引退レース 有馬記念
京都競馬場は、ウォーアーマメントの効果もあり、ライバルのユメミガオカを見に来たお客さんが多かったように見えた。和馬は、パドックに飾られる横断幕の一つで、「王者を倒す! ユメミガオカ」と書かれた横断幕を見たとき、この馬に賭けられている期待の大きさに初めて気付いた。
「あんなこと提案するべきじゃなかったかな……」
「どうした?」
「いや――あの横断幕を見たら、ファンの期待の大きさを目の前で初めて見たというか、宝塚記念ぐらいから、本当にこの馬はファンが多くなったなと」
「今や、ウォーと並んで競馬界を引っ張るアイドルホースだからね」
「それなのに、ユメミガオカにあんなこと言っちゃって……」
「ああ、昨日のことかい?」
「はい……。なんか、ファンに申し訳なくなって……」
「しょうがないよ。内輪のことなんかファン知らないし」
「……そうですね」
和馬は、横断幕を見ながら、ユメミガオカの結果だけを考えるようにした――そんな和馬の想いを知らずに、一番人気のユメミガオカは堂々とパドックを歩いていた。
レース結果を言うと、三連単で二百三十万円がつくほどの大荒れだった。ユメミガオカを含めた上位人気馬が崩れ、十五番人気のアニマルモンガ逃げ切って優勝した。二着に八番人気と三着に五番人気が入り、ユメミガオカは四着という結果だった。
「これが、ユメミガオカの出した結果ですね」
レース終了後、馬主エントランスのい室に集まった三人は、ユメミガオカの今後のレースの話だった。
「ホンマかどう変わらないけど、月崎が今日のユメミガオカは走る気なかったって言うてたわ」
「でしょうね。いつものユメミガオカの走りじゃなかった」
「ハミもとらないし、どこか違うところを見て走ってた、って。おかしな話や」
「ユメミガオカは、もう有馬記念を見てたのかな?」
「それはわからないですよ。僕はユメミガオカじゃないですから」
「当たり前や! ったく、馬に今後レースを決めさせるなんて前代未聞やで。勝つ気でレースに出してるホースマンに失礼や」
「ファンにも……」
和馬は、杉本の言葉に付け加えて反省した。真剣勝負の世界で、こんなことしてはいけない。いわば、八百長のようなもの。ユメミガオカに夢をかけたファンもいたはず。もう、こんなことを絶対にしないと深く反省していた。
「せやけど、一番驚いたのは、あの馬がお前の課題に応えたことや。信じられんが、お前らは強い絆で繋がれてるんやな」
「オレも、そう思う。和馬君がユメミガオカの一番のパートナーだな」
「ありがとうございます……」
その言葉が、逆に和馬には堪えた。そのパートナーに何てことをさせたのだと思うと、和馬はいたたまれなかった。
「何や、暗い顔して?」
「いや、ユメミガオカにもファンの人にも申し訳ないことをしたと思って――」
「今さらしょうがないやろ」
「そうだよ。そのファンのためにも、ユメミガオカのためにも、あと二レース、いっかり応援しよう!」
「……はい!」
和馬は、気を取り直して杉本・河内と話し合って早来へと帰った――最後に、思いっきりユメミガオカには走ってもらいたいと、飛行機から眺める夜空を見ていた。
次の日、京都のお土産を広げながら、牧場スタッフにユメミガオカの今後のスケジュールを説明した。
「GⅠに出ないのか?」悟朗が、険しい顔で話した。他のスタッフも、このローテーションには納得いっていないみたいだ。
「ウォーがいない今なら、GⅠを勝ちにいけるんじゃないか?」
「杉本先生も、同じことを言ってました。ウォーがいない今なら、GⅠを勝てると。でも、宝塚記念が終わったあと、吉井さんと話したとき、吉井さんが言ったんです。「帰ってきたら、最後に楽しく激しいレースをしよう」って。河内さんは、その言葉に応えるべく、ユメミガオカがウォーと万全の状態で戦えるローテーションを選びました」
「それで、GⅠを捨てたの?」
「ああ。でも、決めたのはユメミガオカ自身なんだ」
「どういうこと?」麻奈美は、すみれを抱きながら不思議そうな顔をしている。 スタッフたちも、顔を見合わせて首をかしげていた。
「レースの前の日に、ユメミガオカに会ったんだ。そのときに、勝ったらGⅠを獲りにいく、負けたら最後のレースに標準を合わせて調整する、好きな方を選べってね」
「それで、ユメミガオカが負けたと?」
「ええ。月崎さんの話だと、ユメミガオカは最後まで走ろうとしなかったみたいです」
和馬の話を聞いて、悟朗が信じられないと天を仰いだ。
「GⅠは、ホースマンの夢だぞ。勝つチャンスはそう廻って来るもんじゃない! でも、ユメミガオカはそのチャンスが今、目の前まで来ているのに挑戦しないなんて――」
「僕もそう思います」
「オレも」
斎藤も鳴も、悟朗の意見に賛同していた――それはそうだろう。ホースマンは強い馬を育てて、GⅠを獲るのが普通の、そして大いなる目標だからだ。だが、和馬と河内は、その夢を捨ててまで、ウォーアーマメントとの勝負にこだわった――もちろん、ユメミガオカも。
「私は、和馬さんたちに賛成します」突然、舞子が一歩前に出た。全員が、驚いた表情で舞子を見ていたが、舞子はお構いなく話し続けた。
「だって、素敵じゃないですか? 夢を捨ててまで戦う馬の姿……。いわば、宿命に生きるライバル同士……。ああ……、素敵……」
和馬も、美空も麻奈美も、悟朗も涼子も斎藤も鳴も、おまけにすみれも、あんぐりと口を開けて舞子を見ていた。舞子は、夢見る少女のように手を組み、他の人間には見えないものを見上げていた。
「わ、私も和馬さんに賛成! だって、ユメミガオカが自分で決めたんだもん。誰も文句言えないよね?」
美空は、舞子を横目に話した。だが、美空の言葉に誰も反論できなかった――舞子のこともあったが――全員が黙ったあと、悟朗が重い腰を上げた。
「まあ――ユメミガオカが決めたことならしょうがないか。さ、仕事、仕事!」そして、全員が今まで通り仕事を始めた。一人残された和馬は、納得してくれたスタッフに感謝しながら立ち上がった。
「納得してくれたね」
「美空……、ありがとう」
「でも、その結果ファンを裏切ったんじゃないの?」
「ああ……。もう二度とあんなことを馬に任せない。絶対に」
「そう……。それならよし! じゃあ、今日も元気よく仕事しましょう! すみれ、いい子にしててね!」
美空は、麻奈美に抱かれているすみれの頬にキスをすると、腕を伸ばして家を出た。
「いいお嫁さんもらったね」麻奈美が、そっと和馬に近寄りつぶやく。
「ホント、感謝しかないよ」
「そうね。ほら、早く行きなさい!」
和馬は、麻奈美に尻を叩かれ、笑顔で外へと出て行った。すみれが、麻奈美に手を動かされて手を振っていた。
厩舎の掃除が終わり、和馬はいつも通り(?)たばこを吸うために美空の目を盗もうとキョロキョロあたりを見渡しているとき、放牧地の柵に寄りかかった、腹の大きなカウボーイがたそがれていた。
「柳さん……」和馬は、たばこの火をつけるのをやめて柳に近寄った。
「いや~、和馬君」
「どうしたんですか?」
「うん、やっぱり、馬ってきれいだなって思ってさ。あんな躍動的に美しく走れるのは馬だけだよ。神様は、素晴らしいものを作ったなって、思ってたところさ」
「そうですね。僕もこの仕事をすればするほど、馬が好きになっていきます」
「うれしいね。この牧場も、五年かい?」
「今年で――えっと――六年目です」
和馬は、指折り数えた。柳は、ぱあーっと笑顔になり、少し涙ぐんでいた。
「そうか、もうそんなに経つか……。どうりで、体が動かなくなってきたわけだ」
「僕も、子供産まれましたしね」
「そうだよな。和馬君、頑張ったね」
「いや、僕よりまわりの人たちの頑張りですよ」
「そう言えることが、君の頑張りなんだよ。人も馬も、一人一頭では生きれない。仲間やライバルがいるから、成長し生きていけるんだよ」
「そう思います」
「ユメミガオカは、今年あと何レース?」
「あと二つです」
「そうか、最後にGⅠ勝ってもらいたいな。あの馬は、この牧場の象徴だからね」
「ええ、最後にウォーアーマメントを倒して、きっとGⅠを勝ってくれますよ」
「勝ってほしいな。オレが生きてる間に――」
「まだ死なれたら困りますよ! すみれは、柳さんがおじいちゃんなんですから」
「ホントに……本当にそう思う?」柳は、大粒の涙を流し、顔がグチャグチャになっていた。
「思ってますよ。美空もそう言ってます」
「ありがとう……、ありがとう」
柳は、和馬の手を力強く握り、泣きながら何度もお礼を言った。その涙は――
「あ、柳さん!」
「あ、美空ちゃん! 遊びに来たよ!」
ウソかどうかはわからなかったが、柳がいなかったら、ユメミガオカに会えなかったし、こんなに楽しい人生を送ることはできなかったろう。
「あら、すみれちゃん! 柳のおじいちゃんだよ~」
すみれも、今のところは喜んでるし。和馬は、柳の嬉しそうな顔を見て、自分の父親雅喜が最後に見せた一番の笑顔をダブらせた。
「親父、この牧場、絶対守るからな」
「コラ! 和馬さん、仕事しなさい!」
たばこに火をつけたところを見られ、和馬は美空に怒られた。
それから一ヶ月後の東京競馬場。メインレースのアルゼンチン共和国杯に出走した一番人気のユメミガオカは、トップハンデの五十九キロを背負ったが、直線に入って力強く抜け出すと、最後抑える余裕を見せ、二馬身と二分の一差の圧勝。重賞三勝目を挙げた。
同じ頃、引退するウォーアーマメントのシンジケート――高額で人気のある種牡馬を、個人ではなく、法人として所有し、種付け権を株で分配し構成員が所有することで、種付けのリスクを分配する方法――が、六十億円になるのではないかと噂になっていた。
「ユメミガオカはどうするんですか?」
みんなで昼食をとっているとき、鳴が和馬に訊ねた。
「昨日、種牡馬の話がきましたよ」和馬は、ナポリタンをかき込みながら話した。
「本当ですか? すごいじゃないですか!」斎藤がテーブルを叩いて、興奮しながら立ち上がった。
「個人で?」悟朗が、斎藤の肩を叩いて落ち着かせながら座らせた。
「四億円だったかな」
「もう、食べるかしゃべるかどっちかにして! パパ、汚ないね。すみれ」
「きちゃない!」
最近、言葉を覚えてきたすみれに怒られ、和馬はしゃべるのをやめ食べることに専念した。
「四億か……」
「でも、すごくない? まだGⅠ勝ってないのにそんなに付くなんて――」
「だから最後に獲りますよ」
斎藤と鳴の話を遮るように、ナポリタンを食べ終わった和馬が言い放った。
「もう絶対に負けませんよ、ユメミガオカは」
「でも、向こうさんも絶好調って話じゃない?」
「こっちも絶好調です! 最後の聖戦だけは負けられない! ……って、河内さんも杉本先生も言ってましたし――」
「何、最後は人の名前出すのかい?」
麻奈美が笑いながら、舞子と一緒にみんなにお茶を配った。
「さ、仕事、仕事!」
和馬ははぐらかすように、満腹の腹を叩いて席を立ち、外に出てたばこを吸い始めた。
「最後だから……絶対勝てよ、スノー!」
「仕事じゃないんですか?」
和馬は、たばこを吸っているところを舞子に睨まれ、慌ててたばこを消し、放牧地に走っていった。
二週間後、マジックファーム生産の馬が福島記念(芝・GⅢ・二〇〇〇m)を制し、さらに三週間後のカペラS(ダート・GⅢ・一二〇〇m)を制して重賞レースのトロフィーがまた牧場に増えた。
そして、ついに有馬記念が目前に近づいてきた。
一年の競馬を締めくくるグランプリレース、有馬記念前日。今年はすみれも連れて、家族三人で中山競馬場に訪れた。
去年、馬主サークルの中でアイドルとなった美空がすみれを抱いて馬主エントランスに入ると、馬主たちがこぞって美空とすみれを囲んだ――和馬は、河内の隣に追いやられ、ふて腐れながら、中山六レースから馬券を買い始めた。
「イヒヒヒ。今日は儲けたぞ」
最終レースが終わり、和馬は馬券を払い戻しながらほくそ笑んだ。後ろに立っている美空が顔をしかめて和馬を睨んでいる。すみれは、美空に抱かれながらボーっと和馬を見ていた。
「今日は、オレの勝ちだな」
「そんな馬券で勝負してどうするの?」美空は呆れていた。
「ははーん、負け惜しみか?」
「アホくさ。河内さんが待ってるよ」美空は、そそくさと歩いて行ってしまった。だが、ご機嫌の和馬の自慢は終わらない。
「まあ、たまにはこういうこともあるよ、美空ちゃん。オレだってね、毎日馬の毛ヅヤや筋肉の発達とか見てるからね。当然といえば当然だけど、まあ、勝負は時の運っていうか、負けることもあれば勝つことだって――」
「うるさい!」
近づいて来る二人のやりとりを見ながら、河内が声を出して笑っていた。
その日の夜は、ユメミガオカの勝利を願って、杉本・河内の四人とすみれを含め五人で河内のお店で美味しいモツ鍋を食べて盛り上がった。
「すみれは、もう少し大きくなったらね」
和馬の膝の上で、すみれがモツに手を伸ばしながら暴れていた。
有馬記念当日。去年より心なしか気持ちに余裕があった。去年は、ウォーアーマメントに挑む形だったが、今年は〟挑む〝のではなく〟負かす〝という感情の方が強い。ユメミガオカのラストラン、この目に焼き付けると和馬は朝から意気込んでいた。
美空は、朝から何かと物を落とし、落ち着きがなかった。「大丈夫、大丈夫」と言っているそばから、ベッドに足をぶつけたり、すみれを泣かしたりと、ドタバタしていた。
緊張していたのは、二人だけではなかった。河内も、いつも以上に顔が強張っていた。表情が硬く、とても近寄りがたいオーラを出していた。杉本も、いつも以上にたばこを吸い、大人たちの緊張が移ったのか、すみれも表情が固まっていた。
レースは、緊張感と反比例するかのように淡々と進んでいった。今日は、和馬も美空も馬券を買う余裕がなかった。昼食も進まず、あっという間にメインレース・有馬記念出走馬のパドックが始まった。
「気合い乗ってるね」
「ああ。でも――」
「まさか、隣同士とはね……」
「ま、ユメミガオカの最後だ。しっかり応援しよう」
「うん……」
二人は、固唾をのんでパドックを見た。
パドックは、活気で溢れていた。その原因は、一年ぶりの〟ウォーとユメミの睨み合い〝だった。ファン投票一位、そしてレース後引退式が控えている、後ろを睨みつけて歩くウォーアーマメントとファン投票二位で前を睨みつけるユメミガオカ隣同士の二頭とも、宝塚記念のときとは打って変わって、闘志むき出しで歩いていた――そのせいか、他の馬たちが小さく見え、パドックの真ん中に正装して立つ和馬たちは、もっと小さくなった気分だった。
「今日はすごいな、二頭とも……」
「そりゃそう――」
「そうだろうな。これが最後だって二頭ともわかってるんだよ」
和馬の話を遮り、三人の後ろから紳士に着飾った吉井が現れた。
「吉井さん!」
「二頭とも、最強を決めたいんだよ。はっきりと」
吉井は、すみれの手を握って笑顔で話した。
「この子、和馬君の子?」
「え、あ、はい。すみれといいます」
「そうか。この子、馬が好きだろ?」
「ええ、この子、馬が大好きなんです。ねえ、すみれ?」美空の声に、すみれが笑った。
「この子、良いジョッキーになりそうだ」
「ジョッキーにですか?」和馬は、その発言がちょっと寂しかった――できれば、馬とは関係ないCAや看護士とか――
「じじいの戯言だよ。でも、いい目をしてる。馬を恐れてないし、きっと良いジョッキーになる。ね?」すみれは珍しく、吉井にずっと笑顔で接していた――柳なら、もうとっくに泣いているのに。
「そうなるといいですね」和馬は、そうならないように願っていた。
「これが、二頭の最後のレースにして最後の直接対決だ。今日は、ぶっちぎって勝てと、ジョッキーに言ってある。今回も、ウォーが勝たせてもらうよ――圧勝で」
「いや、こっちも負けませんよ。GⅠを捨ててこの勝負に賭けたんだ。ユメミガオカが悲願を達成してぶち負かします――圧勝で」
二人の間に割って入った河内が、ニヤリとしながら吉井を睨んだ。
「……楽しみにしてるよ」そのまま踵を返し、吉井は他の馬主のところへ歩いて行った。
「絶対に負けない」
「ああ、負けてたまるか……」
「頑張ってね、スノー……」
三人がユメミガオカを見たとき、ちょうどユメミガオカが三人を見て、首を大きく一回振り、そしてまた、ウォーを睨みつけていた。
この吉井と河内のやりとりが、テレビの中継中に紹介され、競馬ファンの間で話題となり、伝説となって語り継がれた。
観覧席に戻った三人は、本馬場入場を行っている馬たちを見ていた。
真っ白なユメミガオカは、スムーズに走り出し、気合い十分で返し馬をしていた。
ウォーアーマメントも、ひと際大きな歓声に動じることなく、荒々しささえ感じさせるほどの躍動感を出しながら走っていた――競馬ファンたちは、この二頭しか見ていないのかというぐらい、大きな歓声を二頭に贈っていた。
「いよいよだね……」
美空は、いつになく真剣な目で、すみれを抱き直してユメミガオカを見ていた。すみれは、たくさんいる馬たちを指差し、ユメミガオカが返し馬を始めると、手を叩いて喜んでいた。
和馬は、美空に無言でうなづくと、何も言わずに手を横にそっと出した。美空は、その手を見て和馬の顔を見た。和馬の顔は、目をしっかり開けてユメミガオカを見てはいたが、美空にはわかっていた――目が涙目になっていて、和馬の心の中が不安と心配で大荒れに波打っているのが。美空は、そっと右手で和馬の手を握った。
手に美空の温かさを感じた和馬は、溢れる涙を必死でこらえて、ユメミガオカの最後の勇姿をジッと見つめていた。
中山十R 有馬記念(GⅠ)
一枠 一番 ヒシトレイン
二番 ダーツコレクター
二枠 三番 ヴェスタルアヘッド
四番 アニマルモンガ
三枠 五番 エルデスト
六番 ラフ
四枠 七番 アサクサツービート
八番 ジハード
五枠 九番 ルナパークザビル
十番 トレビアンモナカ
六枠十一番 ウォーアーマメント
十二番 ユメミガオカ
七枠十三番 エイシンスモッグ
十四番 ナリタサマーズ
八枠十五番 メモリアルラー
十六番 オニキスパサー
「暮れの中山に終結した馬たちは、最後の挑戦に挑みます。
絶対王者を倒す馬はいるのか、それとも王者は王者のままでターフから去るのか? タカシさん、一言お願いします」
「これが、ウォーアーマメントの最後のレースですし、ユメミガオカも最後のGⅠを勝ちたいと思ってるでしょうが、アニマルモンガも秋古馬三冠がかかってますからね。激しい戦いになりそうですね」
「いよいよ、今年最後のGⅠ有馬記念が始まります。各馬の様子はどうですか?」
「ファンファーレに興奮したのはヴェスタルアヘッドだけでしたが、今は落ち着いています。偶数番も順調にゲート入りしていますし、残すところはオニキスパサーだけです」
「その大外のオニキスパサーもゲートに入り、さあ、始まります! 今世紀最大にして最後の聖戦、有馬記念!
きれいなスタート! 出遅れはありません。各馬、最初の第三コーナー目指して走っていきます。
さあ、今年は出遅れなかった暴走特急ヒシトレイン! 行った、行った! 去年の分まで飛ばしていきます! そして、ラフが一緒に上がっていきます。ある意味、この二頭もライバル同士! どちらが先頭に立ってペースを作るのか。二馬身ほど離れてアニマルモンガ。このレースを勝てばゼンノロブロイ以来の秋古馬三冠達成となります。だが、後ろに控える強い二頭から逃げ切れるのか。
先頭が早くも四コーナーを回ります。今年もハイペースになりそうです。西日に導かれ、正面スタンド前を通ります。大歓声を受けて、十六頭が今年最後の勲章を手にするため、ここから駆け引きが始まります。さあ、一番人気のウォーアーマメントは――なんと! 後方集団のユメミガオカの横にいます! いつもの先行策ではなく、ライバルの隣でレースを進めます! これは去年ユメミガオカがウォーアーマメントをマークしたのと全く逆です! 最後にライバルと同じ戦法で戦うという意味なのでしょうか? これには、観客も驚きの声を上げています。
先頭がゴール板を過ぎて、二週目に入ります。先頭は変わってラフが先頭に立ちました。半馬身遅れてヒシトレイン、この二頭が飛ばしています。五馬身ぐらい離れてアニマルモンガ。さらに七馬身離れて二番ダーツコレクター、並んで天皇賞馬エルデストはここ。その外にアサクサツービート、トレビアンモナカ、半馬身後ろにヴェスタルアヘッド。ナリタサマーズ、間に九番ルナパークザビル、エイシンスモッグその後ろ。その外にウォーアーマメントとユメミガオカが並んでいます。その二頭をマークしているジハード。内にオニキスパサー、最後方にメモリアルラーといった態勢で進んでいきます。
さあ、先頭のラフとヒシトレインが飛ばして、十馬身以上離しています。かなり縦長の展開に、観客は休む間もなく歓声を上げています。今年はどういう決着になるのか?
各馬向こう正面を進んでいきます。向こう正面を正面から撮ったカメラが各馬を移していますが、ウォーアーマメントとユメミガオカ二頭が集団から放れてレースを進めています! これは、誰にも邪魔されたくないという意味なのでしょうか。二頭で違うレースをしています。これが最後の戦い、二頭は最後にどんなレースで私たちを興奮、そして楽しませてくれるのでしょうか。二頭をマークしている各馬もどう動くか、まだ様子を見ている感じ。
先頭は、早くも第三コーナーに向かいます。ここでヒシトレインが先頭に変わる。ラフはここで一杯か。さあ、アニマルモンガがロングスパートにかかる。天皇賞・ジャパンカップを勝ったときと同じだ。後方とはまだ七馬身以上離れている。しかし、後続馬も動いて外に持ち出す。だが、二頭はまだ動かないぞ! これは大丈夫なのか?
アニマルモンガが先頭で四コーナーを回ります。さあ、各馬動いてきたぞ。二頭はまだ後方。間に合うのか?
さあ、今年最後の、そして今世紀最大の勝負が始まる最後の直線に入ります! 先頭は、アニマルモンガ! まだ四馬身リードがある。外に持ち出したエルデストが必死で追う! さらに外からジハード! 良い伸びだ! 馬場の中央でアサクサツービートも粘っている! 人気の二頭はどこだ!?
来た、来た、来た、来た! 各馬が外に持ち出したところを、内に切れ込み伸びてくる! だが、まだアニマルモンガが先頭! エルデストも来ている! ジハードも来ている! しかし二頭の脚色が違い過ぎる! どんどん、どんどん迫ってくる!
残り二〇〇m! 二頭が心臓破りの坂を駆け上がる! 二頭ほぼ並んで、アニマルモンガに襲い掛かる! かわした! かわした! 二頭が先頭になった! ウォーが前に出ているか!? ユメミガオカも遅れていない! ウォーが前! ウォーが前! 二頭とも必死! 激戦だ! アニマルモンガも粘る!
ウォーが先頭! ユメミガオカも迫る! 差が開かない! 開くのは後続の差だけ! ウォーが前! ウォーが先頭! やっぱり今年も王者が勝った!
ウォーアーマメント、有馬記念連覇! そして春秋グランプリをコンプリート! さらに八冠達成! いろんな記録を塗り替え、ウォーアーマメントが最後の有馬記念を制しました! 十四戦無敗! 一度も負けることなく、競走馬人生を終えます、ウォーアーマメント! やっぱり強かった! ジョッキーの平良も渾身のガッツポーズでウォーアーマメントを労います。
二着にユメミガオカ! ただ、この馬に惜しかったという言葉をかける人はいないでしょう! この馬も強い! 負けてなお強しという言葉は、この馬のためにあるのかもしれない! そう思わせる走りでした!
お疲れ様、ウォーアーマメント! ありがとう、ユメミガオカ!」
二頭がゴール板を駆け抜けた瞬間、和馬は堪えていた涙を流しながら、その場にひざまずいた。これまでのレースとは違う感情、今日ほどユメミガオカに無事に走ってもらいたいと思ったことはない――初めて勝利したとき、なかなか勝てなかったときも、ダービーの出走権を得たとき、数々のウォーアーマメントとの死闘、初めて重賞を勝ったときも、GⅠで一番人気になったとき、すべての思い出が和馬の頭の中を駆け巡った。
この馬が産まれたときから、和馬の中でユメミガオカ――スノーは特別な存在だった。小さい頃から和馬自身の手で育て、競走馬としてデビューしてもいつも一緒に走ってきた。勝てば嬉しかったし、負ければ悔しかった。でも、いつも無事にレースを終えたユメミガオカにホッと胸をなでおろしていた自分もいた。ヒイアカがケガで引退し、ウォーアーマメントも骨折をしている。その中、ケガなく競馬人生を終えたことで、和馬は緊張の糸が切れたかのように、人目もはばからず大泣きした――美空も、すみれを抱きながら、手の甲で涙を拭いていた。
「終わったね……。お疲れさん」
河内は鼻をすすりながら、和馬の肩をポンポンと叩き労うと、観覧席から出て行った――河内の目も、また赤かった。
検量室前に着いた河内は、杉本を探した。杉本は、師匠でウォーアーマメントの調教師でもある田所と話していた。二人は、笑顔で話していたが――とくに、田所はニコニコしていた――杉本が河内に気付くと、杉本は頭を下げ河内に近寄ってきた。
「何泣いとんねん?」
開口一番、河内の目の真っ赤さを突っ込んだ。河内は、鼻をすすりながら目じりを拭いた。
「いや……、和馬君が大泣きしてて、それを見たらなんかあつくなっちゃって」
「引退するたびに泣いてたら、涙が枯れてまうぞ」
「それほど、大切な馬――」
河内は、突然話すのをやめ、近寄ってくる紳士に頭を下げた。
「おめでとうございます。吉井さん」
「ありがとう」
紳士は、吉井だった。吉井は、本当に嬉しそうな顔をしていて、目も真っ赤にし――そのことには、杉本も突っ込まなかった――満面の笑みで河内と杉本と握手をした。
「うちの馬が勝たせてもらったが、やっぱりユメミガオカも強い! 素晴らしいいレースだった!」吉井は興奮気味でまくし立てた。「ウォーアーマメントがここまで強くなれたのも、ユメミガオカがいたからだ。本当にいいレースだった」
「ユメミガオカも、ウォーアーマメントがいたからここまで成長したんだと思います。僕はルーキー馬主でしたが、二頭に勉強させてもらいました。本当にありがとうございました」
「いやいや、初めての馬にしてはいい馬過ぎるよ。こちらこそ、ありがとう」
河内と吉井は、杉本も田所もそうだろうが、レース前までの火花はなくなり、今や讃え合う戦友のように手を取り合った。二頭に一番魅せられ、一番近くにいた二人がともに認めあった瞬間だった。
「それで、二人に提案があるんだけど――」
吉井の笑みに、河内と杉本は顔を見合わせて首をかしげた。




