表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Never Ending Story Writer≫≫  作者: ペイザンヌ
3/16

02:『実らない恋物語』の始まり≫≫


 はトイレの個室に入ると後ろ手に鍵を締めた。


 ぐるりと個室内を見回し、壁面に貼られたタイルを一枚一枚なぞるように確かめていく。


 そのうちタイルの一枚に何か変化を感じたのか彼の手が止まった。125c㎡ほどのその一枚に顔を近付け、コツコツと軽く叩いてみる。


「ほれ、早く出てこいよ」


 その言葉に反応するように、タイルは機械的な動作でカシャリとこちら側に倒れるように開いた。


 今までタイルの壁面部分だった箇所にはディスプレイが現れ、こちら側に倒れ込んできたタイルの裏側にはタッチパッドが付いていた。ちょうど壁に小型ノートパソコンが装着されているような状態になる。


 さらにキーボードの上にはこの時代ーー2018年最新型のスマホが備え付けられていた。男はそれを右手で掴むと、左手でタッチパッドを扱いモニターに何かを入力し始めた。


 やがて右手にバイブの震動を感じ、男はスマホを耳に当てた。


榎本えのもとか? 俺だ。現在、目標ターゲットに接近中。 これからストーリー・メイカーのBシステムを落として『手動』に切り替えるとこだ。イグジステンス=レベルの増減を確認しながら出口らしいところを探しておいてくれ。……大丈夫だよ、今回はそれほど難しい仕事じゃない。すぐに戻れるはずだ。夜食やしょくはカレーが食いたい。うまいマッサマンカレーが食いたい。以上」


 男は通話を切ると画面をスクロールし、打ち込んだ文章を確かめるように目を細めた。






 図書館を出てから駅まで伸びる線路沿いの道すがら、らんは口数が少なかった。時おり腕を組んで何か考えているようにも見える。


 私が井戸部いとべくんの方をじっと見つめていた姿をらんに見られたのは間違いない。やはりそのことが原因なのだろうか。なんだかこのまま駅でバイバイになってしまうと後々ギクシャクしてしまいそうだなと思ったので私はいっそのこと自分の方から切り出してみることにした。


「仲、いいよね、ホント」

「ん?」

「ほら、蘭と……井戸部くんって」

「はぁ? あれのどこが仲良く見えるっての?」

「なんか、その、兄弟みたいでいいじゃん。私、一人っ子だから羨ましいなって」

「あのね、私だって一人っ子だし。あんな兄貴も弟もいらないし。ましてや……」


 最後の一節を口ごもり、蘭はその華奢な身体にはやや大きすぎるデイパックをかけ直した。そしてまたもや腕を組むと「んー」と謎の唸り声をあげる。


 蘭はそう言ってるけれど言葉なんて所詮しょせん嘘つきだ。実際のところ蘭は井戸部くんのことをどう思ってるんだろう? そのへんを一度きちんと聞いてみたい気持ちも私の中には昔からあった。だって、それを確かめなければ私自身も前へ進めない。


 そう、いつの頃からだろう。気付くと私は井戸部くんのことばかり考えてしまっているのだ。


「そ~んなこと言っちゃって。もし、井戸部くんに彼女とかできちゃったら寂しいんじゃないの~?」と、私は軽く、冗談めかした感じで突っ込んでみる。


(ーーいっそのこと付き合っちゃえばいいじゃん)


 そう口に出しかけたが……それはやめた。

 もしそれが本当になってしまったらと思うと怖かったのだ。


「ねえ、麗美」

「ん?」

「……ううん、何でもないの。なんだか喉乾いちゃったな」


 蘭は近くの自販機に駆け寄ると爽健美茶のボタンを押し、電子マネーをかざした。小サイズのペットボトルがゴトリと落ちると自販機が『アリガトウゴサイマシターー!』と機械音で喋った。蘭はキャップを空けるとコクコクと喉を鳴らした。


 別に喉など乾いてなかったのだが私も釣られるようにコインを自販機に投入し、紅茶のボタンを押す。


「ねえ、麗美ってさ」

「だから何よ?」

 ゴトリ。

「麗美って、その、イトベーユのこと……」


 一瞬イトベーユの意味がわからなかった。ジュースか何かの銘柄かと思ったが、イトベーユとは蘭が井戸部くんのことを呼ぶ時に使うあだ名だということに気付くまでにさほどの時間は必要としなかった。蘭は井戸部くんが児童文学好きなのをからかい、エンデの『はてしない物語』に出てくる勇者アトレーユに井戸部優いとべゆうもじってイトベーユと呼んでいるのだ。


 私ははたと気付く。このシチュエーションはやばい、かも。


「ひょっとしてーー」

「ちょ、ちょーっと待った!」


 蘭の言葉を遮るようにして私は口を挟む。蘭にその先を言わせてはいけない。


「な、なんか勘違いしてるんじゃない? 絶対なんか勘違いしてるよ、蘭ってば。あは、あははは」


 ーーチガウ、カンチガイジャナイ。


「あたしのことだったら別に気にしなくていいんだよ。ホントにただの幼馴染みなだけなんだし。あいつだって麗美のこと可愛いって言ったし。麗美だってさっき、図書館であいつのことじっと見てたじゃん」


 そうだよね。やっぱり見られてたんだよね。


「だから、それは……違うんだって」

 ーーチガウ、チガッテナンカイナイ。


「誤解だよ」

 ーーゴカイジャナイ。


「その、私は……」

 ーーワタシハ、


「私は……」

 ーーワタシハ、ソウ、イトベクンノコトガスキ。


「実は私、あの図書館の受け付けのお兄さんのことが好きなの!」


 私たちの傍らを轟音と共に快速電車が物凄い勢いで通過していく。


 ーーは? は? はぁ?


 な、なんじゃそりゃ? いくら咄嗟に出てきた出鱈目でたらめとはいえ、これはあまりにもひどすぎやしないか?


「は……?」 


 このあまりの突発的爆弾発言に蘭も狼狽ろうばいしているようだった。そりゃそうだ。


「え? そ、そうだったの? 私、てっきり」

「そう。そうなの。ずっと前から私、あのお兄さんのことが……。だから誤解なんだってば、私が見てたのは井戸部くんじゃなくって……井戸部くんのことなんか、うん、その、全っ然タイプじゃないし、高校生にもなって児童書なんて読む人なんて……ねえ?」


 駄目だ。先に進むどころじゃない。


 井戸部くんの幼馴染みの蘭。

 そして、私の親友である蘭。


 彼女の前でこう宣言してしまった以上、彼に接近することなどもうできない。ひょっとしたら蘭の口からこのことが井戸部くんに伝わってしまう可能性だってある。


 終わった。


 私の恋は終わったのだ。忘れよう、井戸部くんのことは綺麗さっぱり忘れ去り、明日からまた新しい恋を探すのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間たちよりも人間くさく! 完全猫目線、猫たちの寓話『イシャータの受難』もよろしくお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ