嫉妬と癒し
セオフィラスと共に立ち上がったところで、タイミングよく国王夫妻や父と弟が部屋に戻ってきた。どうやらこの四人は別室で話をしていたらしい。
どことなく嬉しそうに顔を綻ばせる国王夫妻とは対照的に、オージアスとロミオの二人は表情が硬いように思える。オージアスは元々そういう顔なのだが、レセリカにはいつもと違って見えるし、ロミオに関してはわかりやすく硬い。
「別室でも話したのだが、レセリカにも婚約発表の段取りを話しておかねばな」
「はい。よろしくお願いいたします」
家族の様子が気にはなったが、国王に話しかけられて思考を切り替える。タイミングや立ち位置など、細かい部分は会場で使用人が伝えるとのことで、流れとしては単純なものであった。
新緑の宴が始まる際、いつも国王が挨拶をするタイミングでセオフィラスを広場に呼び、そこで婚約者としてレセリカを呼ぶ。呼ばれたら隣に立って礼をした後、二人で一曲踊ってお披露目は終わりである。
一般的な社交パーティーであればその後、挨拶にくる貴族たちの相手を共にすることになるのだが、新緑の宴は子どもが主役の、子どものためのパーティーである。親交の深い家同士での挨拶はあれど、あまり畏まったことはしないのが暗黙のルールとなっていた。
だからこそ、婚約発表の場に選んだのだろう。セオフィラスの負担を少しでも軽くするために。
婚約発表をするのは、令嬢たちへのけん制に他ならない。要は、もう売り込みに来るなよ、というアピールなのである。
レセリカの役目はダンスを踊るところまで。その後はパーティーを楽しむも屋敷に帰るも自由にしていいとのことであった。
本音としては仲睦まじい姿を見せつけてほしいところなのだろうが、知り合ったばかりでそれは難しい。これが成人済みであったなら、演技でもなんでもしろと遠回しに言われていたかもしれない。
まぁ、帰ってもいいと言われてもすぐには帰れないことはレセリカにもわかっている。参加する者はとにかくコネを作ろうと必死なのだから。特に、親が。
何かと理由をつけて親が子に指示を出し、話をさせたがるのだ。今回は婚約者がどんな人物か探ってこい、と言われる子も多そうである。レセリカも探られるのはあまり気分が良くないが、指示された方も気乗りはしないだろう。
(ダンスの後は、挨拶を済ませて出来るだけすぐに帰った方が良さそうよね。色んな目を向けられるのはどうしても気疲れするもの)
前までのレセリカだったなら、婚約者という立場上、使命感もあって最後まで残っていたことだろう。しかし、今回のレセリカは無理をしないことを決めている。目的であるセオフィラスとの対談が済んだ今、正直なところレセリカはこのパーティーへの興味を失っているのだから。
あとは婚約発表と多少の挨拶だけはこなさなければ。そもそも、パーティーはまだ始まってもいないのだ。
憂鬱ではあるが、それを表に出すことはしない。凛とした姿勢を崩すことなく国王夫妻と王太子の退出を見送ったレセリカは、隣でホッと息を吐きだしたロミオに話しかけた。
「ロミオ、どうしたの? やっぱり緊張しているのかしら」
まずは、先ほどから気になっていた彼の様子を訊ねる。顔が強張っているし、どことなく目つきも悪い。改めてみると緊張というより今は拗ねているようにも見える。
「違います。だって姉さ……姉上ったら、殿下の手を取って……」
「イスから立ち上がるのを手伝ってくださったのよ」
「それはわかってますけど」
何をそこまで拗ねているのだろうか、とレセリカは首を傾げた。チラッと父に目を向けてみたが、オージアスもまた表情は変わらない。……いや、ロミオと同じようにどことなく拗ねているようにも見えてますます困惑してしまう。
「僕が! 今日は姉上をエスコートするんですからね! いいですか、姉上。殿下とのダンスは一曲だけですよっ。その後は僕と踊ってください」
「ええ、もちろん。たくさん踊ったら疲れてしまうもの」
「そういうことじゃ……う、うーん。まぁいいですけど」
もしかしたら、自分がエスコートをする前にセオフィラスの手を取ってしまったから拗ねているのだろうか。馬車に乗る時も父にエスコートされて少し不機嫌になっていたくらいだし、あり得るとレセリカは思い至った。
「パーティー会場でエスコートをしてもらうのはロミオが初めてよ。緊張してしまうだろうから、とても心強いの」
レセリカは愛する弟の可愛らしい嫉妬に心がフワフワとするのを感じていた。この後、会場で浴びせられる負の視線と感情を思うと、弟の存在は本当に心が癒される。
「は、はいっ、お任せください! 挨拶回り以外は姉上と共にいますから!」
「頼もしいわ。ありがとう」
小さな騎士は、たったそれだけでこれまでの不機嫌さがどこかへ吹き飛び、やる気がみるみる上がっていく。なお、レセリカは本心で心強いと思っており、実際かなり頼りにするつもりであった。
「レセリカ。殿下との話はどうだったのだ?」
姉弟の会話が途切れたタイミングで、これまで黙っていたオージアスが口を開く。いつもの無表情は強張っており、慣れてない人からしたらものすごく怒っているように見えるだろう。
だが、レセリカは慣れている人だ。父が自分を心配しているのだと気付いていた。娘がそこまで悟ってくれるようになったことを、オージアスは深く感謝すべきかもしれない。
「はい。とても誠実な方だと思いました。互いにゆっくりと知っていこう、と。殿下のお力になれるよう、今後も精進しようと思います」
「……そうか」
レセリカが迷いなくそう告げたことで、オージアスは安心したような、納得のいかないような、複雑で表現しがたい顔になっている。身内以外が見ていなくて何よりだ。
「父上、そのような顔でパーティーに出ないでくださいね? 皆が怖がってしまいます」
「……今更だろう」
「そうかもしれませんが、少しは配慮の心を持ってください。姉上と僕のデビューなのですから!」
「む……」
遠慮なく物を言うようになったロミオの言動は、息子ではなくまるで妻のそれだ。母が生きていたらこんな感じだっただろうかと考え、レセリカは小さく微笑んだ。




