第四話 夕暮れ
毎日投稿できると良いな。一日二話くらい投稿したい。
目が覚めた時、部屋の中は橙色の光に染まっていた。
気付かないうちに眠ってしまっていた。
窓から差し込む夕日が床を長く照らしている。
思った以上に眠っていたらしい。
アレンは上半身を起こし、しばらく窓の外を眺めた。
村の通りにはまだ人の姿がある。
荷車を押している男。
井戸端で話をしている女性たち。
走り回る子どもたち。
旅の途中で立ち寄っただけの村。
そのはずなのに、どこか不思議な安心感があった。
腹の虫が鳴く。
どうやら夕飯の時間らしい。
アレンは苦笑しながら部屋を出た。
階段を下りると、食堂には温かな空気が満ちていた。
旅人たちの話し声。
食器の触れ合う音。
厨房から漂ってくる香ばしい匂い。
宿屋らしい賑わいだった。
「あ!」
声を上げたのはリナだった。
ちょうど宿泊客の料理を運んでいるところだったらしい。
「起きてたんですね。」
「ええ。ずいぶん寝てしまったみたいです。」
「疲れてたんじゃないですか?」
リナはそう言いながら笑う。
アレンも曖昧に笑って返した。
「そうかもしれません。」
「夕飯にしますか?」
「お願いします。」
「はい、少し待っていてください。」
そう言うと、リナは厨房へ消えていった。
適当に空いている席を探して座る。
しばらくして運ばれてきた料理からは、湯気が立ち上っていた。
大きな皿には肉の煮込み。
じっくり煮込まれたのだろう。
柔らかな肉と根菜が濃い色のスープに沈んでいる。
添えられたパンは焼きたてらしく、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
スープからは野菜の優しい甘みが漂ってくる。
豪華ではない。
けれど丁寧に作られていることが分かる料理だった。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
アレンは早速スプーンを手に取った。
一口。
思わず視線が皿へ落ちる。
美味い。
濃すぎず、薄すぎず。
長旅で疲れた身体にゆっくり染み込むような味だった。
気付けば二口、三口と口へ運んでいる。
その様子を見ていたのか。
厨房の奥から宿屋の主人がちらりと顔を覗かせた。
アレンと目が合う。
主人は何も言わなかった。
ただ少しだけ満足そうに頷いて、また厨房へ引っ込んだ。
アレンは思わず笑ってしまった。
夕飯を食べ終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
宿の前にはランタンが灯されている。
夜風は少しひんやりしていた。
なんとなく外へ出る。
理由はない。
ただ部屋へ戻るにはまだ少し早い気がした。
通りを歩く。
酒場からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
どこかの家からは夕飯の匂い。
村の夜は静かだが、寂しくはなかった。
雑貨屋の前を通りかかった時だった。
店先でガルドが木箱を運んでいるのが見えた。
閉店の片付けをしているらしい。
アレンに気付くと、ガルドは軽く手を上げた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
アレンも挨拶を返す。
ガルドは木箱を店の中へ運び終えると、店先の長椅子へ腰を下ろした。
「夕飯の後か?」
「ええ。」
「そうか。」
ガルドは頷いた。
「宿の飯は美味かっただろう?」
その言葉にアレンは少し笑う。
「ええ、とても。」
「それは良かった。」
まるで自分が作ったみたいな言い方だった。
けれど、この村の人間らしいとも思う。
アレンも長椅子へ腰を下ろした。
夜風が心地良い。
しばらく二人とも黙っていた。
だが不思議と気まずくはなかった。
向かいの宿からは食器を片付ける音が聞こえる。
どこかで犬が吠えた。
そんな静かな時間だった。
「旅人は多いんですか?」
アレンが尋ねる。
ガルドは、かなり人通りが少なくなった通りへ目を向けた。
「多いよ。」
ランタンの灯りが石畳を照らしている。
「毎日誰かしら来る。」
「やっぱり街道の途中だからですか。」
「それもあるかな。」
ガルドは少し笑った。
「王都へ行く奴もいるし、辺境へ向かう奴もいる。」
「出会いが多くて…別れも多そうですね。」
「そうでもない。」
アレンは首を傾げる。
どちらが『そうでもない』のだろうか。
ガルドは少しだけ考えるように空を見上げた。
「帰ってくる奴も多いからね。」
「帰ってくる?」
「旅が"終わった"んだろ。」
それだけ言って肩をすくめる。
「何年かぶりに顔を見せる奴もいるよ。」
アレンは黙った。
旅が終わる。
そんなことを考えたのは久しぶりだった。
終わった先に何があるのか。
自分は考えたことがあっただろうか。
「まあ。」
ガルドが立ち上がる。
「考えても仕方ないこともある。」
アレンは思わず顔を上げた。
ガルドは苦笑する。
「旅人ってのは難しい顔してる奴が多いからね。」
どうやら深い意味はなかったらしい。
アレンは少しだけ肩の力を抜いた。
「そうかもしれません。」
「今日は冷えるね。」
ガルドは店の戸締まりを始める。
「体調は崩さないようにね。」
「ありがとうございます。」
アレンは小さく頭を下げた。
宿へ戻る途中、一度だけ振り返る。
雑貨屋の前では、ガルドが戸締まりを終えたところだった。
本当にただの村人だ。
英雄には見えない。
特別な力があるようにも見えない。
それなのに。
この村に来てから、いや、彼に会ってから、少しだけ呼吸がしやすくなった気がする。
「…変な村だな。」
思わず今朝と同じ言葉を紡ぐ。
やはり笑っているような声色が含まれている。
違うのは、今度の言葉には優しさも含まていることだった。




