第8話 閑話胃薬バンプ
2022/01/21追加
ファウベルト領の状況は、相変わらず芳しくない。
今までの扱いを考えれば当たり前だ。
元領兵だった労働奴隷たちと村人との関係は殺し合い一歩手前。
とは言え彼らの労働力がなければ復興の見通しが立たないことは確か。
「まずは工事のための拠点を広げさせる。領主の指示通り、その後も使えるよう建物の配置は慎重に……。まだまだロウエルに頼りきりだ。」
天井が消し飛んだ結果、二階部分をほぼ解体して資材に回している。
そのため旧領主邸、特に執務室は非常に風通しがいい。
夏場ならともかく、秋、冬となれば考えなければなるまい。
最も、それは領主が屋敷の場所を此処と定めた時の話だ。
「資材不足の問題か……、私の名前でグロウ商会に連絡を取ろう。事前にグリース卿の企みから守ってやったんだ、返してもらわねば。」
学園で墓荒らしが馬鹿な失態を犯し、それをあのお嬢様が糾弾した時のこと。
こちらに引き込むことで、被害を受けないように工面した。
あの場所で告発されていれば、今頃ファムト商会のように見限られていただろう。
「交渉はラッティ君に一任……するのは心もとない。予算はあれど、無駄にはできない。恩を売る意味でも数人こちらからつけるか。」
財政面ではさほど苦労はしていない。
少し前までは最大の問題だったが、エルエル嬢の口座を知らされ一変した。
手紙では足しになればと添えられていたが、金額を見て固まったものだ。
とうてい駆け出し冒険者が稼ぐような額ではなかった。
調べれば王国側の特許のみならず、連邦国からも特許料が振り込まれている。
次の問題は、物資が集まらないことだ。
「狩りや農作にもまだムラがある。ロウエルの大量買い付けで賄えているが……。」
嘆願書や報告書、商人誘致のための申請書に周辺領主への書簡。
どれもこれも関係が途切れて久しく、ルートが途切れていたのだ。
前任の領主が全くしてこなかったツケが全て回ってきている。
おまけに新領主が領民の前に姿を表さないことも逆風だ。
「身内絡みのせいで申し訳は無いが、早く戻ってきていただきたい。」
地盤硬めのために指示は出してくれている。
細やかなところは|フォールンベルト家の侍女が補ってくれる。
それでも領民に人となりを見定めてもらうためにも演説は必要なのだ。
何せあのお嬢様は衆人の前に出たことがない。
そういった目先の問題もあるが、グレイ家当主への報告も待っている。
「はい、カール君。これ追加の書類ね。」
「す、少し待ってもらおう、カリストさん。」
両手いっぱいに羊皮紙の束が差し入れされた。
カール氏は側に控えていた兎人の侍女から胃薬と水差しを受け取り呷る。
領主代行としてやってくるに辺り、実家から引き抜いてきた使用人の一人。
純人至上主義の父親だ、純人以外の全員を連れ出すだけで喜ばれる。
「……はぁ。学生時代はすごくやなヤツって印象だったんだけど。」
「私は何も変わっていないさ。使えるものは何だって使う。金だろうが、身内だろうが、絆だろうが。」
「横でメイドさんが生暖かい笑顔してるわよ?」
自宅から使用人を連れてくると告げた時は空気が張り詰めた。
墓荒らしの息がかかっている者を連れてくると思ったのだ。
ところが使用人の中に、純人は一人もいなかったのだ。
中には虐待を受けていたであろう痕跡が残っている者までいた。
結局のところ、カール氏は彼らを助け出す名目が欲しかっただけなのだ。
彼への疑いは、従者達が浮かべる安堵した表情から晴らされた。
「……追加の書類は机の上に置いてくれ。」
「ふうん?」
カール氏は否定しない。
扉の前で警護に当たっているフュースト氏まで吹き出した。
そもそも学生時代から、獅人である彼と行動を共にしていた。
純人至上主義の中にあって明らかに異質だ。
「右手にある書類は処理が終わっている、持っていってくれ。」
都合の悪い内容は耳に入れないようにするのは墓荒らしの術。
それよりも領内で手伝い続けている彼女らへの礼を考えねばならない。
墓荒らしの面々はよくこんな忙しいことを片手間でできるものだ。
いや、手を抜いているからこそできるのだろう。
「ま、いいわ。色々書類はあるけど大半は報告書。最優先はこれね。」
踏み込まないことはカリスト嬢なりの思いやりだ。
ここに来てから、カール氏はペースを一切落とさず仕事をこなしている。
さすがは貴族科所属、末席とは言え王室の一員なだけはある。
そんな彼であっても封印をみて表情が引きつった。
「こういう時は受取人以外、席を外すのが常識だが?」
「田舎の領主をしてるとね、情報共有はさっさとしておいたほうが楽なの。」
内容が気になるようで、カリスト嬢が退室する気配はない。
捺されていたのは大きな翼に庇護された蔓の絡んだ剣という国章。
それは国王直々にしたためた書簡であることを意味する。
「さすが、四ツ葉冒険者からの成り上がり家系だ……。」
「それ、ファウベルト領主に面と向かって言えるのかしら? エルさんは確か三ツ葉よね。」
「……。」
宛先はファウベルト領主、もしくはその代行。
確かにこの案件は何をおいても処理しなければならないだろう。
国王自身は墓荒らしの一員に含まれていない。
その周囲が腐っているため、得られる情報も偏っているはずだ。
侍女から受け取った胃薬をもう一錠服用してから、カール氏は封印を切った。
* * *
白亜の宮殿と名高いグレイングレイ王城。
何枚もの厚い扉を経て、何層もの障壁を潜り、何人もの近衛と顔を合わせた先。
一際白く輝く部屋がある。
乱れなく一直線に敷かれた赤い絨毯、過美にならない程度の金装飾。
一握りの大貴族と近衛、他国からの使者以外入ることのできない玉座の間だ。
「余の送った文はそろそろファウベルト領に届いた頃合いか。」
かろうじて青年に届かない少年が、実に退屈げに玉座の上で脚を組んでいた。
灰色の髪に灰色の瞳は、最も血が濃い者に現れる色彩。
ロラン・グレイングレイ、現国王である。
今は謁見時間の合間だ。
均整のとれた若い肉体は、行政に明け暮れた者のそれではない。
フェルベラント王国は力によって勝ち取った国だ。
国王とて多少なりとも武を修めることが慣習となっている。
「何も陛下自ら、あのような辺境へ視察に向かわずとも。」
「辺境であれど国境だ。何よりフォールンベルト当主が自慢する美姫とやら、ひと目見ておきたい。」
王の返事に、純人の宰相達が思わず顔をしかめた。
幸いにも王の背中に目はついていない。
彼らにとって国王は使いでのある駒だ。
利用するためならば、多少の我儘も快く聞こう。
だがあの領土に向かい、ましてや領主に会おうとは。
王室と貴族院、政は天秤で行われているものの、王の権威は絶大だ。
下手に魅入られると、エルエル嬢の身柄は彼が得るだろう。
呪いは混乱の早期収拾を望ませない。
「しかし、未だ王宮へ挨拶にも来ぬ無作法ものです。親の目は節穴、肩を落とす事になるかと。」
会わせるならば、呪いという奇跡が精神を蝕みきってからだ。
幼少の折からさんざん祖先の偉業、純人の素晴らしさを聞かされている。
それでも王は墓荒らしに染まりきっていない。
宰相達の殆どは墓荒らし、環境は優位だが宮廷魔法団長が邪魔をする。
「そもそも王国に居るのやら。代行を立てて以来表にも顔を出さぬとか。責務も果たさず遊び歩いておるのかもしれません。」
別の宰相が話を揃えた。
国境を渡ったため、ヴィオニカ連邦国に居ることは解っている。
だが、どの州に居るのか情報を仕入れる事が難しい。
何せ連邦国側の裏がざわついているのだ。
王国に情報を売ってくれる暇などない。
「余が勝手に見てみたいだけだ。領地に行けば話くらい聞けよう。だから代行でも良しとしたのだ。あれは学園で顔を合わせていたとか。」
「グレイ卿め……。」
怨嗟じみたうめき声は王の耳に入れない。
欲しがる情報を与えることで王の覚えを良くする姑息な手段。
宰相にも上がれぬ小物が、と心中の毒づきは表情に出さない。
これだけ決意が固ければ、下手に反対し続けると機嫌を損なう。
「そもそもことの発端は、貴公らの提案であろう。とはいえ同意した余にも責任はある。これを機に関係を見直しておきたい。」
王の言葉に体を固くするような軟弱者は居ない。
どのみち罷免されようが、次に宛てがわれるのは墓荒らしの一派。
こうして徐々に純人以外の宰相を減らしている。
彼らの目的は、追求された程度で揺るぐようなものではない。
だが、王の言葉でなぜ書簡を送ったのかを理解し歯噛みする。
最大の障害となるフォールンベルト家の介入だ。
「……次案を考える頃合いか。」
宰相のほとんどがそう考える。
世も知らぬ娘を人質に取れば簡単に操れると思ったのだ。
蓋を開けてみれば、異常なのは両親だけではなかった。
ならば先んじて世に出ており、人となりが解っている者に手を伸ばす。
フォールンベルト家の存在感に隠れて久しいが、王国の守りを担う似た家系。
ローズベルト家ならば、その娘の所在や力量も把握している。
同じように常軌を逸しているが、知っているという優位性は大きい。
「訪れるとなると手土産が必要だな。いくつか見繕っておけ。いつもどおり、細かいところは任せる。」
「仰せのままに、我らが王。」
こうして重要な判断を人任せにするところまでは墜ちている。
とは言え関係をこじれさせるために下手な目録を作るわけにもいかない。
可もなく不可もなく、現状を保つことが今できる最善だろう。
王国を破壊するための前準備。
しくじってしまった分をここから取り戻していかねばならない。
「さて、次はどこの使者と会うのだったか。」
「カシード神国です。各国で孤児を集め、思想教育を施しておりますのでお気をつけを。」
「誑かされぬよう心しておこう。とは言え孤児院と質の良い塩は無くてはならぬ。」
既に別のものに意識を奪われかけている傀儡の王。
彼が口にするには滑稽な言葉だが、それを指摘する道化師も居ない。
墓荒らし達は王の意識を誘導することに尽力しているのだから。
* * *
「――と、考えていそうですわ。」
緑豊かな中庭で、白いカップを上品に傾けながら深い青の女性が呟いた。
白と金を際立たせる色彩の持ち主の側に控えた狐人が何度目か解らぬため息をつく。
「奥様、説明が足りません。」
謁見の間でのやり取りと同刻、フォールンベルト家の中庭にて。
茶会に参加しているのはローズベルト婦人とグラウンド婦人。
控える侍女はセラ一人で十分な人数だ。
「フリグ様はいつもこうですもの。セラさん、指摘するだけ損ですよ。」
慣れた様子で告げるのは黒紫のドレスを着込んだローズベルト婦人。
茶会の主催者に負けず劣らず白と銀の色彩を際立たせる。
柔らかい外観を裏切るように、彼女は王国の守護者として守りの力を有している。
「そうそう。基本的に話が通じないからね、この化け物サマは。」
からかうように告げるのは上半身のラインが浮かび上がるドレスのグラウンド婦人。
特筆すべき所がそれ以外に全く存在しないことが彼女の特徴だ。
心を読もうにもその都度考えが切り替わっており、どれが本心なのか読めない。
「ミスティ様、アニマス様。情報提供と対策提案が主でしょうに、それでは茶会の意味がございません。」
「三人とも、わたしをどんな目でみているのかしら。あ、いえ仰らなくて結構です。」
三者から何を今更という視線を向けられ、さすがの最恐も追求を止める。
こほんと咳払いを一つして場をリセットにかかった。
あの娘にしてこの母ありだ。
「エルに関して、今まで通り手出しはしてくるでしょうけれど。次はミズールさんかレオンさんを狙おうと考え始める頃合いです。」
「あっはー、うちの娘にいい遊び相手ができるってことねー。」
裏稼業で生きてきただけのことはある。
これしきの相手をどうにかできなければ、一派の後継として認められないようだ。
一方眉間にしわを寄せたのがローズベルト婦人。
「アニマス様のところは良いでしょうけれど……、どうしましょう。うちのミズールはうっかりすると王城まで説教に行きかねないわ。」
たとえそれが罠であると知っていてもだ。
過去に魂を揺さぶられ、ついに手にした自身の地位あるものは責務を負う。
その契約と制約は民を守るためであり、国に縛られない自由がある。
踏みにじられるならばこれを守るため、我を通すのがローズベルト家の愛娘。
「愛しの娘サンの穴だらけな姿隠しは虚実織り交ぜて、複雑怪奇な事件にしちゃったからねー。」
国境門での騒動、道中での騒ぎ、そもそも目立つ黄金の魔力。
お嬢様は隠しているつもりでも、その方法は穴だらけだ。
だからこそ、グラウンド一派がフォローに回っている。
手際が良すぎるからこそ、墓荒らしの指は崩しやすいところへ伸びる。
「ミズールったら、ふふ。あの年でもうロウズを降参に追いやるんですもの。」
「あら、ミスティ。それを言うならうちのエルも――。」
「お二方、話が進まなくなりますのでご自慢はそれまでに。」
話題が話題だと言うのに、緊迫した空気は全く無い。
いつものように自慢合戦が始まりそうになったので、セラが即座にブレーキを踏む。
こほん、と今度の咳払いは話し込みそうになった婦人二名から同時に行われた。
「説明には段階が必要ね。大切な愛娘を他領に持っていかれたフォールンベルト家は、娘を取り戻すために学園で仲の良かった男の子を養子に迎え入れます。」
ルゼイア・ファウルという名で学園に在籍していたお嬢様の相方。
帝国からの留学生、細かな出自や辻褄はセラとグラウンド一派が固めておいた。
家督の継承権はないが、フォールンベルト家にいても不思議ではない地位の偽装。
彼をファウベルト領の領主に婿入りさせ、再び愛娘との絆を取り戻したがっている。
周りにはそう映るだろう。
「フォールンベルト家に男児が加わるので、ローズベルト家は合併を試み――。身も蓋もなく言ってしまえば、政略婚約を行いましょう。」
「ぶふっ! あはははは!」
「……あらあら。娘には自由恋愛をして貰いたいという気持ちは一緒だと思っていましたけれど?」
ローズベルト婦人周囲の体感温度が一気に下がった。
最硬を誇る一族の魔力は、最終的に物質の停止へ至る。
グラウンド婦人は面白そうに笑いながらその魔力を誤魔化し惑わせる。
フォールンベルト婦人は想定内と自らの魔力で強引に動かし、退ける。
「わたくしは警告の上、反対いたしました。」
常人ならば即座に絶命か発狂する魔力の中でも、平然としている侍女。
セラは魔力へ介入し、複数の白い尾として蓄える。
この茶会には化け物しか参加していなかった。
「娘を守るためには互いに剣と盾が必要になります。あくまで表面上、様子を見て解約しましょう。同じ弱点を持つ家の結びつき、あちらにとっては危険で美味しい話だもの。」
竜人の寿命は非常に長い。
婚約期間が十年だろうが二十年だろうが、百年であっても問題にならない。
二家の結びつきは、王国内の病巣からすれば自身の行動が正解である証左。
国を破壊するためにも迂闊な手出しは控えるだろう。
ここで問題になるのは手段の受け取り方。
「あの子の理念を利用する。それは彼らと変わらず。フリグ様が厭うやり方でしょう?」
「わたしの目でもエルの周りが見えづらくなってます、親な予感がしますわ。手段を選んでいるとあの子を見失いそう。」
「連邦国の中で、墓荒らしって名乗る一派がちらついたのよねー。」
グラウンド一派から知らされた情報が、王国最恐に手段を選ばせなかった理由。
直接的な呪いが及ぶのは王国の中でのみ。
他国とやり取りしていることは確かだが、拠点を置くことはない。
墓荒らしは、本来の魔物がそうであるように閉鎖空間から出ないはずだ。
「わたくしも調べましたが、それらしい連絡はベーラ領からのみでした。どうも別件のようです。」
その前提条件が破られた以上、対処療法で時間を伸ばすだけでは足りない。
何より他国の介入であれば、両家共に制約と契約に縛られない。
足並みを揃えるためにも結びつきは強いほうがいい。
国防の要である二家が近づいても、婚約という名目があれば国内に不安を広げない。
「……それに、養子を取ると他家のご令嬢から婚約の打診が届きますわ、絶対に。」
そうなれば、連邦国内に居る愛娘が全て後回しにして殴り込みかねない。
ファウベルト領主は、出自がどうあれ駆け出しの下級貴族だ。
貴族連中の頭を抑えるためにも、見合う格の家に出てもらう必要があった。
ローズベルト婦人の纏う空気は相変わらず硬いまま、ぐりぐりと眉間を解している。
「良く知った子なら、娘サンも弁解を聞いてくれるだろうと。お貴族サマの世界は大変ねぇ。あ、クッキー包んでもらっていい?」
「確実に怒られるでしょうけれど。帰り際に焼き上がるよう準備させております。」
そんな空気もなんのその。
気に入った味のクッキーに指を伸ばしながら竜人の視線合戦を観戦している。
こっそり二人の皿からも拝借しているが、白熱しすぎて気づかれない。
このままでは空になりそうなので、ちゃっかりお土産の催促をしておいた。
「……わかりました、ロウズに話を通しておきます。ただしフリグ様、今回の件に関してローズベルト家では守ることができません。」
「か、覚悟は決めてあります。」
ようやく決着がつき、ローズベルト婦人がため息と共に言葉を漏らす。
その内容にフォールンベルト婦人の視線が泳ぎまくった。
覚悟が決まっていないことは明らかだ。
この場は前哨戦、本当の苦難はこの後に控えている。
「胃薬と鎮静剤は揃えております。」
『万能』に準備の抜かりがあろうはずもない。
内々で話を通し終えた後は、折を見て公表する必要がある。
後の問題は、養子に取るルゼイア・ファウルが王国内に存在しないことだ。
「魔王クンは戻ってこないだろうし、公表の時はうちの亭主が変装ねー。」
貴族の面々へ根回しするのは暗部を担う宮廷魔法団長の役割。
公表のタイミングを計るのはセラとグラウンド一派の役割だ。
茶会という名の対策会議は、一先ず幕を下ろした。




