第41話 野良犬
咲良は暗闇の中にいた。
今どこにいるのか、何が起こっているのか、よくわかっていなかった。
身体が横抱きにされて運ばれているようだ。
無造作に放り出され硬い床に叩きつけられたが、痛みは感じなかった。
誰かが何かを発したようだったが、言葉としてうまく聞き取れない。
だが、咲良はその声を知っているような気がした。
そのまま、ぎぃと音を立てて扉が閉まった。
***
時は少し遡る。
「咲良……どこだ?」
昴は錦屋に戻って咲良を探していた。
昴は、帰宅早々彼女が部屋にいないのは確認していた。
彼女の部屋が真っ暗なことを外から見ていたのだ。
夜の七時過ぎ。料理の提供が終わり、忙しなく働いている面々に聞くのはどうも憚られて、比較的手の空いてそうな粋のところに行き、耳打ちをした。
「咲良を知ってるか?」
「見てませんね……厨房では?」
昴は厨房に足を向けた。ひと仕事終えた要が囲炉裏前でぼうっと腰を下ろしていた。
「昴さま、お疲れさまです」
「ご苦労、なぁ要。咲良見なかったか?」
「さく……そういや、見てませんね。昴さまの夕飯、鹿肉焼くって言ってたのに……」
要が立ち上がった。
彼も何となく、嫌な予感がしたようだ。
「部屋見に行きましょう。疲れて寝てるだけならいいんですが」
「ああ」
廊下を進み、咲良の部屋の前へ。妙に甘ったるい匂いがした。
(なんだ?)
昴は胸騒ぎを覚え駆け出した。
「昴さま?」
「妙な匂いがする」
要の鼻には嗅ぎ取れない、かすかな匂いだ。
「咲良!」
部屋に飛び込むと、そこは真っ暗だった。
かすかに、甘い香のような匂いがした。襖を開けたが、そこには畳まれた布団があるのみだ。
慌てて追いかけてきた要も部屋に入る。
「なんですかこの微かに残る匂い」
「毒だ。感覚を鈍らせて、気を失わせる類だな……部屋に充満させておき、嗅がせて連れ去ったか」
「なんですって!?」
昴の目が鋭く光った。
「粋呼んでくれ。あとおとも。鼻がよくて身軽なやつできるだけ集めてくれ!」
「承知!」
要は一瞬でかわうその姿に変化すると、廊下を一目散に駆けていく。
(他には何をとられた?)
申し訳ないと思いつつも、長火鉢の抽斗を開ける。
現世の鞄や財布はそのままだ。箪笥も荒らされた形跡はない。
わからない、向こうの目的がわからない。
昴はとりあえず山犬姿に変化し、あちこち嗅ぎ回る。
(早く見つけてやらなければ……)
身代金目的など、危害を加えられていないことを祈った。
縁側に出たところで、微かに、山犬のにおいが残っていた。おとでも粋でもないそれを、どこかで嗅いだ記憶があった。
「……あいつらか」
読めてきた。
武蔵国の山犬には、人間をあまりに嫌うあまりに群れから出ていった野良どもがいた。昴が人間嫌いだと思っている彼らは、何度も昴の元に来ては自分達の長になってほしいと言ってきた。
彼らをすげなく振ったのは最後、いつのことだっただろうか。
「大将!」
庭の方から狐姿の隆爺、それから変化済みの粋とおとも駆けてきた。
「武蔵国を離脱した野良犬どもだ」
「おれとしたことが、侵入に気づけませんでした……」
「過ぎたことは仕方がない、追うぞ」
昴は地面をかぎまわりながら進み始めた。
これだけ客も多い。匂いも紛れるし、何よりも昴の動向を探っていたのだろう。昴と隆爺が外出した隙を狙われたようだった。




