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中山十R  有馬記念

その一週間後、吉井がウォーアーマメントの今後について明言した――有馬記念を勝って、来年は世界に挑戦するとのことだった。

(これが、最後の戦いになるかもしれんからな。気合い入るで!)

杉本の電話に触発されて、和馬も気合を入れて有馬記念を待っていた。

その後、ユメミガオカの馬体は戻り、飼葉もよく食べて、今年最後の大一番へ向けて臨戦態勢に入ったとのことだった。


秋のGⅠシリーズもいよいよ大詰めとなった今年のクリスマス・イヴ前日。いよいよ、明日今年最後のGⅠ有馬記念を迎える。このグランプリレースで、今年一番強い馬が決まる。最強三歳馬か、それとも百戦錬磨の古馬か――その大戦の中に、見事ファン投票六位で選ばれたユメミガオカが出走する――もちろん、一位はウォーアーマメント。

先週の水曜日に杉本から連絡があったときは、減っていた体重も戻り、調教もいい状態でかけていると連絡があった。前走の反動なく、万全の状態のユメミガオカを早く見たくて、和馬は今からうずうずしていた。

今回は、千葉の船橋にある中山競馬場が舞台。グランプリということと、修学旅行以外北海道を出たことない美空にちょっとした休暇をと麻奈美の提案で、和馬と美空は決選の地にやってきた――すみれは、麻奈美とお留守番だ。泣くかと思ったが、意外と呆気なく二人を見送っていた。

 「うわ! 人が多い!」美空は、田舎者丸出しであたりをキョロキョロ見渡している。

 「おい、美空。迷子になるよ」

 「もうそんな歳じゃない!」

 「じゃあ、悪い人に連れ去られるよ」

 美空の右肩に手が置かれ、男が美空の耳元で囁いた。驚いた美空はハッと振り返る――男は河内だった。イタズラして喜んでいる子供のように笑っている。

 「和馬さんも知ってたんでしょ?」

 和馬も笑いを堪えられず、大笑いしている。美空は、バカにされているみたいで、不愉快になり顔をしかめた。

 「美空ちゃん、そんな怒らないでよ。明日大事なレースがあるんだから、仲良くやろうよ」河内は、美空をなだめようとするが、

 「河内さんが、悪いんじゃないですか!?」

 美空の機嫌は、ちょっとやそっとじゃ直らなそうだった。

 「和馬君、なんとかしてよ……」

 「じゃあ、河内さんの店のもつ鍋でも食べに行きますか?」

 「もつ鍋!? 行きます!」

 美空の機嫌が、一発で直った――女の子の心変わりほどわからないものはないと、和馬と河内はそう思った。

 「何やってるんですか? 早く行きましょうよ」


 十二月二十四日、クリスマス・イヴ――そして、有馬記念当日。

 きれいに正装した和馬と美空が中山競馬場についた。タクシーから降りると、その肌寒さと北海道にはない冬の暖かさから逃げるように競馬場に入った。

 今年最後の大一番に、顔の強張った二人は、緊張をほぐすため一Rから馬券を買って、気を紛らわせていた――和馬は全敗に対し、美空はかなりの勝率、しかも配当も高く、自分のお小遣いをがっぽり溜め込み、馬主サークルの面々を驚かせた。 そして、いつの間にか、馬主サークルのアイドルとなっていた。

 「馬券も当たったけど、名刺もこんなに増えた」

 美空の言葉が、嫌味にしか聞こえない和馬だった。

 「いくら勝ったの?」

 「教えな~い」 

 「オレのお小遣いも値上げ――」

 「するわけないじゃん。お義母さんに怒られちゃうもん。「甘やかさないで!」って」

 「そんなこと言う親じゃないと思うよ」

 「じゃあ、自分で増やすしかないね」

 「……ケチ」

 「さあ、いよいよメインレースだ。パドックに行こう」

 河内に促され、二人はパドックへと向かった。


 関係者通路を通ってパドックに着くと、冬の肌寒い中、馬たちが闘志むき出しで歩いている。そして、この瞬間を待っていましたと言わんばかりに、柵の周りに集まった競馬ファンたちがざわめいていた――ユメミガオカとウォーアーマメントの睨み合いだ。

 「相変わらず、しなやかな筋肉してんな……」

 和馬は、苦笑いでウォーアーマメントを見ていた――前脚の筋肉が盛り上がり、トモ――尻を含めた後ろ脚のこと――の筋肉の筋張りといったらすさまじく、歩様も軽やかで、バネのありそうな――簡単に言うと、完璧な仕上がりだった。

 「でも、スノーも負けてないと思いますよ。ガレててわからなかったけど、背も高くなったし、トモの筋肉のつき方もいいと思いますけど……」

 美空に言われて、和馬はユメミガオカを見た。言われてみれば、ユメミガオカの馬体も負けていなかった。芦毛が邪魔してわかりにくいが、わかる人にはわかるほど、ユメミガオカは成長していた。でも、一番気になったのは――

 「なんか、今の発言オヤジくさい」

 その言葉に、美空は敏感に反応し、肘で和馬を小突いた。

 「ええ攻撃やで」突然、杉本が美空の隣に現れた。「さあ、勝負や。この日をどれだけ待ったか」

 杉本の顔がいつもと違い、気の引き締まった顔をしている――その顔を見て、和馬も美空もグッと気合いが入った。


 騎手がパドックに現れると、止まれの合図がかかり、各馬に騎手が跨る。

 「期待してます」

 「今度こそ、鼻でもいいから前に出てゴールするよ――どんなことしても」

 和馬は、月崎の言葉に何か秘策を感じた。地下道に消える後ろ姿にたくましさを感じた――これは期待できる、和馬はそんな気がした。


 そして、本馬場入場が終わるころに観覧席に着いた和馬たちは、じっと馬たちを見ている。そして、ファンファーレが演奏された――頑張れ、スノー!


          中山十一R 有馬記念(GⅠ)


 一枠 一番  エルドレットネット

    二番  オキニスパサー

 二枠 三番  ユメミガオカ

    四番  カーペンターレイン

 三枠 五番  シーザーローズ

    六番  バイナリカチドキ

 四枠 七番  ルビーブレス

    八番  ウォーアーマメント

 五枠 九番  マグネティクス

    十番  シスルウッドケイク

 六枠十一番  ヒシトレイン

   十二番  ロジアリザオ

 七枠十三番  メモリアルラー

   十四番  ヴェスタルアヘッド

 八枠十五番  ジハード

   十六番  テンプアンドリュウ 


 「冬の空は青く、西日がきれいにグリーンのターフを輝かせています。さあ、今年の集大成、有馬記念。ファンに選ばれた精鋭たちが、ここ中山に集結しました。

今年は、まれにみる好メンバーが揃いました。十六頭中、十三頭がGⅠ馬、十五頭が重賞ウィナー。しかし、唯一重賞を勝っていないユメミガオカが四番人気と人気の上位。順調にゲート入りが進んでいます。今年は、どんなドラマが待っているのか? 史上最強の三歳馬の勢いか、それとも歴戦の古馬の意地か! 最後にタカシさん、一言お願いします」

「十一番のヒシトレインが作るハイペースに、他の馬たちがどう対処するかですね」

「さあ、今年最後のグランプリ、泣いても笑ってもこれが今年最後! 勝つのはどの馬だ!?

 ああ! 十一番ヒシトレイン出遅れ! まさかの逃げ馬の出遅れに場内がどよめいています! 

 こうなると、どの馬が行くのか? 一番人気の三冠馬ウォーアーマメント自らペースを作りに行きます。そして、なんとユメミガオカ! ウォーアーマメントに競りかかりに行く。月崎の奇襲なのか? これは驚いた! そして、その直後に十二番のロジアリザオ、カーペンターレインと続きます。三歳でジャパンカップを勝ち菊花賞のリベンジに燃える十五番ジハード、起死回生を狙う去年のダービー馬エルドレットネットは後方を進みます。

 さあ、ウォーアーマメントとユメミガオカ二頭が先頭で三コーナーから四コーナーに向かいます。ここで、ユメミガオカが内を利用して先頭に立ちます。並んでウォーアーマメント。ここまで二戦して、すべてウォーアーマメントが勝っています。この晴れ舞台で、どういった結果が待っているのか? 逆転はあるのでしょうか?

 二頭が先頭で一週目の正面スタンド前を通り、これから二週目に入ります。ファンたちの大歓声が、二頭の勝負をあおるかのように沸き上がり、この二頭の勝負を待っていたかのように声援を送ります。今回は、二頭とも万全の状態。

 先頭は、ここでまたウォーアーマメントが前に出ます。その直後にユメミガオカ。三馬身離れてロジアリゼオ、内から四番カーペンターレイン、半馬身離れて六番バイナリカチドキ、ルビーブレス、外から十六番テンプアンドリュウ、一馬身離れてヴェスタルアヘッド桜花賞馬、シスルウッドケイクは天皇賞・春の勝ち馬。少し離れましてオキニスパサー、出遅れたヒシトレイン、ここまで追い上げた。マグネティクス、内からエルドレットネット、五番シーザーローズがいて、最後方に今年のジャパンカップ覇者ジハード三歳馬。縦長の展開、十五馬身ぐらいでしょうか。先頭の二頭は、三番手を離し、後方集団はひと固まりで向こう正面を進みます。ここで半馬身ユメミガオカが前に出ています。目まぐるしく先頭が変わる展開に、後続馬はついて来れるのか? あるいは、七七年のトウショウボーイ対テンポイントのようなマッチレースが繰り広げられるのか? どちらにせよ、歴史に残る一戦になりそうな感じがします。

 さあ、またウォーアーマメントが先頭に変わります。ユメミガオカちょっと下げて二番手、三番手は三馬身離れてカーペンターレイン、直後にロジアリゼオ。後方の馬たちも、これはまずいとジョッキーの手が動いている。

 先頭二頭が三コーナーに入ります。さあ、レースが動き出しそうだ。ウォーアーマメントが先頭、ユメミガオカ、外に持ち出して半馬身後ろをぴったりマーク。しかし、後方の馬とこの二頭の差が縮まらないまま進んでいく。後方の馬たちの手が慌ただしく動く中、手応え十分で先頭の二頭は並んで四コーナーを回り直線に向かいます!

 さあ、大歓声が二頭を迎えます。暮れのグランプリ! 茜色に染められた空の下、二頭の戦いもいよいよ大詰め! 二頭横に並んで最後の直線! 中山の直線は短いぞ! 後方の馬は間に合うのか?

 馬体を合わせて激しい叩き合いが始まった! だが、どちらも譲らない! 坂を駆け上がるがどちらも引かないぞ! さあ、もう後続の心配はない! この二頭で決まるぞ! 大外からジハードが物凄い脚で来る! だが、二頭との差は縮まらない! そして、その二頭のどちらが前に出ているかまったくわからない! 手が動く! 鞭が唸る! だが、差が開かない! どっちなんだ、どっちなんだ! わかっているのは、日本で一番強いのはこの二頭のどちらかで決まるということだけ! どっち? どっち? どっちが一番強いんだ!?

 この二頭の勝負で、何回どっちと言ったかわからないぐらい、どちらが勝ったかここからではまったくわかりません!

 しかし、今年の有馬記念は歴史に残る一戦となりました! レコードタイでの決着、勝ったのはどっちだ? 王者の意地か、それとも挑戦者の夢か!?」


 手に汗握るレースを、和馬と美空は息を殺してみていた。河内も難しい顔で見ていたが、どこかへ行ってしまった。

 冬の夕日に照らされた黒い馬体と白い馬体の二頭が、ターフビジョンに映し出される。この二頭が映し出されている間、観客のざわめきが止むことはなかった。

 「どっち?」

 美空に訊かれた和馬は、掲示板に載った「写真」という文字を見たまま首をかしげるだけで、何も話そうとはしなかった。

 すると、ゴール前の競り合いがスローモーションで映し出された――ウォーアーマメントが、頭の上げ下げで態勢有利のように見えるが、まだ確定のランプはついていない。

 ゴールした瞬間の映像に、観客は歓喜とため息の混ざった声を上げる。そして、和馬と美空は、ため息を漏らした。

 「ウォーだな……」

 和馬が力なく応えると、美空はがっくりとイスに腰掛けた。和馬も静かに座る。

そして、確定のランプがともった。

 日本一に輝いたのは、ウォーアーマメント。


 「二人で飲みに行こうか?」

 「そうだね」

 すべてのレースが終わった中山競馬場から東京のホテルに戻り、仕事のある河内と別れて、二人は近くの居酒屋チェーンでクリスマス・イヴを楽しんだ――ほとんど競馬の話だったが。


 次の日、雪降り積もる早来の牧場に戻った和馬たちは、また牧場スタッフ全員でユメミガオカの残念会を兼ねたクリスマスパーティーで盛り上がった――心なしか、厩舎にいる馬たちも楽しげにしている顔が、頭をよぎった。

 和馬は、ベッドの中で考えた。

 今日は、ユメミガオカの残念会と言うが、それは人間が勝手にやっていることで、ユメミガオカはそんな風には思ってはいないんだろうな。あいつは、ただ必死にウォーアーマメントを倒そうとしただけなのに、勝手に残念がったり、悔しがったり……本当に悔しいのはユメミガオカ本人だろう――まあ、馬に本人という言葉は当てはまらないか。でも、美空の勝負運はすごいな! あんなに当てたら、楽しくてしょうがないだろうな。

 そんなことを考えながら、サンタクロースもプレゼントを配り終えたクリスマスの夜、静かに眠りについた。

 そして、有馬記念の興奮さめ止まぬ中、競馬界に激震が走った。


 〟年度代表馬ウォーアーマメント骨折!〝


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