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最愛は誰だ  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第一話

「すまない。君は、誰だろうか」


 真っ白な病室に耳心地の良い低音が響いた。

 申し訳なさそうな浅葱色の瞳に、少女の喉から嫌な音が漏れる。

 許嫁であるはずの彼――月宮(つきみや)(いつき)の問いに答えられず、少女は胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。

 どうして、なぜと、疑問が胸の中を渦巻く。

 頭では答えなければならないと分かっていても、心が拒否をしているようだ。

 少女のただならぬ様子に、樹が困惑したように首を傾げる。

 揺れた黒髪には艶がなく、少し軋んでいるように見えた。


「わ、私は、薬師寺(やくしじ)(とき)と申します」

「あぁ。万葉(かずは)嬢の姉か」


 唐突に出てきた名に鴇は目を丸くした。

 万葉は確かに鴇の義妹だ。鴇を覚えていないのであれば、なぜ万葉だけ覚えているのだろうか。

 記憶を失う前、樹は万葉を嫌っており、名を呼ぶことすらなかった。

 樹の意図が分からず鴇は閉口する。


「……」

「彼女の腹に、俺の子が宿っているらしい」


 ぐらりと世界が歪んだ気がした。

 頭の中で耳鳴りのような音が響き、樹の声が上手く聞き取れない。


「本当に俺は彼女と戦に向かう前に会っていたのだろうか? 姉の君ならば何か知って……大丈夫か!?」


 手首を掴まれ、甘く柔らかなバニラの香りが鼻孔をくすぐった。

 その香りに鴇は現実へと引き戻された。


「……へ?」

「顔色がすこぶる悪い。……今日はもう帰りなさい」

「……はい。お大事になさってください。い……月宮様」

「あぁ」


 鴇はむりやり笑みを作り、頭を下げる。

 そこからどうやって家まで帰ったのかは、覚えていない。

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