それぞれから見た王鳥妃は 2
「ではまずこの中でセイド嬢と一番長く接していて、最も参考にならない君の意見から聞こうか? リム」
フィーギスはソファに座り直し、背もたれに肘を投げかけながら顎で代行人を差した。あんまりな物言いについムッとしてしまう。
「どういう意味だ」
「あー。リムは単純だからな。あんま人の裏の顔とか読めねぇだろ? ついでに色ボケし始めてるしな」
壁に背を預け腕を組んでくつくつ笑うプロムスの言葉を聞いてギロリと睨みつける。
彼は一人平民だが、ここではこんな感じだ。一度改めようとしたが、フィーギスがこのままを望んだのだ。
身分を理解する前にこの大屋敷でここにいるみんなと出会い、プロムスが一番年上で元々はガキ大将だったからか、みんなを率いる兄貴分をやっていた。今はどちらかと言えばフィーギスが率先するようになったのだが、兄貴分なのは今も変わらないし、態度はその時の名残である。
そんなガキ大将で兄貴分が今では表向きは完璧な侍従であるかのように振る舞っている。昔やここでのプロムスを知っていると表向きの顔に違和感と寒気を感じていた。
――そんなプロムスの言葉通り、自分は単純だという自覚はあるのだ。あまり機会はないが、裏の裏までかかなければならない貴族の相手は特に苦手としている。そのあたりは王鳥と意識を少し繋げて、導いてもらいながら対処していた。
物腰の穏やかなソフィアリアに対してはあまり貴族らしい狡猾さを感じないのだが、彼女もそうだと、自分は何か騙されてるとでも言いたいのだろうか。……そんな事、疑いたくもない。
「悪かったな、単純で。――セイド嬢はとても良く出来た人だと思う。王鳥妃なんて無茶苦茶なものを押し付けられても受け入れて、今後どうするか先の先まで考えている。……俺なんかよりもよっぽど聡明でしっかりしている人だ。本来なら俺が彼女を支えないといけないのに、逆に励まされている。穏やかで優しい、素敵な貴族のご令嬢だ。……だからこんな所に連れてきて内政のゴタゴタに巻き込んだ事、申し訳なく思う」
執務机に肘をついて指を絡めながら語る。代行人が思うソフィアリアはそんな感じだ。
とても立派で、自分には勿体ないくらいのご令嬢。そう思う反面、彼女の側は酷く心地がよく、手放したくないと思い始めている。
きっとこれからますます惹かれていくのだろう。王鳥もすっかり伴侶として扱っているし、そんな予感がしていた。
「ちなみにリムと王はセイド嬢に対して、君達が感じるという嫌な気は感じないのかい?」
「ない。でなければ王も妃になんて望まないだろ」
代行人になって、自己意識を保っているので代行人としての能力の大半は受け継いでいないが、身体能力の向上など一部は受け継いでいたり、王鳥と感覚を共有しているものがある。その一つが危機察知能力だ。
理由まではわからないが、悪巧みをしていたり野心や敵対心を抱いている人は本能的にわかるのだ。おかげでたまにフィーギスに頼まれて連れ回されたりしている。
「ふーん? ならソフィアリア様に野心みたいなものはねぇのか。――オレから見て、ソフィアリア様は人心掌握に長け過ぎていると思う。人の懐に入るのがめちゃくちゃ上手いし、自然と好感を持ってもらうように振る舞う事を巧妙にやってのける。けど必要以上にグイグイ来る訳でもなくて、相手が不快にならないよう一定の距離はきっちり保つ。すげぇと思うけど、反面怖ぇよ。何か企んでたらとんでもねぇ事になるぜ、ありゃ。人見知りの筈のアミーも昨日には友人になって、今日のソフィアリア様の振る舞い見て、なんか尊敬し始めてるみてぇだしな」
後半は少し嫌そうにしながら語るプロムスの言葉に納得してしまった。代行人自身、話せば話す程惹かれていっているのだからそれは実感出来る。フィーギスすら思い当たる節があるのか、微妙な顔をしていた。
正直、突然振って湧いた王鳥妃という新たな立場に立ってもらう為には人心掌握術が長けているというのはありがたいとすら感じるのだが、恐怖心を抱くのも理解出来なくはない。
悪巧みをしていないのなら、ぜひともこの大屋敷の女主人として立つ為に存分に発揮してもらえればと思う。この大屋敷は主人が王鳥と代行人では畏怖を覚えるのか、どうも張り詰めた雰囲気になりがちだ。ソフィアリアが過ごすには冷たいこの場所を、上手く温めて居心地のいいと思えるようにしてくれればいい。
丸投げして申し訳ない気持ちはあるが、彼女なら何も言わなくてもやってのけるだろうと思っていた。
「奥さんを一日で手懐けた嫉妬だね」
「うるせぇ。フィーも王女様と会わせる日に思い知れ」
「ははっ。私はセイド嬢の人心掌握手腕は身を持って知っているから遠慮したいところだね。……ないよね?」
少し遠い目をして大丈夫かと疑念を抱いているが、自分でマヤリス王女と気が合いそうだし仲良くしてほしいと言っていたのを忘れたのだろうか。
「……王鳥妃様、僕の正体に勘付いていたな」
「セイド嬢はラスを知っていたのか? ……というかなんで侍従のフリなんてしていたんだ?」
「王鳥妃様との会談に参加せず、話を客観的に見ていたかったから。侍従に話しかけるご令嬢はいないだろうし、この方が都合がいい。それに、王太子殿下の側近がこの大屋敷に居るのは不自然だろう」
確かにフィーギスの側近は普段は王城で政務をしているし、ラトゥス含め全員貴族だ。が、そもそもその立派な貴族然とした服を着ていて侍従はないだろうと思ってしまう。彼は優秀なのだが少し天然なのか、たまにこういうズレた事をする。
そう。ラトゥスは貴族であり、主に情報収集を担うフィーギスの側近でありながらこの大屋敷に入れるという貴重な人間だ。
何故入れるのかは理由はわからない。小さい頃、大屋敷に入る為の検問所までフィーギスについて来たら、通れたから入ってきた。それだけだった。王鳥に聞いてみたが残念ながら教えてくれず、結局謎なまま今も出入りしている。
まあ貴族でありながらこの大屋敷に出入り出来る人間はたまに居るのだ。今も騎族に一人居るので、何かしらの条件が合えばいいのだろう。
「で? なんでセイド嬢はラスを知ってるんだ?」
「リムは知らないかもしれないが、ラスはご令嬢の間では有名なのだよ。伯爵家の嫡男で見た目もよくて私の側近。嫁ぎ先としてなかなかの優良物件だ」
フィーギスが平然とそう教えてくれたが、ソフィアリアがそんな理由でラトゥスを知っていたというのが事実だとすれば少し面白くない。無意識に頬杖をついてしまっていた。
「王鳥妃様は貴族名鑑の貸し出しを希望した時、貴族の一部はもう知っている風だったからそれでだろう。……何故男爵家のご令嬢でしかない王鳥妃様が貴族名鑑なんて暗記しようと思い至れたのかは謎だが。それに、不自然なくらい聡明過ぎると思う」
「貴族はあのくらい知っておくのが普通じゃないのか?」
「男爵家の令嬢でもセイド嬢くらい博識なのが普通だとこの国の将来は安泰なのだがね。馬鹿な事を考える奴らが減るのは大歓迎だ。が、残念ながら男爵家だと令嬢はおろか当主でも彼女程聡明な人は滅多にいないよ。舞踏会がある事を匂わせて、ドレスや宝石ではなく貴族名鑑と勢力図を強請るご令嬢なんて、高位貴族のご令嬢でもいない」
フィーギスが髪をかきあげながら言った言葉に驚いた。立派なご令嬢だと思っていたが、そもそも令嬢以上の知恵を持っていたのか。そして先程その話が出た時に空気が張り詰めた理由もようやく理解出来た。
ポカンと呆けていたからか、フィーギスは片方だけ口角を上げ、更にとんでもない事を口にする。
「全てを知った訳ではないからまだ未確定だがね。セイド嬢はおそらく、将来王妃を見据えた教育を受けているか、それに匹敵する知識量を得ているよ」




