#01 怖いことになってる
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「え………………神原、先輩?」
コトン、とペンを取り落とす音が和やかな雰囲気の生徒会室に妙に低く響いた。
時刻は午後4時過ぎ。俺はいつものように善良で愛らしい聖女の皮をぴっちりと着込み、生徒会室で会計の仕事をしていた。なぜなら生徒会長である腹黒クソ王子をどうにかしてたらしこ………えっふん、ウルワシイオウジデンカの好感度をえっふん、学園の皆様のお役に立つためですわ。
ーーーそれなのに、まさか。
俺は、落ちたペンが載る書類の先に座る人物を見つめる。黒い生地に金糸とボタンという質素かつシックなコートの上に、肩から斜めにかけた飾り布、そして飾緒の垂れ下がる軍服風の騎士服に身を包んだ、攻略対象②。後ろに撫でつけた黒髪に紫色の瞳を持つ、侯爵家次男であり王子の護衛騎士、アレスティ・バンハート。寡黙で冷徹な騎士様キャラだ。
美しく精悍なその顔は常に無表情であるはずだが、現在は驚きの感情がありありと見て取れる。
俺とアレスティの異変に気がついたのか、隣で事務処理をしていたミュール、棚から過去の会計記録を取り出していたロゼッタの姉御、お茶を淹れていてくれたエランドさん、そして王子の視線が俺達に向いた。
「え、えっと………」
気まずい沈黙に居たたまれなくなり何か話そうとしたその時。
「ーーーお~い、部活のやつらから購入品リスト集めてき………どしたんだこの空気」
扉が開いて入ってきた呑気な声はカイルのもの。
お陰でザ・ワ◯ルドは解除され、全員の時間が動き出す。
………前に。
誰よりも速く順応したアレスティが大きな音を立てて椅子から立ち上がり、いつもより少し低い声で言った。
「殿下、少し外させていただきます。………シャノン嬢とともに」
俺に意味深な鋭い視線を向けてくるアレスティに戦々恐々とする。へ、へやをでてなにをされるんだおれ。
「あ、ああ。分かった」
一拍遅れて返事をした王子の言葉を聞き終えない内に、アレスティは瞬間移動かと思うほど素早い動きで隣まで来て、優しくエスコートするかのように俺の手を取った。そして俺は紳士的かつ強引に生徒会室の外へと引っ張っられていく。気分は蛇の巣穴に引き摺りこまれる蛙。ど、どうくわれるんだおれ。怖い。
慄きながらも、ずんずんと廊下を進み続ける黒い騎士に目を向ける。
あの時の仕草が前世の職場の先輩にあまりにも似ていたから咄嗟に呟いてしまったけれど、こうして見ると朗らかな雰囲気の先輩とは少しも似ていない。うっ、圧が。
「………あの、先ほどは申し訳ございませんでした」
勇気を出して言ってみる。声めちゃちっちぇーけど。
「………」
無視かあ………ひょえっ。
「し、仕草が昔の知人に似ていたので、思わず声に出してしまったのです。どうかお許しください」
聖女らしく可愛い声を作る俺の努力を無下にしないでよ、ね?
そこでアレスティは足を止め、くるっと俺のほうを振り返った。前方は行き止まり。いつの間にか廊下の端っこまで来ていたらしい。ここでは一般生徒は滅多に通らないだろう。俺は蛙じゃなくて鼠だったかな。ハハハッ、袋の鼠ってか?
「………」
はぁうぅ、目が怒ってる!ヤバい怖いっ、目ぇ見れねぇっ。
「………シャノン嬢」
「ひゃいっ!」
噛んだ。しょうがない怖過ぎるんだってコイツ。
「………私のことを、『カミハラ』と呼んだな?」
「ふぁいっ!心よりお詫び申し上げますっ!」
我ながらそのまま敬礼してもおかしくないはっきりとした受け答え。満点!
ーーーピクッ、と。
彼の眉が動いた。はい0点!鍛え直すぞっ、覚悟しとけよ俺の肺!
「私に似ていたというその人物に。ーーー君は何と名乗っていた?」
あまり見た事のない彼の真剣な表情に息を飲む。あ、別に不真面目ってんじゃないよ、アレスティは基本ポーカーフェイスで表情筋が死んでるだけだから。
それにしても、なんだってそんなことを聞くんだろうか。意図が謎だ。
嘘をついても良いが、そうすると何だか見透かされそうな気がするので正直に答える。どうせ前世の名前だから不利益はないだろうし。
「『荒木』ですけっ………どおぁぁぁっ?!」
◆◆◆
リストの山を抱えたオレは、2人の後ろ姿を見送った後、珍しい組み合わせだなあと呟いた。
「そうですわね。あのお2人に繋がりがあったとは、私も存じませんでした」
棚から取り出したらしき書類を机に置いて言うロゼッタ。シャノンとよくつるんでいる彼女も知らないのか?一体2人で何を………
「冷やかしに行くなんて言わないで下さいよ、カイル」
紙に書き込む手を止めずに、心を呼んだかのようにオレに注意するのはミュールだ。呆れた顔をしてはいるが、気になっているのが手に取るように分かる。去年から一緒に生徒会に入っていた唯一オレと同じ3年生だから。………その頃から身長一切伸びてねえのにな。うはは。
む、何か失礼なことを考えられている気が………なんて非常に的を射た呟きはスルーする。
「いや。ミュールには悪いが、カイル、あの2人の様子を見に行ってくれないか?あのアレスティに限ってないとは思うが、女性と2人きりはあまりよろしくない」
王子殿下が少し眉を下げて困ったようにおっしゃられた。その言葉にも一理ある。アレスティにはまだ婚約者がいないし、稀代の聖女様であるシャノンも未婚。生徒会の仲間ではあるけれども、それとこれとは話が違う、はず。きっと違う、そうに決まっている。それにシャノンは平民出身で2年生からの途中入学ながらも、成績や性格で着実に周りの信用を得て今や学園の皆の人気者なのだ。そんな彼女と2人でいるアレスティを妬む輩がいないとも限らない。
どこに目があるか分からないんだ。万が一おかしな噂が流されてはアレスティを護衛騎士にしている殿下の立場も悪くなるからな!
「ってことで行ってくるわ、すまんなミュール!」
内心ほくそ笑みつつ、オレは踵を返して部屋から出る。いやあ、こんなに面白そうなネタをむざむざ逃す手はない。殿下が味方してくれてラッキーだった。でもなあ、オレの背筋が後でミュールに報復されるって訴えてんだよな~………。
普段のアイツならこんなくだらんことで腹を立てはしない。ならば何故?その答えをオレは察している。
ーーーアイツは、アレスティを気に入っているんだ。
コンプレックスだとかは言わんでおく。アレスティはタッパあってかっけえよな。まあ例え口に出さなかったとしても、お得意の読心術で察し返しされて資料庫整理の刑に処されそうだ。
なんだかんだ言うが、オレもミュールと同じ考え。アレスティはいいやつだしな!
ふんふんと鼻歌を歌いつつ廊下を歩く。
殿下の護衛が本領のはずなのに書類仕事が速いのなんの。さりげないサポートなんかの気遣いもできるし。元々いたオレらに敬意を払ってくれてるのもひしひしと伝わってくる。正直、殿下も聖女もすげえ頑張っちゃいるんだけど、オレは意外とアイツが一番有能だと思う。
学生と護衛騎士を両立していて、噂では相当腕が立つらしいし。顔も良し、男らしくて背も高い。かといって筋肉ムキムキでもないからそこまで威圧感があるわけじゃあない。オレが女だったら婿にしたいと思うくらい完璧な男だと思う、の、だけれど。
ちと目付きが悪いのが玉に瑕なんだよなあ………。それがなきゃ殿下と同じくらい人気が出ているだろう。もしやそれも、騎士が主人より前に出てはいけないという配慮か?つくづくアレスティはできる男だぜ。
オレ、ミュール、そして殿下から信用を得ているやつなんて学園にはアイツくらいしかいない。ここだけの話、オレは殿下は相当な食わせ物だと思っている。オレの推測でしかないがなんとなーく分かるんだよな。そんな殿下に信用を置かれているとなれば、その有能さも推して知るべし。
っと、考えている内にもうすぐ目的地に着きそうだ。オレのアレスティの行動パターン解析によると、あの角を曲がったところに2人はいる。くっくっく、この行動パターン分析、あのミュールにも怖いほど当たるとか言われてるんだぜ!
わくわくしながらも足音を殺して近づく。
とにかく、オレ達の可愛い後輩が今までさして関わり合いのなかった聖女と何を話してんのかが気になるってだけだ。冷やかし?野次馬?なんとでも言え!オレは今日までこういう生きか………
「………は?」
角からぴょこんと頭を出して向こうの様子を伺った、オレの視線の先には。
昨日までなら想像もできなかったような、春風のように柔らかな笑みを浮かべながら。
ーーーシャノンの肩に腕を回し、その手でわしゃわしゃと彼女の頭を撫でるアレスティの姿があった。
皆さん知ってますか?DI○は神なんですよ(^ー^)




