第2話 初見シグネチャー1
2021/11/21 追加
マギク州を始め、連邦国の州章は非常に似たものが多い。
これは連邦国の下地となった国々が蒸気機関に重きを置いていた歴史によるものだ。
いずれも共通するのは歯車の紋章。
その中で歯車の配置や歯の数、形で見分けることになっている。
「……こちらがフェイル州……であっているのか?」
「そうだな。マギク州と歯の数が三つ違うから、まだ見分けやすいだろ。ボルカン州なんて歯の形が丸形なだけで配置に歯の数まで一緒だぜ?」
「……即座に判別がつかん。スキア州のように歯車の数自体が違えばありがたいのだが。」
「諦めて頭に叩き込め。時間があるのは幸いだな。」
現地民からすれば最早根付いた文化だ、何の違和感も感じない。
一方他国から訪れた者が見ればこの通り。
よほどの記憶力と観察力が無ければ即座に州章の見分けができない。
それでもマギク州に協力するとお嬢様が決めたのだ。
基礎知識は頭に叩き込んでおく必要がある。
「それにしても驚きました、工房と仰られていましたので、もっと色々な機材が置かれているのかと。」
「もちろん、そういった場所もありますわ!」
お嬢様達一行はバシリス嬢の工房を訪れていた。
マグマの通り道を整備して作られたそこは、天井に空いた穴のお陰で随分明るい。
特に大きな穴の下は緑が広がっており、茶会用の設備が整っていた。
今居る場所もそういった一角だ。
手入れのされた芝、白く染めた化石樹で作られた東屋の脇には水路も通っている。
規則正しく並べられたプランターには様々な花が彩りを添える。
雨が振り込まぬようはめられた天窓は、現在風通しのために開け放たれていた。
降り注ぐ明かりと風は、ここが元火口であることを忘れさせる。
「ですが、そればかりが技術である、などと思われては困りますもの。技術あるものは未来を負う、我が州は技術面において連邦随一。ならば当然、自然に対する影響も研究対象ですわ!」
得意げに縦ロールをふぁさりとかきあげ胸を張るバシリス嬢。
流石に自身の工房に入ってからはドレス姿に着替え直していた。
側に控えるモルドモ氏も、当然執事服をぴしりと身につけている。
今回は飛行船を弄っていたわけではないので、どちらも油や排煙の汚れはない。
こうしてみればごく普通のご令嬢と側仕えの執事だ。
「つまり、先日遭遇した方々はその理念を真っ向から否定されていたのですね。」
お嬢様とバシリス嬢が応対しているのは、勉強組とは別の机。
彼らの席には所狭しと資料や州の特性、作法をまとめた本が乗っている。
そのせいで座るスペースが無かったため――ではない。
「単純に効率化しか考えてませんもの! 操縦の腕だってド三流でしたわ!」
排煙という公害は、連邦国の文化と分かつことができない。
これによって樹海下の環境は劣悪な物となっている。
排煙の量、種類、毒性、それらの及ぼすの調査と抑制方法まで。
工房内の茶会設備は、環境影響を比較するための研究場なのだ。
並べられたプランターは目を楽しませる目的で置かれているわけではない。
煙屑の量を変えて混ぜ込み、土壌への影響を確認するためのものだ。
「この場所が今の所最も影響を抑え込めている環境なのです。」
モルドモ氏が補足説明を入れながら、勉強中のゼルド氏達やお嬢様達にお茶を配って回る。
ほんの少しだけ煙の匂いが鼻につくが、排煙用のマスクをせずとも気になるほどではない。
「ありがとうございます。たしかに煙の匂いも随分と薄いですし、緑の質が違います。」
まだら蛇退治に入った森は、あちこちに付着した排煙で緑は白ずんでいた。
この場所では徹底的に浄化し、余分なものを落としているらしい。
草葉に煙が付着した跡もほとんど見られない上に、しっかりと根付いた育ち方。
側に作られた水路を通る配管を見つめ、術式と構造を解析する。
「フィルターに通した上で冷却化、沈殿までの手順。形状、刻印の質といい見事なものです。煙屑の再利用も随分進んでいますね。対費用の方は――。」
「今の段階ではこの規模が精一杯、経費度外視でしか実現できません。ですがいずれ実用化させてみせます。この場所こそがわたくしが一番自慢のできる工房ですわ!」
先述の通り、連邦国の有する技術は自然体系を破壊する。
だからこそ、それを扱う技術者は責務を負う。
奇しくも王国における地位あるものは責務を負うと似た考え。
つまり今のお嬢様はそれを全うする責務がある。
自身の誇りを紹介されたとあらば、応えるのが礼儀というもの。
席を分けたのはそういった自己紹介を行うためだ。
本格的に仮面を被るのは久方ぶりのため、お嬢様は一度お茶で唇を湿らせる。
こんな事もあろうかと、認識阻害の魔道具はとっくに外していた。
「この度はお招きのほど感謝致します。爵位を得たばかりですので、私の名はエルエル・ディム・ファウベルト。おそらくは御存知の通り、旧ベーラ領領主となりました。」
服装こそ冒険者のままだが、貴族が纏うものは空気。
深い青の服装は、白さと輝きを引き出す小道具と化す。
ふうわりと春の柔らかな日差しを思わせる気配。
碧の瞳が長いまつ毛の奥からバシリス嬢を見つめ、淡い桃色の唇は笑みを象る。
甘い音色は高すぎず、耳朶に入れば脳を蕩かす毒気に近い。
軽く下げた頭から金糸がさらりと揺らいだ。
シル、の二文字は建国から長らく国に貢献した竜人の一族に与えられる名だ。
追放され、再度押し付けられたお嬢様は全種族共通の称号、騎士から始まる。
「マギク州を代表して、バシリス・レグル・マギクが歓迎致します。大変な時期ですのに、我々の都合でお力添え頂きますもの。……これは、気圧されますわね。」
州長の娘と言えば、その地における姫に等しい。
その立場から様々な社交の場にだって出ている。
いずれの場でも、眼前のお嬢様が放つ存在感は見たことがない。
フォールンベルト家が娘を外に出さないのは、親馬鹿だからという噂だった。
今のお嬢様を見れば、むしろ魔性の煽り文字がちらついてしまう。
仕草が目を引きつける、言葉が耳を惹き付ける、体内魔力が場を支配する。
「……化けすぎ。姉御でもここまで豹変しない。」
現在お嬢様はその身を隠す一切の道具を使っていない。
幼い頃から恋文を送られていた容姿は、悪夢を経て完成に近づいている。
一変した空気にミリィ嬢がぞわっと全身を逆立たせた。
彼女からすれば最も苦手とする堅苦しい場の雰囲気だろう。
「……お嬢様も、これを機に今少し礼節の勉強に励んでいただければ。」
「も、モルドモ、そういうお話は後にしなさい!」
お嬢様に取って大変既視感のあるやり取りだ。
セラの場合は片っ端から退路を絶ち、せざるを得ない状況に追い込む。
ともあれ、正式に貴族としての顔合わせも済んだことだ。
ぱんと手を打ち、堅苦しい空気を打破する。
貴族モードはひどく疲れるのだ、挨拶を終えれば維持する必要はない。
「さて、そろそろ私の相方がバレッタさんを連れて戻ってくる頃合いのようです。」
愛しい気配が近づいてくる気配と、絆を通した連絡。
指揮棒を軽く振るい、何の細工も行わない魔力を空へ向けて伸ばした。
立ち上る黄金の柱を標にすれば、彼が迷うことはない。
「その方が、我が国の被害者の方なのですわね? ……詫びて許されるようなことではありませんが、始めに何と声をかけるべきかしら。」
空の見える穴は非常に大きいが、竜の体躯では翼が引っかかる。
それ故に着地するのは王国の一般服に帝国の着物をラフに着崩した青年だ。
その後ろへ亡霊のように存在感が薄く、白く透明な青年が続いた。
随分と無茶な移動をしていたらしく、服装はあちこちがほつれ、引き裂かれている。
一方その下の肌には一切の傷を負った形跡はない。
これが彼の世界に愛されたものとしての特性だろう。
かつてお嬢様が全力で打った時ですら絶命に至らなかった。
「……詫びられるのは――。」
一見すれば静かな青い瞳がバシリス嬢を確認し、すり減った透明な声が溢れる。
有事に備えてか、わずかにモルドモ氏が前に出た。
体内魔力は確かに循環しているし、意志も存在している。
にもかかわらず、彼の雰囲気は魔物のそれに近しい。
相対したものの心を圧し折らんとする存在感。
「とても、困るな。ぼくにはもう、復讐しかないんだから。」
詫びられたところで失ったものが戻ってくるわけではない。
それは復讐を果たしたとて同じことだ。
解っていても、最早彼は止まれない。
静かな瞳は、自らを燃やす暗い炎を宿している。
人為的な存在とは言え、世界に愛されるものとは思えない。
「おかえりなさい、カイゼル。」
「ただいま、エル。久しぶりにお嬢様したみたいだね、見たかったなあ。」
「最初に言うことがそれですか。」
一方お嬢様にとって、そんな空気は関係ない。
僅かな時間であれ距離を置いてしまった恋人に躊躇いなく駆け寄る。
からかいの色を含んだ相方の言葉に頬を膨らませ、拗ねた視線を送った。
当然ながら既に相方の腕の中、愛しげに髪を梳かれている。
真横でそんなやり取りをされてしまえば、身構え続ける方が馬鹿馬鹿しい。
「……状況は、聞いている。仕返しとしては、これ以上無い舞台だ。」
「……ええ、その、ご助力のほど感謝いたしますわ。」
貴族であるお嬢様の纏う空気は、惹きつけるも圧倒する存在感。
対して今のお嬢様は、溢れる暖かさが強く目を惹き付ける。
お陰でやり取りは円滑に済むが、一体何を見せられているのかと困惑を生む。
「こら。この後先に雇われてる冒険者たちとの顔合わせだろ。戻ってこい。」
「解ってま、しゅっ!?」
意識を戻したときには遅かった。
がっつん、ごっつんと姉弟子の鉄拳が炸裂する。
自身を騙すことすら容易に行う彼女は早々惑わされない。
だが、まさか自力で戻ってこれるとは思っていなかったらしい。
拳が直撃する瞬間、あれ、と意外そうな顔をしていたところは見逃さなかった。
直撃した頭部をさするも、前科が大量にあるお嬢様たちだ。
姉弟子を非難することはできない。
「内側にまで魔力浸透させられると、流石の僕も危ういんだけど!」
魔王に対してすら有効な一打になるわけだ。
停滞を打破する魔力の注ぎ込みは、対魔物への常套手段。
通常の生物に対しても強力な攻撃だ、竜が魔王である事は隠せる。
流石に魔災を超える魔王となれば、個人の魔力でどうにかなるような存在ではない。
「バレッタ、お前はこっちに残ってゼルドと一緒に勉強だ。やり返すのなら、きちんと相手を知っとけ。」
「……そうだね。知りたくもないけれど、お願いしようか。どこに弱点が転がっているか解らないから、ね。」
居残り組は講師のフォクシ嬢、生徒のゼルド氏とバレッタ氏。
貴族の関わるようなところに行きたがらないミリィ嬢はクッキーを摘んでいる。
現時点でリーダーはお嬢様だ。
誤解させるためにも、相方は相方のままついてきて貰う。
はぐれの竜人が仲間に補われるところは、連邦国でもたまにある。
「ではルゼイア、行きましょうか。バシリスさん、顔合わせをよろしくお願いしま――。」
「あの、ところでバレッタさん? そ、その火槍じっくり見せていただきましても? 弓の構造を、なるほど……。フェイル州の技術の大半を切り捨てることで負荷と機能を軽減した分、別機構を――。矢じりへ強引に魔力を焼き付けて刻印に――。」
バレッタ氏の武器はフェイル州が作った携帯用の火槍が基になっている。
そこに狩人として得手としていた武器と経験を組み込んだ魔改造品だ。
イロモノご令嬢のバシリス嬢がそれを見て食いつかないはずがなかった。
「そう言えば、バシリスさんは私と似たようなタイプでした。」
同類を見つめる生暖かい眼差しになるお嬢様。
もちろん、それに振り回される周囲の者はたまったものではない。
幸いにもバシリス嬢には、お嬢様に対するセラのような手慣れた者がついている。
「バレッタ様はまず湯船でお寛ぎ下さい。その間に新しいお召し物と軽食を用意させます。」
バレッタ氏は表面こそ平然としているが、内側は疲弊しきっていた。
それを察したため、モルドモ氏は入れ替わりの給仕に厚めの指示を出す。
「お嬢様、冒険者方への連絡は済んでおります。その後お館様へエルシィ様の紹介も控えておりますので。」
主の暴走を止めるのは従者の役目。
疲れている客人をこちらの都合で引き止めるわけにはいかない。
最終的にむんずと襟首を引っ掴まれるのは、連邦国でも一緒のようだ。
「ぬわー! 後で必ず、見せていただきますわー!」
「……暴れ方はエルのほうがおとなしかったかも。」
「そういうことを言いますか。」
小声で過去を暴く相方の手に指を絡め、強く握って抗議した。
指を絡め返され、柔らかく握り返す反撃に頬が熱を帯びる。
表情を取り繕う暇はない、咄嗟に俯いて緩んだ表情を隠す。
工房主の絶叫の裏、ひっそりと行われた攻防に気づく者は居なかった。
* * *
州都バトイディアは空路の往来が毎日あるとは言え、基本空の孤島だ。
常駐している者は大抵いくつかの役割を担っていることが多い。
護衛のために雇われている冒険者達は、治安維持も手伝っているそうだ。
襲撃前から雇っていたのは六ツ葉のパーティーが一組と五ツ葉のパーティーが二組。
襲撃後から念の為、四ツ葉のパーティーを一組追加で雇ったらしい。
今回お嬢様達三ツ葉のパーティーがそこに加わる。
「そう言えば、エルシィさんは銀行口座をお持ちでないのですわね?」
工房から応接間へ移動中、報酬支払いの話途中でバシリス嬢が首を傾げた。
ほぼ全世界の通貨を共通のものとした商業組合は、各組織と繋がりがある。
そのため大手組合は総じて身分証に銀行口座の紐付けを行っている。
手元に硬貨が無くとも、支払いを円滑に行うためだ。
「日用品や、宿代で消えていくので……。意識したことがありませんでした。」
そもそも三ツ葉になったばかり。
初めての依頼では相当な額が入ったが、その分領地への仕送りに当てた。
二人合わせてそれなりのお小遣いも溜め込んでいたが、財布一つで事足りる。
「では、近いうちに口座開設に向かいましょう。輸出物の関係上、給金は口座振り込みの方が楽なのですわ!」
マギク州の主な収益は真銀と最先端技術の特許権。
そのため州民が負担する税は比較的軽い。
一方で膨大な額が定期的に入ってくるため、いちいち換金していては手間になる。
領地運営のことを考えれば、自身の口座を持っておいたほうがいい。
冒険者証に紐付ければどの国で開設したのかなど関係ないのだし。
「……顔合わせ、と言えば学園都市を思い出すなあ。」
「いずれきちんとお礼はしなければなりませんね。」
嫌なことや面倒な事は多かったが、良い出会いもあった。
今その縁のお陰で色々と助けられているのだ。
これは彼らからの投資だ。
お嬢様はそれに応え、返すだけの責務を負う。
「入りますわよ!」
応接間とは言え、今回は複数人の顔合わせ。
当然大きな部屋が使われる。
随分広い室内だが、よく見れば家具の類は端に押しやられている。
部屋の中にはそれぞれのパーティーリーダーが一人ずつ。
力量を流し見た所では、兎人、続いて猿人と獅人、最後に純人。
それぞれ六ツ葉、五ツ葉、五ツ葉、四ツ葉だろう。
「やあ、また新しく護衛を雇ったんだって? 襲撃から日が浅いとは言……え……。」
最初に声を上げたのは猿人の男性。
市街地や障害物の多い場所で、彼らに追いつける者はそう居まい。
腰に短剣を二本下げただけの軽装だが、それが猿人の特性を邪魔しない。
「とりあえず高そうなものは端に寄せ終わったとこ……。」
「なんでオレがこんな……。」
獅人の青年がバシリス嬢へ声をかけ、純人の少年が悪態を付きながら振り返る。
王国の重盾守備部隊を思わせる巨大な二枚盾が目につく。
一方の少年は腰に剣を帯びている程度。
ひゅう、と壁際で口笛を吹いたのが何の武器も帯びていない兎人だ。
「初めまして。この度新しく雇われました、三ツ葉のエルシィと、ルゼイアです。」
いずれも階級で言えば全員が格上にあたるため、軽く頭を下げた。
同じ職場で働く以上、ギルドのようにいきなり喧嘩腰で挑むべきではなかろう。
肩には槍を乗せているものの、流石に素人扱いする者は居ない。
そもそも声を放つ者が居なくなり、お嬢様は軽く小首を傾けた。
「エル、逆効果。」
隣から相方のツッコミが入った。
顔合わせということで当然ながらフードは被っていない。
認識阻害はかけているものの、排煙マスクは室内では不要だ。
忘れがちだが、実力のある相手は認識阻害を軽減できてしまう。
そうなればお嬢様がかけているのは、時刻確認のできる伊達メガネだ。
純人の少年がみるみるうちに赤く染まる。
獅人の青年は視線が虚空をさまよい出す。
猿人の男はえー、あー、と意味のない言葉を続ける。
「冒険者にとって突出した美形ってのは猛毒になり得るってことだ。バシリスさんも覚えておくと良い。」
「ようやく歯の浮く前口上を喋る余裕がなくなりましたわね! 前情報を全部伏せておいた甲斐がありましたわ!」
「ふっ……。俺の負けだな……。」
遠い目をする兎人の青年、その反応にガッツポーズを取るバシリス嬢。
思い返せばクリムゾンクレイで似たような反応を見た記憶がある。
だがあの時は今より幼かったし、認識阻害を軽減できる人物は少なかった。
状況が違いすぎる。
「ぼ、冒険者? え、確かに槍の持ち方は素人じゃないけど、え?」
「あーちゃー……。ラヴィテスの旦那が調子崩すのも当然だわ、これは……。」
純人の少年はまだ呆けているし、猿人の男は思考放棄の顔になる。
このままでは兎人の青年がラヴィテスと言う名であることくらいしか解らない。
横で相方が大きなため息をつくと同時。
部屋中に黒銀の気配が広がった。
綺麗にバシリス嬢の居る空間だけ避けている。
「……っとぉ!」
どの冒険者が出した声か、全員が圧力に反応して臨戦態勢に入った。
流石四ツ葉以上揃い、いずれも呆けた顔は何処かへ消えている。
緊張の走った視線の矢面に立つ相方は涼しい顔だ。
「こういう時は、無理やり意識を切り替えてもらうに限るね。」
「ルゼイア、やりすぎです。……失礼しました。まずは名乗りからお願いできますか?」
不覚を取ったのは先輩たちだ。
後輩の暴挙を咎めることは自分たちの力不足を意味する。
若干の気まずさをにじませながら、階級の高い順から自己紹介が始まった。
「まずは俺が『神速』のラヴィテス。六ツ葉だ。良い気迫に麗しい見目、面白い同僚が増えたものだ。」
気障に乱れた白い髪をかき上げる兎人の青年。
なるほど歯の浮くような口上が似合うだけの美形ではある。
下手をしなくてもルカン氏より様になっていた。
何より言葉に威圧的な雰囲気が乗せられていない。
「おいらは『撹乱』のフィア。五ツ葉……なんだけど、君ら絶対三ツ葉以上だよね。」
続いて猿人の男。
力量だけが冒険者を判断する基準ではないが、一つの指針ではある。
相方が放った圧は三ツ葉の枠には収まらない。
「オレは『粉砕』のツァシュテ。……深くは追求せんのが不文律だろう、フィア。」
獅人がフィア氏をたしなめながらの自己紹介。
下界に居たのならば、あるいは勝頭巾という勝手に付けられた二つ名を知ることもあっただろう。
空中にあるこの都市では、大きな話題はともかく小さな話題は中々届かない。
「え、ええと、ベルドラド。四ツ葉……です……。」
未だに萎縮しているのが純人の少年だ。
無理もない。
魔王は彼に対して牽制の意も込め、強めの圧を送ったのだから。
だがその上で、構えを全く崩していない。
彼もまた階級外の実力を持っているような類らしい。
「それで、フィアさんにベルさん。お二方が家具の配置を変えてしまわれましたけれど、あなた方またやらかすつもりですの?」
「マギク州誇る叡智の姫、冒険者の自己紹介など本来簡単なものなのさ。」
「うわ、復活しましたわね。」
明らかにウザそうな顔を向けられるが、ラヴィテス氏は気にした様子もない。
お嬢様とて冒険者、状況と口ぶりからして求められることは察せられた。
既に相方が最初の一手を見せたのだ、次は対等たる自分の番。
「力比べですね、承りました。……けれど、ここは随分床が脆いようです。バシリスさん、修練場などは?」
「これで三度目ですもの、床もすり減りますわ! 始めから集合は訓練場にしておくべきでしたわね!」
額に指をあて、金髪ドリルを左右に揺らす。
様子を見るに新しく雇う度に力比べを始めるらしい。
緊急招集でもないのに、しっかり完全武装をしている時点でおかしい。
冒険者らしいといえばらしいのだが、場を変える提案はするべきだ。
「とのことです。まずは皆さん、家具の位置を戻しましょう。」
ぱん、と手を打って意識を切り替えさせる。
家具の位置をお嬢様は知らないため、先輩冒険者たちに任せきりだ。
当たり前のように場を仕切っているが、特に異論は出なかった。
合図と同時に空気が変わり、意識を惹きつけられたことに気づいていない。
お嬢様は自然発生した世界に愛されるもの、バレッタ氏以上に世界が懐く。
「……これはますます目を離してられないなぁ。」
「心中お察ししますわ。」
指を絡めるだけで浮ついたかと思えば、変なところで大胆になる。
相方の呟きは、諦めたような誇らしいような微妙なもの。
バシリス嬢の相槌共々、家具を移動させる音にかき消された。
技術あるものは未来を負う、それっぽくしてみました。




