ネコの出現(3)
ニャー。
空耳ではありません。
一同、顔を見合わせました。
「こんなときに、ネコかよ」
和也くんが、ぶーたれました。
「どうせ、三毛だよ。玲奈が探しに行くと、いっつも三毛だもん」
ニャー。
鳴き声がだんだん近づいてきます。
「まあ、一応顔を拝んどいても罰はあらないだろ?とりあえず、ネコなんだから」
武史さんが、そう言って声の方に口笛を吹きました。
興奮状態だった公子さんもネコの鳴き声で、我に返ったようです。
四人にとって、ネコは特別な存在です。特別なネコは、そうそういないにしても、特別なネコを探す行動は、四人の最大公約数なのですから。
ネコはすぐそこまで来たようです。
四人は息を殺して、待ちました。
ようやく視界に入ったネコを見て、一同言葉を失いました。
明かりに照らされたネコは、真っ黒で、額に白い星の模様があったのです。
「ブラックなネコの兄弟か?」
誰ともなしにつぶやくと、ネコが平然と告げました。
「20××年前後の黒ネコは、俺の兄弟だ。元の世界へ帰りたいヤツは、帰してやる」
「どうして、このタイミングで出て来るん?」
公子さんには、嫌がらせとしか思えません。
「チャンスは一度きりだ。次はないと思え」
どこまでも偉そうなネコです。
真っ先に玲奈ちゃんが反応しました。
「玲奈、帰る。お母さんのご飯食べたいもん」
いくら公子さんたちに良くしてもらっていても、母親にはかないません。玲奈ちゃんは、ズッと家へ帰りたかったのです。
和也くんも言いました。
「俺も帰る。就活大変でも、充電期間は終わったし。また頑張るわ」
武史さんも言いました。
「僕も帰してもらいたい。ここでの生活は楽しかったけど、そろそろ本来の仕事に戻るべきだと思う」
公子さんは、悩みました。家に帰れば、夫と子供たちが待っています。
でも、こっちの商店街にもお世話になったのです。ここで放り投げてしまうのは嫌でした。
悩んで悩んで悩む公子さんに玲奈ちゃんが、しがみつきました。
「公子さん、一緒に帰ろ。そしたら、向こうでまた会えるんだよ。せっかくお友だちになれたのに、もう会えないなんて嫌だ」
公子さんは、玲奈ちゃんを見つめました。
来た当初は、本当に子供でした。でも、一生懸命頑張って、みんなに付いて来ました。
公子さんは知っていました。夜、布団の中で、玲奈ちゃんが泣いていたことを。
でも、朝起きると、みんなを心配させまいと、そんなそぶりも見せません。小学二年の子供なのに、精一杯頑張ったのです。
この先、この町のみんなも頑張るでしょう。トオルくんやケイジくん、リカちゃんやミヨちゃんたちなら、商店街を存続させる知恵を絞ることでしょう。
何てったって、幼馴染がタッグを組んで、商店街のために頑張っているのですから。
商店街の全部が全部シャッター通りになるわけじゃありません。その数少ない成功例になって欲しいものです。
公子さんは、心の底からそう願いました。
来たときは、泣くだけで何もできなかった玲奈ちゃんが、公子さんを連れて帰ろうと必死に抱きしめます。
公子さんを抱きしめる玲奈ちゃんの暖かさが、公子さんのかたくなな心をゆっくり溶かしました。
公子さんは、玲奈ちゃんが来たとき、抱きしめてあげたことを思い出しました。
「ウチも帰るわ。ここにいても、何の役にも立たんやろ」
悄然と言うと、武史さんや和也くんも安心したようです。
一同を包み込む空気の色が変わりました。
「じゃあ、それぞれ元の年に戻して、俺の兄弟と出会ったあの時、あの場所へ送れば良いんだな?」
少ししゃがれたネコの声が聞えます。
空気の色が更に濃くなります。
ふと見ると、一同の姿が変わっています。さっきまでクリスマス仕様のサンタクロースの絵柄のセーターやトレーナーなんかを着ていたのですが、今は、こちらへ来た時着ていた服に戻っているではありませんか。
公子さんは、買い物に行く服装ですし、武史さんは休日にスーパーへ出かける格好です。和也くんは、リクルートスーツですし、玲奈ちゃんは学校帰りの服装です。
服装より、容姿の変化に驚きました。
公子さんはおばあさんになりましたし、武史さんはサラリーマンの休日という感じになりました。和也くんは、就活中の大学生になりました。
一番変わったのは、玲奈ちゃんです。明らかに七歳の小学生に戻っています。こんな幼い子供が一人ぼっちで異世界に紛れ込んだのです。
公子さんが、玲奈ちゃん頭を撫で言いました。
「玲奈ちゃん、よく頑張ったね。えらかったね」
公子さんは、十八歳の面影が残っていますが、いかにも大阪のおばちゃんです。
知らぬこととはいえ、こんなおばちゃんにときめいてしまったのです。武史さんも和也くんも、告白しないで良かったと、あそこで踏みとどまって良かったと、つくづく思うのでした。
もしも、あの流れで告白なんかしていたら黒歴史も良いとこです。
「こうなって見ると、十八歳の公子さんは何だったんだろうって感じですね。いくらオタクの腐バアバでも年には勝てないみたいですね。
というか、もしかして、年女は年女でも六十歳だったんですか?」
武史さんが軽口を言いながら公子さんを問い詰めると、武史さんにばかっり主導権はとらせないと、和也くんがしゃしゃり出ます。
「女性に年の話をするんなんて、NGっすよ。
公子さんのことは、さておいて。タケさんだって、三十八って話ですけど、こうやって見ると、おじさんって感じっすよ」
「こいつめ」
武史さんが笑いながらデコピンすると、玲奈ちゃんがあっけらかんと言いました。
「公子さんはおばあさんで、タケくさんはおじいさんで、カズくんはおじさん」
「お前なあ、誰のおかげで、助かったと思ってるんだ?恩人にそのセリフはないだろ?」
和也くんの抗議をスルーして、玲奈ちゃんがおねだりしました。
「公子さん、また会ってくれる?お母さんにも会ってくれる?」
「きっと、お母さんには、ワケ分からんさかい、道で出会った年の離れたお友だちってことにしとこ」
そう言って公子さんが頷くと、武史さんも言いました。
「僕も会いたいです。約束通り、向こうで会ってくれますよね?」
「俺も、俺も」
「じゃあ、メールしてや。打ち合わせ通り、玲奈ちゃんが元の世界に戻るのを待って連絡取り合お」
「了解しました」
「了解っす」
「玲奈も了解!玲奈、帰ったらすぐメールするね」
四人が友情を確認すると、辺りがキラキラ輝きました。
気が付くと、公子さんは、元いた路地に立っていました。
手に、三人のメルアドを書いたメモ用紙を握りしめています。
夢やなかったんや。
武史さんだけは、すぐにでもメールしても良いんやけど、どうしよう?
ふうとため息をついて腕時計を見ると、九時三十五分です。早く行かないと先着百名様限りの卵がゲットできません。
頑張って歩かんと。
公子さんの買い物難民生活は、まだまだ続きます。
あの潰れたスーパーの跡地にもっと大きなスーパーができるという噂が聞えて来たのは、それからしばらくしてのことでした。
完
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