5-4 倉田叶⑫
貫かれた傷も、切り落とした右手も、アマルの服用で回復した。
だが、それでも戦況は叶に分が悪い。
剣を薙ぎ、楯を作り防ぐ。
放たれる炎は、暴食なる追っ手で喰らう。
決定打を与えられない。
「なかなかやるじゃない? そうやって一生懸命に自分から動いてくれるの好きよ?」
「煩い!」
怒声でレヴィアの声をたたき落として、一歩踏み込む。
「激怒の破砕!」
強欲な空想で生成された杖を媒体に、魔力によって巨大な槌が生み出される。
槌には一つの魔法が掛けられている。
破砕魔法。
槌が触れる全てをただ砕く。
それだけに特化した魔法だ。
「砕けろ!」
水平のスウィング。
槌は柄ごとしなる。
「そんな乱暴してても、嫉妬の炎は消せないわよ? ブラックフランベルジュ、来なさい」
レヴィアが黒い炎で剣を象る。
「炎よ、ワタシを護りなさい」
槌とレヴィアの間に、炎の壁がそそり立った。
衝突。
炎の壁は槌を阻む。
破砕魔法が掛けられているため炎が砕ける。だが砕けた傍から、炎は再生して槌を押しとどめる。
防御を壁に任せたレヴィアが動いた。
だが、叶は激怒の破砕を行使しているため、動けない。
魔法の破棄か継続か。
その判断が遅れた。
結果、
「炎に灼かれろ」
レヴィアの剣を回避できなかった。
一閃。
黒炎でできた剣は、叶の左肩から左脇腹までを切り裂いた。
どうにか原罪の大輪へのダメージだけは回避できた。いかに万全の状態だろうが、原罪の大輪が傷つけば、倉田叶は死に至る。
「ぐううう!」
激怒の破砕を解除して、魔弾を撃ち込む。
それを飛ぶように回避して、レヴィアが距離を取る。
叶の傷口を黒い炎が蹂躙を続けている。
痛みに耐えかねて、道路の上を転がる。
「アハハハハハ、無様ねぇ! ねぇ、もっとワタシを楽しませてよ」
やっと炎を消して、叶が立ち上がる。
炎は消えたが切りつけられた左肩から脇腹に掛けての傷からは、血が溢れ出す。左肩から先が繋がっているのが不思議なぐらいだ。
「誰が……」
息も絶え絶えに抗議するのが精一杯だった。
弱々しく、アマルを取り出す。
――これで二個目……もう後がない。
口の放り込んでかみ砕き、嚥下する。
傷が癒えていく。
だが、これでロザリアに変身してから二個目のアマルの服用。ナハトからは、二個以上の服用は人を保てなくなり、原罪の大輪が枯れると警告されている。
悔しいがレヴィアは強い。
今の自分じゃ、勝てないかも知れない。
ロザリアの魔法の中で高い攻撃力を持っているのは、激怒の破砕と傲慢な一撃の二つ。前者は炎の壁に阻まれ不発、そうなるとあとは傲慢な一撃だけになる。だが、傲慢な一撃は出がわずかに遅い。
「そんなことも言ってられない! 傲慢な一撃」
杖を構える。
魔力は杖の先端の宝玉に集中する。
「そんな無駄なことするの?」
レヴィアは蠱惑的な笑みを浮かべる。
それは淫靡な、勝者の、強者の、笑みだ。
「うるさい! 撃ち抜かれろ!」
魔力が収束され、誘導線が走る。
五重の魔法陣が展開される。
魔力の本体――傲慢な一撃が放たれる。
光が飛沫をあげながら、レヴィアに迫る。
「もう。無駄だっていったじゃない?」
困った子ね。と言わんばかりの口調。
「ワタシの炎は、別に肉体だけを燃やすわけじゃない。――喰らう炎」
レヴィアは向かってくる傲慢な一撃に、小さな種火をぶつけた。
直径三メートルを超える光の清流に対するには余りに小さな種火だった。それこそ触れた瞬間、飲み込まれてしまう運命にあるようだった。
だが、そんな叶の予想は裏切られる。
種火が傲慢な一撃にぶつかったその瞬間、一気に傲慢なる一撃が燃え上がった。
傲慢な一撃が黒い炎に飲まれていく。
まるで流れ出てきたガソリンに引火したかのような様だ。
光の先端から燃え上がり、その炎の侵蝕は留まることを知らず、あっという間に術者である倉田叶に辿り着く。
――くっ。
宝玉に炎が辿り着くのとほぼ同時に叶は、杖を投げ捨てた。
そして距離を取る。
「空想変化」
炎の蹂躙を受けた杖を一旦分解し、再度手元に構成する。
思い違いをしていた。
焦がれの炎を見てから、レヴィアの炎の効果は、蹂躙を基礎に置いているものだとばかり思っていた。だが、見誤っていた。喰らう炎と合わせて考えてみれば自分の勘違いがわかった。
――捕食。それも正しくはないかな。相手が強大であればあるほど炎は強くなる。
なるほど、確かに嫉妬の属性か。
黒い三角帽子を押しつぶすようにして深く被る。
だがどうする。
傲慢な一撃も、激怒の破砕も、効かない。
攻撃に使える魔法は、基礎魔法である魔弾ぐらいしか残っていない。
「もう終わり?」
元は傲慢な一撃だった炎の残骸の上を、レヴィアは悠然と歩く。
「うっさい!」
自分に残されている攻撃手段である魔弾を撃ち出す。
だが、先ほど変わらずレヴィアに到達する前に燃え上がるだけだった。
カツカツと足音が響く。
「無駄。無駄。いい加減諦めて」
レヴィアは十字が刻まれた白い手を伸ばし、叶の喉を掴んだ。その細腕からは想像ができない力で、叶の身体を持ち上げる。
「安心して、このまま窒息させる気はない。ちゃんと燃やしてあげる」




