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さよならホームラン  作者: 多手ててと
プレイボール

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プレイボール(1)

「では新社長、明日からよろしくお願いします」


 2027年10月31日の日曜日、私は「東都重金属」の社長として最後の仕事をしていた。休日にも出社している幹部層に挨拶を終え、明日から私の後任となる新社長にすべてを任せた。いや、実に内容の濃い2年間だった。私のチームは一昨日解散した。この東都重金属に残る者、私と一緒にMCCの米国本社に戻る者、MCCの日本法人に戻る者、そして本日付けでフリーとなる者がいる。皆いい仕事をしてくれたので、願わくば皆が幸せになって欲しいと思う。


 私はここ2年間奮闘した会社を出ると、アプリで予約しておいたタクシーに乗った。


「神宮球場までお願い」

「わかりました」


 それだけの会話を交わすと、私は自分の上司に連絡した。アメリカ東海岸はまだ朝の5時台(10月の終りだというのにあと数日は夏時間だ)だが、私の上司はもう起きているだろう。

『ボビー、おはようございます。エリーです。朝早くに申し訳ありません。仕事が片付いたのでお電話しました』


 私は純日本人で、本名は滝沢(たきざわ)枝里子(えりこ)、上司のボビー・ベナセラフからはエリーと呼ばれている。


『やあエリー、お疲れ様。今回もいい仕事だった。ところでいいニュースがふたつあるのだが、AとBどちらから聞きたい? 心配するな、どちらもいいニュースだ』


 それが彼にとってではなく、私にとって良いニュースであることを祈る。


『ではAからお願いします』


『Aからだな。今回の君の働きに我々は大変満足している。せっかく君は今母国にいるのだから、2週間特別休暇にするといい』


 休暇は悪くない話だ。2週間もあれば登山とか良いかもしれない。私はこう見えても体を動かすのが好きだ。大学の時は陸上部で100mと200mでインカレの表彰台に立ったこともある。今だって体力も無いと務まらない仕事をしている。ああ、まずは明日のボストンへのフライトをキャンセルしておかないと。


『ありがとうございます』


『そしてBの方だが、我々は君を新たなパートナーとして迎えることを全会一致で決めた。休暇明けではなくて、私が伝えた今この時点から、エリーは私たちと同じ立場になる。もちろん君が受け入れればの話だ』


『光栄です。私のベストを尽くします』

 これはBから伝えて欲しいと言っても、話す順番は変わらなかっただろうと私は思った。


『まずは母国での休暇を楽しんで欲しい。こちらに戻ったらまた連絡してくれ』


『わかりました』


『では私の新しいパートナーへ、良い休暇を』


『はい楽しませてもらいます、ではまたボストンで』 


 電話を切って私は小さく拳を握りしめた。私の本業はマサチューセッツ&カンパニーコンサルティング、通称MCCという巨大コンサルティング会社のシニアマネージャだ。いや先ほどの電話で私はパートナーに昇格した。MCCの中心となる業務は顧客へのコンサルティング。だがそれ以外の事もしている。例えば今回私が陣頭指揮した、「東都重金属」の再建と売却計画がそれだ。


「東都重金属」はその業界では日本有数の大企業だったが、時代の変化について行けず、会社更生法のお世話になることになるに至ったのが3年ほど前の事だ。なまじ規模の大きな会社だけに日本政府含めそれぞれの思惑で右往左往し、紆余曲折を経てMCCが安く買い叩き、その再建を私のチームが担当した。それを準備期間も含めわずか3年で立て直し、さらに2~3年後には単年度黒字化の目途をつけて売却した。簡単に書くとそういうことになる。自分で言うのもなんだがこれはものすごいことだ。


 これはバイアウトとかディストレス投資とか言われているもので、当然大きなリスクがあるが、成功した場合のリターンも大きい。今回のプロジェクトの成功が、私のパートナー昇格の決め手になったと考えて間違いないだろう。先ほどのボビーとの電話にはなかったが、おそらく特別ボーナスが日米のMCCに所属しているメンバーには出るだろう。パートナーになった私には出ないかもしれないが。


 MCCに限らないがアメリカのコンサルティング会社の中には、パートナーは従業員ではない場合がある。もちろんただの幹部職員の会社もある。MCCの場合パートナーは名前のとおり「共同経営者」だ。経営に参画し、会社の莫大な利益の配分を受けることができるが、同時に会社の損失に対する無限責任をも負う立場となる。MCCの業績はここのところ増収増益で、数少ないパートナーの席を幾人ものシニアマネージャー達が血眼になって争っていたが、勝ち取ったのがこの私ということだ。外国籍の女性がその椅子を勝ち取ったのはMCCでは初めて。43歳と言う年齢は現在のパートナーの中では最年少だ。


会社の歴史の中にはもっと若い者もいたけれど。

初版:2023年12月31日

コミケで片手の指の数すら売れなかったもののWeb版に再掲します。元データが縦書きなので、誤字などがあるかもしれません。それ以外もちょこちょこ書き直しております。


これの連載中他作品がストップしますが、こちらを毎日投稿するので許してください。

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