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豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第六章

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第57話

 あっ。


「入っちゃった!」


 わたしは檻に入ってから、大切なことを思い出した。


「あの、宰相様」


 もう戸は閉まっちゃったので、出られない。

 慌てて一人用のベッドと同じくらいの面積の檻の中、脇に寄って離れていたルク宰相の側に寄って格子を掴んだ。


「宰相様」


 格子の棒はそれほど太くはなかったけど、青銅のような金属でできていて、わたしの力ではたわみもしない。

 交差までの縦は長めだけれど、横幅はわたしの腕が通る程度だ。男の人だと、きっと入らない。


「ヒースに会わせてください」


 檻に入る前に、おねがいするつもりだったのに。

 入っちゃったら、まったく駆け引きにならない。

 わたしがそれを言う前にうっかり先に中に入っちゃったことに気が付いたのか、ルク宰相はまさに口角をあげるという感じの笑みを浮かべた。


 恥ずかしい……


「今お引き合わせすることはできませんが、悪いようにはいたしません」

「……ヒースは無事なんですよね?」

「ご心配には及びません。これが終わったら会えますよ。さあ初めの方々を呼びましょう。もうそろそろ隣の部屋に、お呼びした方々が来ているはずです」


 やっぱりもう入っちゃったから、交渉は無理みたいだ。

 これが檻に入る前だったら、どうにかなったんだろうか。


 ルク宰相は、自ら最初に確認をする人たちを迎えるために隣の部屋と続く扉を開けに行った。

 この部屋は隣と続き部屋になっていて、廊下に出る以外に隣に繋がる扉がある。

 そちらにわたしの力を確認しようという人は待たされているらしい。


 でも、さっきわたしの力に当てられて酔った人を放り込むようにとルク宰相が指さしていたのは逆の壁側だった。

 扉があったら、戻ってきてしまうからだろうか。

 コトが済んだら壁の向こうの隣室へ転移で放り込み、戻れなくするのか。

 女神の力で理性を失った男性がどのぐらいで正気に戻るのかよくわからないが、即座に戻らないのなら、すぐにこの部屋に戻れないところに行かせなくてはならないだろう。

 だから繋がっていない隣室に送りこむんだ。


 やっぱりルク宰相のやり方は合理的で、そして計画的に思えた。

 こうするつもりで準備をしていたんだろうということは疑いない。

 つまり……ヒースに何かしたのも計画的なんだ。


 もやもやとした気持ちを抱きながら、ルク宰相を目で追いかける。

 隣室の扉を開けたルク宰相は、その向こうに声をかけていた。


「最初はどなたになりましたか」

「私たちだ」


 そう言って、隣の部屋から三人の男性が現れた。

 三人とも背は高いが、体型は違っている。

 痩せ型の男性と、恰幅の良い男性と、その中間の男性。

 背が高いから、中間の男性も痩せているうちに入るかもしれない気がした。


 歳の頃は……多分当たってないけど、一番上に見えるのが恰幅の良い人で、それでも三十代に見える。

 他の二人はアラサーだけど、三十にはなってないような雰囲気だ。

 ちなみにルク宰相は、三人のうちの一番年齢の高い人と同じくらいの感じ。

 でもこの国の人は若く見える法則を考えると、本当の歳はいくつだろうか。

 プラス五か、プラス十か……


 みんな、とても上品で上質そうな上着を着ている。

 ずばり、全員高い身分がありそうで、偉そうだった。


「女神様」


 三人は檻の前、二メートルくらいのところまで来て胸に手を当てて礼をした。

 わたしはそれがこの国の貴人への礼だと知っている。


「お目にかかれて、光栄にございます」

「あ、あの」


 そんな礼を自分に向けられるなんて思ってもみなくて、動揺して上手く返事ができない。


「そ、そんなにかしこまらないでください……」


 わたわたと慌てながら言うと、三人はにこにこしながら体を起こした。


「女神様にお目にかかれる日が来ようとは、思いもいたしませんでした。いずれは女神様に、この国の様をご覧いただける日も参りましょうか」

「はあ……」


 恰幅の良い男性がとても嬉しそうに言う。


「いかなる美しい風景も、女神様の恵みを喜ぶ民の顔も、女神様にはお見せできなかったと、昔、祖父がこぼしていたのです。そういう日が近付いているのならば重畳です」

「……そうですね」


 その言葉は心からのものに聞こえて、そんな場合でもないのにちょっと嬉しくなった。

 やっぱりこの世界の人は、女神として落ちてきた人間を大切にしようとしている。

 そしてそれは、建前だけでもない。


「女神様は本当に、その、お若くていらっしゃったのですね。驚きました」


 痩せ型の男性が言った。


「本当に。僕の娘より幼く見えますよ」


 そう言ったのは、普通体型の男性。

 二十代後半だと思っていたので、娘さんの年齢が気になる……そして、わたしはいったい幾つに見えているのか。


「あの、わたし」


 22なんですが、と実年齢を主張しておこうと口を開いたところに被せるようにルク宰相が言った。


「そろそろ最初の方は前へ出てください。あまり時間がありませんのでね」

「ルク殿、本当にやるのかい?」

「やりますよ。だからお呼びしたのでしょう」

「私はこの女神様の前で醜態を晒すのは嫌だなあ……」

「諦めてください」

「ルク殿はしないんでしょう、ずるいよ」


 三人とルク宰相で話をしていて、わたしの方は見てくれない。


「僕たちは証人になれば、それでいいんだよね。じゃあ、もう一人か二人呼ぼうよ。入れ替わりでもいい。僕、向こうの部屋に戻るから」

「力を確認する者と、見届ける者が必要なんだろう? 私も一回戻る。確認したい者と二人入れ替わればいいだろう」


 普通体型の人と恰幅の良い人の二人が、前の部屋に戻ろうとする。


「あなたがた、なぜ一番手だったのです」


 さすがにそれには、ルク宰相もあきれたようだった。


「譲られたんだよ。『大臣殿、お先に』って言われちゃったら、後でとも言いにくいじゃないか」


 一番手だったはずの三人は、この国の大臣なのか。

 服で偉そうだなって思ったけど、当たってたらしい。


 二人が隣の部屋に戻ってしまって、痩せ型の人だけが今は残っている。

 間を持たせようと思ったのか、話しかけてきた。


「すみません、女神様。こんなことにお付き合いいただいているというのに、こんな土壇場でごたごたと」

「いえ……」

「代わりの者は、すぐ来るでしょう。もうしばらくお待ちください。もう次にお目にかかることはないかもしれませんが、私はロベルト・リヌスと申します。この国の財務大臣を勤めさせていただいております」

「ロベルト様、ですか」

「はい。……ああ、来たようですね。こっちへ。女神様、怖いでしょうけれど、少しご辛抱くださいね」


 ロベルトさんが離れ、新しく部屋に入ってきた二人がまたさっきと同じに胸に手を当てて礼をする。


 さっきの話なら、この二人はわたしの力を確かめたいと思っている人だ。

 緊張で思わず唾を飲んだ。

 最初の三人と違って、わたしに窺うような視線を向けていたから。


 この人たちは、わたしを安全な離宮から引っ張り出すことに意味があった人たちなのかもしれない。

 あるいはヒースを王太子に戻す口実になったわたしを、邪魔に思っているか。


 だけど、そんなことは確認できるはずもなく、わたしを檻の中に入れた「女神の力の確認」はその人たちから始まった。

 入ってきたうちの一人が、わたしに近付く。

 もう一人とロベルトさんと、ルク宰相とヒルダとミルラと魔法使いのヤンと、護衛の女騎士と……部屋の中にはわたしを含めて九人もいる。


 そしてルク宰相以外は、緊張の面持ちを見せていた。

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