初代王鳥妃として 6
「で、私の政敵を知って、君は何をするつもりなのかね?」
ソフィアリア達三人は和んでいたが、部屋には緊張が走っていた。
フィーギス殿下は笑顔を保っているが、目が全然笑っていないし、どうやら政敵と接触を図って与する可能性があると思われてしまったらしい。
が、何もやましい事はないのだ。ソフィアリアは表情を変えないまま、フィーギス殿下と向かい合った。
「反対ですわ。むしろ何もされないように、接触を避けたいのです」
眉を下げ、困ったような表情を浮かべてみせる。
そうは言ってもあちらから接触を図ってくるのは目に見えているが、顔と名前を知ってさえいれば最低限は避ける事が可能な筈だ。その為ならば、王鳥妃という地位を振るう事も辞さない所存である。
「わたくし、これでもある程度今の情勢を理解出来ております。フィーギス殿下の政敵に王鳥様の名前がいいように使われている事も察しておりますわ。あってはならない事だとは思いますが、王鳥様や代行人様を害するような強行に及ぼうとした時、一番狙いやすいと思われるのはわたくしだという自覚はありますもの」
「まあ、そうだろうね。君を盾に取ればいいと短絡的な行動を起こしそうな奴らはいくらでも見当がつく。まったく、嘆かわしい事だね。王の寵愛を受ける相手なんて、実際は一番手を出してはマズいというのが理解出来ないらしい」
わざとらしく背もたれに肘を掛けながら右手で目元を覆う。ソフィアリアもそれに同意するよう、困ったような笑みを浮かべたままこくんと頷いた。
「……ちなみに君は今の情勢をどう見ている?」
チラリと指の隙間から覗き込むような仕草をしつつ言われた言葉にピタリと動きが固まった。まさか本人の前で自分の見解を言う羽目になるとは思わず、笑みが引き攣る。
が、先に突いたのは自分なのだ。当たり前かと割り切って腹を括るしかないだろう。
一度深呼吸をし、姿勢を正した。
「所詮はわたくしの持つ知識からの見解ですので間違いがあるかもしれませんが、ご無礼をお許しください。――血筋も実績も周りの評価も申し分がないうえに王鳥様に次代の王と認められているフィーギス殿下を、陛下の寵愛がなく不信感が強い今代の王鳥様に選ばれたから認められないというのは浅慮が過ぎると思いますわ。国を治めるのに陛下の寵愛は関係なく、この国を守護してくださっている王鳥様を軽んじるような態度ははっきり言って愚かとしか言いようがありません。王鳥様と代行人様を貶めるような発言は改めていただきたく思います」
胸に手を当て言い切れば、フィーギス殿下はニンマリと意味深に影のある笑みを浮かべた。その威圧感と凄みのある笑みに何か間違えただろうかと思い冷や汗が流れるが、表情を崩さないように保つ。
「君は私を全面的に支持するという事かい?」
「もちろんですわ。だって未来の旦那様である王鳥様と代行人様と仲のいいご友人で、わたくしから見ても次代の王に相応しいお方だとお見受けしますもの。――わたくし、気付いておりますのよ」
ずっとわたくしの事を図っていて、ほんの少し疑念を抱いているのを――とはみなまで言わない。王鳥と代行人の前で、ソフィアリアに疑いの目を向けているだろうなんて口に出す訳にはいかないのだ。特に今は王鳥とフィーギス殿下の間に余計な亀裂なんてあってはならない。
言わなくても、ソフィアリアの配慮も含めてフィーギス殿下なら察してくれるだろう。そういう思慮深さも次代の王として相応しいと思うのだ。
人に悟られないように探りを入れる手腕も察しの良さもそうだが、王鳥が選んだからと言って易々と信用するような事はせず、自分の目で見て判断するというのは、ソフィアリアから見れば好感が持てる考えだ。それにソフィアリア自身、少し疑わしい事をしている自覚はあるし、隠している事もある。全てが明るみになる日まではそのまま疑っていればいい。
しばらく笑みの形を保ったまま、二人は睨み合っていた。代行人が困惑している気配を感じるが、あとでフォローするので今は許してほしい。
結果、ぷっと吹き出したのはフィーギス殿下だった。少々生意気な態度をとった自覚はあるが、さすがに笑うのは酷いのではないだろうか。
「……実は私は国王なんかになりたくないのだよ。この大屋敷でマーヤとゴロゴロ暮らしたいというのが私の夢なのだ」
「フィーギス殿下がいらっしゃれば賑やかになって、王鳥様も代行人様もお喜びになりますわ。……もっと国王陛下に相応しい方がいらっしゃればよかったですね」
「ああ。……本当に、な」
そう言って寂しそうに笑うフィーギス殿下のその言葉はきっと本心で、けれどそれ以上にこの国を愛しているのだろう。そんな事をすれば国が荒れるとわかっているから、全てを放り出して自分の望みを優先する事なんて出来ない。
やはりフィーギス殿下以上に次代の王に相応しい人は居ないと思ってしまう――たとえそれが彼の望みではないのだとしても。
「あんた達は何の話をしているんだ?」
話題についていけない代行人はいい加減痺れを切らしたのか、渋面を作って腕を組み拗ねていた。後ろの王鳥も、フィーギス殿下が大屋敷に住みたいと言ったあたりから断固拒否と言わんばかりにグイグイ服を嘴で引っ張ってくる。――本格的に破れそうなのでやめてほしい。
「いや〜、すまない。けど、そうだね。敵を避ける為には敵が誰かを知る必要はある。それは当たり前の事だ。わかったとも。形に残す訳にはいかないから、時間を作って少しずつ話そうではないか。それでいいかい?」
「充分ですわ。わたくしは基本的にはこの大屋敷で過ごす事になりそうですし、フィーギス殿下のご都合のよろしい時にいつでもお呼びくださいませ。最優先でお伺いさせていただきますわ」
「ああ。楽しい話し合いになりそうだ」
パッといつもの笑みを浮かべ――心なしか今はより本心からの笑みに見える――、フィーギス殿下は楽しそうにそう言った。ここであっても政敵に探りを入れた跡なんて残す訳にはいかないだろうなとは予想していたので、ざっと書いてもらって即燃やそうと思っていたのだが、わざわざ口伝でフィーギス殿下直々に教えてくれるらしい。それを口実にこの大屋敷にサボりにきて、ついでにどう思うか討論がしたいという所か。
田舎の男爵令嬢の意見なんて何の役にも立たないと思うが、そう言うならお礼も兼ねていくらでも付き合う所存だ。或いは口に出す事で少し情報を整理をしたいのかもしれない。
「ところで、セイド嬢はこれからここで何をして過ごしたい? 必要なものがあれば揃えよう」
そう言われて他に必要なものを考え、けれど首を横に振る。
「ありがとうございます。当面は貴族名鑑の暗記と、王鳥様や大鳥様の事をより詳しく知る為に忙しくしているつもりですわ。それが落ち着いたらわたくしのお役目を果たす為に何が必要か、王鳥様と代行人様とご相談させていただきます」
「俺が揃えるからフィーに頼むものなんてない」
きっぱり切り捨てる代行人の言葉にフィーギス殿下は苦笑を返しつつ、首を傾げた。
「お役目というと?」
そういえばフィーギス殿下にはまだ言っていなかったなと思った。踏み込んだ話をたくさんしておいて、肝心な事は何も伝えていなかったとは。
ソフィアリアはお腹の前で祈るように指を組み、淡く微笑んでみせた。
「王鳥様に選んでいただいた初の王鳥妃として、もしかしたらまた選ばれる次代以降の為にこの基盤をしっかりと整えておく事ですわ。次代の王鳥妃がまた選ばれても困る事がないように。どんな子が選ばれても大丈夫なように。一生涯を捧げて、しっかり全うしてみせます」
――それが初代王鳥妃としてソフィアリアのやるべき事だと、そう思うから。




