第5話 クイック・カウンター1
2021/12/13追加
書面の作成もつつがなく終わり、その日は解散となった。
冒険者はパーティで部屋を割り振られているが、お嬢様は貴族扱い。
いくら滞在を伏せられているとはいえ、相応の待遇が必要になる。
具体的には専用の部屋と侍女が宛てがわれたが、竜人ゆえ相方と同室だ。
「では、調味料を作り足します。」
そんな状況で心臓が耐えられるか、ということで厨房へ逃げ出した。
ゼルド氏達の勉強も一旦休憩、手持ち無沙汰なフォクシ嬢が手伝いに来ている。
「つーかたびたび大胆になるのに、変なところでヘタレるのな。」
「ぐう……。」
当然の指摘にお嬢様は何も言い返すことができなかった。
していることは簡単だ。
卵黄と塩、酢を混ぜたものをひたすら泡立て器で混ぜるだけ。
マヨネーズは万能と異世界の知識が胸を張って宣言している。
腕が疲れれば焦がし玉ねぎを作っているお嬢様と交代する。
「そういう所、僕は可愛らしくて好きだけどな。ギャップっていうか。」
「むぐっ!」
お嬢様あるところに相方あり、手伝いに来ているのは当然だ。
今はひたすら芋を細かく刻んでくれている。
魔力を刃にする魔道具がまたも役に立った。
片栗粉を作る手順はお嬢様からの告白に紐付いている。
「こういう時、ルゼイアが強いです……。」
お嬢様の耳がへんにゃり下がる。
種族の違いからかもともとの性格なのか。
相方はお嬢様に向ける熱量を晒すことに一切躊躇がない。
「これくらいで油入れるんだっけな。卵白が結構余るが、こいつはどうするんだ?」
「あ、油は少量ずつ入れてくださいね。卵白はミルクを混ぜてオムレツに使います。」
姉弟子のお陰で意識がそれる。
州都バトイディアは空の孤島だ。
そのため極力島内で完結できるよう第一次産業も盛んである。
新鮮な卵の入手は比較的簡単だった。
「ミリィさんから分けてもらったとうもろこしがまだあるから、包むのはそれかな?」
「チーズも混ぜようかと。確かゼルドさんの保冷箱に入れてもらってあります。」
じゃ、と焦げ付きかけたフライパンに水を足し、ヘラでかき混ぜる。
夕食準備には早い時間だが、香ばしい匂いは否応なくお腹を刺激する。
きゅう、と可愛らしい音が誰から鳴ったのか追求はない。
「そんで、今は逃げてられるがこのザマで今晩どうすんだ。」
ぐ、とお嬢様の手が止まった。
早いうちに覚悟を決めなければならないことは解っている。
そのために無心になる作業を繰り返しているのだ。
「フォクシさんたちの部屋に……。」
「エル?」
逃げの言葉は相方の笑顔に封じ込まれた。
部屋から居なくなれば、責任を負うのは誰になるのか。
州長の顔に泥を塗ることにもなる。
責務から逃げない、アトミス氏に啖呵を切ったばかりだ。
「……はい。」
退路はない。
二人で敷いた一線は守り切るが、それはそれでこれはこれ。
先日寝落ちさせられた時を思い出してしまう。
あの時は不意打ちだったが、今回は二人きりになると解っている。
身体の芯へじわりじわりと実感が広がるだけの猶予があるのだ。
「そもそも意識しすぎだよ。僕は嬉しいだけなのに。」
「ふぐっ!」
びん、と真っ赤になった長耳が跳ね上がった。
異世界の常識や経験はねじ伏せている。
恋人と同じ寝室なのだ、意識しない方が嘘になる。
そう思うのだが、先述の通り相方は平然としている。
側に居られる安心感と喜びが強いのだ。
その結果、お嬢様の方が一線を超えたがっているように映る。
「はいはいごちそうさん。こっちは容器に移し替えて寝かせとくんだな。」
「お、お願いします……。」
どうせそんな事にはならない。
二人のうちどちらかが、もう片方を律するのだから。
一緒に旅をしてきた姉弟子は、二人共ヘタレであることを確信している。
だからこそ、最早同衾になろうが何も言わない。
「こ、こうなったら早急に意識を切り替えます……!」
お嬢様とて、二人水入らずの時間ができることは大変嬉しいのだ。
調味料作成から、厨房が慌ただしくなる前に本格的な夕食調理へ。
精神集中のため料理に熱中した結果、次々と皿が埋まり始める。
「……食いきれる量にしてくれよ。まあいざとなりゃ、ルゼイアが平らげるだろうが。」
「僕の本体は竜だからね、胃袋も相応に大きいよ。」
白いコーンオムレツ、焦がし玉ねぎを混ぜた肉団子のトマトソース掛け。
マッシュポテトにきのこ類を使ったチーズクリームパスタ。
止めとばかりにとうもろこしのフリットと品数が多く並ぶ。
当然パンは別口、同僚の冒険者パーティにもおすそ分けに回る量だ。
ひたすら作った甲斐あって、ベッドに入る頃には平静を取り戻せた。
* * *
ベッドの上で絡めていた腕を解き、身を起こす。
金の糸がさらりと相方の胸板をくすぐったが、起きる様子はない。
最近彼は身分を隠している関係上、人型でいることが多い。
とは言え相方としての姿は竜だ。
貴族の服を持っていないため、現在身につけているのはいつもの装束。
対してお嬢様の夜着は非常に薄く、朝日に透けてしなやかな身体が浮かぶ。
朝食の準備はしなくてもいいのだが、早く起きる習慣が身についている。
「んん……。」
背の高さこそ無いが、細い首から続く柔らかな胸の盛り上がり。
きゅっと上がったお尻から伸びるすらりとした脚線美。
少女から女性へ急成長した様は、羽化と表現されても仕方がない。
光との境界線が曖昧になるほど白い肌は無垢な印象を抱かせる。
そんな娘が男性に跨って伸びをしているのだから倒錯感が強い。
「……むう。」
身だしなみを整えるための大きな鏡にお嬢様が移る。
異世界でも、ここまで磨かれた娘は見たことがない。
そんな娘の潤む碧の瞳が不服げに細められた。
ぷるりと柔らかい唇からこぼれた音も不満げだ。
侍女が来る時間まで猶予がある、仮面や空気を纏う必要はない。
「別に、別に期待していたわけではないのですけど。」
ごにょごにょと言い訳のような言葉が続いた。
腕の下で大人しく抱き枕になってくれた青年を見つめる。
側にいてくれるだけで嬉しい、それは確かな感情だ。
結局姉弟子の予測通り、何事もなく朝を迎えたわけだ。
「……もう少し、何か無いんですか。ばか。」
胸の中にもやもやしたものが生まれている。
決して、決して一線を超えたいわけではない。
そういう事はまだ早いし、勝手な八つ当たりであることは重々承知。
覆いかぶさるように身体が沈み、唇が相方の肩口に触れる。
「はむっ。」
こっそり痕を残してから、素知らぬ顔で揺り起こす。
眠たげに開いた青い瞳が、驚いたように見開かれた。
お嬢様の表情に見たことのない艶が含まれていたためだ。
「お……はよう?」
「はい、おはようございます。今のうちに最低限の身支度を済ませましょう。」
お嬢様を見つめる視線に、見惚れる間があった。
その表情の独占と印付けで、ひとまず満足としておこう。
この感情は相方の独占欲と同じなのだが、お嬢様が気づくことはなかった。
* * *
翌日は一番に商業組合へ口座開設に向かう予定だ。
着替えを手伝って貰うことにも何ら羞恥心は――まだ少し残っていた。
難解な着付けをしたわけではなく、単純に甘えたかっただけだ。
本日フォクシ嬢達は一日かけて連邦国の紋章や習慣についての勉強だ。
「活気がありますね、朝一番だからでしょうか。」
高い位置でくくられた髪は相方の仕業。
たまには違う髪型がみたいということで任せた結果だ。
下ろした長髪に慣れていたため、首周りが涼しくて心もとない。
周囲の活気に視線を向ける度にひやりと首裏が寒くなる。
フードはかぶれないので、認識阻害の効果は上限まで上げてある。
「ほら、ひと通りも多いからもっとこちらに寄って。」
「むぐ。」
竜人の特徴に漏れず、お嬢様も小柄な体つき。
絆があるからと言って護衛対象から距離が離れてしまっては本末転倒。
肩を抱き寄せる相方の髪型は弄れそうな場所がないため、普段どおり。
身体が密着するほど寄せられるのもいつもどおりだ。
「昨晩到着した便がありましたもの、新しく並ぶ市の品目当てでしょう!」
「州都だけでは酒などの嗜好品には手が回りきっておりません。」
町の案内をしてくれるのはお忍び姿のバシリス嬢とモルドモ氏。
視察も兼ねているため、お嬢様達は前半の護衛に当たる。
他の冒険者は州都警護を兼任している。
無論、何かあれば即座に駆けつける配備だ。
「確かに州都は広範囲を巡りますから……、酒造は考える必要がありそうです。」
外壁の展開する刻印魔法のお陰で内部はある程度守られている。
とは言え変動しやすい気候の中、発酵させるには安定した土地がなければ難しい。
そんな話をしているうちに、目の前に床がせり上がってきた。
乗り込んだ後、がしゃんと昇降機のレバーが降り、薄い排煙とともに上層へ向かう。
がちがちと歯車の噛み合う音を聞きながら、流れていく風景は興味を掻き立てる。
「……リースさん、あちらの通路は何処に繋がっているのですか?」
「あの方角は錬金場ですわね。先程運ばれた真銀を刻印状に加工していますの。」
昇降機の前方左右は開いており、止まるごとに物資や人の往来がある。
内側に敷かれた線路に乗せたトロッコが向かう度にお嬢様の目が追いかける。
説明できるバシリス嬢の声は非常に上機嫌だ。
州都の構造をあらかた再設計したのが彼女なのだから。
「あれ、ここは左手側は扉になってるんだね。」
「その先は外壁の整備通路に繋がっております。この時間は西九番櫓の点検中でしょう。」
相方が逆方向を見て、モルドモ氏が説明を挟む。
見取り図は頭に叩き込んでいるが、流石に階層が多くて混乱する。
至るところに高低差をならすための通路が整備、増設されている。
何も考えずに歩けばあっという間に現在地を見失う。
そのため、所々に案内係の州兵が待機している。
「さて、次の階層が組合総括地区ですわ。州都が誘致した冒険者ギルド、商業組合、神殿など、大抵の施設が集まっていますの。」
「確か発着場のある階層でしたね。」
「玄関口ですので、宿泊施設や市も立ち並んでおります。」
「モルド! わたくしのセリフですわ!」
商業組合の外観は、少し大きな箱型の建物だった。
組合が扱うのは情報のため、市や商家は近くに開けない。
内部は書類記載のための台と受付くらい、役所という趣が強い。
面積的には建物の八分の一程度。
残りの敷地には書類や情報が詰まっているのだろう。
「いらっしゃいませ、商業組合マギク州支部へようこそ。この度はどのようなご用件でしょうか。」
「口座の開設をお願いできますか。」
踏み入れてすぐ、控えていた純人の男性職員が声をかけに来る。
窓口に担当部署が記されているものの、他国の者は読めない可能性もある。
連邦国公用語で話しかけられたが、通じなければ別言語に切り替えていただろう。
「かしこまりました。では向かって左手、三番窓口で身分証明証をご提示ください。」
「ありがとうございます。」
若い男性が近づくと、お嬢様隣の相方が少し気を張る。
互いのためにも早々に離れるのが吉だ。
窓口に座っているのが女性で助かった。
「独占欲が強いのですわ。」
バシリス嬢の独り言を、魔王は完全に無視する。
窓口を確認したお嬢様は牽制するように相方の腕を取っていた。
これは二人に向けられた言葉と捕らえるべきだろう。
「こほん。口座開設をお願いしたいのですが、証明証は冒険者証で構いませんか?」
「問題ありません、拡張枠を確認致しますので拝見させていただきます。」
聞き流せなかったお嬢様は咳払いして冒険者証を取り出した。
身分証明証となるのは、体内魔力で満たされた何かしらが常だ。
自身の分身とも言えるそれは、距離が離れれば効果を失う常時発動の魔道具。
奪ったところで本人以外は扱えない。
「拡張枠は使えますね。こちらで構いません。登録料は金貨3枚になります。」
冒険者で口座を持ち始めるのは四ツ葉あたりから。
三ツ葉にはなかなかの出費だが、バシリス嬢の報酬は振り込み式だ。
必要経費と割り切り財布を取り出そうとした矢先。
横から伸びた腕が先んじて金貨を6枚受付に置いた。
「ついでに、僕も開設してもらおうかな。」
そう告げた相方が、自身の冒険者証も続けて提示。
フォクシ嬢を雇うお金を捻出するのはお嬢様の財布から。
相方の財布にはまだ充分なお小遣いと報酬が残っているらしい。
「……ずるいです。けど、ありがとうございます。」
今朝方の仕返しだろうか。
刹那に満たない葛藤すら、絆を通して覗くのだから。
『僕は竜になれば、お金をほとんど使わないからね。』
冒険者証を染める媒体は血の一滴。
小さなものでは外付けするにも限界がある。
お嬢様の冒険者証に記されているのは冒険者階位、騎士称号、早馬免許。
ルナリィ嬢は質の良いものを用いてくれたらしい、相当な拡張枠がある。
「エルシィ様にルゼイア様ですね。口座番号は体内魔力をパターン化したものとなります。後ほどご確認ください。」
口座設立主を確認し、極薄の板を差し込むことで開設準備は完了。
続いて既存の内部刻印から登録された体内魔力と接続し、各種証書と同期を行う。
これによって他の組織に所属した際、そちらとの紐付けも自動で行われる。
「これより組合に属する商店での支払いは身分証明証を用いることが出来ます。ただし口座内の残高が無くなればこの機能は凍結いたします。」
「残高の確認は組合でしか行なえませんか?」
「いえ、冒険者証でしたら葉の表示されている箇所に本人が触れることで表示を切り替えて確認することが出来ます。」
事務の方は慣れた様子で説明してくれた。
細々とした注意事項を聞き、念の為説明されたことが書かれた冊子を渡される。
こちらも言語に関しては各国の言葉に翻訳されたものが並んでいた。
世界中の通貨、情報を扱う組合の配慮は、冒険者ギルドと違い徹底されている。
「手続き、あっさり終わったね。これからどうしようか。」
「……昨日使った分の食材を買い足したいです。」
金貨を出すのに躊躇しかけた理由の一つだ。
一心不乱に調理した結果、食材が激減してしまった。
お嬢様がバシリス嬢の護衛をするのは、ひとまずここまで。
フィア氏と合流次第、午前の護衛を引き継いでもらう。
「逢引の邪魔をしない代わりに、今度はわたくしにも振る舞ってくださいな。皆様口を揃えて美味しかったと自慢するのですもの!」
「こ、今度工房で煙屑と土の配合率の話でもしながら。」
浮ついているところを見抜かれている。
とは言え半分は本音だろう。
王国の貴族が作る料理、未知を求める研究者として興味が惹かれるようだ。
「軽食でしたら、ご相談くださいませ。」
モルドモ氏がこっそり口を挟む。
合わせるお茶やその日出すお菓子の都合があるのだろう。
主人の体型維持も従者の仕事、お嬢様はもちろんと頷いた。
* * *
フィア氏に引き継いだ後もバシリス嬢達は組合での仕事が残っているそうだ。
組合には現物こそ少ないが、目録と書面作成による大口取引が可能だ。
新しく飛行船が着港したため、ついでに自ら貿易品に目を通すのだろう。
なお、バシリス嬢はよほどお嬢様の手料理が気になるらしい。
食材購入のため、別れる前に保冷箱を押し付けられた。
「組合に来る途中、市の場所を覚えておいて良かったです。」
道案内の州兵が立っているとは言え、食料品の購入は速度勝負。
鮮度的な意味もあるが、何より時間帯によって商品が変わるのだ。
朝一番を逃してしまえば、次は昼過ぎまで待たねばならない。
そうなってしまうと町中を二人で歩く時間が少なくなってしまう。
「そうだね。……でも、二人きりとはいかないみたいだ。」
しっかり指を絡める繋ぎ方をしておきながら、二人の意識は一点へ。
フォクシ嬢が講師となり、ゼルド氏とバレッタ氏は勉強中。
だが、ミリィ嬢はそもそも連邦国出身だ。
猫人が特定の場所で大人しくしているはずがない。
「……竜に蹴飛ばされる趣味はない。」
「だってさ。」
姿は表さないまま、声だけが届く。
伝えてくれたのは相方の分身だ。
魔法で音を伝えるため、お嬢様の耳に入る前に効果が食われる。
「ミリィさん、だけなら良かったんですが……。手回しが早いです。」
意識を向けたのはミリィ嬢に対してのみ。
間違ってもこちらを監視してくる者には向けていない。
昨晩の便に乗っていたのか、もっと前から紛れ込んでいたのか。
ミリィ嬢の気配の殺し方を知っているため、同類にすぐに気がつけた。
『どっちにしても普段どおりにしておかないとね。』
監視はバシリス嬢と離れてから始まっている。
標的はお嬢様達ということだ。
お嬢様の位置は墓荒らしに知られていない。
考えられるのは、不測の事態を引き起こした者への報復か。
あの時の実行犯は自害したか囚われている。
どこから情報が伝わったのかわからない。
『これから人里離れる空域を回るとか。時期も味方しています。』
せっかくの機会を無駄にするつもりはない。
そもそもこういった輩に対して、変な素振りを見せるのは悪手。
下手に一般人を巻き込んだ特攻をされては困るのだ。
『私達の身分に気づかれてないのが不幸中の幸いですね。』
空の孤島と言えど、定期的に飛行船がやってくる。
お嬢様の身分がバレていれば、闇討ちせずとも正面から挑めば良い。
公式発表で領土を押し付けられたとはいえ、叙勲式は行われていない。
下手に目立って正体が知られた場合、王国側から帰国の指令が届くだろう。
『うん、バレていたら楽しい帰国にならないことは確かだ。』
今戻ってしまえば、旧ベーラ領で起きた事件は適当な処理で済まされる。
その後は墓荒らしの手を退けるだけの日々になることは想像に難くない。
それでは当初の目的を果たせない。
『アトミス殿との約束事もあります。私たちはまだ目立つわけにはいきません。』
『呪いの話や、放り出した責務の重さを教え込むには準備が足りないからね。』
議会での証言を以って、フェイル州の行いを知らしめる。
墓荒らしと繋がりがある以上、不意をつけば綻びが生まれる。
その綻びを掴むことが第一歩だ。
いくら個々の力量があれど、あちらは数と権力で優位に立つ。
お父様とお母様が素直に従うしか無かったのはそのためだ。
「では、順に買い物を済ませましょう。」
「荷物持ちは任せておいて。」
絆でのやり取りはひとまず中断。
ミリィ嬢がお嬢様たちについて来たのは、この状況を見越してのこと。
過去を探ることはしないが、彼女はもともと闇組織の一員だ。
こうなることを予測していたのだろう。
ならばお嬢様達は存分に甘えあって、仕掛けてくる瞬間を作る。
「……あの色ボケ二人、後で両手いっぱいに新味のポップコーンを作らせる。」
路地の薄闇に溶ける装束を身に着けたミリィ嬢が毒づいた。
デートを覗きながら雑務をこなすという地獄が待っている。
とはいえ追手の到着が早かったのは、彼女が撒いた種かもしれない。
ただの構成員ならば抜けたところで気にされないが、二つ名持ちの幹部は別だ。
泣き虫の二つ名を知る者が、表の世界で生きているとは思わなかった。




