開場と要注意人物
会場に人が入り始めたという報せを聞き、レセリカたちはようやく移動を始めた。
新緑の宴は子どもが主役ということもあり、保護者は宴の始まりに国王からの挨拶を聞いた後はその場に留まるも控室に下がるも自由となっている。
だが、今回は王太子のお披露目でもある。下がる者は少ないだろうことが予想出来た。
もちろん、オージアスも留まる予定だ。特に、レセリカが婚約者として発表される今日は、彼女の周りに人が集まりかねない。どうしても収拾がつかなくなりそうなら、手助けしてやろうと考えているようだ。
彼の鉄仮面はこういう時こそ役に立つ。不本意ながらオージアス本人にも自覚はあるのである。
とはいえ、パーティーの間は前方に子どもたち、後方に大人たちが集まるようになっている。基本的にパーティーの間は別行動だ。
「ベッドフォード公爵家長男、ロミオ・ベッドフォードです」
「同じく長女、レセリカ・ベッドフォードです」
会場の前で城の使用人に名を告げると、ほぅ、という感嘆のため息が漏れる。それほど、レセリカの気品ある佇まいは素晴らしいものであった。もちろん、ロミオも所作に関してはほぼ完璧に近いが、レセリカは別格だ。
なお、ロミオは自慢の姉が注目を浴びて大変満足したようで、誇らしげに笑みを浮かべていた。彼の基準は一に姉上、二も姉上なのである。
ゆっくりと扉が開かれる。今回の会場は城の大広間であることから、ドアは両開きだ。
ロミオにエスコートされながら、レセリカは真っ直ぐ前を見据えて会場内を進んだ。呼ばれたらすぐに前に出て行けて、それでいて注目も集めにくい絶妙な位置を目指す。
会場内に集まっていた半数以上の招待客が、一斉にレセリカたちに注目した。
こういった場では会場に入ってきた人のことはさり気なく確認するのがマナーであるのだが、レセリカの凛とした姿に誰もが目を奪われたのである。
その整った容姿はもちろん、八歳とは思えぬ落ち着きぶりや所作の美しさ、それからあまり見ないドレスのデザインという要素が重なり、どうしても彼女に目が向いてしまう。そんな様子だった。レセリカたちが会場の中ほどへと進むほど、ヒソヒソと囁く声も広がっていく。
特に令嬢たちの間で話題になっているようだ。その中には嫉妬や羨望の色が見え隠れしている。
色んな囁きがレセリカの耳にも、そしてロミオの耳にも届いていたが二人とも素知らぬ顔で前を向く。何を言われようが、堂々としていれば良いと父にも言われていたからだ。
「この辺りにしましょうか、姉上」
「ええ、そうね」
ロミオは絶妙な位置に場所を取り、レセリカをエスコートした。それから近くのテーブルの前に立つと、グラスに入った飲み物を使用人から受け取って流れるような仕草で姉に渡す。
「ありがとう、ロミオ」
お礼を言うと、ロミオはわかりやすく喜色を浮かべた。七歳の少年らしいあどけなさの残る微笑みに、レセリカは肩の力が抜けるのを感じる。
(ロミオのエスコートはいつだって安心出来るわ)
前の人生でも、もちろんロミオにエスコートしてもらう機会はあった。その度に、ロミオの存在はレセリカの心の支えとなってきたのだ。
ロミオと侍女のダリアだけは、いつだってレセリカの味方だった。
どんな陰口も、側にロミオがいたら全く気にならなかった。気にしたらダメですよ、と少し怒ってそう言ってくれたおかげで、レセリカはとても救われていたのだ。
でも、いつまでもそれに甘えるわけにはいかないと決意している。今回の人生では、ロミオやダリアには幸せになってもらいたいのだ。
二人にとってはなんのことかもわからないだろうが、それでもレセリカは二人のために出来ることは何でもやるつもりでいた。
パーティーが始まるまではまだわずかに時間がある。その間にレセリカは会場内に見知った顔がないか、それとなく確認することにした。
後で挨拶に向かうベッドフォード家と懇意にしている家の者や、遠い血縁関係にある者などの位置を探るのが主だ。
けれど、今回は集まった人数も多い。あまり会いたくない人物の顔も見付けてしまう。
父オージアスと仲が良くない家の者はもちろん、ベッドフォード家の立ち位置をよく思わない家の者、それから……前の人生でレセリカを糾弾してきた者たち。
その中で、特に心を揺さぶる顔を見付けてレセリカは息を止めた。
(ラティーシャ・フロックハート……!)
一瞬、呼吸を忘れかけたレセリカは慌ててゆっくりと息を長く吐く。すぐに取り繕えたものの、心臓は早鐘を打っていた。
伯爵令嬢ラティーシャ・フロックハート。ウェーブがかったストロベリーブロンドは愛らしく、二重でぱっちりとした琥珀色の目がキラキラとしている。
とにかく人当たりが良く世渡りが上手で、彼女の周囲にはいつも人がたくさんいた。人から愛されるオーラを持っているのだ。
(アディントン伯爵のご子息は……ああ、二歳年上だから今はいないんだわ)
レセリカはもう一人の要注意人物をすぐに探したが、新緑の宴に出られる年齢を超えていることに思い至って安堵のため息を漏らす。
彼はラティーシャを慕っており、いつも側にいたものだからつい今も近くにいるものだと錯覚したのだ。
そもそも、今回の人生ではおそらくまだ彼とラティーシャは出会っていないではないか。レセリカは自分の動揺した心をなんとか落ち着けようと目を閉じる。
レセリカがここまで内心で慌ててしまったのも無理はない。
『レセリカ様が、まさかそんなことをなさるとは思ってもみませんでした……!』
なぜなら、ラティーシャは前の人生でレセリカを追い込んだ一人であり、セオフィラスの婚約者の座をずっと狙っていた人物だったからだ。そして……。
『レセリカ・ベッドフォード! お前が殿下を暗殺した証拠は揃っているんだぞ!』
アディントン伯爵令息は、レセリカを暗殺者だと皆の前で叫んだ人物だったのだから。




