でも、たまにはいいかもな
気に入らないこともあったけど、なんだかんだ言いつつリオン君は私の中でトップ5に入るくらいいい被写体だった。
私はスマホのギャラリーの写真をタップして、一枚一枚スライドした。
いやぁ、それにしても撮った撮った。二百枚は超えてるんじゃない?還ったらSDカードにバックアップを取った方がいいな。
「リオン君、今何時?」
私は写真をスライドしたまま、リオン君に聞いた。
「今、ですか?今は……四時四十分です」
「おお、意外……でもないか。まぁ、だいたいそれくらいだね」
そろそろ戻ろうかな。一時間経ったわけじゃないけど、別にいいや。
私がもう、ここにいるのに飽きちゃった。
「じゃあ、戻ろっか」
「え?でも、まだ1時間経っては……」
「いいよ、別に。絶対一時間きっかりじゃなきゃいけないってわけじゃないしね。叩き起こしても起きなかったら、しょうがない。背負って帰ることにするよ」
ずっとスライドしていた指を最後の写真でピタッと止めた。
最後に撮った写真はさっき撮ったリオン君の表情。
「ありがとうね、リオン君。最後の最後でいい写真が撮れたよ」
「……最後」
最後という私の言葉にリオン君は敏感に反応したのか、おおげさに肩を震わせる。
「そういえば君のお姉さん、瘴気が完全に浄化したことだし、すぐに復帰とかできるんじゃない?」
「は、はい、あとで姉さんとは話し合いますが、きっと姉さんはすぐにでも復帰したいと言うと思います」
「それはそれはおめでとさん」
「で、でも、今までずっと誤魔化してきましたが、姉さんが瘴気に侵されていると感づいている神官が神殿にたくさんいます。それなのに、姉さんがいきなり治ったら変に思われるか、少し心配で」
「だろうね、思われるだろうね。でも、無視だよ無視」
「……無視」
「それしかないでしょ。そんな声無視して、全快したとかなんとか言って突き通すしかないでしょ」
勘の良い人間なら、私らが関わっていると考えるかもしれない。
何せ、私らが唯一この世界で関わったリオン君の身内なのだから。とんでもない性悪双子でも子供一人の身内くらいは救ってあげようと思う情はあるんじゃないかと、思い込む神官が出てきても不思議ではない。そんな抜け駆けをされたと噂が広まり、今以上に居心地の悪さをリオン君やリオン君のお姉さんは感じるかもしれない。
「無視すれば、日常に戻れるでしょうか」
「さぁ」
「戻りたいと思えるような、日常でもなかったですけど」
「おっ、言うようになったね」
「だから、少し変えたいと思います」
「ん?」
リオン君はゆっくりと顔を上げた。
その顔は少し緊張を孕みながらも、穏やかで晴れ晴れとしたものだった。
「ずっと子供だから何もできないと、子供だから変に出しゃばったらいけないって思っていました。でもそれはただ勇気が出ない言い訳で、行動しないことを正当化していただけだったんです。子供だからなにもできないんじゃない、ただ僕が臆病だからなにもできなかったんです」
「……それで?」
「差別は簡単にはなくなりませんし、とても難しい問題です。今日明日で変えられないってわかっています。でも、僕は僕のためにこのままではいたくないんです。このままだと大人になっても、ずっと行動しないことを正当化するばかりになってしまいます。僕は、そんな大人になりたくない。そんな言い訳ばかりの大人なんかになりたくない。だから……」
「だから?」
「何もできない、なんて考え方自体をやめます。何かを変える、という考え方に変えたいと思います。まだ怖い気持ちがあります。逃げたいと思うことだってあると思います。それに、いきなり大きなことを変えられるとは思ってません。まずは小さなことから始めたいです」
「小さなこと?」
「真っ先に思いついたんですが、まずは掃除や洗濯をあの二人に頼まれた時は断ろうと思います」
「そう、がんばれ~」
リオン君のにこっとした笑みを見て私もつられて笑ってしまう。
なんて健気な姿なんだろう。健気すぎて涙が出るわ。笑いの涙がね。
リオン君やリオン君のお姉さんが今後どうなるかなんて私と夏芽は知る由もなし。だって、それは私らが還った後の話だから。いちいち気にするのは無意味ってものだ。二人の人生だ。二人がどうにかするしかない。
……還った後か。
「もしかしてリオン君と話すのこれっきりになるかもしれないし、数分経ったら忘れるかもしれないから今言っときたい」
「何ですか?」
「次に召喚される聖女のこと、ちょっぴり気にかけてあげて」
「……え」
リオン君はぽかんとしている。まさか、私がこんなことを言うなんて思っていなかったんだろう。
「私も、らしくないことを言ってるって思うよ。でも私だって女の股から生まれた人間だ。人間らしく気まぐれを起こすときだってある。これでも小指の先ぐらいの責任は感じてるんだよ。だって、きっと次の聖女様はあんまり良い扱い方はされないと思うからね。私らのせいで」
私らが還った後、きっとすぐに次の聖女が召喚されるだろう。
今度は性悪とは無縁の正真正銘の清らかな聖女様が。
でも、きっとその聖女様は蝶よ花よと愛でられるような扱い方はきっとされない。
例え、その聖女が清廉潔白な聖女であっても。
色々とこの世界で私らやらかしちゃったからね。召喚された直後に大司教を殴って記憶喪失にさせ、イケメンの第一王子の股間を蹴り上げ不能にさせ、城下町では乱闘騒ぎを起こし、第二王子をマゾに目覚めさせ、第三王子を泣かせ、公爵令嬢を逆さ吊りにし、ホーリーロッドを壊し、副神官長を衝動的に殴って記憶喪失にさせた。ホーリーロッドと副神官長の件はなんとか誤魔化せたと思うけど、他の騒動はこの王宮のだいたいの人間が私らが実際に問題を起こしているところを目にしている。
そして、目にした全員から向けられている感情が良いものであるはずがないのは言うまでもない。
その不快感のまま、次の聖女をそういう目で見てもおかしくない。いや、おかしくないどころかきっとほとんどがそういう目で見ると思う。前の双子の聖女が本来呼ばれるはずのなかった存在だとわかってはいても、その理屈を完全に上回ってしまうほどの不快感や偏見を聖女や異世界人という存在に感じたはずだから。
特に神官たちがそう思っているんじゃないか。
リオン君から聞くところによると、どうやら大多数の上級神官たちは呼び出した聖女を神殿の管轄下に置き、王宮内をコントロールしようと思っていたみたいだから。大司教がこの王宮で国王同様の発言力を持っていると言えど、力関係は王家よりも下。だから、今回の聖女召喚を機に上級神官たちが王宮内を掌握しようと狙っていたらしい。リオン君はあくまで噂と言っていたけど、十中八九真実だろう。
瘴気に侵されている人間や土地を救うという大義名分のために聖女を呼び寄せたというより、自分らでは手に置言えない瘴気という汚物を掃除させるために聖女呼び寄せた神官たちだ。そんな思惑があっても不思議じゃない。きっと聖女をコントロールすることをまだきっと諦めていないはずだ。
今回の召喚で上っ面で持ち上げて思い通りに動かす作戦は失敗した。
だから、下手に持ち上げるなんて真似はやめてコントロールすることに専念しようとするのではないか。いずれにしてもロクな扱いを受けるのは目に見えている。
神殿内のツートップである副神官長と大司教に助けのアテを期待するのは難しいだろうな。
副神官長は記憶喪失だからアテにするのは無理なのは当たり前だけど、大司教は見た感じ、脳内花畑おじさんっぽいからな。たぶんあのおじさん、上級神官のほとんどがそういう思惑で動いているってマジで思っていなさそう。本気で神官たちがこの国を救うためだけに動いているって思っていそう。
「王家も、貴族も、神官も、そして大司教も頼りにならない。はっ、一体次の双子の聖女はどんな扱いをされるんだか……」
見て見たいが帰還する私らはそれをもう拝見することができない。
できないのが、ちょっぴり残念だ。まぁ、一人くらい気にかける人間がいれば、すぐに自殺なんて真似はしないでしょ。次の聖女さん二人、安心してね。私らはお二人の分まで思う存分、元の世界で人生を謳歌するから。
「だから、もし辛そうだったら声をかけるとかして……いや、待てよ」
声をかけてあげるチャンスとかあるか?私らの場合、神官の誰も関わろうと思う人間がいなかったから、たまたまリオン君が私らに関わるチャンスを得ることができた。
じゃあ次の聖女は?自由に動き回るチャンスを与えられなかったら?限られた神官しか話し相手がいなかったら?又は話す制限を与えられたら?
話しかけるチャンスどころか一目見るチャンスもあるかどうか怪しいところだ。
「……ああもう、いいや。めんどくさい」
なんだか、面倒くさくなってきた。
あれこれ考えても答えは出ない。私も夏芽も確かめることはもうできないのだから。
リオン君とリオン君のお姉さんの今後のことを思うのと同じように、意味がない。
でも一応、心の中でお悔やみの言葉を唱えておくとするか。
『ご愁傷様』
「それじゃあ、今度こそ戻ろっか」
そう言ってぐっと背伸びした時だった。
「あのっ!」
リオン君は必死な声音で私を呼び止めた。
「何?」
「………しゃがんでもらってもいいですか?」
「しゃがむ?」
か細くたどたどしかったが私の耳にはっきり届いていたが思わず聞き返す。
意味がわからなかったから。
「お願い……します」
何をするかわからないけど、私に何か害を与えるわけじゃなさそうだ。
というか、リオン君は私にそんなことはしないか。
「いいよ」
言われた通り、私はしゃがんだ。
立っていた時は常にリオン君を見下ろす形になっていたが、しゃがんだ今はリオン君と目線を合わせるときリオン君が視線を下げる形になる。
「一体何……!」
………………え。
咄嗟のことに判断できなかった。今の私の顔はぽかんとしたマヌケ面になっていると思う。
だって、リオン君が私に抱きついてくるなんて予想なんてできなかったんだから。
リオン君は私に抱きつくためにしゃがんで、と言ったのか。
「……………」
無言になる。訳が分からず身が固くなる。
リオン君は軽くパニックになってる私に構わずぎゅうぎゅうと腕に力を入れる。
そして耳元に囁いてきた。
「僕、お二人のこと絶対に忘れません。すごく楽しかったです。本当にありがとうございました、ミフユさ……ミフユお姉ちゃん、さようなら」
ぐすっと鼻をすする音が聞こえる。
「……………」
呆然とする。私は大げさに瞬きするだけしかできない。
突然抱きしめられたにも関わらず、驚愕はあっても怒りも嫌悪も湧いてこない。
ふわふわとした変な痺れのようなものが体中に走る。
こんなの、初めてだ。
ゆっくりと体を離したリオン君の目元が赤い。
「王宮に戻りましょう」
「………ふっ」
立ち上がった私はリオン君の頭をぽんぽんと撫でた。
私はきっと今、私らしくない気の緩んだ表情をしていると思う。
「……あの」
「戻ろっか」
戸惑い、体が動けなくなり、そしてふわふわとした変なものが胸をかすめる。
こんなの初めて、きっと当分味わえない。
でも、悪くない。不思議とそう感じた。
ふと、空を見上げる。
いつのまにか、空を覆っていた雲の形が変わり、うっすらと灰色が交じっている。
上空を見上げながらリオン君と話していたけど雲の変化に一切気づかなかった。
ただの暇つぶしのつもりが、知らず知らずのうちに熱が入っちゃったのかな。
だから、気づかなかったのかな。
私とリオン君は王宮に戻るため、家に入って帰り支度の準備に取り掛かった。
夏芽を起こそうと叩いたり殴ったり踏んだりしてみたが、一向に起きなかった。
一応、覚悟していたけどマジでピクリとも起きそうになかった。
半分冗談でリオン君に言ったつもりだったが、仕方がない。
しばらくはマジで背負いたくなんてなかったけど仕方がない。
姉だからね一応。
私は当分起きそうにない夏芽を背負って、リオン君と一緒に王宮に戻った。
戻った時、あることに気づいた。まさかこの私が王宮に戻るまでの間、スマホのことがすっかり頭から抜け落ちるなんてね。こんな長時間スマホを頭に入れないなんて、久方ぶりだ。
でも、たまにはいいかもな。




