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黎明  作者: 明月 えま
5/11

拒絶

 ガタリ、ギシッ

 そう音を立てて、馬車が揺れる。


 お義母様が唇を固くかみしめられて、私を抱きしめられる。

 一体、何が起こっているというの?馬車の軋む音は聞こえるのに、街の音が聞こえない。血の気が引く。


「お義母様。」

「大丈夫よ。安心なさい。」

 その時、また、馬車が動き出す。


「お義母様?今のは…?」

「多分、お義父様と、宰相様の予想が当たったのでしょう。だから、大丈夫よ。」

「予想?」

「ええ。帰り道に襲撃を受ける可能性があると、聞かされていたの。」

「襲撃…?」

 背筋が凍るように、身体が固まる。


「大丈夫。備えて、護衛をつけていただいているから。」

 私の震える手を握り、お義母様が、私を安心させようと優しく背中を撫でてくださる。


 ガタガタと揺れる馬車。


 その音がゆっくりになり、止まった。

「無事に、着いたようね。」

と、お義母様。


 ガチャリと、扉が開かれる。


 そこにいたのは、ずっと私が会いたかった人。

 驚きに目を見開くも、声も出ず。


「到着しました。」

 静かに声をかけられる。

「ありがとう。」

 お義母様が、落ち着いて返事をされる。

「どうぞ。」

 声をかけられ、手を差し出される。お義母様に促され、差し出されたルークスタッド様の手をかりて、馬車を降りる。続いて、お義母様も。


 降りて、御者が、ぐったりと御者台で伸びているのに気が付いてゾッとする。

 スッと一礼されると、ルークスタッド様は、そのまま去って行かれた。


 一言も、言葉を交わすことなく。


 ただ、呆然と私は立っていた。


 お義母様に促されて、屋敷に入る。事の仔細を聞いて、屋敷の使用人達が慌てだした。メイドに付き添われ、自室に戻る。


 就寝の用意が済んでも、ふと思い出すと、ショックで手が震える。精神が高ぶっているはずなのに、横になると急に意識は遠のいて。気が付くと朝になっていた。






 翌日、王城にいつものように出仕する。


 その、廊下でルークスタッド様に偶然、出会う。

「あの…。昨日は、ありがとうございました。」


「私は何も。」

 一瞥されただけで、すれ違う。


 明確な拒絶。


 会話すら拒否される。


 どうして。どうして。


 確かに、以前の私は浅はかだったけれど。


 その日、一日、考えることはあの人の事ばかりで。

 仕事をしていても、何か、宙に浮いているような、変な気分。浮ついた気持ちを抑えて、なんとか、仕事を終えて帰路に着く。


 家族には、この動揺を悟られないように、いつものように。いつものように。

 そうして、一人になった自室で、大きくため息を落とす。



 不意に涙が零れ落ちる。

 ああ。私。やっぱり、あの人が好きなんだわ。


 そう、痛いほどわかった。それでも、あの人から返してもらえたのは、何の感情もこもっていない一瞥のみで。


 悲しくて、悲しくて。やりきれない。この想いは、どうすればいいのだろう。


 玉砕覚悟だったじゃないか。

 駄目なら、文官として生きていくと、初めから決めていたではないか。


 なのに。


 なのに、この心は。


 未練がましくて。嫌になる。


 ねえ。誰か。誰か。私を慰めてよ。

 頑張ってきたのに。ずっと、努力してきたのに。


 わかってる。誰かに縋りたいけれど。それでも、あの人じゃないと、駄目なんだ。他の誰かに声をかけられても、気休めにすら、ならないわ。


 キラキラと煌めくあの一条の光。

 手を伸ばしても届かない。どれだけ、どれだけ頑張っても、声さえ届かない。


 ねえ。どうして。問うても答えなどないというのに。どうして、どうして。


 そんな底なし沼のような絶望に苛まれる。


 心の内を叫びたい。でも、声にすらならずに、崩れ落ちる。


 意気地なしの心が。嫌で嫌でたまらない。


 でも、私、何にもしてないじゃないか。

 とりあえず、お義父様から、文官になるようにって言われて頑張って来た。令嬢の嗜みも、一通り出来る。でも、私、何一つ、あの人に近づく為の努力をしていない。


 臆病すぎて。私、何もしてないじゃないか。


 涙は止まる事無く、流れ落ちる。

 沢山泣いた。もう、いつになったら涙が枯れるんだろうって思いながら。


 昔読んだおとぎ話みたいに。私の涙で、王子様をよみがえらせる事ができる壺、いっぱいに涙が溜まるのではないかって思うくらい。


 このまま、あきらめるの?でも、そんなの、絶対に嫌だ。


 ほかの人に嫁ぐなんて論外。


 私に。私に出来る事。


 じゃあ、私を無視できないくらいにならないといけない。

 高位の文官になれば、何か接触があるのだろうか。


 涙で濡れて、冷たくなった布を握りしめて考える。

 美貌を磨いて。令嬢の中でもトップに立って。それでいて、文官という立場で認められなくては。


 そう考えると、高位の貴族の縁談も蹴ってしまえるイング家にいるという事が、なんと幸運な事なんだろう。


 フッと、笑みが漏れた。


 大丈夫。私、まだ、頑張れる。

 だって、今まで、自分からあの人に近づこうなんてしていないから。


 焦りは禁物。

 急に追いかけても、きっと、逃げられてしまって。また、あの冷たい視線を浴びたら、私の心が持たない。

 臆病で、脆い私の心は、砕け散って、再起不能になってしまう。

 だから私は、あの人が、つい振り返ってしまうような、そんな女性になるんだ。あの人から、私を見てもらえるように。


 今日は、いっぱい泣いた。手も、身体も、冷たくなっている。自分で、自分を抱きしめる。


 さあ。明日から、忙しくなる。


 やる事は、沢山だ。


 覚悟しなさい。

 そして、待っていて。

 絶対に、私が、貴方を捕まえるから。


 大丈夫。私は、まだ、頑張れる。


 そう何度も自分に言い聞かせて。静かな夜が更けていく。

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