↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心世界  作者: rin極
第九部 ソルジャー試験編
51/51

第51話 「奴隷根性が身についてしまったみたいだ」


 俺は木星カンデラ、稀代の天才魔法具師、ベネルギーツ様だ。

 日星の期待の奴隷となってしまったので、地下牢で延々と虚しく寂しく仲むずましく魔法具をポンポンパンパン、おせっせと、よこっらせっくす作らされていた。

 休日の子作りも一苦労だぜ。

 

「休みたいなあ、もう疲れたよ、疲れたんだうにょおおおん」


 2時間しか寝てないうにょん。

 休めないぽわ。


 今日だけでどれくらい経ったと?

 もう16時間以上はやり続けているか。一杯できちゃった♡

 

 腕の筋繊維はち切れ、胸筋はパンプアップしてシャツははち切れんばかりである。重りなどなくとも自重の負荷で腕を上げられないほどに消耗しきっているカスインテグラ。

 それを可能にしていたのは彼に植え付けられた恐怖、うぶ、トラウマってや~つ~?


 だあああん!!

 鉄格子を思いっきし開けられたん。

 驚く余裕や元気も無いはずなのに、身体はいちいちそれに反応してビクッ、いや、ピクンッとなる。

 余計な体力を震わせるなと、ベネルギーツは自身の生体反応に嘆き悲しみああ我が君。


「おおおおおおaknkjeqfkwおndsjcdsidyucdsqkivhdk おいwqhふぃうえqほいえwhfshfyえdh8えwちゅふぃうえwfkれfvhdcんっvfdhjcんbdfbcdsbvdwfんkjdcbkjdsfhおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 それはまさに時の胸の咆哮!?であった。

 とっくのとうに仲睦まじい昔に鼓膜が破れているベネルギーツさんの耳の奥を鼻腔ごと震わせ、蝸牛も揺らせ、しかと音声として無理やり認識を改めさせられ、言葉の意味を理解らされる。

 

「きいいい!!!!さああああ!!まあああ!!!」

「貴様よ……」

「・・・・・」

「休ませてくれ!!!!!!!!!だと?はあああ!??お前は何を言っているのか……僕わからないよ!なぜそんな言葉がでてくるのか、本当に分からないんだ!お前はおかしい!奴隷なのに僕に人権を感じさせようとするな!!!それはマスタングが許さないんだっぞ!」


 痛いってば殴るなよ、叩くなよ、俺は楽器じゃねえんだって。

 

 今日もまたと味わう絶・望・感☆

 拒絶できずに傍観してしまう自分に劣・等・感♡

 全く無比に自卑を覚えろワロタ。頼むからもう、乱暴な真似はYOSHIKIにしてくれ。人間はもっと理性的であったはずだ。



--



「しゃあっ!今日も1日30時間労働だ!」

 

 どうやら、奴隷根性が身についてしまったみたいだ。


 ガチャンッ。


 今日はいつもと違う人が来た。

 この人はどういう人だろうか。少なくともまともな会話ができる人であってほしい。……切実に。


「こんにちは、私はマスタング。この城の正式な王になったから、あなたは私の所有物ってことになるわね。今日からこの部屋から出ることを許可するわ「え、い、いい、いいんですか………?」ええ、さっそくだけど、付いてきてね」


 そう行ってマスタングは歩き出す。

 彼女は一切こちらを見ずに進む。配慮などない。

 ベネルギーツは戸惑いつつも彼女の後を追いかけた。


 メアリーと対面する。


 ローブ、とんがり帽子、ペットの黒猫。ちっちゃな魔法の杖。どれをとっても生粋の魔法使いだ。

 こいつ、魔法学園創設以来の天才とかで話題になっていた赤毛のメアリーか。

 ポップなロリが大きなロリポップキャンディーをちびちびとペロペロしていた。

 

「あ!ロリがロリポップキャンディー食べてる!」


 重複。同調。拒絶。否定。

 

「ばしんっ」


 俺はマスタングにしばかれた。躾けられた。くふ~ん、ぺろぺろ。

 

「へえ、君がベネルギーツか。よろしく、会えて嬉しいよ」


 メアリーはユニークな笑顔でいた。

 

「はい」


 感情の爆発。

 

「これ、君が造ったんだってね」


 これは音楽ってやつか?

 

「ああ、そうだ」


 ああそうだよ、俺は今まともじゃないよ。

 

「君は天才だよ、私が関心したのはこの機構の部分だね。普通なら魔力導線で動かす部分を重りを使ってコストを抑えている」

「俺が天才なのは今に始まったことじゃない」


 「天才」、それは、何度も言われ続けてきた言葉だ。

 

 今までいろんな人からそう呼ばれてきた。

 今更だぜ。

 今世紀最大の天才から同じことを言われても、やはり俺の心は動じない。

 

 とにかく、もっと凄え魔法具を作りたい。愛してやまない。

 

 メアリーはさっきからずっと、マジマジと俺が造った魔法具を観察していた。


「これ、ここの魔力伝達の接触部分、材質は竹?」


 俺は素直に感心した。並の鑑定眼ではその材質に気付けない。


「東のエデンで取れる竹は、今主流の魔力導線より、焼き切れる時間に猶予がある。学会で発表したが、知らなかったのか?」

「最近の学会は程度が低くてつまらないから行ってなかった。こんなユニークな研究している学者がいるなら行ってもよかったかも」

「僕、君に興味津々だよ」

「あの、顔近い」

「僕の妻になってよ」


 え?妻?逆じゃないのか?

 

「君未成年だよね、僕大人、犯罪、ヤダ怖い」

「もうすぐ15になるから、問題ないよ」

「あ、アスッ。スミマセン。コトワ、断らせてぇく~ださい」

「へえ、僕の求婚を断るんだ」

 

(絶対僕のものにしてみせる)

 

 ゾクッ。

 俺は一瞬、背筋が凍った。悪寒が走ったんだ。

 この女から感じた。

 

 嫌な感じだ。

 なんか、

 嫌な感じだね。

 うん。


 魔女。魔女でマゾ。


「君に、作ってほしいものがあるんだ」

「僕との子どもですか?」

「バシッ!!」


 マスタングに思いっきし殴られた。

 メアリーはわざとらしく頬を赤らめていた。



--火星陣営



 作戦会議が終わった後に、丁度ショウが帰ってきた。

 俺は早々にマージュアリーに軽く問い詰められる。


「ショウさん、どちらにいらしていたのですか?」

「水星を何処から攻めるか、ちょっと下見を」

「リョジュンはあなたを探しに遥か高みへ駆け上りましたよ」


 マージュアリーは呆れたような声で言った。

 その言い方だとリョジュンが死んだみたいじゃねえか。

 

「ゼントはどうしたの?」


 ムガロが聞く。

 

「置いてきた」

 

 潜伏兵として。

 ソーマが言ってたスカイホークとかいう厄介な女に干されてなきゃいいが。

 あいつの生き残るという一点においてはかなり信用できるから、アイツならやりとげてくれるだろう。

 

 かくいう俺は何をしていたのかというと、姫に答えたとおり、下見である。

 周辺の地形把握をかねて、戦術的に優れている地点を探し出す。罠を仕掛ける場所、兵の配置や送り方、その道筋を何処から攻めるのがより有効的かを考えていたのだ。

 俺がぱっと思いつくのは、小学か中学のときに社会の教科書でみた、崖から下りて攻めるという破天荒な戦……たぶん関ヶ原の戦いだったか。まあ、なんの戦いで使われた作戦かわからないが。今、俺が思うに戦いにおいてもっとも重要なのは、いかに予想外の攻め方をするかだ。


「概ね、見た所、道筋は思い浮かぶもんだ。それにはリョジュンの協力が必要だ。しかしあいつは遥か高みへと至ったか……」

「…ええ」

 

 場の空気がしみじみとした。そしてそれは乾いた笑いを引き起こした。

 俺は戦の知識に乏しい。

 ソーマは演算能力が高いという意味で頭が良いが、戦略的知能とういものがない。

 俺等の中で一番そういうのが得意なのはムガロだと言える。

 木星の時だって、門を突破できる案を実際に考えたのはムガロだった。



「ユーリ、水浴びした?」

「え?やってないよ」

「じゃあ一緒に水浴び行こうね」

「やだー」

「駄目よ、女の子なんだから身ぎれいにしなきゃ」


「はは、ムガロが女の子っぽいこと言ってんな。こりゃ明日はどこ吹く風かね」

「ショウ、やめな、そういうの」

「ショウ、やめたほうがいいよ、そういうの」

「そうか…」


 確かに良くないか。今の発言。

 

「うん、やめるわ」


 

--



 数時間後、俺達は新たな仲間、ユーリを加えて四人でピクニックに出かけていた。

 あくまでこれは戦略的なピクニックだ。

 

 俺達は卵サンドイッチだが、ムガロは人肉サンドイッチだ。

 パンは除けて俺達にあげて、彼女は肉だけを食べた。

 ムガロから渡されたパンを手に持ち、これを食べるかどうか迷う。

 人の肉を挟んだパン。ただ挟んであっただけってもんだからこれを食べたところで別に倫理的には問題無いはずだ。

 ただ生理的に美味しく食べられないなこれは。

 俺はため息を吐きながらムガロに文句をたれる。

 

「お前パン除けるぐらいなら、自分のサンドイッチ作んなよ」


「手よごれた」


 マイペースだな。

 

 ムガロの指には、さっきまで持っていたサンドイッチのソースが付いていた。

 ムガロは自分の分を食べ終え、この手をどうしようか頭を悩ませているようだ。

 

 ユーリはお行儀悪く自分の指を舐めている。

 俺は自分の服で汚れを拭う。どうせ汚れるし後で洗う。

 

「綺麗にしてあげる!」


 ユーリは元気の良い声でそう言いムガロの指をパクっと咥えて口の中で舐める。


「うわ…やめっ!汚い」

「え?なんで汚くないよ?」

「ばっちいし、行儀悪いからやめて」

「お、ムガロがマナー教えてる。笑える」

「ムガロ、口にもついてるよ?」

「え?そう?」

「きゃっ!やめ!?」


 ぶちゅう。


 ユーリは犬のように、ムガロの口元を舐めた。

 猫っぽいと思ってたが、犬かもしれん。

 

「熱烈すぎ」

「綺麗になったよ!」

「ありがとう…」


 ムガロは満更でもないようだ。


 ソーマはそれ見て、自分の顔にサンドイッチの具を塗りたくった。

 

「てめえ何してんだよ」

「僕の顔も綺麗にしてほしいな」

 

 発想が気持ち悪いな。もっと健全にコミュニケーションを取ってほしい。


「ソーマも綺麗にしてあげる!」


 ユーリはソーマに近づいた。

 舌が触れるまえに、ムガロがユーリの首根っこを掴む。


 ユーリは借りてきた猫のように大人しくなり、ムガロの顔を見つめる。

 

「ソーマは自分で自分の顔舐めて」

「どうやって?」


 ソーマは仕方なく。舌を伸ばして自分の顔を舐め始めた。うわキモ。

 

 

 ユーリにとって、ショウ達は初めて自分を受け入れてくれる存在だと感じていた。

 最初から、本能で彼らのことを自分と似た存在、同族、仲間と認識していた。

 初対面からショウ達に懐いている理由はそれである。



 水星城がかろうじて見える付近までたどり着いた。

 

「カカシはどこに配置する?」

「あのほとりに置いといてくれ。しかける1時間前だ。何個作った?」

「百はだせるぜ」

「そんなにいらんわ」

「私は敵がいないか見張るわ」

 

「15体でも十分だろ。ムガロのゾンビもあるしな。動かない人形なんて一瞬だけ敵をビビらせる程度の効果しかねえ」

「やらないよりマシでしょ。もう作っちゃったし」

「誰の案だっけ」

「私よ。ゾンビをもっと準備したかったけど、10体しか容易できなかったから、仕方なく人形でかさ増し」


 ガチッ。


「いっとおあああああ!!!」


 痛ってえええ!!!!


「どうしたのそんな素っ頓狂な声を出して、藪蛇にでも噛まれたの?」

「ひっ、ひっ、ふう~。ひっひっ、っふう~!」


 痛すぎて、出産前の妊婦みてえな呼吸しはじめたぜ!


 なにかに噛まれてる?ワニか!?ワニなのか?

 俺の足に噛みついているのは何奴かを確かめる為に、その時初めて俺は自分の足下を確認した。


 これか!罠だ!見たことあるやつだこれ。なんてやつだっけ?名称は忘れた。


「トラップか。クソうぜえ」

「虎挟みだね。無理に外そうとすると余計…」

「あがががあっがあああああああ!!!!!おらあああ!はっずれたぞ…こんにゃろお、ばあろおお、ゼエハアゼエ・・・」

「よくやるよ」

「こんなのに時間を取られるわっきゃ、いっけねえんだよ」

「あんた間抜けね、次は引っかからないようにしてよね」

「間抜け!大間抜け!きゃはは!ださっ、ださっ」

 

 ユーリの率直な言葉に俺は割と傷ついた。

 

「よし川をせき止めに行こうか。水星に長期戦はさせない」

「ちょっと良い城持ってるもんな。奴らにはもったいないぜ。俺等に寄越せっての」

 

 ソーマの能力で、ダムを作って川の流れを止めるらしい。つくづく敵にいたら厄介な能力だわな。

 ってなわけで俺等は水星の水の源である川の上流にやってきた。

 あんまり川下(かわしも)だと登ってきて給水されちまうからな。

 

「ここらで良い具合じゃないか?」

「それじゃあ早速」

「なるべく速くね」


 ソーマはモーセにでもなったかのように、川に手のひらを向ける。

 すると、川の流れに相対するように、大きな大きな壁ができた。


「うをお、でっかい砂の壁?すっげぇ」


 ユーリが大きな口を開けてリアクションに跳んでいた。

 その通りだ。すっげぇ……。

 

 これだけデカければ、決壊するのに2日はかかるだろう。たぶん。ソーマの計算が合ってればの話だけど。

 他の敵なら2日ほど川を止めたところで、城に水を貯めてるだろうから、あまり意味のない行為かもしれないが。生憎と水星の奴らはソーマの情報によると城に何も備えていないらしく、この作戦はかなり悪辣なものとなるだろう。

 人間、水がないと生きていけない。人はコップ一杯の水だけで争えるし、戦争だって招き入れる。

 俺達は戦争をする。


「下山すっか」

 


--



 一方、火星城では……。


 モニカが兵士一人ひとりに必要な量のポーションを配っていた。

 ニアニ・イコールが後どのくらいの人数分必要かを把握、配分を計算し、モニカにそれを教えていた。

 火星の兵糧管理はもっぱら10歳の天才少年ニアニの仕事である。

 ニアニはモニカの役に立てて上機嫌な様である。


 

 ニアニの手伝いが不要になると、悲しい顔をしながら去る。

 今度は作戦の最終確認をしなければならないから、そこに行く。


 マージュアリー、リョジュン、ニアニ、アレスのメンバーは、机の中央に広げている驚くほど詳細に描き込まれた地図を睨んでいた。

 火星姫が初期の頃から画策していた地図作りが、リョジュンの協力の元、ついに完成させた奴だ。

 

「よくぞここまで微細な地図を描けたな」

「リョジュンの協力がなければ出来ませんでした。彼の記憶力は素晴らしい」

「他の陣営じゃ、ここまで細かい地図は手に入らねえだろうな」

「リョジュン以外に空を飛べる存在は今のところショウとソーマのみで、他国にはいません。空は私たちが掌握したも同然ですよ」

「さて、作戦の最終確認をしましょうか。といっても、作戦の要であるショウ達はすでに行動を開始していますが」

「作戦のおさらいをすると、木星と水星の間に湖があるから、夜間の間にその湖をボートで渡るのと、水星の裏から攻めるこの2つのルートだろ?てか、そのボートは誰が用意するんだよ」

「月星の方にボートが止めてあるからそれを奪うんだよ、アレス兄ちゃん」

「なるほど……?」

「空から見ると、月星は、縄張りを全て監視できる包囲網を作ってるから、たぶん高確率でバレる」

「夜間でもか?バレるとマズイよな、俺達暗いとこだと上手く行く気がしないんだけど」

「モニカが作った酒を飲んだら?あれ飲むと瞳孔が開くから夜目が効くと思う」

「あれか、あれヤバいんだけどな。やるしかないのか」

「俺は夜目が効くからいらないけどな」

「リョジュン、お前の目が羨ましいよ」

 

「ボートはなんとかするとして、裏から攻めるルートはショウ達がやるみたいだけど。もうアイツらだけで攻略できるんじゃね?」

「城の占拠だけなら可能だけど、水星の人らは城にいなくてバラバラだからね」


 

「各個撃破か?俺達、正直ショウ達以外に強いの居ないぜ?」

「・・・・」

「いや分かってはいるんだよ?」

「月組や日星、金星も攻めて来るはずだから、奴らに水星の相手させて、俺達は隠れていようぜ」

「なるべくそういう風にできたら理想的だけど、難しいと思うよアレス兄ちゃん」

 

 マージュアリーはこの作戦に致命的な欠陥があることを見抜いている。だがしかし、やるしかない。

 暫くそうしていたら、モニカが仕事を終えてやってきた。


「はあ、やっと配り終わったよ。全部」


「「おつかれー」」

「お疲れ様です、モニカ。ところで急な話しで悪いのですが、夜目がきくような薬は作れますか?」

「ああ、夜目入り薬か、夜鳥の目、夜渡りとか?」

「さすが元薬師。作れるのか?」

「私は作れないよ。ここには道具と材料、設備がないし、そもそもレシピを知らない。作戦で使うの?明け方決行にできない?」

「それについては検討中です」

「やっぱ朝かな」

 

 

--



 カシウスは、今までにないプレッシャーを感じていた。

 ショウと立ち会ってから、カシウスは自信を失っていた。

 自分を天才剣士だと自負していたし、実際、国ではそのように扱われた。


 ショウに出会うまでは。

 俺は、自分が凡人なんじゃないかと思い初めている。そんなはずはない。カシウスは間違いなく天才だ。

 だが、それはあくまで剣に限っての話。

 そもそも人間だ。偽物の龍の末裔である竜人ではなく、本物の龍の血を身体に通わせているショウがただの人族に負ける理由がない。

 ショウに勝てる人族は、人類最強のリンゴクと、ユーリぐらいのもの。

 あとは概念系の能力者の中で、探せばそれなりにいるだろうが。


 なぜカシウスが今、これほどのプレッシャーを感じているのかといえば、それはショウから与えられた挫折が大きい。

 そのような心情の上、今回の作戦の主要な軍を率いるのは、カシウスの役目となった。

 つまり、総大将だ。

 カシウスは、自分が絶対にソルジャーにならなければならないと、本気で信じていた。

 今回の試験に受からなければ、もう、それ以外に道は無いのだと。カシウスは盲目的に、視野を狭め、それしか考えられないようになっていた。


 彼の心情的には、もう後に退けないのだ。

 負けるわけにはいかない。

 失敗はできない。


 勝つしかない。勝つ。絶対に負けない。勝つ。

 失敗しない。ミスしない、完璧にこなす。

 でなければ、ちょっと剣の才があるだけで、他になにも出来ない自分が、ソルジャーになれるわけがない。

 カシウスはこの試験の中で、様々な人たちを見た。

 例えば、モニカは、あまり目立たないが、彼女の城への貢献は大きい。

 いま火星が上手く回っているのは、モニカのおかげでもあるからだ。

 もちろんマージュアリーの手腕にはカシウスは畏怖を覚えるほどだが、彼女だけでこの火星の統制を維持できるわけがない。

 モニカだけが、狼のようなショウや、本当に狼だろとしかいいようのないゼントに対し物怖じせずに話しができる。

 最初こそおどおどしていたが、今ではそれが信じられないくらいだ。

 マージュアリーに対しても、対等な友のようにやりとりをする。

 カシウスにはできない。あきらかに自分より存在が上であると感じてしまうからだ。

 ショウも似たようなことを言っていた。

 マージュアリーだけは、俺らと器が違うと。

 自分も素直にそう思ったからこそ、畏怖せずにはいられない。


 オーラってもんを感じる。

 そう、オーラだ。

 人にはその存在感を示すオーラが、溢れ出ているんだ。

 皆だって、それを少なからず感じながら生きていく。

 マージュアリーはそれが凄い。

 彼女のオーラに当てられるだけで、その存在感に、自分自身が呑み込まれそうになるんだ。


 それほど、圧倒的だった。


 それに対して、モニカは地味だ。

 オーラは毛ほども感じない。そこらの鍛冶職人の方がよっぽど圧を感じる。

 ただ、彼女のした行いは、マージュアリーの存在感をも越える。

 モニカがすることは、自分たちの常識を打ち砕くものばかりだ。

 

 薬に詳しい、魔女のような人の家で、弟子として育ったそうだ。

 それから、衛生兵となり、各地を回っている内に、モニカの圧倒的な知恵と技術は多くの人を救ったそうで。やがて教会の聖女を差し置いて、本物の聖女だと民衆から崇められるようになった。

 その影響はこの国に限った話ではない。このマレー全土に広がる。

 モニカが試験開始前からマージュアリーと面識があったのはそのためだ。

 しかも、マージュアリーの唯一の友人でもあると聞く。


 ソルジャーになれる資質がどんなものかは、詳しくは分からないが、これだけは言える。

 彼女はソルジャーという肩書よりも、聖女としての肩書のほうが、大きいということだ。つまり、ソルジャーになっても、ならなくても、モニカの存在感や影響力は変動しない。それだけの人物なのだ、彼女は。


 そしてショウ。これはカシウスに対し、もっとも敗北感と挫折、ある種の諦観を与えた人物である。

 彼のオーラはどんなものか。

 あいつはアイツで異質なオーラを放っている。


 なんといか、色気というか、カリスマ性っていうのもちょっと違う気がするけれど、そういう何か肌を感じるのだ。

 いい人か悪い人、単純にそんな言葉では表現できない。

 ショウはショウだ。あいつはショウが、彼自身がその存在を示している。


 強い。強かった。あの強さは生物的な強さ。健かさがある。

 自然と迎合する強さだ。


 でも新しく仲間になったユーリという者はそれ以上に野性的で、獰猛だった。

 本当に同じ人間なのだろか。あの速さは、理解できない。

 ショウだって俺の常識を越える速さで動けるけど、瞬間的な速さでいうと、ユーリはそれ以上に早い。


 ショウ相手なら、戦い方、状況しだいで俺が勝てる可能性は僅かだが残されているけれど、ユーリには絶対に勝てないと思った。

 本当に、あいつの周りには俺の理解を越える奴ばかりだ。

 ムガロだって、一対一なら俺が勝つだろうけど、殺せないし、逆に俺が殺されるだろう。

 試合でなら負けないが、殺し合いなら負ける。そう思った。


 ソーマは、一番よくわからない、ユーリも謎だが、奴は本当に意味がわからない。

 ソーマについて詳しく知っているのは、ショウ達の仲間だけ、身内だけだろう。

 ショウでさえ、「ソーマのことは良く分からない、だが信頼はしている」と言っていた。

 

 ショウ、ソーマ、ユーリ、ムガロの四人は、凄い集まりだと思う。そして謎だ。

 全員が全員、特異な能力と個性を持っている。


 どうやったらあのような特殊個体みたいな奴らが一同に介すのだろうか、どんな運命だろう。

 何が彼らを引き寄せ、繋ぎ止めたのか。カシウスはそれが知りたかったが、ついぞ聞き出せなかった。

 ショウはそのことになると口をつむぐ。

 ムガロに聞けば明らかに嫌そうな顔をされるし、ソーマに聞けばいつの間にか別の話題になってはぐらかされるのを後から気づく。

 ユーリに聞けば顔にはてなマークを浮かべるだけで、アイツラのことは、あいつらにしか分からない何かがあるのだと悟った。

 そしてそれを自分たち以外の他人に教える気は無いのだということも分かった。


 俺には仲間が居ない。必要無いと思ってたわけではなかったが、わざわざ仲間を集めようという気にはならなかったし、ソルジャー試験は一人で受けるものだと思っていた。

 彼らを見ていると、カシウスにも、自分だけの仲間が欲しいと思った。

 羨ましいのだ。


 話しがだいぶ逸れたが、俺が一番良いたいのは、このソルジャー試験では、本当にいろんな強さを持つ者たちが一杯いる。

 それで、カシウスは不安に思ったのだ。ただえさえ化物や変わり者ばかりが集うこの試験で、その集団の中で俺は抜きん出ることができるのだろうか。

 ショウ達のように、頭角を表せるかを、この作戦で総大将を努める俺は、それを示さなければならない。

 本当に、出来るのか。やるしかない。俺はソルジャーになるしかない。

 それ以外にこの先の行き先を考えられない。思いつかない。道はないんだ。


 カシウスは思考の渦に参っていた。

 プレッシャーが和らぐどころか、時間とともに酷くなっていく。


「カシウス、そんな気を張るなよ」

「アレス」


「お前なら大丈夫だって、ショウ達とタイマン張れるのはカシウスしか居ないんだぜ?勝てた試しはないけど」

「一言余計だぞ」

「カシウス、お前は何で強いのに、弱い奴みたいに自信がなさげなんだ?最初のころはギラギラしてたのに」

「お前……」

 

「ばっ!」

「痛って何すんだよカシウス!」

「問題ねえよアレス、わりいな、気を使わせちまって」

「そろそろ準備しよう」


 バサッ、バサッ。

 リョジュンが舞い降りてきた。

 

「カシウスっ!……」

「どうしたリョジュン。様子が変だぞ」

「おい、肩から血が出てる」

「ショウ達の作戦進捗を、空か見ようとしてたら、狙撃されたんだ」

「マジかよ、地上に近づきすぎるなって言っただろ」

「いいや、かなり高い位置にいたから、普通なら弓や銃弾も届かないはずなんだ」

「相当な腕があるな」

「ムガロがカウンターに行ったけど、果たして見つけることが出来るかは不明だ」

「正体不明の敵、しかもかなりの腕前、厄介だな」

「やばいじゃん、俺達なんて気づいたら全員狙撃されるんじゃ」


「しかし、急所が外れてよかった」

「本当に……。もしあの時、近くの鳥から避ける為に動かなかったら確実に仕留められていた」


 あの時は背筋が凍ったよ。

 運が良かった。それだけの実力者だと見て良い。

 上空から探しても見つからなかった。

 そろそろ銃弾の装填が終わるかなって思ったら、怖くなって逃げてきたんだ。



--



 ムガロは、ショウ達と離れ、リョジュンを撃った敵を探していた。


 これはスナイパー同士の戦いだ。

 ムガロに狙撃手としてのプライドは無いが、それでも負けられない戦いが今、始まろうとしていた。


 発砲音は聞こえなかったが、ソーマが検知したらしく、大まかな方向と距離を即座に演算し、ムガロに教えてくれたのでその通りに動く。なんの手がかりもない状態でのソーマの助言は正直ありがたい。

 あと、ユーリはソーマが言った通りの方角に指を差した。何か感じるらしい。野生の勘という奴だ。

 たぶんユーリには何となくそういうのが分かるのだろう。ショウが言ってた。ゼントの居場所を勘で探り当てた実績があると。

 なら、それを信じて進むだけだ。

 ムガロは一人になると、テンションが変わる。冷たい空気を纏うのだ。

 それは死神が纏うような冷気を感じさせる。

 ムガロは、身につけていた腕輪を外し、指に引っ掛けて回した。すると、腕輪が黒い傘に変化する。

 これは、スロットリングという、魔法都市ベレッタで手に入れた魔法具である。

 このリングに繋げたものはスロットのようにチェンジができる。今、このリングにつなげているのは、腕輪・死神の鎌・黒い傘・空飛ぶ箒の4つだ。

 スロットリングの形状はただの輪っかだ。リングに腕輪を付けたら八の字になりそうだがその心配は無い。任意のアイテムをつなげて、登録をし終えるとリングは消えるからだ。

 ちなみに、ムガロが最初につけていた腕輪はただのアクセサリーではない。魔力を通すと微弱な物理結界を張れる歴(れっき)とした魔法具である。

 石を投げられたらそのまま貫通する程度の弱い物理結界しか作れないというハズレ個体だったので、露店でガラクタのように並べられていたものを見つけ、入手したものである。

 ムガロが期待していたのは、日光を防ぐ効果だ。しかし残念ながら物理結界に紫外線を防ぐ効果は無かった。そこで、当時魔法工学科に在籍していたショウ学生が役に立った。授業を真面目に聞いていたおかげで教授からの心証がよく、紫外線を防げるように改良してくれたのだ。教授達の見返りとして、ショウは「この結界には美肌になれる効果がある」と説明し、貴族に高く売れるのではと提案。特許を取らせた。ショウがマスターピース学園で唯一貢献した事案である。


 ところで、いよいよ近づいてきた。それは、交戦(こうせん)・衝突(しょうとつ)・激突(げきとつ)・抗争(こうそう)。確たる確執は無く、論無き闘争心を沸き立たせ、集うは下に恐ろしき狙撃の名人共が織りなす死闘の開幕。

 そんな殺し合いが始まろうとしていた。


 水星のスカイホーク。土星のヘッドショット。そして火星のムガロ。

 彼らはそれぞれ弓、ショットガン、傘型の魔法銃といった飛び道具を使いこなす。

 そのような遠距離属性の者たちがこの場で鉢合わせたのは、全くの偶然であった。そこに作為めいたものはないが、神の意思が働いたのかもしれない。それすなわち運命か。


 ここまで三者が近づくまで互いに互いを認識できなかったのは、この場にいる全員が気配を消しながら移動していたからだ。

 ムガロは隠密行動が得意という訳ではない。ただ、死者に近い存在なので、動物が発する生の気配を感じさせなかったのである。その代わり死の気配を出しているが、スカイホークとヘッドショットにとって死の気配は身近なものだったが故に、気づかなかったのだ。

 

「因果な因果だ」


 最初に声を出したのはヘッドショットだった。

 ばったりと出会ったからと言ってお見合いをする間抜けではない。

 一秒と経たずに全員が武器を構えた。

 

 これもまた偶然にも、否、同時に発砲したのは必然だった。

 スカイーホークとヘッドショットは真っ先にムガロに向けて攻撃した。

 複数人がいる場合の定石、多体一に持っていくこと。ムガロは運悪く最初に消される対象となった。

 いつもなら外すことのないムガロは、とっさのことであったのと、二人同時に狙われた動揺が重なり、ヘッドショットの頭に向けた銃弾は後ろの木の幹に命中させてしまう。それと同時に、ムガロの胸に散弾が当たる。直後、首に弓が刺さった。


 ムガロはそれでも倒れない、何事も無かったかのように、スカイーホークに向けて撃つ。

 ムガロが構えた瞬間、それを察知したスカイホークは身をかがめて避ける。

 ムガロは舌打ちをして、ヘッドショットの方を見ると、奴が居なくなったことに気づく。

 後ろの木に隠れたのだろう。厄介だ。


「かあー!!」


 ムガロの疫病神が鳴き声を上げた。スカイホークは反射的に撃った。

 そのスキを逃さないヘッドショットはスカイホークに向けてショットガンを放つ。スカイホークはまたしてもそれを察知して茂みに隠れようとした。しかし、少し間に合わず、肩に当たる。


「っ・・・!」


 この場ではスカイホークが不利だった。

 弓と銃では、圧倒的に銃の方が強いからだ。比較にもならない。勝っている点があるとすれば、ステレス性能ぐらいなものだ。

 しかし、スカイーホークは弓の天才。それはムガロの狙撃の才よりも上。三者の実力は奇しくも拮抗していた。


 ムガロは走った。横方向に。

 ヘッドショットはまだ隠れている。


「凍れ!」


 ヘッドショットのいるであろう場所が一瞬にして凍った。

 場の空気が凍ったかのように、その辺り一帯の温度が一気に下がり、冷気が押し寄せてくる。

 ショットガンの銃声が鳴り響く。

 ヘッドショットは生きていた。


 ムガロは三つ子の魂百まで続く。早三起四(そうさんきし)のヘッドショット、石の上にも三年未満なスカイホークとの三すくみの三つ巴、三者三様の戦いようは長い時間を過ごしたと錯覚するほどの濃い内容となった。

 実際は三日坊主四日禿ほどの時間しか経っていないのだが……。

 

 三度目の正直、四度目の嘘。ムガロは銃口を三度(みたび)構える。

 仏の顔は三度までと言うらしいが、ヘッドショットはリリス教徒なので一度しか許さない。

 いや、彼のポリシーでは一度でも許してはならなかった。

 ムガロはその最初の許しをこうた。ヘッドショットは最初の一撃以降はスカイホークに優先し、これまでムガロを標的にしなかったが、銃口を彼女に向けた。この瞬間、この場には三人しかいなかったが、四方八方から銃弾や矢が飛び交ったように見えた。驚いたことに、全員が致命傷を避けていた。

 いつの間にかムガロは首に刺さっていた矢を抜いていた。

 必ず必中させるスカイホークは今度も外してしまった。ムガロの天才的銃撃センスも通用しない。ヘッドショットの歴戦の経験はもはや役に立っていなかった。


 ムガロは敵の排除を諦め、この場を切り抜けることを選択した。

 ヘッドショットがムガロの頭を撃ち抜いた。ナイスヘッドショット!

 ムガロは死んだふりをする。実際死んでる。これで切り抜ける。


 スカイホークはムガロが撃たれた瞬間、逃走した。ほんの一瞬で姿をくらました。

 彼女もムガロと同様、敵の排除を諦め離脱を選んだのだ。

 残ったヘッドショットはスカイホークを追うのは無理だと判断し、別の獲物を探すために徘徊を再開したのだった。



--



 ふう、なんとか切り抜けたわね。

 1回死んでみるもんね。


 ムガロは作戦の通りに、ゼントと合流するために移動し始めた。



--一方、日星では



 メアリーは暇つぶしによくベネルギーツの牢屋へ入り浸るようになった。

 それから二人は意気投合し、メアリーはベネルギーツの助手を務めたり、共同研究に励んだりするようになった。

 マスタングはメアリーが牢獄に入るのは体裁が悪いと思いベネルギーツに作業部屋兼、研究室を与える。


 「うむ、んん…」


 ギーツとコリーちゃんと夜更けまで語り合ったせいで眠いなあ。結界の自動維持の構築を速く進めよ。 

 メアリーは城全体を覆う大規模な結界を長期間維持した経験はない。もちろん自動で結界の維持をする術式は持っているが、この規模になると効率が悪い、結界の維持が不安定になるので、試験が始まって以来、調整を続けている。そろそろ面倒になったのでさっさと終わらそう。


「メアリー、君って暇なの?」

「僕だって忙しいんだよ、ダーリン。結界の維持には神経を注ぐ。結界に近づいたものは感知できる。それに、この城の運営にも多くの魔法を使用している」


 メアリーは多くの魔法具を所持し、身につけている。生粋の魔法具コレクター。魔法具の知識はベネルギーツと互角。だから話があう。それにベネルギーツ自身も、魔法の才は大賢者マギが弟子にしようとしたぐらいで、王国魔法師団に飛び入りで入団できる実力者だ。ムガロでも知っている界隈での有名人だ。

 ベネルギーツだって、魔法の話に興味が無いわけではない。メアリーとは魔法や魔術、魔法具のことをよく話した。本当にそれが楽しくて仕方が無かった。ベネルギーツの会話のレベルに付いてこれる者は今までに出会ってこなかったからだ。

 

「それにしたって、最近はほぼずっといるじゃん」


 メアリーと顔合わせしてからベネルギーツはたくさんの画期的な魔法具を作った。

 あいかわらず酷使され続けているが、充実した日々を送っていた。

 メアリーは天才だった。俺にはないアイデアを次々と思いつき、それを惜しげもなく渡してくれる。

 作ったら褒めてくれる。それが本当に嬉しくて、良いように使われているのに俺はどうしようもなく自分の感情を無視できない。

 俺は悔しかった。このような状況に置かれ、酷使され、対価はメアリーの褒め言葉のみ、それだけで満足できてしまう自分に嫌気がさす。

 自分の価値を見誤った。自分の価値が下がった。魔法具の価値が上がった。

 俺の世界は、魔法具とメアリーに侵食され尽くしていた。

 ベネルギーツはよりメアリーに依存する。

 日星のなかで、気安く会話ができるのはメアリーだけで、親切にしてくれるのはこれもまたメアリーのみだった。

 だからベネルギーツはより依存する。

 抜け出せなくなるほどに。メアリーがベネルギーツを手に入れるため、あえてそういう風に振る舞っている事は知っている。

 日星の他の連中はメアリーから「ベネルギーツに冷たくするように」と指示されているのも知っている。知っていたはずなのに、ベネルギーツは彼女のことがどうしようもなく好きになってしまう。


「メアリー、魔法具つくったよ」

「ん?ありがとう。見せて」


「お、いいじゃん、いいじゃん」

「・・・・ねえ、僕のダーリン。最近疲れがひどいね。流石にそろそろ休ませないとまずいか…ねえ、もう休んでいいよ」

「…休んで、とは?」

「うん、もういいよ」

「あのさメアリー、そんなことより、俺、もう僕我慢できないんだけど」

「ん?やっぱり怒ってた?ダーリンに無理させたこと」

「そうじゃない。それじゃない。俺と結婚するんだろ?」

「そうだね、ダーリン」


 どうして今、そんな話しするの?

 

「もう我慢できないんだ」

「え?我慢できないって、なんのこと?」


 メアリーはなぜか急に、ベネルギーツから不穏な気配を感じていた。

 不安になり始める。

 

「俺ははやく、今すぐにでも君と結ばれたい。いいよね?良いって言ってたもんね。じゃあ良いよね」

「ね、ねえ、何が良いの」


 メアリーは動揺する。焦る。

 

「もう俺、我慢できないよ。好きだよメアリー、大好きだ。好きだ。愛してやまない」

「俺のマイスイートハニー!!!」


 その瞬間、ベネルギーツは豹変した。まるで、野生の王。

 

「ぎゃっ!!!」


 ベネルギーツはメアリーの両手を掴んだ。

 あまりにも強く掴まれたので、メアリーの手首に痛みが走る。

 そのときに察した。ベネルギーツもまた、メアリーを自分のものにしたがっていることを。


「や、やめて…!」

「良いって言ったじゃねえか!!」


 あまりにも大きい声で怒鳴られたので、メアリーはびっくりした。

 その声はメアリーの心臓に響く。バクバクと心拍音を鳴らす。

 まず初めに恐怖を感じた。


「僕、まだ未成年だよ…?」


 メアリーは恐怖を押し殺し、不安そうな声を出す。

 

「もうすぐ15だろ?」


 ベネルギーツの目は血走っていた。睡眠不足と極度のストレスで正気ではない。

 メアリーはベネルギーツの突然の豹変を見て、恐怖を感じたが、同時に同情というか、憐れみを抱く。メアリーの中で、申し訳ない気持ちで一杯になる。


「ごめん。ごめんなさい。っぐす」

「僕が、僕のせいで、こうなったんだね。じゃあこれは、当然の報いだね…」

「いいよ…君なら」


 その直後、メアリーはベッドに投げられた。


「きゃっ、乱暴にしないで!」


 ベネルギーツに身体を抑えられ、逃げたくても逃げられない。

 いや、逃げちゃ駄目だ。僕のダーリンが、僕を求めているんだから。


 でも、怖いよ。


「怖いよ。いつもの優しいダーリンに戻ってよ…」


 泣きながら、消え入りそうな声で言った。その言葉が、ベネルギーツに届くことはついぞ無かった。

 

 メアリーは雑に扱われた。

 なすがまま、されるがままだった。

 抵抗することすらできなかった。全身が硬直したからだ。

 

 理性の崩壊。

 一方的な蹂躙。

 メアリーが奴隷で、ベネルギーツが支配する。


「・・・・っか、あ…」


 お腹の中がかき乱される。内臓が奥に押し込まれるような気持ち悪さ。

 

「い、イタイ…!痛い痛い痛い痛いィう………」


 メアリーは叫んだ。

 この世界は暴力が全てだと、メアリーは知っている。

 真理というか、真髄。子宮から生まれてきてから初めて体感する。その真髄に迫る。

 その真理に、シーツが赤く染まっていく。

 

 ダーリン。

 

 だーり… 愛しい人になるよ


 ……や


 やめ  ……て

 もう


 何も考えられない。頭が、頭が… あいう

 あ、あたま……頭を強く、


 打ったときみたいに、頭が…

 

 パーになるぅう

 

 メアリーは激しい痛みや極度の恐怖、精神的なショックが重なり、何度も気絶と覚醒を繰り返した。

 

 自分の身体じゃないみたいだった。自分の意思で自分の体を動かせない。

 想像を絶する凶暴さだったと思う。

 

 メアリーは両親から大切に育てられた。

 このように乱暴に扱わられることは今までに一度もなかった。

 それ故に、その衝撃は大きすぎた。その強すぎる振動が、全身の筋肉が波打つように痙攣させる。

 彼女は健全に育てられたが、性根は歪になった。それでもベネルギーツを好いていた。歪な愛だ。どこまでも利己的だったメアリーは他人が自分をどう扱うなど気にしたことがなかった。

 彼を信じていた分、強い混乱と裏切り。

 現実の否定からくる認知の歪み。

 強いストレスとアドレナリン、やがて大量の快楽物質が脳みそを支配する。

 メアリーはベネルギーツに体も脳みそも蹂躙された。

 

 その結果、メアリーは壊れた。


「…あ、あ…あわ」


 仰向けのまま、胃液とともに吐瀉物が口から溢れ出る。

 それが止まると、メアリーは口と目を開いたまま、動かなくなった。


「・・・・・」

「メアリー?」

「・・・・」


 その小さい体を震わせながら、手足がつったように硬直させていた。


 ベネルギーツはその壊れ物を、割れたガラスを触るかのように、優しく扱う。

 

 仰向けのままだと、吐瀉物が気管に入って窒息する恐れがあるので、横に向かせる。

 

 もう気はすんだ。

 さっきまであった激情が、嘘のようにすっきりとしていた。


「脈はある。生きてはいるな」

「気絶しているのか」

「ちょっと激しくしすぎたみたいだね」


 一歩間違えていれば、殺していてもおかしくなかった。

 その有様はあまりにも酷かった。スラム街に捨てられた若い売春婦が脳裏を過る。

 こんな、道端に落ちてるボロ雑巾みたいに、転がってたら———

 

「おかしいよね、俺は君の奴隷なのに、今じゃ、この俺が君を支配している気分だ」


 この高揚感はなんだろう。罪悪感を感じると思ってたのに。


 あ~あ、高そうな服なのに、これじゃあ、もう着られないな。もったいねえことした。

 下着も、そうだな、これも意外と値を張るんだよな。


 ずいぶんと乱暴に扱っちまった。

 

 妙に硬直している手を握る。

 筋肉が固まっていて動かせなかった。

 全身硬直か。

 

 呼吸が浅い。

 瞳孔が大きく開いている。

 

 手が小さい。

 こんな小さな体に、俺の獣欲の全ては受け止め切れなかったのか、こときれたように眠っている。


 いや、今更だけど、改めて思った。

 14歳って、子どもじゃねえか。もうすぐ15で成人って言ってたけど、俺の常識でもそうだし、世間一般の認識も、まだまだ幼い年齢だ。


 法律上は、15歳で成人だが、成長期が終わるまでは保護者が必要だと認識されている。

 もちろん15歳からできることは増えるし、仕事や契約も本人の意思でできるようになる。


 この娘はソルジャーを目指すことを、親に伝えているのだろうか。言ってないだろうなこの性格では。

 保護者がいる場合、未成年は一人で書類にサインできないのだがな。


「シーツを変えてやらないと、あと、この娘を着替えさせないとな」


 こいつ漏らしやがったからな。

 そこら辺にあった雑巾使って即興でオムツを作り履かせた。

 俺が必要だと思った最低限のことはした。

 メアリーと一緒に布団を被り、俺は数時間ほど眠った。


 次の日、目が覚めた後もメアリーは目を覚まさなかった。

 


--



 ベネルギーツはマスタングがいるであろう執務室に向かう。


「失礼」

「……あら、ベネルギーツさん」

「昨日からメアリー見かけないんだけど、何か知ってる?」

「俺の部屋で寝てますよ」

「え? …ま、まさか」


 マスタングは嫌悪感を隠さず、それを表情に出す。


「ええ、あなたが想像していることは、大体合ってますよ」

「貴様!メアリーに手を出したのね」

「失敬な、俺達は結ばれたんです。結婚をしたのも同然。俺はこれからメアリーのためにしか動くつもりはありません」

「あなた、変わったわね」



 マスタングは忌々しい奴をみる目で俺を見る。なぜそこまで嫌悪する。


「あんたなんかメアリーの同意が得られるわけ無いじゃない。そういうのってレイプっていうのよ!」

「違う!俺は愛してるんだ。俺達は愛し合っているんだ!」

「愛し合ってる?一方的な偏愛の間違いじゃないの?あんたがやったことは立派な性暴力よ!」

「違う!」

「違わないわ!やっぱりあんたは変態だと思ってたのよ!奴隷の分際で」

「今の俺は奴隷じゃねえ」

「戯言を……!」

「はっ、だまれよ凡人。天才の俺様に向かってその口と態度は何だ?俺が作った魔法具は全部、てめらの好き勝手にできると思うなよ。俺の魔法具を生かすか殺すも、お前らの益となるか害となるのかも、すべて、俺次第だ」


 マスタングは一瞬、殺意を俺に向ける。苛立ちを感じているな。良い兆候だ。


「とにかく、ひとまず、メアリーに合わせなさい」

「俺達の愛の巣はあちらですよ?あんたが俺によこしたんだろうが」


 マスタングは本当に苦い顔と怒りと困惑を混ぜた表情をしていた。

 煮え湯を飲まされる思いとはこの事だろう、マスタングよ。


「私は、最初から、ベネルギーツに部屋をやるのは反対だったのよ……」


 マスタングは小さくそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 

 それから、俺の研究室兼作業場、もとい寝床から愛の巣へ。マスタングと戻ってきた。


「ただいま、マイスイートハニー」


 部屋に入った瞬間、ムワッとした熱気と悪臭が混ざったような空気に、マスタングは顔を顰めた。

 窓を開けて換気をしているが、まだ空気がこもっている。

 

 「……っへ?メアリー?」


 マスタングはメアリーを見て、驚愕していた。それはそうだろう、酷い有様だ。俺の愛が強大すぎて暴走しちまった結果だ。

 彼女はショックを受けていた。しばらくその場で立ち尽くしていた。

 やがて気を確かにして、メアリーの元に駆け寄る。


「メアリー!」

「ねえ、メアリー!起きて!大丈夫なの?」


 どんなに揺らしても、メアリーは目を覚まさない。


「おい、あまり揺らすな、いま頭をむやみに動かされるとまずい」


 マスタングはベネルギーツの言葉を聞き、すぐにメアリーから手を離した。

 彼女は俺に憎悪のこもった目を向けた。

 

「許さない……。私はあんたを絶対に許さない」


 マスタングは涙を流しながら、俺を恨みながら、そう言った。

 

「許されることじゃないわ。メアリーを、こんな使い捨ての道具のような扱いをして…」

「なんてかわいそうなの」

「よくも、私の友達をこんな目に」

「違う、俺の女だ」


 彼女は激昂し、俺の胸ぐらを掴む。すごい気迫だ。さすが総督の娘。

 それから俺を殴る。一発目はあえて受けてやったが、二発目はかわすか防ぐかして無効化した。


 それで十分だ。なぜならメアリーから貰った身を守る指輪があるから。これは攻撃を受けたら自動で反撃する魔法具だ。


 マスタングは部屋の壁まで弾かれた。そのままぶつかって痛そうにしていた。


「いっ………」

 

 マスタングは意外にもすぐに表面上は冷静になり、メアリーの状態を確認することにしたようだ。


「・・・・」 

「それにしても、この匂いは…」

「水浴びはしてないからな」


 今のメアリーは、正直に言って悪臭がしていた。

 股や太ももについた尿が、処理されずに放置され、ツンと刺すような臭いをさせていた。

 さらに、口周りや胸に付着した胃酸や消化途中の食べ物が乾燥し、酸っぱい臭いが混ざる。そして仕上げには、汗やその他の体液が混ざり、独特な不快感を持つ匂いを漂わせていた。


 マスタングはメアリーの布団を除けると、俺が作った雑巾のオムツが目に入る。


「あんた、雑巾って……!冒涜よ」

「こんな汚いものでお馬の変わりにするなんて」

 

 マスタングは水に濡らした布でメアリーの身体を丁寧に拭きはじめた。

 これで匂いはだいぶマシになった。部屋の換気もすんで、清々しい空気になってきた。


「・・・嘘」


 マスタングはメアリーの身体を綺麗にする過程で気づく。

 彼女は驚きの表情を隠せていなかった。

 まるで信じられないものを見た、そんな顔をしていた。

 

「なによ、これ」

「見りゃ分かるだろ?奴隷印だ」


 マスタングはさらに驚愕の表情をさせる。


「ありえないわ、だってこれ、私たち日星の印じゃ」

「これはあくまで仮説だが、奴隷が主人を奴隷扱いしたら、印が入れ替わるんだ。現に、俺の奴隷印は消えている」

「言っただろ?俺はもう、奴隷じゃねえ」


 俺は服をめくり、腹を見せる。

 これで信じざるをえないだろう。何せ、お前がこの俺に奴隷印を押し付けやがった張本人だからな。

 

 マスタングはベネルギーツの奴隷印が消えていることを確認した。そして、なぜかメアリーにその印が現れていた。その事実に、目眩がする。これまでこの試験のルールに必死に適応してきた。その全ての前提がひっくり変えるほどの衝撃。


「っか、気づきやがったが、やっぱマスタング、お前は利に聡い」

「俺の仮説が正しいとすれば、すべてがひっくり返る」


 俺はニヤニヤしながらドヤ顔でマスタングにそう言い放った。だが、詳しいことは口に出してやらない。

 

「この試験、そんな単純じゃねえってことだ。奴隷が主人にたてついたら世話ないぜ」

「どうして、あなたは奴隷のはず。私達、日星のメンバーには絶対に逆らえない仕組みになっていたはずよ。なぜあなたはメアリーをこんな目に合わして、当たり前のようにそこに立っているの?」

「それは、メアリーが受け入れたからだ。俺の行為を反逆と見なさなかったからだ」

「そ、そんなはずが……」

「っな?俺とメアリーは愛し合ってるんだよ」


 マスタングは膝から崩れ落ちる。あまりにも衝撃だったのだ。

 メアリーがベネルギーツを受け入れたのが。


「……メアリー、どおして」


 彼女はしばらくメアリーの元に縋り付いて涙を流していた。

 

I told you not to be so rough… It was my first time…


乱暴にしないでって言ったのに。

初めてなのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。