それぞれから見た王鳥妃は 3
――『将来王妃を見据えた教育を受けている』
なんとなく代行人は理解を拒むフィーギスの言葉に、さすがにそれは予想外だったのか、一同驚愕し、目を見開いていた。
「リムはぼんやりしてて知らなかったかもしれないけどね。そもそもセイド嬢、デビュタントの時に非常に目立っていたのだよ」
その言葉に代行人はますます目を丸くした。そんな様子に苦笑し、フィーギスは言葉を続ける。
「高位貴族令嬢もかくやとばかりの素晴らしく綺麗なカーテシーをして見せ、緊張でガチガチになる筈の王族への挨拶すら姿勢と表情を崩さず、臆する事なく言葉を交わした。本番に強いにしても随分肝が据わっているなと私すら印象に残ったくらいだ。あれが高位貴族令嬢で私にマーヤがいなかったら真っ先に私の婚約者候補に上がっていた。すぐに帰って事なきを得たが、残っていたら独身貴族男性の関心を一身に集めたのではないかな? 彼女、風貌も男ウケするし」
「……そんなにか?」
疑わし気に片眉を上げるプロムスにフィーギスは首肯し、更に言葉を続けた。
「そんなにだよ。居なくなってからも彼女を探し、どこの令嬢かと話題をさらっていた。あのまま残っていたら大変な目にあっただろう。そしておそらく、それを見越してすぐに帰ったのではないかな? でなければ一番目立てるデビュタントを不意にするような真似はすまい」
トントンと指で膝をリズムよく叩き、そのまま何か考え始めたのか無意味に一点を見つめていた。
代行人は良し悪しはそこまでわからないが、昨日この大屋敷に到着した際に見た挨拶はとても綺麗で、緊張が見られなかった。それに先程フィーギスと話していた時も、来る前は少し緊張している様子だったが、話し始めると物怖じせず、代行人のフォローを必要としないどころか代行人以上に話しかけていた。
そもそも大体の貴族が戦々恐々とする王鳥にも代行人にも臆する事なく話しているではないか。自然過ぎて、それが不自然だという事に今まで気付かなかったくらいだ。
彼女が貴族の話題をさらうのも納得がいく。容姿だってパッと人目を惹く華やかさというよりも、見ていて心が穏やかになるような優し気な顔をしていて、男から見て魅力的な体躯を持っている。……正直あまり考えたくはないが、それも見られていたのだろう。
「なら、デビュタント早々ここに連れてこられて良かったのかもしれない。正体が判明すればどんな相手だろうが今頃婚約者が決まっていた。……貴族の末端である男爵家なんて、打診が来た時点で拒否権はない」
「あー。んで、ろくでなし高位貴族ほど嫌な情報網を駆使して早く見つけそうだって事だな」
「……そういえばセイド嬢、ここに連れてきてすまないと謝った時に、むしろ助かったかもしれないと言ってたな」
そういう事かと今更合点がいった。少しでも助けになれていたのかと、肩の荷がおりた気分だ。……その分もっと重荷を背負わせてしまったが、ろくでもない貴族に嫁ぐよりは多少マシだったと思ってもらえるよう全力を尽くすくらい、訳はない。
「ふむ。やはり自分が人目を惹いて、ろくでなし貴族に嫁ぐ可能性があるというのをわかっていたのだね。わざと崩して目立たないようにする事でそれを避けるという方法もあったのに、それでも姿勢は崩さなかった。――そうして自分を競売にかけたというところか」
なるほどなと納得するフィーギスのとんでもない推測にギョッとしてしまう。
「おいおい捨て身過ぎねぇ? そこまでして高位貴族に嫁ぎたかったのかよ」
「ここ数年で多少持ち直しているが、セイド領は数年前までかなり荒廃していたらしい。あのままだったら今頃爵位剥奪もあっただろう。……持ち直したのもおそらくセイド嬢が関わっていたとみるべきか? その手腕の期待値込みで彼女を欲した奴に嫁いで、領地の立て直しの為の資金がほしかったのだろう。そんな事に金をかけられる奴なら誰でもよかったという所だろうか」
「高位貴族に嫁いでも困らないように作法を身につけ、領地を立て直す為に知識を取得し、結婚相手を知っておく為に貴族名鑑を読み込んで情勢を理解しておく。その後の社交にも役立つし、覚えていて損はない。まあおかしな話ではあるまい」
なんでもない事のように話すラトゥスとフィーギスにギュッと眉を寄せる。貴族なら当たり前の考え方なのかもしれないが、ソフィアリアが自分を切り売りしようとしていたと思うと穏やかではいられなかった。
「作法も知識も身についているのなら、まともな奴に嫁げた可能性もあるんじゃないか?」
一縷の望みをかけてそう言ってみたが、ラトゥスは微妙な顔をしているし、フィーギスには首を振って否定された。
「まともな貴族は高位程、後ろ盾も持参金もない男爵令嬢は欲しがらないさ。容姿端麗で作法や知識を持っていても、家格の違い過ぎる令嬢を娶ったというだけで良識が疑われる。まともな下位貴族だったらろくでもない高位貴族に負けるし、残念ながら我が国にはそういう事をやりそうな高位貴族の名前をわりと思い当たる。実に嘆かわしね」
はぁーとわざとらしくため息をついて目元を手で覆うフィーギスを横目に、代行人は少し考えた。
「なら俺はセイド領への援助をするべきなのか?」
「絶対やめてくれたまえよっ⁉︎ ここが一領地に肩入れするとか洒落にならない。私の胃を少しでも労ってくれたまえ。心配しなくても、史上初の王鳥妃の実家であるセイド領は今後名前が広まって勝手に売れるさ。……むしろ捌けるか心配だね。少し手入れをしておくか」
浅知恵だった。今度こそ全力否定され、ぶつぶつと今後の予定を練っているフィーギスを見て、王鳥がソフィアリアを選んだ事に初めて感謝した。
どうやら知らないうちにソフィアリアの助けになれていたらしい。もしかしたら王鳥は、それをわかっていたのだろうか。
「ソフィアリア様は自分を犠牲にして高位貴族引っ掛けるつもりが、もっと大物釣れたって訳か。よかったな、リム。健気なご令嬢じゃないか。大事にしてやれよ」
「お、おう……」
「全部推測だけどな」
話し合った事でソフィアリアの疑念は晴れたようで、彼女に対する人当たりも執務室の空気もだいぶ柔らかくなったようだ。代行人も、もっとソフィアリアを大事にしてやらないとなと気が引き締まったような気がする。
「……けど、王妃教育レベルなのはやり過ぎだね。私とも渡り合えるご令嬢に仕立て上げるなんて、そこまで行くと野心を疑わざるを得ないよ。……さて、セイド嬢にそんな教育を施したのは一体誰なのだろうね?」
肘掛けを使い頬杖をついて仄暗い笑みを浮かべるフィーギスにシーンと静寂が流れ、またピリッと緊張が走った。
「……普通に考えれば両親じゃね?」
「セイド領の領主は人柄は温厚だが小心者で学園にも通っていなかったそうだ。ちょうど通学義務化の前だった。正直腕はイマイチ……どころか、教育を受けたのかも怪しいと思っている。セイド領の荒廃は先代から始まっているが、代替わりをした後数年の経営は無茶苦茶としか言いようがない。領主夫人は商家の出で貴族ですらないし、実家は倒産している」
「そこまで調べたのか?」
「当然。王鳥妃を戴くご令嬢の実家だよ? 今後セイド嬢は私とも交流する事になるのだし、いくら王が見初めたと言っても隅々まで調べておくのは当たり前の事さ」
そう言われればそうなのだが、あまり気分のいい話ではないなと思ってしまう。そう思う自分はやはり貴族に馴染めなくて、ソフィアリアに甘いのだろう。
とはいえ必要な事だ。聡明なソフィアリアもそのくらい想定しているだろうからと気持ちを切り替え、首を振って割り切った。そんな気持ちを見透かされたのか、みんなに苦笑される。
「……頻りに弟と義妹予定の友人という単語が出ていたねぇ。なんとなく誘導されてる気もするが、ペクーニア子爵家にも探りを入れてみるか……。でもあの家はかなりの善政を敷いていた筈なのだけどね?」
フィーギスの疑念はなかなか晴れる事はないようだ。
『……もう終わりか?』
ここでずっと黙っていた王鳥がようやく口を開いた。その声はどこか小馬鹿にしたような声音で、思わず視線を向ける。
「王はまだ不満なのか?」
正直、ソフィアリアに嫌疑をかけるような話し合いは、やってよかったとは思ったがあまり楽しいものではなかった。ある程度の結論は出たのだから、あとは思う所があれば各々探ればいいと思う。
『いや? 人間ではこのあたりが限界なのだろうなと思っただけの事よ。――次代の王』
名指しされ、フィーギスは目を一瞬細めたが、いつものように笑みを浮かべ、余裕を見せつけながらまっすぐ王鳥を見据えた。
「なんだい? これ以上探りを入れるのはさすがの王も不愉快だって話だろうか」
『そうは言わぬよ。思う存分、正解を見つけるまで探せばいい。だが、忘れるな。余はあれを、妃に選んだのだ』
――威圧の含んだその言葉の真意はどこにあるのか、代行人ではわからなかった。




