死ぬ」
「え……」
俺のせいか、これは?
俺がこの子を頭の上に置いた状況で魔法を使いまくったのが原因なのか?
いやだぞ、俺のせいで死なせるなんて嫌だぞ。
「なんとかならねえのか?」
「魔力を吸い出せれば……あるいは……」
魔力を吸い出す?
……そうだ、ウィリスがドレインのスキル持ってたじゃないか。
すぐに立ち上がりウィリスを探す。
どこだ? どこに……いた!
少し離れたところにある焚火のへりで寝転がっているウィリスに駆け寄った。
怪我をしているようだが今は知ったこっちゃない。
「ウィリス! 起きろ!!」
「なんだよ……人が怪我して寝てるってのに」
「お前のスキルが必要なんだよ!!」
起き上がるよりも前に襟をつかんで引きずった。
「ちょ! 待てって、起きる! 起きるから!! てか引きずるな! 服が破れる!」
ウィリスの叫びを無視してハーピーの前まで連れてきた。
「頼む」
「はぁ……まったく」
ウィリスの目が青色に光った。次いで金色の光が舞い始めた。
「ちょ、魔法は」
やめろ、と言おうとしたところでクロードに止められた。
10秒ほどして光が収まりウィリスの表情がかなり悪くなっていた。
「どうだ?」
「マジックアディクション……これは俺のドレインじゃどうにもならん」
「え……じゃあ他に方法は?」
「レイズかベインか……ここの上層にある退魔草のエキスを飲ませるか……」
「あとはなんだよ!」
「フェネの涙だな。あいつは一応不死鳥だから癒しの力だけは、最高級なんだよ」
「一番早いのは?」
「レイズとベインはこの世界にいないし、フェネは……どこいった? まあとなると、退魔草だな」
退魔草、ユグドラシルの上か。
そう思ったとき、俺の足は勝手に動いて走り始めていた。
どうやって登る?
内部には登れそうなところがなかった。
ならあの樹の幹をよじ登るしかねえ。
「うお!?」
その矢先、いきなり体が真後ろに引っ張られた。
いや、これは落ちたと言うべきか? 体にかかる重力がおかしいぞ。
「いってぇ……クロード! なにすんだよ!」
「お前なあ、あれ登坂すんのは無茶だぞ」
「でも早く取ってこないと!」
「はぁ……俺が上までぶん投げてやる。採ったら飛び降りろ、受け止めるから」
クロードが腕を俺に向ける。瞬間、俺に掛かる重力がなくなって浮かび上がる。
「アキト、退魔草の特徴は――」
肝心なところを聞き終える前に天空へとぶん投げられた。
おいおいおいおい!
これじゃ探すのが大変だろうが!
解析で手当たり次第に探すのはどんだけ時間がかかることやら。
「おい、クロード。お前、何キロ飛ばせる?」
「せいぜい1キロだな」
「退魔草まではここから10キロはあるぞ」
「え……」
そして俺はそんな会話があったことを知る由もなかった。
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俺の体感時間的に30秒くらい超高速で飛ぶと加速度が完全になくなって自由落下に移行し始めた。
あれ?ちょっと待とう。どこにも降りられそうなところがないぞ。
「うぉああああああああぁぁぁぁ!!」
落ちる! さっき受け止めてくれるって言ってたけどこれは死ぬ!!
「ああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「トォウ!」
……なんか今、モザイク必須のものが見えたような気が。
「大丈夫ですかな?」
ような、じゃなくてほんとにいたよ。
シルクハットチョビ髭の変態全裸紳士が……。
いや、ちょいまてよ。
「はなせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「ぬははははは、このまま上まで行きますぞ」
人生初のお姫様抱っこの形で変態に抱えられるというこの屈辱!
嫌だ、この記憶だけ部分的に消したい。
てか今すぐに消して。
そして15分後。
「着きましたぞ!」
「どこだよここは……」
ユグドラシルの枝の上に辿り着く。
俺の目の前には煙突付きの小さなログハウス。
花壇のようなものまであって毒々しい見た目の花まで植えられている。
その真ん中には立札があり、『スミスの家』ときったない字……ではなく、まるで書道家の段位所有者が書いたような綺麗な字で書かれていた。
スミス……まさかこの変態の名前か?
「さあ、どうぞ。お上がりください」
なんだろう、入ったら後戻りできないなにかが起こりそうな予感がする。
「ささ、どうぞ」
踏みとどまっていると、背中を押されて中へと入れられた。
家の中には暖炉と椅子とテーブルがあった。
掃除もきちんとされていてとてもきれいだ。
窓から見えるばかみたいにでかい食虫植物がなければごく普通の家なのに……。
「どうぞ」
カチャッと音がして、銀製の物凄く高価そうなカップが置かれる。
カップには橙赤色の液体……多分、お茶、が入っていた。
「あ、どうも」
流れ的にお礼を言って口に含み……。
「ぶほっ!」
口が! 口が焼ける!!
なんだこれは!?
解析を使う。
『銀のティーカップ』……セインツのリーダーが特注して作られたもの。現在いくつかが盗難に遭い行方不明
『アクアリジア』……いわゆる王水。一部を除いてすべての金属を溶かす。人体にとっては極めて有害である
俺はどこぞの仙人じゃねえ!!
これを飲んで強くなんてなれないの!!
「あんたなんてもん出してんだ!?」
「いえー、飲めるかと思いまして」
「飲めねーよ!!」
この後魔法で水を出して念入りにうがいをして治癒した。
「ふむ、ではこちらをどうぞ」
再びお茶が出される。
今度は変なものじゃないだろうな……
『真鍮のティーカップ』……セインツのリーダーによる特注品。現在いくつかが盗難に遭い行方不明
『退魔草のお茶』……強力な魔力抑制、分解作用がある。これを飲んだ暁には並大抵の魔法使いは意識を失う
えーと……まず、この変態は泥棒か?
そしてお目当てのものを見つけたがなぁ……。
俺にこれを飲ませようとする時点で……。
「一杯どうです?」
「……これを飲んでどうしろと?」
「貴方と一緒にいたおちびさんのためです」
「へ?」
「まだ生まれたばかり、そんな状態で魔力に晒されては可哀想です。なのであなたの……どうしました?」
「実は……ついさっき吐血して……」
「なんと!?」
一瞬だった。
変態が戸棚からリュックを出したかと思うと、またも俺を抱えて今度はユグドラシルの幹を駆け下り始めた。
………。
もういーよ。俺の精神の耐久値はヒビ入りの赤色だよ。
しかしだ、この全裸の変態をハーピーに見せるには教育的に大変よろしくない。
何とかせねば……。
10分後。
前を隠せ、何か着ろ、退魔草だけ置いて帰ってくれ。
いろいろと言ってみたが一切聞いてもらえず、ウィリスたちのところまで戻ってきた。
「止まれ!」
臙脂色の軍服たちが一斉に銃口や魔法弾を差し向けてくる。
「アキト、なぜそいつがいる?」
「まあなんというか、いろいろあって一緒に来た。こいつが退魔草も持ってるし」
ウィリスが視線で合図すると軍服たちが俺たちを半包囲する。
この状態で攻撃されたら、確実に俺だけが蜂の巣だな。
両手を挙げてホールドアップ。
「う、撃つなよ」
「セフティー解除」
ガチャガチャと嫌な音が響く。
おいおいマジで撃つんかい!!
1人の指が引き金に掛けられたのを見た瞬間に、体が勝手に伏せることを選んでいた。
スダダダダダダダッ!!
俺のすぐ上を銃弾と魔法が通過する。
そして例の如く変態は全て躱して、退魔草の入ったリュックを残していずこへと消えていた。
「お、お前ら……」
「くっそ、また逃げられた。アキトさっさと起きてそれを飲ませておけ」
相変わらず俺の心配は一切ないんだな。こん畜生!
んでもってクロードはどこ行った?
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さて、ハーピーについてだが。
変態のリュックに入っていた退魔草を乾燥させたものを空属性の魔法でいい感じに細切れに。
先ほどの腹いせも兼ねて調子の悪いウィリスから鍋とコップを分捕ってしっかりと洗浄、加熱殺菌。
水属性の魔法で水を出し、鍋で湯を沸かしてお茶を入れて飲ませた。
しばらくすると咳をしなくなり顔色もよくなったので、ついでにウィリスから毛布を剥ぎ取って、しっかりと洗って乾かして掛けておいた。
一応これで大丈夫だと思うが、しばらく安静にしておこうと思う。
ちなみにこの後、軍服たちにめっちゃ怒られてウィリスに魔力を吸い取られ、怪我人の治療をさせられる破目になったのは別の話。




