今のところだけど
「今は前とは違います。今は僕にとっては『異世界のお姉さん』です。色々話してくれてありがとうございます。だから僕も、少し怖くて緊張もしましたけど、ちゃんと自分が思っていることを話さなきゃと思ったんです」
この顔は、ちょっとは自覚してたっぽいね。
まぁ、最後の最後だしね。
許しはしないけど、怒ることはしないであげよう。
「律儀だね」
「姉さんにさえ、言わなかった本音です。まだ少しどきどきしています」
「私も言っちゃおうかな。『実は』を」
「え?」
「普通だったら、自分の過去の辛い状況や環境を話したり、自分をさらけ出したりするとき緊張だの恐怖だのを感じるんだろうね、リオン君みたいに」
だから、リオン君も私に対して本音をさらけ出してくれたんだろう。
私だけに、そんな思いさせちゃダメだと思って。
ありがたいと思うべきだろうけど、それ間違いだから。
「私、まったくそんな風に思わないんだよね……いや、思えないんだ」
そもそも、私はネグレクトやいじめのことをトラウマのようには捉えていない。
私にとっては、所詮古い記憶に過ぎない。当時を思い出して、チリッとするような嫌な熱さを胸を感じることはあるが、いちいち目くじらを立てて大げさにするほどでもないと思っている。
その程度だ。母親を捨てたこと含め。感傷的になろうとも省みようとも思わないし、思えない。
私にとってはそうだ。
「そこが私と夏芽の違いなんだよね」
「違い?」
ボソッと言ったつもりが、リオン君の耳にもしっかりと届いていた様でリオン君はきょとんと首をかしげた。
「よく私ら双子のことをまとめて『性悪』だの『凶暴』だの言われているけど、ちょっと違うんだよね。性悪なのは私だけ」
まぁ、凶暴は合ってるけど。
「私、性格悪いって自覚はしてる。他人を足蹴にするのってものすごい快感だし、バカな奴らが不幸のどん底に落ちる姿程笑えるものはないってマジで思っている。自分のこの性癖、直したいとも直そうとも思わない。むしろ、今の自分気に入ってる……でも、夏芽はたぶん違う。凶暴だけど性悪じゃない」
凶暴と性悪と似ているようで、違う。
「信じられないかもしれないけど、夏芽は良くも悪くも純粋そのものなんだ」
キレやすく、誰かれ構わず暴力を振るうが、夏芽はそこに邪念というものがない。私みたいな腹黒い思惑はなく、ただ自分の行動に付き従って行動しているだけ。眠たい時には所かまわず寝て、食べたいと思ったものしか口に入れず、怒りたいと少しでも思ったら一切我慢せずに行動に移す。
言わば、感情が未発達の子供そのもの。自分の感情を持て余し、折り合いのつけ方がわからないまま、体だけ大きくなった癇癪をずっと起こしている子供。子供だから後先考えず、子供だから殴られる人間を一切省みず、子供だからあれこれと考えを巡らせない。
その癇癪を本来止めるべきまともな大人が今まで一人もいなかった。感情のコントロールや感情の伝え方がわからないままだった夏芽が上手くそれを発散できる方法だったのか、たまたま喧嘩だっただけ。
「私はもう母親の顔なんて、もう覚えてないし思い出したいとも、会いたいとも思わない。でも夏芽は……どうだろうな。会いたいとは思わなくても、顔はまだ覚えてるかも」
「そう、なんですか?」
「言ったでしょ?夏芽は純粋で、私とは違って年相応の価値観を持ってる子だよ。その証拠に母親を捨てようとした時、一切躊躇いがなかった私と違って夏芽は最後の最後まで渋ってたから」
よく聞く話がある。
“過去に虐待されていようが見捨てられていようが親は親。親子という情がある限り子供は親を最終的には見捨てないし、温情を施す”
現実でも漫画やドラマでもそういうご都合主義なお涙頂戴のシーンをよく見聞きする。それを聞いたり見たりして、なんてお花畑丸出しな与太話だろうとよく思う。私らはたまたまあの環境から抜け出せたけど、今でも私ら双子以上に壮絶な環境の中にいる人間は世の中にたくさんいる。現在進行形でそんな環境の中にいる人間からすれば、そんなお花畑なシーンを見せつけられたら、怒りどころか殺意すら感じると思うけど。
むしろ、どうしてそんな風に思えないのかが、不思議だ。自分を苦しめている人間に執着する人間の精神状態ってマジでどうなってんのって思う。まぁ、その環境にいるのが『子供』なら仕方がないと言えなくもないけどね。まだ、一桁の年齢の子供だったらますます思う。その年齢の子供にとっても親はすべて。つまり、洗脳状態だ。親から酷い扱いをうけている状態でも、子どもが親に愛情を求める姿は端から見れば理解しがたい姿だが、それが一般的なんだろうね。
それが一般的なら、私はやっぱり普通じゃないんだろうな。
私はすでに3歳でその洗脳が解けていたから。
もうすでにその歳で私は母親を『男と子供どっちを取るかの選択を迫られたら、百パー男を取る女だな』という目でみていた。だから、いつか使い捨てのティシュみたいにポイッと捨ててやろうと心がけていた。でも夏芽は違った。政治家の男の養子になる時、私にとっては母親の存在はすでに使い捨てのゴミ箱に捨てた拾うこともないティッシュだったが、夏芽にとってはまだ自分を産んでくれたという認識の『母親』だった。
私も夏芽も母親には同等にさんざんな辛酸を嘗めさせられてきた。だからなのか、同じ苦しみを分かち合ってきた私が隣にいたためか、夏芽は子供の親への妄信的な洗脳は一般より薄かった。だから自分たちが置かれている環境を変え、政治家の男の養子になるための作戦には同意してくれた。
しかし、そのためには母親を陥れなければいけない。それも卑怯と入れる方法で。
夏芽も母親を憎んでいるはずだから、当時は私と同じように一切躊躇わないと思っていた。
しかし、夏芽は躊躇った。強くは反論しなかったがすんなりと頷いてくれなかった。夏芽は理屈に合わない子供の親への情をまだ捨てきれなかった。双子であり、同じ環境で育ってきたにも関わらず、もうすでに夏芽と私の違いが出ていた。
そんな夏芽の反応を見て私は戸惑ったと同時に悟った。
『ああ、この反応は普通で夏芽は普通の子どもなんだ。私は普通じゃないんだ』と。
切羽詰まった状況だからって、小学生が大の大人であり政治家の男を脅迫しようなんて思いつくか?虐待されていたとはいえ小学生が実の母親の存在を疎ましく思うどころか、使い捨てのティッシュのように捨てる心構えをしようと思うか?野良猫が道路で死んでいるのを見た時、真っ先に思ったのが『可哀想』じゃなく『動物の死体には数えきれないほどのバイキンがうじゃうじゃいるんだよね、きったないな』なんて思えるか?
いや、思わないだろうね、普通は。
私は人間や動物に対しての良心や罪悪感が他の人間よりも薄いんだろう。
たぶん、それは生まれながらの環境のせいではない。自覚しても、悲しいとも変えたいとも思わない。そういう当たり前の倫理観を母親のお腹の中に置いたままにしたのかも。
あ、でも私も当時子供らしいところはあった。母親を捨てることをなかなか頷かない夏芽を、私らしくなく冷静さを欠きながら長時間説得したんだった。『お願い』とか『一緒に生きよう』とかありがちな言葉を使って。語彙力が低いってところも子供らしいポイントに入ってると思う。
その後私の長時間の説得が効いたのか、2時間後やっと納得してくれたんだった。
「前さ、十歳以下の子どもは私たち、殴らないって決めてるって言ったの覚えてる?」
「え?あ、はい。そういえば……」
「あれ、言い始めたのは夏芽。ぶっちゃけ私は十歳以下も別にボコってもいいんじゃね?むしろ、笑えるんじゃない?と思ってるサイコパスなんです」
「……」
そんな黙んないでよ。
でも、そのドン引いた顔、ちょっと可愛い。もっと、見たい。
「実は夏芽には内緒だけど、十歳以下をボコッたことが一人二人三人四人……」
「……」
パシャ。
「え?」
私は青ざめているリオン君を撮った。
「嘘だよ。ないよ、そんな経験」
今のところだけど。
最後の最後でいい表情してくれて、ありがとう。




