第38話 平穏の再来
「それでは、ガイアカグラ及びユグドの平和と繁栄、偉大なる勝利の立役者であるパラディン・ユカコとパラディン・ユートの今後の活躍を祈念して……乾杯っ!!!」
シュヴァリエさんの力強い掛け声を合図に会場中からグラスをぶつけ合う音が聞こえ、注がれた飲み物を口にして、賑やかな談笑が始まった。
俺も隣にいるユイカちゃんと、見よう見まねでグラスをコツッと軽くぶつけ合わせる。ユイカちゃんと乾杯できたことに喜びを感じながら、オレンジジュースを口に流し込む。
柑橘類特有の甘みと酸味が程よく合わさって爽やかな味が心地よく広がっていく。美味しい。当然ながら搾りたて果汁100%。オレンジそのものの香りが強く、甘みは少し薄めで酸味が色濃く出ていて、市販されているジュースとは一味も二味も違う。どことなく高級感がある。でも正直市販されている果汁10%くらいのジュースもあれはあれで甘みが強くて好きだ。今となってはあのジャンキーな味わいが懐かしい。
ユカコちゃんもオレンジジュースを堪能して顔を綻ばせている。かわいい。やるなオレンジジュース。
会場内に何人いるのかはよくわからないけど、祝勝会とあってとにかく多くの人がいる。シンプルなパーティードレス、現代風のビシッと決まったスーツ、金の装飾がされた派手な貴族服など服装は様々。
シュヴァリエさんの服装は派手過ぎず地味すぎないエメラルドグリーンのロングドレス。ファンタジー作品とかで見るような貴族が着てそうな高貴な服装。
ユイカちゃんの服装はエレクトロン・アカデミーの制服。元々しっかりとした制服だしユイカちゃん自身に凄く似合っていてパーティーに参加していても全くの違和感のない格好だ。むしろこのパーティー会場に一番相応しいまである。
ついでに俺の服装は、通っている学校の制服といういたって普通の服装。
しかし同じような制服スタイルでも、ユイカちゃんは背筋がピンと伸びていて姿勢が綺麗だし、立ち振る舞いが優雅でこの場の雰囲気に合っている。こういう場にも慣れているようでリラックスしていて自然体そのもの。美しい。これにはシャンデリアの明かりも霞む。
ここはシュヴァリエ城の中にあるバンケットルーム。
煌びやかな装飾が、シャンデリアの光を反射してその輝きを一層深める。赤絨毯が敷かれいくつもの純白のテーブルが等間隔に置かれている。中央の大きなテーブルの上には豪華絢爛、色鮮やかな料理がビュッフェ形式で並んでいる。美味しそうな匂いが会場全体を包み込み、空腹感を刺激する。
窓の外は日が落ちていて、綺麗な月明かりが差し込んできている。時間にして18時くらい。半日前まで、街全体がまるでこの世の終わりのような重苦しく張り詰めた空気が漂わせていたのがウソのようだ。
勝利を宣言した直後の事。賑やかなお祭り騒ぎの雰囲気となった中で、シュヴァリエさんがガイアカグラ全体で祝勝&歓迎パーティーを開くことを高らかに発表。早急に帰還し準備開始。準備をしている間はシュヴァリエさんが用意した部屋でゆっくり休んでいた。映画でしか見たことがないような豪華な風呂場で汗を流し、今に至る。
このスピード感、流石貴族。騒がしい雰囲気は慣れないけど、嫌いではない。
「あまり騒がしい雰囲気は得意ではないですが……たまには悪くありませんね」
ユイカちゃんを見ると、その喧騒として様子をどこか楽し気に暖かく見ていた。
「うん、わかる~! フフッ……ちょうど同じことを思ってたよ」
同じタイミングで同じことを考えていたのが嬉しすぎてついついにやけてしまう。
俺の言葉を聞いてユイカちゃんは微笑みながら、持ってきた煮魚を口に運ぶ。その所作があまりにも美しくて見惚れてしまった。いつまでも見惚れていたがそれはよくないので俺も持ってきた煮魚を口に放り込み、嬉しさと共に噛み締めた。何の魚かはわからない白身魚の身がホロホロとしていて、ほどよいしょっぱさと甘みが口の中で調和して美味しい。
「お二人とも、楽しめていますか?」
浮かれ気分で食べていると、主催であるシュヴァリエさんが来てくれた。グラスを持ちながら穏やかな表情をしている。
「えぇ非常に。料理も飲み物も美味しくて。こんなにも豪華な歓迎とお祝いをしていただき、ありがとうございます」
「ほんの気持ち程度です。ガイアカグラを救ってくださった上に、『素晴らしい出会い』までさせてもらいましたからね。このご恩は忘れませんよ……フフフフフフ」
穏やかな表情は一瞬で崩れ去り、恍惚とした表情へと変わった。ちょっと怖いくらいに上機嫌に上品に笑いながら、チラッと別の場所へと視線を向ける。
その先には『素晴らしい出会い』の正体である、ベネットさんの姿。ロングメイド服を舞わせながら、キラキラとした眼差しで色とりどりの料理が乗った皿を物色していた。
「綺麗ですよね……見ているだけで惚れ惚れとしますわ。顔はもちろん、動き、目、髪、服装、体つき、声、唇、言動、仕草、匂い…全てが最高ですね。ゆったりとした服の上からでもわかる引き締まった体……触り心地も最高でした。特に腹筋。あの人を初めて見た瞬間、時が止まりましたね。こういうのを運命的な出会いというのでしょうか。雷を受けたような衝撃が全身を駆け巡り、息をするのを忘れ、血が沸騰するくらいに熱くなり……そして思ったのです。絶対に私のものにする、と。あの初々しいわかりやすい反応……絶対に逃がさない」
早口で捲し立て、手で隠している俺の角度からはまたも舌なめずりが見えてしまった。早くこの場から逃げ出したい。発言がもう少女でもギリアウトな領域に入っている気がする。見た目は可愛い系の少女だけど言動や向けている感情、そして完全な悪い笑いでどこか悪役みたいでちょっと怖い。
なぜこんなにも狂気じみている感じになってしまうのか。“恋は人を狂わせる”とはよく言うし、あながちこの反応は間違ってはいないのかもしれない。
ただ、その狂わされるっていうのは少しわかる。行動はさることながら、『雷を受けたような衝撃が全身を駆け巡る』や『息をするのを忘れる』というのも体験した。ユイカちゃんを初めて見た時、そしてこの世界の来て実際に出会えた時に、そんな感覚になったから。あの瞬間、確かに世界は時を止め、急激に動き出した。俺の人生は新たに動き始めたのだ。運命なんて信じてなかったけど、『運命的な出会い』といって過言ではない。いま思い返しても幸せで胸がいっぱいになって高鳴り、ついつい口元が緩む。
「応援してるよ! 聞きたいことがあったら言ってね。ベネットさんとはまだ知り合って数時間だけど、色々あってその他の部分ならアドバイスできるかもしれないから」
「“色々”、と…? それはまさか少しディープな話になりますか!?」
なぜか目を輝かせるシュヴァリエさん。
俺はただ命を懸けて殺し合った─正確に言えば一方的に殺意を向けられていた、をぼかして“色々”と言っただけなのに何か誤解が生まれてしまったようだ。明らかにシュヴァリエさんが思っているような『ディープな話』とはベクトルが違う。そういうのに興味を示す年ごろなのだろうか。
「ならないよ! 全然違うから! まったく関係ないから!!」
ここで強めに疑いを晴らしておかないといけないような気がしたから、手をぶんぶんと全力で振って否定しておいた。少し怪しさ満点の言い方ではあったけども納得してくれたようで、シュヴァリエさんは『そうですか…』となぜか少しがっかりしたような感じになっている。やはり俺にはこの人の思考はあまり理解できそうにない。




