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第39話 いつまでもこの平穏が続くことを願って

 近づいていく俺に気付いて、ベネットさんが軽く手を振る。


「どうベネットさん、楽しんでる?」


「ぼちぼちな。こういう雰囲気は得意じゃないけど飯は美味いし、こんなにいい酒を飲んだのは久しぶりだ」


 そう言いながらステーキを食べて、グラスに入ったワインをグイッと飲み、満足げに口元を緩ませる。言われてみれば褐色肌の頬がほんのりと赤いし、かすかにアルコールの匂いが漂ってくる。


 でも何よりも─。


「よかった」


「ん? なにがだ」


「顔も明るくなったから。前を向いてくれたみたいで嬉しくて」


 何もかもを諦めてハイライトがないような目で盗賊になりかけていた─というかほぼなっていた。だが今は、目には光が宿り、人生を前向きに考えているように見える。


 言葉だけで人の心を動かすのは難しい。


 実際、俺とトゥルーマンの戦いを見るまでは希望は薄れ、諦めムードで空気は恐ろしいほどに重かった。でも結果を残せれば心は少しずつでも動いてくれて、前を向いてくれる。この会場を見渡せば自分たちの行動は無駄ではなかった、誰かにとって立ち上がれる力となって希望になれたという実感湧くんだ。


 俺の言葉に一瞬驚いたように目を丸くさせて固まった後、こそばゆそうに頬を掻いて視線を逸らす。


「お前らのあの戦いを見てたら、なんか……希望が持てたような気がしたんだ。まだあきらめるのは早いかもしれないって…でも! 少しだけだ! まだ円卓の騎士を1人倒したくらいだからな! 私はそう簡単には絆されないからな!」


 グラスに残っていたワインを一気に飲み干すとプイっと顔を逸らす。言葉ではそう言っているが、どう見ても本心ではかなり絆されているように見える。『希望を持てた』という言葉もなかっただろう。素直ではないけど、前を向いてくれているのだからいいんだ。それを聞けただけでついつい顔がほころんだ。



「でも……ありがとうな」


「エヘヘ、その言葉を聞けただけで満足ですよ。本当に良かった」


「…フンッ。そういえばお前ら半端じゃなく強いじゃねえか。アタシの時に手抜いてたのか?」


「本気だったよ。トゥルーマンよりも、ベネットさんの方が剣術と体術は上だったってだけ。俺の攻撃はいなされたり力を逃がされたり、絶妙に軸をずらされたりして上手く攻撃に切り替えられなかった。トゥルーマンは俺よりも遥かにパワーやフィジカルも上で、しかも魔法もバンバン撃ってきたけど、対処できて攻撃に繋げられた。ベネットさんは強いよ。円卓の騎士にも勝るくらいの技術がある。断言するよ」



 パワーで劣っていたけども、トゥルーマンとの剣戟の方がはるかに戦いやすかった。決して奴の技術が未熟であったわけではない。俺と同等クラスではあったと思う。でも同時に思うのは、もし奴にベネットさんほどの剣術の腕があったのなら俺は…最後の攻撃にたどり着くことはできなかったかもしれない。だからこそ、戦っている最中にはベネットさんの凄みを改めて感じていた。


 でも、これだけの実力者が世間の移ろいによって力を発揮できず、志半ばで全てを諦めざるを得ない状況になっていたのが恐ろしい。こういう境遇の人はきっと、ベネットさんだけではなくこの世界にはたくさんいるのだろう。この世界の業は意外と深いのかもしれない。


「そりゃどうも。お前の言った通り剣術や体術には優れているかもしれねぇけど、アタシは火力とパワー不足だ。お前みたいに影は操れないし、ホシモリみたいに光線はぶっ放せない。特にあの最後の光線はえぐかった」


「オーバードライブ・レイだね! 確かに凄かったよ~! 間近で見てたけど綺麗だったし、肌がピリピリしてきて威力が伝わってきたよ! それに颯爽と前に出てきた瞬間から見惚れてて……エヘヘ、流石ユイカさんだよ~」


 あの時の事を思い出して、鮮明に浮かんできたユイカちゃんの惚れ惚れとするカッコいい姿についにやけてしまった。颯爽と俺の前に出てきてただ一言『私に任せてください』。カッコいい!あれこそヒーローの振る舞いだよ。



「……お前、やっぱりホシモリの事がメチャクチャ好きなんだな」


「……ハバァッ!?」


 そんな突拍子もない事を唐突に言ってきたので、危うくむせそうになった。やっぱり俺の反応ってわかりやすいんだな。まぁ客観的に俺の反応を見れば、わかりやすいだろうねー。ユイカちゃんの側にいると幸せな気持ちが溢れてきているから、自分でもわかるくらいにいつもニコニコの笑顔になっているし。ユイカちゃんの話題になった途端に明らかに声の張りが違っているし。思い返してみれば、俺ってめっちゃわかりやすい。


 だからこそ─。


「──はい! 同じ世界に入れるだけで幸せなくらいに」


 俺は本音を言える。


 一瞬面食らったような表情をした後に、少しだけベネットさんが満足げに微笑んだ。


 人から自分の恋心を指摘されるのは初めての事だけど、意外と照れないものだ。漫画やアニメ、現実世界でもそうだが、自覚のある恋心を面と向かって人から言われると恥ずかしがる光景はよく見る。けど俺には該当しなかった。ただただ驚いていしまっただけ。


 でもそんな心境になる理由もなんとなくわかる。

 だって俺の好意を本人が知っているのだから。人から指摘されたとて恥ずかしくはならない。でも多分、本人を目の前にするとめっちゃ照れると思う。



「ふーん、意外と乱されないんだな。じゃあどこが好きなんだ?」


「全部です」


「お前なぁ……いやまぁ想いはわかるけど、なんか薄っぺらく聞こえるから本人にはそんな答えは絶対に言うなよ」


「大丈夫! 前に同じを質問された時に、こと細かく伝えていますので。むしろ言い過ぎて一旦止められましたし」


「ん? じゃああいつはお前が好きなの知ってるのか?」


「知ってるよ」


「じゃあお前ら恋人なのか?」


「ううん、違うよ。まだ告白してない。好意があることは伝えてるけど」


「はぁ? どういう状況なんだ?」



 首をかしげて少し怪訝そうな表情を浮かべた。ユイカちゃんと俺の関係を頭の中で懸命に考えているようで、目を閉じながら『好意を伝えているのに恋人じゃない…告白してない…?』と呟いている。


 でも確かに。


(好意を知ってもらってるし、いつか言葉を紡いでほしいとまで言われている。ユイカちゃんと俺の関係ってなんか…不思議だよね。どう表現すればいいのかわからないや)


 出会った瞬間に想いをぶつけてしまったことにより、俺の好意をユイカちゃんは知っている。

 現実ではないかと思ったからスラスラと出てしまった言葉ではあるが、まぎれもなくあの言葉はすべて本心。その好意を拒否することなく微笑みながら受け止めてくれて、いつか来るであろう告白の時まで待ってくれている。もちろん本心はわからない。


 言えることは『好意を拒否していない』という事だけ。どう思ってくれているのかはわからない。


 自分たちでもこの状況を言葉に表すのは難しい、というか当事者の俺は表すことができないでいるのが現状。ベネットさんがこの状況に困惑するのは当然なのかもしれない。



「ちょっと色々あって、ただただ想いをぶつけてしまうだけになってしまったといいますか」


「お前の言葉を聞いて、ホシモリはなんて言ってるんだ?」


「互いの事をもっと深く知ったその時にその気があるなら言葉を紡いでほしい、と言ってくれました。なので今は、仲を深めている最中…ですかね」


「ふーん……アタシには恋とかよくわかんねぇけど、まぁ頑張れよ」



 なんやかんや言っても、少し不器用ながらも励ましの言葉をくれる。やっぱりベネットさは良い人だ。


 そんな話をしていたらユイカちゃんが戻ってきた。にこやかで清々しい表情だ。



「おかえり、ユイカさん。どうだった?」


「いい感じの話ができました。気になりますか、ベネットさん」


「なんでアタシに聞くんだよ! 別にー!気になるもんか!」


「まぁ今はそれでいいんじゃないですかね。これから時間はたくさんありますし。そういえば、これからどうするんですか?実力はお見せしたし、後はもう自由です」



 夢を叶えるために、俺たちは同じところに留まることはない。だからもしかしたら、ベネットさんやシュヴァリエさんとはこれでお別れになってしまう。前を向くと決めたベネットさんの行く末は俺も気になるところ。


「……当分の間は、この街に留まるつもりだ。さっきアイツから『ここで働かない?』って誘われたし。特に明確な目的はないけども、真面目に生きてみようとは思ってる」


 そう言ってチラッと視線を向けた先には、シュヴァリエさんがいた。すでに手は回していたという事か。流石行動が早い。


「そっか。よかった!」


 人生なんて夢や目的がなくとも、前を向いて真面目に生きているだけでも十分だ。道を外れそうになっていた時の光が失われていた瞳には、もうは煌々とした光が宿っている。もう安心だ。ユイカちゃんも満足げに頷いてるし、収まるところに収まった感じだ。



「お前らこそ、これからどうするんだ?先は長いぞ」


「聖剣の情報が欲しいので、とりあえず明日にはここで出てく予定です。もっとこの世界を知らなくては、ルシファーには刃が届かないでしょうからね」


「当然だけど、ここでお別れか。1日だけの付き合いだったけど……世話になったな」


「こちらこそ。この世界に来て、初めて会う人がベネットさんでよかった」


「今更だけど、苗字呼びは好きじゃないから別の呼び方にしろ。今までつけられたことはないけど、ニックネームでも怒らないでおいてやる!」



 少し照れ臭そうな表情で要求してきた。やっぱり素直ではないけどその姿が微笑ましくて2人ともつい口元が緩んだ。


「素直に、ニックネームで呼んでほしいと言えばいいのに」


「誰もそこまで言ってねぇ!!」


「そうですねー……いい感じの距離感にあるニックネームにしたいですね」


 ベネットさんの抗議の声などなんのその。一切無視して、あごに手を置きて真剣に頭を悩ませるユイカちゃん。俺も考えたいところだけど、残念なネーミングセンスしかない。世間で長年愛されている、モンスターを育てて一緒に旅をするゲームでもニックネームをつけたことはあるけど、良いのが思いつかずそのままにするか、食べ物の名前を付けてお茶を濁している。


 流石に何も関係ない食べ物の名前を付けるわけにはいかない。それもベネットさんにとっては人生では初めてのニックネームだ。どうしたものか、と考えていたらユイカちゃんが手をポンと叩き何かを思いついたようだ。自信満々の表情とどこか達成感のあるような清々しい様子。それとは対照的にベネットさんはソワソワして表情は少し不安そう。


 そんなベネットさんを指さして。


「あなたは今日から『リッサン』です」


「リッサン……?」


「うん! いいニックネームだと思うよ!」


 最後に“ん”がついていてさん付けしているみたいになっている発音もどことなくどこか可愛らしくて言いやすい。メリッサという名前からそんなにも変わっていないし、年上のニックネームなので相応の程よい距離感にもなっている。良い!



「フフン。“メ”をつけてメリッサンでもよかったのですが、それだと少し味気ないようだったのでリッサンにしました。どうですか?」


 ニックネームに大層満足しているようで胸を張って得意顔になっていたユイカちゃん。かわいい。チラッとベネットさん改めリッサンの方を見れば少し頬を赤く染め、伏目がちになっている。手で口元を隠しているが隙間からわずかに緩んでいるのがわかるし、むず痒そうにもじもじしている。


「わ……悪くねぇ、好きに呼べ」


 短くぶっきらぼうな言い方ではあったが、プイっと顔を逸らす一瞬だけ見えた口元は、完全に緩んでいた。人生で初めてのニックネーム『リッサン』を気に入ってくれたようだ。


 その反応にユイカちゃんは満足しているようでより得意顔を強め、これでもかと胸を張っている。なんてかわいいんだ!


 こんな平穏な時間がずっと続けばいいのに。


 そう願わずにはいられない。


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